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【一年生五人組、初めての怪異討伐】

【一年生五人組、初めての怪異討伐】


東京都内某所。

都市の喧騒から完全に隔離されたかのように、木々が鬱蒼と生い茂る森の奥深く。そこに、周囲の闇を吸い込んでいるかのようにひっそりと佇む、古びた廃洋館があった。


ザワワワッ……。

夜風が木々の枝葉を揺らし、不気味な葉音を響かせる。

月明かりに照らし出されたその洋館は、壁の塗装が剥がれ落ち、窓ガラスは至る所で割れ、蔦が蛇のように絡みついている。有名な心霊スポットとしてネットのオカルト掲示板でも頻繁に名前が挙がる、いわくつきの場所だ。


その禍々しい洋館の門前に、聖ミカエル学園・合気武道部の面々が集結していた。


「TIA(対魔特務機関)の事前判定だと、今回の怨霊、もしくは魔物の脅威度は『D〜D+判定』ッス」


副主将の佐藤陽翔(さとう はると)が、青白い光を放つタブレットの画面をスクロールさせながら、静かな声で口を開いた。

彼の視線の先には、緊張で強張った顔をしている一年生五人の姿がある。


「最初はE判定だったらしいんスけど、E級の能力者が討伐に失敗して、そのまま失踪事件になっちまったから格上げされたみたいッスね。……ちなみに、この洋館は近々取り壊しの予定だから、戦闘による多少の破壊は許容されるとのことッス」


「有名な心霊スポットだから、もし肝試しに来た一般人がいた場合は、安全を確保して速やかに退去させるのも仕事ね」


佐藤の言葉に、南原紗良(なんばら さら)が冷徹なシベリアの永久凍土を思わせる声で補足する。彼女の眼鏡の奥の瞳は、一切の油断なく周囲の闇を警戒していた。


「昼のうちに俺が偵察した時は、強い魔力反応はなかったんスけどね……。ま、今回は『一年生だけでの討伐』ッス。俺たち二年生は、洋館の外で待機して見守るだけッスよ」


佐藤の言う通り、今回の引率は佐藤、南原、そして阿部凛花(あべ りんか)の三人だけである。

この日の夜は、女優として活躍している高橋玲央が別の場所で深夜ドラマの撮影仕事が入っており、マネージャーとして主将の門蒼真も同行しているため不在だった。そのため、実質的に現場を仕切るのはこの二年生三人ということになる。


「ふぁ〜あ……なんだぁ、敵が弱いなら、私は討伐よりもモデルの体づくりを優先したいなー」


ピリッとした空気をぶち壊すように、阿部が180センチの長身をぐーんと伸ばし、豊満な胸を強調するように張って無邪気に笑った。


「この間、雨宮ちゃんのすっごくエロい身体を見たら、なんだか無性に燃えてきちゃったの! あんなグラマラスなプロポーション見せられたら、私も負けてらんないわ! もっと自分のオッパイ揉んで大きくしたい! お尻の筋トレもがっつりしたいわ!」


「うるさいッス!」


空気を読まない阿部の発言に、佐藤が即座に鋭いツッコミを入れる。


「凛花がいれば、あの面倒くさい神品(かみしな)の相手をしなくていいから、俺としてはめちゃくちゃ助かるんだよ。俺は桃井の変態発言を捌くだけで精一杯なんだからな!」


「やだ〜! 私は百合じゃないもん!」


「うるさいッス。だいたいお前、オッパイは自分で揉むんじゃなくて、誰か他人に揉んでもらった方が大きくなるって昔から言うじゃないか?!」


「女の子に揉まれたって、全然ときめかないでしょ! 私は神(持子先輩)に揉まれてる! もしくは、神のオッパイを揉んでいると想像して、脳内でキュンキュンさせてホルモン分泌して大きくしているの! 神の力よ!」


ふんすっ! と鼻息を荒くして、両手で空想の何かを揉むようなジェスチャーをする阿部。


「凛花……お前は本当に、ブレないバカだな……!!」


佐藤が呆れ果てたように天を仰ぐ。相変わらず、彼女の偉大なる魔王(神)への信仰心は常軌を逸しており、その狂信ぶりにはもはや清々しさすら感じられた。


バシッ!!


