第74話 牢獄の災厄
数人の衛兵が、アーガを乱暴に地面から引き起こした。
両腕を背中へねじ上げられ、粗い縄が容赦なく皮膚へ食い込む。
「俺じゃない!」
アーガは必死にもがきながら叫んだ。
煙を吸い込んだ喉から出る声は、ひどくかすれている。
「俺が中へ入ったときには、もうみんな――」
「黙れ!」
衛兵の一人が、アーガの膝裏を強く蹴った。
足から力が抜け、その場へ跪く。
額が石畳へ激しくぶつかった。
温かい血が、すぐに眉を伝って流れ始める。
「見ろ、この狂った化け物を!」
別の衛兵がアーガの髪をつかみ、無理やり顔を上げさせた。
「自分の両親と兄まで殺すとはな!」
駆けつけた消火隊によって、宿の火は少しずつ抑えられていた。
それでも濃い煙は空の半分を覆い、周囲には焦げた臭いが立ち込めている。
騒ぎを聞きつけた市民たちも、次々と集まり始めていた。
彼らの囁き声が、毒蛇のようにアーガの耳へ入り込む。
「あいつ、天才魔法使いと呼ばれていた少年だろ……」
「自分の家族を殺したの?」
「魔法の使いすぎで、おかしくなったんじゃないか……」
痛みと煙によって、アーガの視界はぼやけていた。
それでも、自分へ向けられる嫌悪に満ちた目だけは、はっきりと見えた。
違うと叫びたい。
何度でも説明したい。
しかし、乾き切った唇から漏れるのは、意味のないかすれた息だけだった。
間もなく、アーガは引きずられるように人混みの中を進まされた。
やがて、大隊長の制服を身につけた大柄な男の前へ連れていかれる。
男は燃え盛る宿を背にしていた。
そのため、顔は影の中へ隠れている。
「大隊長! 犯人を確保しました!」
大隊長と呼ばれた男が、ゆっくりと振り返った。
そこで初めて、アーガにも顔が見えた。
角張った顔。
眉から顎までを縦に走る、醜い傷痕。
その目は、氷のように冷たかった。
「顔を上げさせろ」
大隊長が命じる。
近くにいた隊長の一人が、アーガの顎を乱暴につかんだ。
顔を確認した瞬間、その人物の表情に驚きが浮かぶ。
「待ってください……」
声を上げた。
「この少年、アーガ・ラインハルトではありませんか?」
そして大隊長へ向き直る。
「大隊長、この事件には何か誤解があるはずです!」
アーガは苦労しながら顔を横へ向けた。
こちらへ早足で近づいてくる、見覚えのある男がいた。
王城護衛隊第九隊長、ムハン。
アーガが十歳の頃、モルハンたちに誘拐された事件で救出に来た人物だった。
獲物を捉える鷹のような目は、以前と変わらず鋭い。
「ムハン隊長……」
アーガの声は、ほとんど聞こえないほど弱かった。
ムハンはアーガの前へしゃがみ込んだ。
信じられないという表情で、その傷だらけの姿を見る。
「どうして、お前が……」
「いったい何が起きたんだ?」
「この犯罪者を知っているのか?」
大隊長が冷たく言葉を遮った。
ムハンは立ち上がる。
その声には、強い確信があった。
「大隊長、アーガ・ラインハルトが犯人であるはずがありません」
「私は以前から、この少年を知っています」
「モルハンと、その仲間のモルブを捕らえた際にも、彼の機転に助けられました」
「私は、この少年が――」
「黙れ!」
大隊長が突然、怒鳴り声を上げた。
顔の傷痕が、怒りによって赤く染まる。
「証拠は揃っている!」
「現場で生きていたのは、この少年だけだ!」
「こいつ以外に、誰が犯人だというのだ!」
大隊長はムハンを睨みつける。
「お前は、上の判断へ異議を唱えるつもりか?」
ムハンの拳が強く握られた。
やがて、ゆっくりと力を抜く。
一歩後退し、顔を伏せた。
「……そのようなつもりはありません」
しばらく沈黙してから答える。
「命令に従います」
大隊長は鼻を鳴らした。
衛兵たちへ片手を振る。
「本部へ連行しろ」
「徹底的に取り調べるのだ!」
次の瞬間。
アーガの頭へ、突然麻袋が被せられた。
視界が、完全な闇へ閉ざされた。
◇ ◇ ◇
アーガは暗く湿った地下牢へ、荷物のように投げ込まれた。
