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第79話 リナの看病

足の悪い老薬売りの露店には、すでに長い列ができていた。


隻眼の薬売りは、指の欠けた手のひらで暗紫色の薬草を量っている。


残された片目には、隠しきれない欲深い光が浮かんでいた。


「雪絨草、一株二銀貨だ」


老人の声は、紙やすり同士を擦り合わせたようにざらついている。


アーガは眉をひそめた。


「先週は一銀貨だっただろ」


「国境では戦争の真っ最中だ」


老人は鼻を鳴らした。


「ベルマン家の軍も霜凍峡谷で足止めされている。薬草の値段は全部上がってるんだよ」


義眼がぎょろりとアーガへ向けられる。


「買うのか? 買わないのか?」


「後ろにはまだ客がいるんだ」


アーガは歯を食いしばり、二枚の銀貨を差し出した。


露店を離れようと振り返ったとき。


通りの角にいた、ぼろ布をまとった数人の《拾い屋》が、こちらの金袋を見つめていることに気づいた。


アーガは歩調を速めた。


獣の骨が無数に吊るされた細い路地へ入り、追跡を振り切るように足早に通り抜ける。


◇ ◇ ◇


木造小屋へ戻ると、リナは壁際で身体を丸め、激しく震えていた。


唇の端には、白い氷の結晶がついている。


アーガはすぐに炉へ火を入れた。


買ってきた雪絨草を細かく千切り、陶器の鍋へ入れる。


煮立った薬湯から苦い香りが立ち上り、狭い小屋の中を満たしていった。


「飲んでくれ」


アーガはリナの身体を支え、薬湯を唇へ近づけた。


少女の睫毛には、細かな霜が張りついている。


どうにか数口飲んだところで、激しく咳き込み始めた。


「ごほっ、ごほっ……!」


飛び散った薬液がアーガの袖へ付着する。


次の瞬間、薬液は布の上で凍りついた。


「ごめんなさい……」


リナの声には、今にも泣き出しそうな響きがあった。


アーガは首を横に振った。


古い布で、少女の口元に残った薬を拭き取る。


「気にするな」


「ゆっくりでいいから」


◇ ◇ ◇


夜の闇が墨のように、小屋の隙間という隙間へ染み込んでいった頃。


リナの呼吸が、突然激しく乱れ始めた。


アーガは翌日に使う薬草を石臼で砕いていた。


異変に気づくと、すぐに手を止める。


炉のかすかな火明かりの中。


少女の青白い肌へ、蜘蛛の巣のような氷晶の紋様が浮かび始めていた。


「また発作か?」


アーガは急いで薬箱を開く。


指先が火蜥蜴の粉末を入れていた瓶へ触れた。


だが、その瓶は空だった。


その瞬間、手の動きが止まる。


すぐに気持ちを切り替え、予備の雪松精油をつかんだ。


温めた水へ数滴垂らし、麻布を浸す。


リナの睫毛は、すでに真っ白な霜で覆われていた。


何かを伝えようと唇を動かす。


吐き出された白い息は、空中で小さな氷の粒となり、床へ落ちた。


「右……肩……」


アーガはすぐに理解した。


右肩が、寒症の最も強く現れている場所なのだ。


ベッドの横へ片膝をつく。


温めた麻布を、青紫色へ変わり始めた肩甲骨へ押し当てた。


もう片方の手を素早く擦り合わせる。


手のひらが温まると、冷え切った額へ当てた。


以前、老薬師から教わった治療法だった。


熱は経絡の入り口と出口から、同時に送り込まなければならない。


「俺の呼吸に合わせろ」


アーガは意識して、呼吸をゆっくりにした。


胸を一定の間隔で上下させる。


「吸って……」


「吐いて……」


焦点を失いかけていたリナの瞳が、少しずつアーガを捉え始めた。


彼の指示に合わせ、乱れていた呼吸を整えていく。


アーガはその隙に、残っていた雪松精油をベッドの四隅へ一滴ずつ垂らした。


苦みを含んだ木の香りが、すぐに部屋へ広がる。


貧しい者が使う安物の安息香だった。


高価な薬ではないが、筋肉の痙攣を和らげる効果がある。


「俺を見ろ」


アーガは突然、薬箱の底から一本の細い縄を取り出した。


リナの目の前で、素早く複雑な結び目を作っていく。


「これを覚えているか?」


「北方の牧民が、家畜の数を数えるために使う縄の記数法だ」


リナの視線は、狙いどおり縄へ引きつけられた。


震える指先が、無意識にアーガの動きを追う。


アーガは心の中で安堵した。


注意を別のものへ向ければ、寒症が引き起こす神経性の痛みを軽減できる。


次々と縄の形を変えながら、視界の端で少女の鎖骨付近を確認する。


そこへ広がっていた氷の紋様は、少しずつ薄くなっていた。


四十五分ほどが過ぎた頃。


リナの呼吸は、ようやく安定した。


そのときになって初めて、アーガは自分の背中が冷たい汗でびっしょり濡れていることに気づいた。


長時間、同じ姿勢で縄を握り続けていた指は、白く強張っている。


アーガは結び目を作った縄を、そっとリナの枕元へ置いた。


立ち上がろうとすると、酷使された膝が悲鳴のような音を立てた。


「眠っていいぞ」


炉へ、長く燃える蛇木を追加する。


火の粉が弾けた瞬間。


アーガの目の下にできた濃い隈が、赤い光に照らし出された。


◇ ◇ ◇


夜が明ける頃。


リナの体温は、ようやく正常に近づいていた。


