【朝焼けの咆哮と、主将の厳格なる通達】
【朝焼けの咆哮と、主将の厳格なる通達】
「――静粛に」
ガララララッ、と勢いよく開け放たれた道場の引き戸。そこから乱入してきた一年生五人の喧騒を、主将・門蒼真の、腹の底から響く地鳴りのような一喝が完璧にねじ伏せた。
ピキィィィン、と道場内の空気が一瞬にして凍りつく。さっきまで大声を上げていた大文字鉄平も、静電気をバチバチさせていた神品蘭も、獲物を狙う肉食獣の目で佐藤陽翔をロックオンしていた桃井琉生も、全員が直立不動の姿勢で硬直した。
門は長机を挟んで一年生たちの前に毅然と立ち塞がり、鋭い眼光で後輩たちを見据えた。その後ろには、二時間の緊急会議で脳髄を限界まで消耗した佐藤、高橋玲央、南原紗良、阿部凛花の四人がパイプ椅子に腰掛けている。
「全員、よく聞け」
門の重々しい声が響く。
「生き残ったお前たち五人には、今日からこの合気武道部における『真のカリキュラム』を言い渡す。これからの部活動においては、通常の稽古と完全に並行し、お前たち一人ひとりの『能力の覚醒と実戦的開発』を進める」
ゴクリ、と一年生たちが生唾を飲み込んだ。
「裏社会、および地上における、TIAからの公式な『防衛・討伐依頼』を我が部で受注する。だが、お前たちの現状の能力制御では自滅がオチだ。ゆえに、地上依頼を安全にこなすための底上げとして、二年生がお前たちをマンツーマンで指導する『個別担当制』を導入する」
「「「「「個別担当制……!!」」」」」
道場内のボルテージが一気に跳ね上がる。
「今から担当者を発表する。――まず、一般科の大文字鉄平。お前の担当は、主将であるこの俺、門蒼真だ」
【歓喜の筋肉同盟と、二つの絶望の絶叫】
「――おおおおおおッッ!! ありがとうございますッス、門主将ォォォッ!! 押忍!!」
ドンッ! と床板を踏み抜くような勢いで大文字が飛び出し、感涙にむせび泣きながら巨体を深く折り曲げた。
「自分ッ!! 新歓ステージで主将の圧倒的な武のオーラを拝見した瞬間から、この人こそ生涯の師と決めておりました! 筋肉と筋肉の対話ができるだなんて、武道家としてこれ以上の幸せはありませんッス!!」
「うむ。お前の『剛体化』は、体幹の締めと連動させることで鉄壁の防盾へと進化する。死ぬ気でついてこい」
「骨が砕けてもついていくッス!! 押忍!!」
ガシィィィィィィン!!!
道場の中央で、暑苦しいガチムチ筋肉師弟が固い握手を交わした。
しかし、この美しい筋肉の同調の直後、道場に響き渡ったのは、悲痛な二大絶叫であった。
「「嫌だあああああ(ですぅぅぅぅ)っっっ!!!」」
頭を抱えて崩れ落ちたのは、桃井と神品の芸能科コンビだ。
「なんで僕の担当が凛花お姉さまじゃないんですかぁっ!?」
神品がバチバチと静電気を放ちながら長机に身を乗り出す。
「僕はお姉さまの神々しいプロポーションの側で、その魔力を全身で感じながら指導を受けるために残ったんですよ!? なんでお姉さまの隣に立てないんですか!」
「嫌ですぅぅぅ、佐藤先輩ぃぃぃっ!!」
桃井も170センチのモデル体型をくねらせ、涙目で絶叫した。
「わたしは佐藤先輩の引き締まったお尻の筋肉と、受け身の躍動を至近距離で感じるためにここに来たんですぅっ! 先輩を攻め落とすためなら、すっぽんマムシ弁当だって作るのにぃぃっ!」
「来るなっス!! その肉食獣の目を俺に向けるなっス!!」
佐藤がパイプ椅子ごと後ろに退避して悲鳴を上げる。
「騒ぐな、桃井、神品」
門が主将の威圧感で二人の暴走を物理的に静止した。「お前たちの担当には、明確かつ論理的な理由がある」
南原が眼鏡の位置をクイと直し、淡々と告げた。
「神品さん、あなたの電気は感情で暴発します。感覚派の阿部さんに丸投げしても『電気? 分かんない! 百合じゃないし!』と自滅するのがオチです。私があなたの感情の波形と電圧を計算し、理詰めで制御回路を構築するのが最適なのです」
正論の切れ味に、神品はぐうの音も出ない。
「う、うぅ……。確かに、お姉さまに嫌われたらショックで自家発電して破裂しちゃいます。南原先輩の知性で制御してもらえるなら……理屈としては、最適、です……」
「では、わたしはぁ!?」
桃井が不満げに高橋を見る。
「高橋先輩のことは大女優として尊敬しています! でも、役者への尊敬と佐藤先輩のお尻への愛は別問題なんですぅ!」
