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第98話 三年後

朝霧が赤骸城を覆っていた。


オーク通り七番地に建つ石造りの家も、白い霧の中でぼんやりと浮かんでは消えている。


庭を囲む壁には鉄荊の蔓が隙間なく絡みつき、暗赤色の花が朝露を受けて淡い光を放っていた。


さらに二年の月日が流れ、多くのものが変わっていた。


十四歳になったアーガの身体には、以前よりもはっきりと筋肉がついている。


同い年のリナも金髪を長く伸ばし、今では遊侠級下位へ到達していた。


毎日、夜が明ける頃になると、庭へ出て植物魔法の鍛錬を始める。


十三歳になったイータの変化は、さらに大きかった。


かつては痩せ細っていた獣人の少女も、今では背が伸び、身体つきも少しずつ年相応のものへ近づいている。


アーガは今も毎日のように血髑髏闘技場へ姿を現していた。


ただし、彼を迎える観客たちの歓声は、二年前とはまるで違う。


命懸けの戦いを重ねる中で、未熟さは完全に消えていた。


代わりに身につけたのは、機械のように正確で、無駄のない殺傷技術。


そして、見る者を恐れさせるほど精密な魔力操作だった。


最初の頃は、試合へ出るたびに敗北を重ねていた。


しかし現在では、勝率は九割近くに達している。


中でも、今のアーガを象徴する技術は、カードを瞬時に発動する能力だった。


攻撃しようとする方向の、身体からわずか一ミリ先。


そこへカードを直接召喚し、身体を素早く触れさせる。


カードの力を獲得した直後、召喚されたカードは消滅する。


ほかの者から見れば、カードを取り出す動作すらなく、魔法を瞬時に放ったようにしか見えない。


もともとは、一年生の頃に教師から教わった小技だった。


長い鍛錬の末、アーガは高い確率で成功させられるようになっていた。


それでも、必ず成功するわけではない。


発動の瞬間が少しでもずれれば、カードへ触れることができず、そのまま不発に終わることもあった。


一方、クロードは今も変わらず、真紅の外套を身につけていた。


眉間に宿る鋭さは、以前よりもさらに増している。


副城主として街の政務に追われる毎日を過ごしながら、本人の実力も着実に向上していた。


ただし、赤骸城における名声では、もう一人の副城主に及ばないままだった。


前線から届いた情報は、クロードからアーガへ伝えられていた。


グレイクリフ王国軍は劣勢を覆し、現在では敵国に対する反撃を開始している。


その戦果をさらに拡大するため、赤骸城主も急遽前線へ派遣された。


そのため、現在の赤骸城では、二人の副城主が共同で街の政務を取り仕切っていた。


◇ ◇ ◇


赤骸城の真夏は、耐え難いほど暑かった。


石造りの壁さえ熱気を放ち、街全体が巨大な炉の中へ沈んでいるようだった。


アーガが窓を開けると、街の喧騒とともに熱風が部屋へ流れ込んできた。


窓枠を握る指へ、無意識に力が入る。


剥がれた木片が、掌の皮膚へ突き刺さった。


そのとき、背後から小さな足音が聞こえた。


イータが、三歩ほど離れた場所に立っている。


両手で冷たい茶の載った盆を持ち、琥珀色の瞳を伏せていた。


盆の縁には、白い霜が薄く張っている。


「ア、アーガ様……」


その声は、羽毛が床へ落ちるほどに小さかった。


「リナお姉ちゃんが……」


言い終わるよりも早く、伸びてきた蔓が盆へ巻きついた。


台所から、リナが顔を覗かせる。


金髪は動きやすいように、一本の馬尾へまとめられていた。


「こんなに暑いんですから、アーガ様も熱中症には気をつけてください、って言ったんです」


アーガは、霜のついた陶器の杯を受け取った。


冷気によって、杯の表面へすぐに水滴が生まれる。


イータへ目を向けた。


「魔力の制御が上達したな」


小狐の耳先が、ぴくりと動いた。


尻尾は不安そうに、自分の足首へ巻きついている。


この二年で、イータも多くのことに慣れていた。


それでも褒められると、反射的に肩を縮めてしまう。


まるで、次の瞬間には叱責や暴力が飛んでくると身構えているかのようだった。


「あ、ありがとうございます……」


狐耳の先が、瞬く間に赤く染まる。


尻尾は嬉しさを隠せないように、わずかに左右へ揺れていた。


イータは何かを言おうとして口を開いたが、台所から聞こえたリナの声に遮られた。


「二人とも、いつまでも立っていないでください」


「新しく作った、蜂蜜漬けの木苺を味見してほしいんです」


◇ ◇ ◇


三人が木製の食卓を囲んでいても、窓の外からは街の人々が話す声が聞こえていた。


イータは器を両手で持ち、中身を少しずつ口へ運んでいる。


やがて、遠慮がちに尋ねた。


「もし……」


「もし戦争が終わったら、アーガ様は……」


アーガは手を伸ばし、イータの頭を撫でた。


その動作は、二年前よりもずっと自然なものになっている。


「結果がどうなっても、俺たちがお前を捨てることはない」


一度言葉を切り、わずかに笑う。


イータは強くうなずいた。


尻尾が無意識に伸び、アーガの手首へ巻きつく。


しかし自分が何をしたのか気づくと、すぐに恥ずかしそうに解いた。


