↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された転生貴族の俺、基礎カード魔法で少女たちと運命を切り開く  作者: 夜神智
赤骸城編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/314

第89話 二人きりの食事

鉱山の入り口では、監督官が茨の鞭で新入りの奴隷を打ち据えていた。


アーガの姿に気づくと、すぐに鞭を引っ込め、脂ぎった笑みを顔いっぱいに浮かべる。


「今日はずいぶん早いな。クロード様がお待ちだぞ」


(一年経っても、このハイエナは弱い者に強く、強い者に媚びる性格を直せないらしい)


アーガは監督官を相手にせず、そのまま探知区域へ向かった。


靴底が、岩の隙間から生えている発光苔を踏み潰す。


青紫色に光る小さな苔は、上等魔晶石の近くに生える共生植物だった。


◇ ◇ ◇


わずか二時間後。


アーガは鉱山の奥から戻ってきた。


「今日の探知は終わった」


最後に見つけた、青白い光を放つ上等魔晶石を机の上へ置く。


「この鉱脈にある上等魔晶石は、これですべてだ」


監督官は魔晶石を手に取り、重さを確かめた。


その顔が、突然険しいものへ変わる。


「すべてだと?」


目を細め、声を荒らげた。


「俺をからかっているのか? この鉱山は七十年も採掘が続いているんだぞ! 一度だって途切れたことはない!」


アーガは一歩も退かなかった。


疑いに満ちた監督官の目を、正面から見返す。


「三度も探知を繰り返した。間違いなく、もう残っていない」


「ふざけるな!」


監督官がアーガの襟元をつかんだ。


飛び散った唾が、危うく顔へかかりそうになる。


「探知方法の何かを隠しているんじゃないだろうな?」


「それとも、値段を吊り上げるための芝居か?」


アーガは抵抗せず、つかまれるままにしていた。


この一年で、監督官の短気な性格にはすっかり慣れている。


「信じられないなら、人を送って調べ直せばいい」


アーガの表情は変わらなかった。


「だが、俺の探知結果は変わらない」


監督官がさらに怒鳴ろうとした、そのとき。


暗がりから、クロードの声が聞こえた。


「そこまでだ」


真紅の外套が、湿った岩壁を撫でるように揺れる。


一年が経ったクロードは、以前よりもさらに陰険な雰囲気をまとっていた。


額には、以前はなかった薄い傷痕がある。


闘技場で起きた反乱を鎮圧した際についた傷だという。


「クロード様!」


監督官は慌ててアーガの襟元から手を離した。


「こいつは、絶対に何か企んでいます!」


クロードは監督官を無視した。


値踏みするような視線を、アーガへ向ける。


「もうないと言ったのか?」


「ない」


アーガは袖についた魔晶石の粉を払い落とした。


「普通の鉱脈に含まれる上等魔晶石の総量は、およそ二百個だ」


「この五十年間で、百五十個以上が採掘されている。そして、この一年で俺たちが残りの五十個以上を見つけた」


アーガは鉱山の最深部へ続く坑道を指さした。


「最後の一個は、主鉱脈の先端から掘り出した。あの先には、もう基盤岩しか残っていない」


監督官が目を見開く。


「クロード様、これは……」


「確かに、そのとおりだ」


クロードが突然笑った。


「ラインハルトがいなければ、残りを掘り尽くすまで、さらに百年以上かかっていただろう」


クロードは監督官へ顔を向けた。


「こいつの仕事は終わりだ。報酬として、上等魔晶石を二個追加で渡せ」


「二個も、ですか……?」


監督官は不満そうな顔をした。


だが、クロードに睨まれると、渋々その場を離れていった。


監督官の姿が見えなくなると、クロードはアーガの肩を軽く叩いた。


「今夜は空いているか?」


「一緒に食事でもどうだ?」


アーガの指先が、わずかに震えた。


クロードはその反応を見逃さなかった。


「ただの食事だ」


警戒を見抜いたように、口元を歪める。