「痛ぁっ!?」

「きゃんっ!」


「……その辺にしておきなさい。一年生達が完全に引いているわ」


南原が冷酷なツッコミと共に、丸めたバインダーで二人の頭を的確に小突いた。


佐藤は「痛てぇッス!」と頭を押さえながら、コホン、とわざとらしく咳払いをして姿勢を正した。


「き、気を取り直して……! いいか、俺たち二年生3人は、後方で見守り支援、もしくは一般人が侵入してきた時の対応をします。基本、一年生だけでこの依頼を達成してください」


「TIA特製の強力なイヤホン型トランシーバーを配ります。霊や魔物特有の電波ジャミングもクリアにする優れものです。こちら全員が必ず右耳に装備し、緊急事態などはすぐに二年生を呼ぶように」


南原が手際よく、黒い小型のトランシーバーを一年生たちに手渡していく。


阿部も満面の笑みでウインクを飛ばした。


「呼ばれたら、私の長くて美しい脚ですぐに駆けつけるから安心してね!」


「……ところで、一年生のリーダーとか、突入の陣形とかは決まっているのかッス?」


佐藤が問いかけると、一年生五人は互いに顔を見合わせ、スッと気まずそうに目を逸らした。


「「「「「…………まだです」」」」」


沈黙の後、揃ってボソリと呟く。

無理もない。彼らが出会って、まだ一ヶ月も経っていないのだ。


だが、それ以上に深刻な問題があった。一年生たちは互いに互いのことを『とんでもなくヤバイ奴らの集まりだ』と、全員が全員、心底思っていたのである。


(桃井くんは、見た目は絶世の美少女みたいな『男の娘』なのに、性的対象が男で「攻めでお尻にピーしたい」とか平気で言っている本物の変態だし……。さっきから佐藤先輩のお尻を妖艶な目で見てるし……)


(神品さんは重度の百合で阿部先輩にぞっこんだし、合気武道部部員女子全員の裸や下着姿をエロい目で見てる……。すきあらば抱きついたり揉んできたりするし、今も雨宮さんの胸元を舌なめずりしながらガン見してる……!)


(桐生くんは桐生くんで、役者やモデル活動で成功してるからって常に上から目線で鼻についてる。ただ、合気武道や格闘全般はビックリするくらい弱いから、尚更口でマウント取って勝負してきて、本当にめんどくさい……)


(大文字くんは、礼儀の正しい格闘バカ! 悪いやつではないし、むしろ熱血で良いやつなんだけど、暑苦しいし大雑把で、空気を読まない気配りのなさが本当に困った存在だ。声が無駄にデカいし……)


(そして、雨宮さんは……オドオドしすぎ、ビビりすぎ! いつも困った顔をしていて、猫背で自信なさげなのが見ているこっちをイライラさせる。そのくせ……)


彼らの視線が、自然と最後尾で縮こまっている雨宮へと集まる。


(そのくせ、能力はB級と断トツで、使える能力も5つもある規格外。合気武道の技の覚えも異常に早いし、何より、脱いだらあの阿部先輩が対抗心を燃やすほど、身体がとてもエロいことが分かって……そのギャップにすごく困る……!!)


――これで纏まりがあるわけがない。


視線を合わせれば牽制し合い、誰かが口を開けば別の誰かが顔をしかめる。


「ふふっ、私が先陣を切りましょうか? 暗闇の中で男の子たちが怯える姿、ちょっとゾクゾクしちゃいますぅ」


桃井が艶やかな唇に指を当ててクスクスと笑う。


「お断りだね。君みたいな変態に背中は任せられない。僕がスマートに指揮を執ってあげるよ。君たちは僕の指示通りに動けばいい」


桐生が前髪をファサッとかき上げながら、芝居がかった口調で鼻を鳴らした。


「押忍ゥッ!! 拙者が先頭を歩くッス! どんな悪霊が出ようとも、この鍛え抜かれた拳で粉砕してみせますぞ!!」


大文字がドスドスと胸を叩き、静かな森に響き渡る大声を上げる。


「ちょっと大文字、声がデカいわよ! あと雨宮さん、そんなに猫背になってないで、もっとシャキッとしなさいよ。ほら、胸張って! ん〜っ、相変わらずいい弾力してるわねぇ……」


