【古びたビルの地下迷宮と、一着百万の極薄スーツ(と、職人魂が宿る殺意の刃)】
【古びたビルの地下迷宮と、一着百万の極薄スーツ(と、職人魂が宿る殺意の刃)】
男女別のフィッティングルームで繰り広げられた、凄まじい悲鳴と熱気、そしてカオスな女子トークの余韻が少し落ち着いた頃。
広大なTIAの装備開発フロアの中央テーブルに、二年生と一年生、そして一鐡工房の職人と開発陣が集まっていた。
「スーツの準備は高子ちゃんと結人くんが完璧にしてくれたみたいね。……なら、次は『武器』よ」
花園美羽が、手元の重厚なジュラルミンケースをテーブルに置き、カチャリと開く。
中には、鈍く光る武器や、特殊な魔力を帯びたアイテムがずらりと並んでいた。
「一年生たちの武器のチョイスは、私がさせてもらったわ」
美羽はそう言うと、かつて前線で死線を潜り抜けてきた厳しさを瞳に宿し、一年生たちを真っ直ぐに見据えた。
「……言っておくけど、私は魔力の才能もないうえに魔力量自体も低いのよ。だからこそ、武器や使えるものは何でも使って戦い抜いてきたわ。ここにいる二年生の後輩達みたいに、魔力Sなんて非常識だから、そこはしっかり覚えておきなさい」
その言葉に、変身を解いて元の170センチのスレンダーな姿に戻った桃井琉生が、不思議そうに小首を傾げた。
「えっ……ちなみに、美羽先輩の覚醒ランクっていくつなんですか?」
「私? ギリギリA級よ」
美羽が淡々と答えると、今度は神品蘭が目を丸くした。
「ええっ!? でも、あの絶対的な魔王のそばで、ずっと最前線で戦われていたんですよね……?」
一般的にA級でも十分に強力な部類だが、神話級の化け物やS級の能力者がゴロゴロいる世界線においては、確かに「低い」と言わざるを得ない。
「馬鹿野郎!!」
すかさず、佐藤陽翔が声を荒げて一年生たちの前に立ち塞がった。
「美羽先輩は、魔力が俺たちより低くても、俺たちなんかよりもずっと強いぞ!! 先輩の戦い方を舐めるなッス!」
佐藤の必死の敬意とフォローに、美羽はふふっと柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、陽翔くん」
その一言で、張り詰めていた空気がふわりと柔らかくなる。美羽はただ厳しいだけでなく、後輩を深く認める先輩の顔を見せた。
「……だからね、戦い方なのよ。実戦で身につけなさい。銃火器の扱いは私が教えてあげられるけど、まずは合気武道をしっかり身につけること。基礎の理合があってこその武器だからね」
そこで美羽は一呼吸置くと、傍らに立つ油と煤にまみれた二人の男を、誇らしげに手で示した。
「武器を渡す前に、紹介しておくわ。彼らがこのTIA、そしてスノーの裏の装備開発を一手に担ってくれている『一鐡工房』のお二人よ」
美羽の紹介を受け、一年生たちの視線が二人の職人に集まる。
「下町の町工場を束ねる凄腕の親方、一鐡轍吉さん。そして、最新技術と鍛冶を融合させる新世代の職人、息子の鋼牙くんよ」
美羽は二人に深い信頼の眼差しを向けた。
「この人たちが火花を散らして打った装備は、どんな最新兵器よりも頑丈で、私たちの命を何度も救ってくれたわ。裏社会で戦うなら、この二人の言うことは絶対に聞きなさい」
「へっ、大げさに紹介してんじゃねえよ、嬢ちゃん。俺たちゃただの油まみれの鍛冶屋だ」
轍吉が照れ隠しのように豪快に鼻を鳴らす。