「この一年のお前の働きなら、まともな夕食を一度くらい食べる資格はあるだろう」


「……分かった」


アーガは誘いを受け入れた。


鉱山を離れる前に、人のいない坑道へ向かう。


そこで受け取ったばかりの上等魔晶石を一個使い、その力をカードと自分の身体へ取り込んだ。


◇ ◇ ◇


夕暮れを迎えた赤骸城は、昼間以上の騒がしさに包まれていた。


アーガはクロードのあとを追い、市場を通り抜ける。


やがて二人は、大きな石造りの建物の前へ到着した。


一年前にはなかった青銅製の門が設置され、その両脇には二体の魔獣像が並んでいる。


「俺の屋敷だ」


クロードが使用人へ合図した。


重い門が、ゆっくりと左右へ開かれる。


「入れ」


中から温かな明かりがあふれ出した。


眩しさに、アーガは思わず目を細める。


屋敷の内部は、これでもかというほど豪華に飾られていた。


床一面には北境に生息する雪熊の毛皮が敷かれている。


天井から下がる水晶の照明には、消えることのない魔法の炎が揺れていた。


一歩外へ出れば、汚水と腐臭に満ちた赤骸城の通りがある。


それが信じられないほど、屋敷の中は別世界だった。


二人は大広間へ入り、長い食卓を挟んで席についた。


琥珀色の酒が、杯の中でゆっくりと揺れている。


その表面には、暖炉で燃える炎が映っていた。


アーガは杯に生まれた小さな波紋を眺めながら、静かに口を開く。


「北境の戦争は……今、どうなっている?」


クロードは、アーガがそんなことを尋ねるとは思っていなかったらしい。


一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐに酒を注ぎ直した。


「膠着状態だ」


杯の酒を一息で飲み干す。


酒を飲み込むたび、太い喉が動いた。


「王国騎士団は、すでに半数以上が死傷している。今では魔法協会も援軍を送り始めた」


「雪狼国の獣人軍も王国の奥までは攻め込めないが、かといって撤退することもできない」


クロードは酒壺を手に取り、再び自分の杯を満たした。


「このまま、あと数年は続くだろうな」


アーガの指先が、無意識に杯の縁をなぞる。


「王都は?」


「セント・ローランは、今どうなっている?」


わずかに間を置いて、もう一つの名前を口にした。


「グルバート商会は?」


「はっ!」


クロードが突然、嘲るような笑い声を上げた。


その目には、明らかな皮肉が浮かんでいる。


「グルバート商会なら、ほかの大商会をいくつも吸収した」


「今では、王都で動く利益の七割が、連中の手に流れ込んでいる」


クロードは杯を揺らした。


「この一年で、笑いが止まらないほど稼いだだろうよ」


――ピシッ。


アーガが握っていた杯に、細い亀裂が走った。


酒が指の間から流れ落ち、雪熊の毛皮に暗い染みを作る。


クロードが眉を上げる。


「どうした?」


「俺は、グルバート商会に陥れられた」


アーガの声は、ほとんど聞き取れないほど低かった。


「証拠を捏造され、母が作った薬には毒が入っていると濡れ衣を着せられた」


爪が手のひらへ深く食い込む。


「父は、連中が送り込んだ刺客に殺された」


部屋に、短い沈黙が訪れた。


聞こえるのは、暖炉の中で薪が爆ぜる音だけだった。


クロードはゆっくりと杯を置いた。


顎に残る傷痕を指先で撫でる。


「なるほどな」


「復讐がしたいのか?」


アーガは答えなかった。


代わりに顔を上げ、クロードを正面から見つめる。


「俺をここから出せないか?」


クロードの目が、わずかに細くなった。


「赤骸城から出たいと?」


「ああ」


アーガは視線を逸らさない。


「転移魔法陣でも、商隊に紛れ込ませる方法でもいい」


「どんな方法でも構わない」


直後。


クロードが大声で笑い始めた。


だが、その笑いには少しも楽しげな響きがなかった。


「副城主候補に、どれほどの権限があると思っている?」


クロードは足元を指さす。


