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追放された転生貴族の俺、基礎カード魔法で少女たちと運命を切り開く  作者: 夜神智
赤骸城編

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第76話 赤骸城

目を焼くような白い光が消える。


アーガは足元をふらつかせ、焼けるように熱い地面へ両膝をついた。


周囲を見回す。


だが、モルブとモルハンの姿はどこにもなかった。


(俺たち三人を、それぞれ別の場所へ転移させたのか?)


強い風が黄砂と小石を巻き上げ、容赦なく顔へ叩きつけてくる。


アーガは目を細め、その向こうに浮かぶ赤骸城の姿を見た。


砂嵐の中に見え隠れする巨大な城。


城壁は黒曜石と無数の骨によって組み上げられていた。


壁の上から伸びる鉄杭には、干からびた人間の死体が吊るされている。


熱風が吹くたび、それらは振り子のようにゆっくりと揺れていた。


「見ない顔だねえ」


突然、しわがれた声が聞こえた。


道端にある露店には、いくつもの水晶製の頭蓋骨が積み上げられていた。


店主は片目のない老婆だった。


枯れ枝のような手が伸び、アーガの手首をつかむ。


黒く汚れた爪の間には、小さな肉片が挟まっていた。


「占っていくかい? たった二十銅貨だよ」


アーガは反射的に老婆の手を振り払った。


後ろへ下がった瞬間、背中が鉄製の檻へぶつかる。


次の瞬間。


檻の中にいた半人半蛇の奴隷が、突然アーガへ飛びかかった。


「っ!」


大きく開かれた口から、鋭い牙が覗く。


アーガは慌てて身を引いたが、牙の先端が袖へ引っかかり、囚人服の布を大きく引き裂いた。


奴隷は鉄格子を揺らしながら、何度も牙を鳴らす。


アーガは息を呑み、さらに距離を取った。


足元に架けられた吊り橋が、不吉な軋みを上げている。


恐る恐る下を覗き込む。


城を囲む堀に流れていたのは、水ではなかった。


半分ほど溶けた魔獣の死骸が、粘ついた液体の中を漂っている。


水面では大きな泡が絶え間なく弾け、腐った肉のような悪臭を放っていた。


◇ ◇ ◇


一本の通りへ入った瞬間。


熱気と、人々の声が一斉に押し寄せてきた。


眩しさに慣れてきたアーガは、改めて周囲を見回す。


そこは、巨大な生物の骨格を削って作られた街だった。


肋骨のような骨が両側へ並び、その間に店や住居が無理やり建てられている。


商人たちは発光する苔を巨大な骨へ吊るし、明かりの代わりにしていた。


あちこちから、荒々しい呼び込みの声が響く。


「新鮮な砂サソリだ! 毒腺も丸ごと残ってるぞ!」


「鉱夫用の長靴! 三か月は壊れない保証つきだ!」


「鎮痛軟膏はいらないか! 次の闘技まで命をつなげるぞ!」


露店に並べられていた皮を剥がれた砂サソリが、突然激しく痙攣した。


尾が跳ね上がり、粘ついた液体がアーガの頬へ飛んでくる。


「うわっ……」


顔を拭おうとした、そのとき。


ズボンのポケットに、何か硬い物が入っていることに気づいた。


(何だ、これ?)


近くにいる守衛の目を盗み、そっと中身を取り出す。


革製の小さな袋だった。


袋の中には、何枚もの金貨と、折り畳まれた紙が入っている。


アーガは守衛へ背を向け、急いで紙を開いた。


そこに書かれていたのは、見覚えのある筆跡だった。


『アーガへ


ロイスから、すべての事情を聞いた。


商会の力はあまりにも大きく、私にできることは限られている。


この金があれば、少なくとも赤骸城へ入ったばかりの生活は、多少楽になるだろう。


娘の命を救ってくれたことへの礼でもある。


――ヴィルヘ・グルバート』


アーガは金貨を強く握り締めた。


金貨の縁が手のひらへ食い込み、鋭い痛みを与える。


それでも、その痛みは久しく忘れていた温かさを感じさせた。


「何をぼさっとしている!」


守衛の鞭が背中へ振り下ろされた。


「ぐっ……!」


アーガはよろめきながら前へ進む。


だが、その背筋は先ほどよりも少しだけ伸びていた。


◇ ◇ ◇


騒がしい市場を抜けると、前方に二つの巨大な建物が現れた。


左側には、地の底まで続いているような鉱山の入り口。


暗い穴の中から、つるはしが岩を叩く音と、囚人たちの苦しげな呻きが聞こえてくる。


右側にあるのは、血髑髏闘技場。


巨大な壁の向こうから、波のような歓声が絶えず押し寄せていた。


「選べ、屑ども」


守衛が不揃いな黄ばんだ歯を見せた。


「鉱山へ行って、ゆっくり腐りながら死ぬか」


「闘技場で、自分の命を賭けてみるかだ」


アーガは何も答えなかった。


重い足取りで、赤骸城の汚れた通りを進んでいく。


風が巻き上げた黄砂が、血のかさぶたに覆われた顔へ当たった。


無意識に腰へ手を伸ばす。


そこには剣もカードもない。


粗末な囚人服があるだけだった。


(このままじゃ、本当にここで死ぬ)


(まずは眠れる場所を探さないと……)