神品が注意するついでとばかりに、雨宮の背中を叩き、そのままの流れるような手つきで彼女の豊かな胸を揉みしだいた。


「ひぃっ!? や、やめてください神品さん……! わ、わたし、本当に帰りたいですぅ……おばけなんて絶対無理ですぅ……」


雨宮が涙目になりながら、ブルブルと小動物のように震えて身を縮める。


まさにカオス。烏合の衆とはこのことだった。


しかし、二年生たちはそんな後輩たちの姿を、呆れつつもどこか温かい目で見守っていた。


(……ま、最初はあんなもんッスよね)


佐藤が内心で苦笑する。

二年生たちも、最初から完璧なチームだったわけではない。夏合宿の過酷な試練を乗り越え、次期主将選抜や様々な死線を共に潜り抜け、血と汗と涙を流して、ようやく『仲間』になれたのだ。

最初から上手くいくはずがないことなど、先輩たちは痛いほどよく理解していた。


「……一年生同士、コミュニケーションをしっかりと取ることも、今回の大きな課題ッスよ」


佐藤が、敢えて厳しさを滲ませた真剣な表情で告げる。


「その通りです。あなたたちはそれぞれが突出した個性と能力を持っています。ですが、単独では限界がある。この機会に沢山話し合って、互いの長所と短所を理解し、その場で問題を解決する力を養ってください」


南原が理詰めでありながらも、後輩たちの背中を力強く押す言葉を紡ぐ。


「みんな、好きになればいいんだよ! 違いがあるから面白いの! 私はみんなのこと、大好きだよ!」


阿部が持ち前の底抜けの明るさで、不安げな一年生たちに太陽のような笑顔を向けた。


先輩たちの言葉に、一年生たちはゴクリ、と生唾を飲み込んだ。

反発し合いながらも、彼らの顔つきがほんの少しだけ、「武道部員」としての顔に引き締まる。


その時だった。


ギシッ……ギシシッ……。


突如、不気味な洋館の巨大な木製の扉が、風もないのに微かに揺れ、嫌な軋み音を立てた。


「っ……!?」


途端に、周囲の空気が一変した。

急激な温度低下。夏の夜だというのに、吐く息が白く染まるほどの異常な冷気が、洋館の奥から這い出してくる。


「な、なんか、急に寒く……」


桐生が腕をさすり、顔を青ざめさせる。


キィィ……。


二階の割れた窓ガラスの奥。暗闇の中に、ゆらりと『黒い人影』が横切った。


『――キャハハハッ! アハハハハハッ!!』


どこからともなく、無邪気でありながらも、背筋が凍るようなおぞましい子供の笑い声が響き渡る。


ピピピピピピピッ!!


「……っ! TIAの魔力探知メーターが急上昇しています。内部の魔力濃度、先ほどの偵察時の数倍に跳ね上がりました」


南原が手元のデバイスを見つめ、鋭い声で報告した。


「な、なんだよあれ……昼間は何もなかったじゃないッスか……!」


佐藤も冷や汗を流しながら洋館を睨みつける。どうやら、霊的な存在が活発化する「逢魔が時」を過ぎ、本格的に怨霊たちが蠢き始めたらしい。


「ひぃぃぃぃっ! や、やっぱり無理ですぅぅ!」


雨宮がへたり込みそうになるのを、大文字が「押忍! 踏ん張るッス雨宮殿!」と無理やり支える。


恐怖、緊張、そして未知へのプレッシャー。

一年生たちの顔から血の気が引いていくのがわかった。


しかし、ここが彼らの『始まりの場所』なのだ。


佐藤は大きく息を吸い込み、気合を入れるように大声を張り上げた。


「ビビってんじゃねぇ! お前らは聖ミカエル学園・合気武道部の部員だろうが!!」


その一喝に、一年生たちの肩がビクッと跳ねる。


「トランシーバーの通信チェックよし! それじゃあ……一年生、突入開始ッス!!」


佐藤の号令が、静寂の森を切り裂いた。


バラバラな個性、カオスな思惑、そして隠しきれない恐怖を抱えた一年生五人。

彼らは震える足に力を込め、互いに牽制し合いながらも、重く冷たい洋館の扉へと手をかけた。


ギギギギィィィ……。


不気味な産声を上げるように扉が開く。

深淵のような闇が、彼らを飲み込もうと口を開けて待っていた。


波乱に満ちた、新世代の「初任務」の実戦の幕が、今、切って落とされた。


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