高橋は優雅に扇子を閉じ、凛としたオーラを放った。
「桃井くん。あなたの能力は『変身』。他者を模倣し演じ切る技術の本質ですわ。そして私の本業は『女優』。人間の骨格の動きから心理コントロールまでを完璧に統制するプロです。あなたの変身は、私の『演技論』と組み合わせることで完璧な擬態へと昇華します。――私のメソッドの檻の中で、美しく飼い慣らされてみる気はありませんかしら?」
「……変身は、演技指導が最適……っ!」
圧倒的な説得力に、桃井は思わず頬を赤らめてウットリと両手を合わせた。
「高橋先輩のメソッド、役者志望としてシビれちゃうかもぉ……♡」
「よし、二人とも納得したな。異論はない」
門が重々しく腕を組み、厳格に決定を下した。
### 【恐怖のランウェイと、静かなる安心の闇】
「では次です。桐生蓮くん。あなたの担当は、阿部凛花さんです」
イケメン俳優志望の桐生蓮が、プルプルと震えながら一歩前へ出た。彼は180センチの圧倒的スタイルを誇る阿部を、ひどく複雑な目で見つめた。
「あ、あの……阿部先輩。先輩は人間的にはすごく優しくて良い人だって、僕もよく分かってるんだけど……ぶっちゃけ先輩の技のキレと魔力、『やばい』を通り越して恐怖なんだよぉっ! E級の僕の目でも追いきれないくらいで……どうか、お手柔らかにお願い致します……っ!」
「あはははは! 大丈夫だよ、桐生くん!」
阿部がいつもの笑顔全開で、ガバッと両手を広げた。
「桐生くんの長所は『圧倒的な目の良さ』でしょ? だったら、私の神速アタッカーとしての動きを後ろから見せるのが一番だよ! 私の軌道を見切って自分の肉体を合わせる練習をすれば、戦闘センスが爆発的に跳ね上がるから! よろしくねー!」
ガシィィィィィッ!!!
阿部は満面のドヤ顔と共に、桐生の右手をガッチリと握りしめて激しくシェイクした。
「(いっ、痛たたたたたたたたッッッ!!! 世界トップモデルの身体強化の握力で、手の骨が粉砕される音が聞こえるよぉぉぉっ!!!)」
桐生は顔面蒼白になり、心の声で絶叫しながら膝から崩れ落ちそうになっていた。人間的には最高だが、出力される物理ダメージがサイコパスの領域である。
「そして、最後に残った雨宮千歳さん。あなたの担当は、佐藤陽翔くんです」
一番後ろの薄暗い陰で怯えていた雨宮千歳が、ハッと顔を上げた。
オドオドと前へ出た彼女の「霊視」能力は、目の前に座る佐藤から放たれるオーラを、正確に捉えていた。
(……あ。やっぱり、この先輩からは……底知れない『闇』の力が溢れてるのに、凄く温かくて……安心する……)
千歳にとって佐藤は、自分の暴走する超能力を容易く無効化してくれた「安全圏」の象徴だった。
道場中が騒々しい喧騒に包まれる中、彼女と佐藤の周囲だけは、ぽっかりと静かで穏やかな空気が流れていた。
「あ、あの……っ、さ、佐藤先輩……っ」
千歳は丸眼鏡の奥の瞳を潤ませ、嬉しそうな感情を不器用に隠しながら頭を下げた。
「わ、私……極度のビビリで……すぐ力が暴発して、迷惑をかけてしまうかもしれませんが……っ。よろしくお願いします……っ!」
「はいはーい! よろしくね、千歳ちゃん!」
佐藤はいつもの爽快な笑顔を全開にして、優しく千歳の頭に手を添えた。
「俺もさぁ、千歳ちゃんの多種多様な能力をどう教えるか、理論じゃ全然分かんないんスよ! でもまぁ、俺のこの溢れんばかりの包容力と、魔力の応用力があれば、千歳ちゃんがどれだけ暴発しても全部受け止めてあげられるから! 焦らずに、これから二人で一緒に実験してみような!」
「……っ! はい……っ!!」
千歳は期待に満ちた瞳で深く頷いた。感情の揺らぎで無意識に念動力の衝撃波がドクンと爆発しそうになったが、佐藤がそっと流した極黒の魔力が、それを優しく包み込んで霧散させた。
言葉の端々に少々の下心は滲んでいたものの、理論ではなく感覚で寄り添う佐藤のスタンスは、不安定な千歳にとって何よりも心強いものだった。
### 【混沌のバベルと、消え去った朝練】
こうして「完璧な布陣」が発表され、感動的(?)な師弟の結成が行われた――はずであった。
しかし、ここからが合気武道部の本領発揮。終わりのない泥沼の会話劇の再開である。
「納得いかないッス!!」
大文字が突然、長机を叩いた。
「自分は門主将との筋肉連動に大満足ですが、なぜ能力者B級の雨宮が、佐藤先輩と個別指導でイチャイチャするんですか!? 自分とも乱取りしてください、佐藤先輩!!」