ポケットの中へ手を入れる。


指先で、金貨に刻まれた凹凸のある紋様をなぞった。


深く息を吸い、金貨を手の中へ握り込む。


「おい、新入り!」


細い路地の奥から、片耳の半分を失った老人が顔を出した。


「寝床を探してるのか?」


アーガが警戒しながらうなずくと、老人は顎を動かしてついてくるよう促した。


連れていかれたのは、城の西側にある荒れ果てた木造住宅区だった。


枯れ草と腐りかけた木材を組み合わせただけの小屋が、互いに支え合うように並んでいる。


今にも息絶えそうな獣の群れのようだった。


「一日十銅貨だ」


老人が地面へ唾を吐く。


「借りるなら、さっさと決めな。後ろにも待ってる奴がいる」


アーガは眉をひそめた。


「一日で十銅貨?」


「こんな小屋にしては高すぎないか?」


老人は、歯の抜けた口を開いて笑った。


「坊主、ここがどこだか分かってるのか?」


「赤骸城だぞ」


老人は、少し離れた路地を指さした。


そこでは、何人かの怪しい男たちが、こちらの様子を窺っている。


「見えるか? あいつらは《拾い屋》だ」


「新入りを狙って、金目の物を全部奪う連中さ」


「路上や適当な鉱穴で眠ってみろ。次の朝には、下着まで残っていないぞ」


(想像していた以上に、治安が悪いな……)


アーガが周囲を見ると、路地の入り口を二人の大男が巡回していた。


腰には、刃の大きな山刀を下げている。


老人はアーガの視線に気づいた。


「この住宅区には《夜警》がいる」


「値段は少し高いが、少なくとも寝ている間に喉を切られる心配はない」


「……分かった」


アーガはポケットから十枚の銅貨を取り出し、老人へ渡した。


選んだのは、住宅区の最も奥にある小さな木造小屋だった。


ひどく粗末ではあるが、屋根と壁はどうにか形を保っている。


壁にはいくつか細い亀裂があり、時折そこから風が吹き込んだ。


室内には古い木製のベッドが一つ。


その上には、布団の代わりに乾いた藁が敷かれていた。


(路上で寝るよりは、ましか……)


◇ ◇ ◇


夜。


アーガはベッドの上で何度も寝返りを打っていた。


身体を動かすたび、古い木の板が悲鳴のような軋みを上げる。


天井に広がる黒い染みを眺めていたが、少しも眠気は訪れなかった。


やがて身体を起こし、窓辺へ歩いていく。


外の空気を吸おうと、扉へ手を伸ばした。


だが、その手は取っ手へ触れる直前で止まった。


深夜に一人で外へ出た結果、罠にはめられたことを思い出したのだ。


(くそ……)


(自由に出歩くことすら、できなくなったのか……)


アーガは扉から離れ、窓枠へ背中を預けた。


夜風が細かな砂を運び、頬へ打ちつける。


赤骸城の夜空には、星が一つも見えなかった。


血髑髏闘技場の炎だけが、厚い雲を暗赤色に染めている。


アーガは無意識に腰へ手を伸ばした。


しかし、指へ触れたのは粗い囚人服だけ。


以前持ち歩いていた物は、赤骸城まで護送される途中ですべて奪われていた。


「父さん……母さん……」


自分にさえ聞こえないほど、小さな声だった。


「カール……リサ……」


遠くから、《夜警》が木を打つ音が響いてきた。


長く三回。


短く二回。


それは、この街に潜む何かへ警告しているように聞こえた。


◇ ◇ ◇


それから数日が過ぎた。


アーガは毎日、街角で黒パンを一つ買い、濁った井戸水で流し込んだ。


ある日。


小屋の前に座り、硬いパンをかじっていると、隣に住む片目の老人が数人の大男に引きずられていく姿が見えた。


老人の片足は不自然な方向へ折れ曲がっている。


地面には、長い血の跡が残されていた。


近くにいた夜警は、草の根をくわえながら言った。


「鉱山で落ちたんだ」


「治療費を払えないから、闘技場で一発逆転を狙うしかない」


アーガは何も言わず、手元に残った金貨を数えた。


それから、腰の辺りにある傷へ触れる。


毒によって傷ついた場所も、ようやくかさぶたになり始めていた。


遠くの闘技場から、試合開始を告げる角笛が聞こえる。


風に巻き上げられた砂が顔へ当たった。


そこには鉄錆にも似た、血の匂いが混じっている。


(このままじゃ、長くは持たない……)


小屋の窓から、二つの方向を見た。


左側には、朝から晩まで金属音が響く鉱山の入り口。


背中を曲げた囚人たちが、蟻のように絶え間なく出入りしている。


右側には、血髑髏闘技場。


今も耳をつんざくような歓声が上がっていた。


また誰かが、砂の上で命を落としたのだろう。


アーガは自分の両手を見下ろした。


以前は、指を動かすだけで簡単に魔力を集められた。


今は、パンの欠片をつまむことさえ難しい。


だが、背中に残った毒薬の傷痕へ触れたとき。


灰青色の瞳に、鋭い光が浮かんだ。


(鉱山へ行けば、少しずつ心まで削られる)


(それなら、闘技場で全力を出してみる方がましだ……)


アーガは立ち上がり、通りへ向かった。


露店の一つで、新品のトランプを一組購入する。


赤骸城で売られている物とはいえ、封はまだ切られておらず、カードそのものも新しかった。


箱を開き、何枚ものカードをじっと見つめる。


「試してみるか……」


小さく呟いた。


「何もしなければ、これから先の生活はもっと苦しくなるだけだ」


遠くから聞こえていた歓声が、突然一段と大きくなった。


続いて、興奮した魔獣の咆哮が響き渡る。


アーガはトランプをカードケースへ収めた。


ケースを腰へ取りつける。


そして、血髑髏闘技場の方角を見た。


(闘技場か……)


(今は、やってみるしかない……)


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