「この屋敷にある転移魔法陣は、城主府へ移動することしかできない。それが俺に許された限界だ」


両手を広げ、肩をすくめる。


「悪いが、俺には助けられない」


クロードは酒を一口飲み、さらに続けた。


「それに、城主府の転移魔法陣を動かすには、莫大な魔力が必要だ」


「普段は城主府にいる、魔力の高い三人の魔導師が共同で管理している」


「城主本人が転移するときでさえ、あの三人の力を借りなければならない」


アーガは黙ったまま、残っていた酒を飲み干した。


氷炎酒の熱が、喉から胃へ向かって広がっていく。


それでも、胸の奥にある冷たさを消すことはできなかった。


「なら――」


アーガは杯を置いた。


その声は、不気味なほど落ち着いていた。


「次は、血髑髏闘技場へ行く」


クロードが意外そうに目を開く。


「闘技場だと?」


「鉱山での仕事は終わった」


アーガは椅子から立ち上がった。


黒い衣服の下に見える身体は、一年前よりも明らかに引き締まっている。


「実力を上げるには、実戦経験が必要だ」


その目に、揺るぎない決意が浮かんだ。


「戦争が終われば、王廷は必ずグルバート家の罪を調べる」


「そのとき俺の無実が証明され、ここから解放されたなら――」


アーガは強く拳を握った。


「その日が、俺の復讐を始める日だ」


クロードは興味深そうに、アーガを見つめた。


「意外と気が長いんだな」


「もっとすぐに飛び出していくような性格だと思っていた」


クロードは再び酒を注ぎ、杯を持ち上げた。


「お前に一杯」


琥珀色の酒へ、アーガの疲れ切った顔が映り込む。


「この一年、お前のおかげで上からの評価が大きく上がった」


「資金も物資も、以前とは比べものにならないほど与えられている」


クロードは杯をアーガの方へ差し出した。


「ほかに助けが必要なら、遠慮なく言え」


アーガは、わずかに表情を緩めた。


杯を重ね、酒を一口含む。


氷の冷たさと炎の熱さが同時に舌の上で弾けた。


ふと、一年前の夜を思い出す。


貧民街の壊れかけた小屋で身体を丸め、残り少ない銅貨を何度も数えていた夜。


アーガは腰のカードケースへ手を置いた。


そこには、強化を終えた六枚のカードが静かに収められている。


赤の一《火》。


赤の三《草》。


赤の五《氷》。


黄色の一《ヒグマ》。


青の一《治癒体》。


緑の一《穿刺》。


(これだけあれば、十分だ)


アーガはクロードへ視線を戻した。


「今の俺が、どの階級にいるのか調べられるか?」


「構わない」


クロードは気前よく使用人を呼び、魔力階級を測定するための水晶球を持ってこさせた。


間もなく、透明な球体が食卓の上へ置かれる。


アーガは右手を、その表面へ触れさせた。


水晶球の内部に淡い光が広がる。


光が集まり、一列の文字へ変化した。


『学徒級上位』


その結果を確認したアーガは、顔を上げた。


瞳には、強い決意が宿っている。


「俺と一度、戦ってくれないか?」


「今の俺が実戦でどこまで通用するのか、確かめたい」


アーガの声が、クロードの応接室へはっきりと響いた。


酒を注ごうとしていたクロードの手が、空中で止まる。


琥珀色の酒に、丸い波紋が広がった。


「面白い」


クロードは酒壺を置く。


「本気で言っているのか?」


アーガは、すでに席から立ち上がっていた。


「ああ」


「自分の限界を知りたい」


クロードが豪快に笑った。


身体を動かすたび、真紅の外套が大きく翻る。


彼は外套を乱暴に外し、床へ投げ捨てた。


その下から現れた鍛え上げられた上半身には、新旧無数の傷痕が刻まれている。


その一つ一つが、過去に経験した残酷な戦いを物語っていた。


「いいだろう」


クロードは獰猛な笑みを浮かべる。


「この一年で、お前がどれほど成長したのか――」


「俺が直々に確かめてやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。