「イチャイチャしてないだろっス!! 俺はビビリな後輩を労わってるだけっス! お前の暑苦しい肉体で突撃してくるなぁっ!!」
佐藤のツッコミが炸裂する。
「大文字、お前今、雨宮とお姉さまが同じ空間にいることをスルーしたな!?」
神品が再びバチバチと静電気を放ち始めた。
「僕の制御は南原先輩に任せるけど、雨宮がお姉さまの視界の特等席に入ることは許さない! 僕の電流でその丸眼鏡を叩き割ってやるっス!!」
「ひぃぃぃぃっ!!! すみません、悪霊を引き寄せてるだけですぅぅぅっ!!」
千歳がパニックを起こし、超能力で道場のパイプ椅子を三脚ほど空中に浮遊させ、ガタガタと回転させ始めた。
「ちょっと神品くん、雨宮さんを脅して物理的なポルターガイスト現象を引き起こすのはやめなさい!」
南原が出席簿のノートで神品の頭をバシンッ!と引っ叩く。
「痛いっ!? なんで僕だけ物理的な制裁なんですか!」
「サルの分際で口答えしないでください」
「あーん、佐藤先輩、みんなが騒いでる隙に『完璧な変身のハグ』をしましょうよぉ♡」
桃井が高橋の目の前をすり抜け、ペロリと舌なめずりをしながら佐藤めがけてダイビングした。
「来るな変態女装モデルーーッ!! 玲央先輩、早くこいつを演技の檻で飼い慣らしてくれっス!!」
佐藤が神速の体捌きで桃井の抱擁を躱し、道場内を猛スピードで逃走する。
「これ、桃井くん!! 女優・高橋玲央の舞台統制に対する深刻な冒涜ですわよ!!」
高橋が顔を真っ赤にして扇子をバシバシと机に叩きつける。
「あはははは! 陽翔くん大人気だね〜! 桐生くん、ほら元気出してステップ練習しようよ!」
阿部がゲラゲラ笑いながら、右手を粉砕されかけて白目を剥いている桐生の肩をバンバンと強打する。
「門主将! 自分、この混沌の圧を筋肉の糧にして素振り千回入ります! 押忍!!」
「うむ。フォームが僅かに崩れているぞ、大胸筋を意識しろ!!」
「はいッス、師匠ォォォッ!!」
「お前ら師弟も少しはカオスを止める努力をしろよぉぉぉっ!!」
佐藤の絶叫が、朝焼けの道場に虚しく響き渡る。
チクタク、チクタク。
非情にも、道場の時計の針は午前八時を指し示していた。
合同朝練の「まるまる二時間」のすべてが、ただの不毛で騒がしい口喧嘩とパニックの応酬だけで、完全に消え去ってしまったのである。結局、一回も真面目な合気の稽古をしていない。
全員が汗だくになり、息を荒らげながら道場の中央でへたり込んだ。肉体的な疲労など1ミリもないはずなのに、二年生の精神的疲労は昨夜の死闘を遥かに凌駕していた。
### 【主将の絶対的決裁と、新章の幕開け】
ハァ、と重々しいため息をつき、主将・門蒼真が、最後にゆっくりと一歩前へ出た。
彼は岩のような肉体を再び威風堂々と引き締め、この二時間の混沌に完璧な終止符を打つべく、長机をバァァァァァン!!!と割れんばかりの勢いで叩いた。
「――喧騒はそこまでだ。朝練の時間は終了した」
門の、一切の反論を許さない絶対的な『決裁者』としての声が、道場内のすべての空気をビシッと統制した。門は鋭い眼光で一年生五人を見渡し、力強く腕を組んだ。
「どれほど個性がぶつかり合おうとも、一度決まった指導方針が覆ることはない。大文字は俺、神品は南原、桃井は高橋、桐生は阿部、そして雨宮は佐藤。――合気武道部、この組み合わせで今後の一年生育成方針を『完全に決定』とする!!! 異論は一切認めん!!!」
その圧倒的な主将の威厳の前に、さっきまであれだけ大騒ぎしていた一年生たちも、一瞬にして背筋をピンと伸ばした。
二年生の強みと一年生の弱点が完璧に噛み合った、最強の師弟システム。ここから始まる新たな戦いへの土台が、混沌の果てに確固たるものとなったのだ。
門が「いいな、一年生諸君!!」と鋭く問いかけると。
桃井も、神品も、桐生も、大文字も、そして丸眼鏡の奥の瞳を安心感で輝かせた雨宮も、全員が声を揃えて、魂の底からの返事を道場内に響かせた。
「「「「「――はい(ですわ、押忍)っっっ!!!!!」」」」」
一年生たちを守るため、そして何より、自分たちの日常の平和を守るため。
新生・合気武道部の、二年生五人の「教える側」としての、波乱とカオスに満ちた真の地獄の指導者としての戦いが――
今、ここに、本当の幕を開けるのであった。