「事実だろ。俺たちの作った武器が一番強ぇんだからな」
鋼牙が腕を組んでぶっきらぼうに言い放つ。
「ふふっ。それじゃあ、配っていくわね。まずは桃井くん」
「はいっ♡」
美羽はケースの中から一つのアイテムを取り出し、桃井に差し出した。
「接近戦と変身能力を活かすなら、この『魔導糸のワイヤー』ね。これは結人くんが怪異の繊維を加工して、鋼牙くんが仕上げてくれた特注品よ」
桃井がワイヤーを受け取ろうとした瞬間、作業着に革エプロン姿の鋼牙が一歩前に出た。
「おい、桃井。てめえの動きは変則的だからな。ワイヤーの柔軟性を極限まで上げといた。絡まって自爆すんなよ」
「はぁい♡ 鋼牙お兄さん、ワイルドで素敵ですぅ♡ 大切に使いますねぇ」
ウインクを飛ばす桃井。しかしその直後、轍吉が鋼牙の頭を後ろからバシンと引叩いた。
「痛ぇな! 何すんだジジイ!」
「馬鹿野郎! 柔軟性だけ上げりゃいいってもんじゃねえぞ鋼牙! 武器ってのは貰って終わりじゃねえんだ!」
轍吉は太い指で、その極細のワイヤーをピンッと弾く。
「使えば必ず怪異の血の脂や魔力のカスがこびりつくんだ。専用の溶剤で拭き取る手入れを怠れば、いざって時にてめえの首を絞めることになンだろうが!」
「あァ!? そんなこと百も承知だ! だから溶剤のセットも一緒に入れてあンだろうが! よく見ろ!」
鋼牙がジュラルミンケースの隅を指差し、親父を睨みつける。
火花を散らす職人親子の怒声に、佐藤が慌てて割って入った。
「ちょ、ちょっと二人とも! 武器渡すだけで喧嘩しないでくださいッス! 落ち着いて!」
「「喧嘩じゃねえ(喧嘩してねぇよ)!!」」
轍吉と鋼牙の声が完璧にハモり、凄まじい眼光で佐藤を睨みつけた。
「ひぃっ! す、すんませんッス!」
佐藤が悲鳴を上げて縮み上がる。職人の世界において、この程度のやり取りは単なる「熱い意見交換」に過ぎないのだ。
「……たく。次に、桐生くん」
美羽が苦笑いしながら、一着のインナーのようなものを桐生蓮に差し出した。
「あなたは動体視力と遠視はいいけれど、絶望的に筋力がないわね。だから、この『高出力マッスルスーツ』を着込みなさい。高子ちゃんのサポートOSが入っていて、目が良すぎて反応できないあなたの貧弱な肉体を、強引に動かしてカバーしてくれるわ」
「マ、マッスルスーツ……!? これを着れば、僕のイケメンな動きがさらに加速して、怪異の攻撃も避けられるんだね! ありがとうございます!」
「……ったく、お花畑な頭してんなァ、優男」
轍吉がひどく呆れたような顔で、桐生の頭を小突いた。
「そいつはてめえの筋肉の代わりになるが、機械ってのは必ずガタが来る。特に関節部のモーターにな。イケメンな動きができるって勘違いしたまま無理して使えば、背骨ごとイカれるぞ。少しでも動作が重いとか、異音がしたらすぐに持ってこい! メンテのサインを絶対に見逃すなよ!」
「ひぃっ! は、はいっ! 毎日異音がないかチェックしますぅ!」
「大文字くんには、この『金剛のバンテージ』。剛体化の強度をさらに跳ね上げて、怪異の外殻をも叩き割れるわ」
「押忍! 鋼牙先輩の打った鉄、己の拳に乗せて暴れ回るッス!」
熱血すぎる大文字鉄平には、鋼牙が大文字の分厚い胸板をドンと小突いた。
「お前はまず加減を覚えろ。硬くしすぎると自分の骨が砕けるぞ」
鋼牙は新世代の鍛冶師として、静かだが鋭い眼光を大文字に向ける。