アーガは音を立てないように起き上がる。


自分の胸元を見ると、皮膚には細かな凍傷が無数にできていた。


だが、それを手当てする余裕はない。


すぐに新しい薬を作る準備を始める。


「アーガ様……」


リナが弱々しく目を開いた。


「その手……」


言われて初めて、アーガは自分の指が紫色に変わっていることに気づいた。


適当に両手を擦り合わせ、無理に笑ってみせる。


「大丈夫だ」


それからの日々は、苦しい繰り返しとなった。


アーガは毎朝早くに小屋を出て、日が暮れてから帰ってくる。


赤骸城の市場を歩き回り、リナに必要な薬草を探し続けた。


リナは小屋の中で、病と戦い続けた。


寒症が発作を起こすたび、死神の鎌が喉元をかすめていくようだった。


◇ ◇ ◇


ある雨の夜。


アーガは全身を濡らしたまま、木造小屋の扉を勢いよく開けた。


手には油紙で何重にも包まれた、小さな薬包を握っている。


「火蜥蜴の心臓粉末だ」


肩で大きく息をしながら言った。


顔には、不自然な赤みが浮かんでいる。


「獣人の薬売りが……ごほっ……寒症に効くって……」


リナは、アーガの右腕に新しい傷があることへ気づいた。


鋭い爪で引き裂かれたような痕から流れた血は、すでに固まっている。


「怪我をしているじゃないですか!」


リナが手を伸ばす。


だが、アーガはその手を避けた。


「かすり傷だ」


「それより早く飲め。温かいうちに」


粉末を熱湯へ入れると、鼻を刺すような硫黄の臭いが立ち上った。


リナは鼻をつまみ、一気に薬を飲み干す。


すると、胃の中から温かな流れが生まれ、手足の先まで広がっていった。


少女は驚きながら、自分の指先を見る。


いつもならすぐに氷が張るはずだった。


だが、今回は何も起きない。


「効いてる!」


アーガの瞳が明るくなった。


何日ぶりか分からないほど久しぶりに、心からの笑顔を見せた。


しかし。


平穏は長く続かなかった。


◇ ◇ ◇


三日後の真夜中。


リナの寒症が、再び発作を起こした。


それまでとは比べものにならないほど激しかった。


胸元に生まれた氷晶が、瞬く間に首まで広がる。


少女はまともに息を吸うことさえできなくなっていた。


アーガは手元にある薬草を、すべてひっくり返して調べた。


だが、火蜥蜴の心臓粉末は、すでに使い切っている。


「持ちこたえてくれ!」


外套をつかみ、雨の中へ飛び出した。


「すぐに戻る!」


深夜にもかかわらず、赤骸城の闇市は騒がしかった。


だが、足の悪い老薬売りの露店はすでに片づけられている。


アーガは正気を失ったように、薬屋の扉を一軒ずつ叩き続けた。


最後に、半獣人の薬売りが営む店で、目的の薬を見つける。


だが、提示された金額は普段の三倍だった。


「これで足りるか?」


アーガは革袋の中身を、すべて店の台へぶちまけた。


半獣人は濁った黄色い目で、硬貨とアーガを見比べる。


「まあ、足りるだろう」


◇ ◇ ◇


アーガが足をもつれさせながら木造小屋へ戻ったとき。


リナはすでに意識を失っていた。


全身を、薄い氷の膜が覆っている。


「リナ!」


アーガは慌てて薬を煮始めた。


震える手が水差しへぶつかり、床へ倒してしまう。


すぐに別の水を用意し、炉へかけた。


ようやく薬湯が完成したとき。


手の震えがひどく、器を持つことさえ難しかった。


「飲んでくれ……」


アーガはリナの固く閉じた歯を、どうにかこじ開ける。


「頼むから……」


少しずつ、薬湯を口の中へ流し込んでいった。


それから、長い時間が過ぎた。


リナの睫毛が、ようやくかすかに震える。


全身を覆っていた氷が溶け始め、ベッドの上へ小さな水たまりを作った。


アーガは、その場へ力なく座り込んだ。


そこで初めて、自分の顔が涙で濡れていることに気づいた。


「アーガ……様……?」


リナが弱々しく手を伸ばした。


指先で、アーガの頬を流れる涙を拭う。


アーガはその冷たい小さな手をつかみ、自分の額へ押し当てた。


「もう……」


声が震える。


「もう、俺を怖がらせないでくれ……」


◇ ◇ ◇


この危機を乗り越えたあと。


リナの病状は、ゆっくりではあるものの、安定して回復へ向かい始めた。


一人で身体を起こし、薬を飲めるようになった。


時には、アーガが干しておいた薬草を整理することもできる。


ある日の午後。


アーガは外から小屋へ戻る道を歩いていた。


いつもと同じ路地が、今日は異様に長く感じられる。


革袋の中に残った全財産を確認した。


金貨は、もう六枚しかなかった。


「お帰りなさい、アーガ様」


小屋へ入ると、リナの明るい声が聞こえた。


顔色は以前よりも明らかによくなっている。


そして、その口元には、この半月で初めて見る笑顔が浮かんでいた。


室内も、以前より綺麗になっていた。


リナが自分で掃除をしたらしい。


「見てください」


リナは少し誇らしげに胸を張った。


「私も、もうお手伝いできるんです」


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