「わ、私、もっと頑張ります!」


リナが突然手を伸ばし、イータの前髪をくしゃくしゃに撫でる。


「そんなに緊張しなくてもいいって、何度言ったら分かるの?」


そう言ってから、アーガへ顔を向け、声を落とした。


「さっき市場で聞いたんですが……」


「王国軍が来週、凱旋するそうです」


「ようやく、俺の無実が証明される日が来るのか?」


アーガは窓の外を見ながら、深く息を吐いた。


「この街へ来てから、もうすぐ三年か……」


夕日が沈む頃、三人は何度も修理を重ねた食卓を囲み、夕食を取っていた。


イータは野菜のスープを少しずつ飲んでいたが、やがて小さな声で尋ねた。


「アーガ様……」


「本当に、無実だと認めてもらえるんですか……?」


「心配するな」


アーガは皿に載っていた一番大きな焼肉を、イータの器へ移した。


「おそらく問題ない」


◇ ◇ ◇


夜風が窓の隙間を通り抜け、揺れていた油灯の火を吹き消した。


その瞬間、アーガは目を開いた。


暗闇の中から、誰かが低く声を漏らす音がした。


アーガは物音を立てず、寝床から身体を起こした。


指先にはすでに、枕の下へ隠していた赤の一《火》が挟まれている。


二階からは、リナの規則正しい寝息が聞こえた。


ときどき、イータが小さな寝言を口にしている。


二人とも、まだ目を覚ましていない。


(誰だ?)


アーガは壁へ身体を寄せたまま、窓際へ移動した。


月明かりを頼りに、庭に立つ人影を確認する。


赤骸城の衛兵が身につける革鎧を着た、大柄な男だった。


腰には、クロード家の紋章が刻まれた短刀を差している。


「出てこい、小僧」


男は声を低く抑えて言った。


「副城主様がお呼びだ」


「クロードか……?」


アーガは小さく呟いた。


◇ ◇ ◇


その夜のクロードの屋敷は、普段よりも暗かった。


真紅の外套をまとった副城主が、暖炉の前に立っている。


炎の光が、その角張った横顔を金色に染めていた。


アーガの足音を聞いても振り返らず、手にしていた烈酒の杯を投げ渡す。


「座れ」


「こんな夜中に呼び出したのは、酒を飲むためじゃないだろうな?」


アーガは杯を受け取ったが、口をつけなかった。


「西部辺境の戦争が終わった」


クロードは突然振り返った。


その瞳には、普段では見られない深刻な色が浮かんでいる。


「国王は、グルバート家を粛清するつもりだ」


「ようやく俺の無実が証明されるのか!」


アーガの指へ、強い力が入った。


酒杯が圧力に耐えきれず、低く軋む音を立てる。


「だが、あの連中も準備をしていた」


クロードは冷笑した。


懐から、焦げて黒くなった羊皮紙の切れ端を取り出す。


「事件について知っていた人間は、全員死んだ」


「過去数年間の裁判記録、密書の写し、証人の名簿……」


「すべて焼却されている」


暖炉の薪が弾け、一粒の火の粉が舞い上がった。


その一瞬だけ、残された羊皮紙の文字が照らされる。


『ラインハルト事件――極秘』


「お前の名誉が回復される可能性は――」


クロードは羊皮紙の切れ端を暖炉へ放り込んだ。


「この灰と大して変わらない」


アーガは黙ったまま、炎が最後の証拠を飲み込んでいく様子を見ていた。


不思議なことに、想像していたほどの怒りは湧かなかった。


胸に残ったのは、こうなることを最初から予想していたかのような、鈍い諦めだけだった。


「赤骸城は、王国にとってそれほど価値のある街ではない」


クロードは話を続けた。


「鉱脈も、まもなく枯渇する。今後、この街に多くの役人を置いておく必要はない」


「ちょうど王都では、官僚の大規模な入れ替えが始まっている」


「俺も一時的に王都へ異動することになった。今夜のうちに出発する」


クロードは突然アーガへ顔を寄せた。


低く抑えられた声には、鉄錆の臭いを思わせる殺気が含まれている。


「ただし、その前に、俺ともう一人の副城主のもとへ……面白い命令が届いた」


一枚の密命書を広げる。


紙の端には、印章の代わりに血の指紋が押されていた。


そこには、アーガの名前が書かれている。


「グルバート商会は、証拠だけではなく、人間も消すつもりらしい」


「見せるだけだ」


クロードは密命書を再び畳んだ。


「遅くとも三日以内に、あいつはお前を殺しに来る」


「もう一人の副城主が、俺を殺すのか?」


アーガは眉を寄せた。


「なぜだ?」


「城主はまだ前線にいる。そして俺は、これから王都へ向かう」


クロードは珍しく、辛抱強く説明した。


「つまり、もう一人の副城主が、すぐに城主代理となる」


アーガはしばらく考えたあと、突然尋ねた。


「密命書では、俺はどうやって死ぬことになっている?」


クロードは書状を再び取り出し、ある一行へ指を置いた。


「『闘技場にて副城主配下へ挑戦し、敗北して死亡』」


鼻で笑う。


「お前が本当の実力を出せば、配下程度に負けることはない」


「だが、もう一人の副城主本人が、お前を見逃すはずもない」


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