「てめえの拳が硬かろうが、鉄はいつか金属疲労を起こす。ひび割れ一つ見逃すな。打撃の後は必ず俺のところへ持ってきて焼きを入れ直させろ。てめえの相棒を、絶対に使い捨てにするんじゃねえぞ」
「押忍ゥゥゥッ!! 道具を愛する職人魂、感服いたしました!!」
「がははは! いい返事だデカブツ!」
鋼牙の言葉に、後ろで轍吉が豪快に笑いながら口を挟んだ。
「だがな、てめえのその脳筋ダルマっぷりじゃ、加減を知らずに三日でヒビ入れて持ってくるだろうな! いいか、完全にぶっ壊す前に絶対見せに来いよ!」
「押忍! 三日で持ってくるッス!!」
「もっと保たせろ馬鹿野郎!!」
大文字の元気すぎる返事に、轍吉の豪快なツッコミが炸裂する。
「神品さんには、この『雷晶のブレスレット』。あなたの感情で暴発する電気を一旦蓄電して、指向性を持たせて放つことができるわ」
「おいおい、お嬢ちゃん。愛だの何だの言ってるが、てめえの電気はピーキーすぎて寿命が縮むぜ」
轍吉が皮肉混じりに鼻を鳴らす。
「その石が熱を持ってきたら、キャパオーバーの合図だ。無理に溜め込みすぎりゃあ、腕ごと吹っ飛ぶぞ。石の温度と色をよく見て、ヤバくなる前に放電する癖をつけな!」
「分かりました! お姉さまの愛のために、しっかり温度管理しますっ!」
「そして雨宮さん。あなたはこれよ」
美羽が雨宮千歳に手渡したのは、ずっしりとした束になった『お札』だった。
「『精神と魔力の護符』よ。全部で十枚あるわ。あなたの強すぎる魔力が暴走しそうになった時、これがリミッターになって抑え込んでくれる。限界が来たらパリーンって壊れるわ。それに、敵の強力な攻撃からも守ってくれる。この際もリミッターが来たら壊れるから、残りの枚数には常に気を配りなさい」
「魔石はただの鉱石じゃありません。情報の結晶なんです」
天城結人が眼鏡を押し上げ、「研究モード」のスイッチを入れて少し早口で熱く語り始める。
「雨宮さんの魔力波長を完全に解析し、護符側に安全性を最優先にした配合で防壁を構築しました。危険な素材ほど、丁寧に扱わないと人を呪いますからね。この配合比率はミリ単位での調整が——」
「結人お兄ちゃんの研究モード始まった……」
高子がマカロンをかじりながら、やれやれと苦笑した。
「理屈はいい!」
轍吉が天城の言葉を豪快に遮り、千歳を真っ直ぐに見据えた。
「おい、眼鏡の嬢ちゃん! 札が限界を迎えて燃えカスになったら、絶対に素手で触るんじゃねえぞ。呪いの残渣が移るからな。灰は専用の小袋に入れて俺たちに渡せ。それだけは絶対に守れるな!」
「は、はいっ! 丁寧に扱いますっ!」
千歳が護符の束を胸に抱きしめ、深く頷く。
「これで、一通りの『護り』と『牙』は揃ったわね」
美羽が締めくくると、轍吉が豪快に笑った。
「いいか、戦場じゃあ一瞬の油断が命取りだ。最新兵器だぁ? んな見掛け倒しのオモチャより、俺たちの作った装備の方がよっぽど命を預けられるぜ。絶対にてめえの命を繋ぐ。死なずに帰ってきな!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
百万の勝負下着と、下町の最先端工房が鍛え上げた特注アイテム。
そして、魔王と共に戦い抜いた先輩からの確かな教えと、職人たちの『道具を愛する心』を胸に刻み。
合気武道部の一年生たちはついに、『地上の実戦』へとその歩みを進めるのであった。