背後で鉄扉が轟音を立てて閉じる。
彼は牢の隅で身体を丸めた。
全身が傷だらけだった。
破れた服には、血と冷たい汗が染み込んでいる。
それから、わずか半日後。
看守が嘲笑を浮かべながら、一部の『王都日報』を鉄格子の隙間から投げ入れた。
一面には、巨大な見出しが載っていた。
『天才魔法使い、悪魔へ堕ちる! アーガ・ラインハルト、実の家族を惨殺!』
その下には、衛兵に引きずられているアーガの無残な写真まで掲載されていた。
アーガは震える指で、新聞の表面をなぞった。
喉の奥から、苦しげな呻きが漏れる。
グルバート商会のような巨大な組織を前にすれば、自分など虫けらと変わらない。
何を言っても、簡単に踏み潰される。
そのことを、ようやく理解した。
「俺は無実だ!」
看守が前を通るたび、アーガは鉄格子を激しく叩いた。
「本当に、俺は誰も殺していない!」
しかし返ってくるのは、嘲るような笑い声だけだった。
時には、黙らせるために鞭まで振るわれた。
「無駄な体力を使うな」
顔中に脂肪のついた尋問官が、鞭の柄でアーガの顎を持ち上げた。
「商会から、すでに確実な証拠が提出されている」
「お前の両親が着ていた血まみれの服から、お前の魔力が検出されたそうだ」
「そんなはずがない!」
アーガは縄で拘束されたまま、必死に身体を動かした。
「俺はもう、魔力を使えないんだ!」
尋問官が大声で笑う。
「そんな稚拙な嘘で、罪を逃れられると思ったのか?」
隣にいる記録官へ顔を向ける。
「書いておけ」
「犯人は『魔力を失った』という荒唐無稽な言い訳で、罪を免れようとした」
そのとき。
向かい側の牢から、かすれた声が聞こえてきた。
「おいおい。天才少年じゃないか」
アーガは痛みに耐えながら、ゆっくりと顔を向ける。
鉄格子の向こうに、髪も髭も伸び放題になった二人の男がいた。
四年前、アーガを誘拐したモルブとモルハンの兄弟だった。
モルブは何本か歯の抜けた口を開き、醜い笑みを浮かべる。
「もうすぐ四年か?」
「懐かしいなあ……」
目に憎しみを浮かべた。
「あのとき、お前さえいなければ、俺はとっくに逃げ切っていたんだ!」
モルハンは汚れた指で、鉄格子を軽く叩いた。
「お前には恨みがあるが、親切に一つ教えてやるよ」
「今、グレイクリフ王国は凛冬王国と戦争中だ」
声を落とす。
「こんな状況で、お前の冤罪なんかを真面目に調べる暇があると思うか?」
「お前を捕らえた大隊長も、どうせ商会に買収されている」
「王都の守りが薄くなった今、連中はお前を好きなように扱えるってわけだ」
アーガは、氷の中へ突き落とされたように感じた。
ロイスが別れ際に言った「できる限り」という言葉を思い出す。
リサは、すでに前線へ向かっている。
自分の無実を証明してくれそうな人間は、誰もそばにいない。
◇ ◇ ◇
それから三日間。
取り調べは、時間が経つほど残酷になっていった。
「言え!」
尋問官が、赤く熱した焼き鏝をアーガの背中へ押しつけた。
「お前は、どうやって父親を殺した!」
皮膚が焼ける音がした。
刑訊室に、肉の焦げる臭いが広がる。
「俺は、やってな――ああああっ!」
アーガの絶叫が、冷たい石壁へ何度も反響した。
「母親は死ぬ前に、何と言った?」
金属の器具が、アーガの爪を押し潰す。
「やめて……」
声は、すでにまともに出なかった。
「お願いだ……もう……」
意識が少しずつ遠のいていく。
「認めろ」
尋問官は、耳元で囁いた。
「詳しく話せば話すほど、この苦しみは早く終わる」
四日目の夜明け。
尋問官が、塩水へ浸した鞭を再び持ち上げた。
その瞬間。
アーガの心は、ついに耐えられなくなった。
「俺が……やった……」
声は震えていた。
「俺が、みんなを……殺した……」
そして、でたらめな殺人の経緯を話し始めた。
内容は矛盾だらけで、現場の状況ともまったく一致していなかった。
それでも、尋問官は気にしなかった。
満足そうに笑い、アーガの頬を軽く叩く。
「それでいい」
「最初から素直に話していれば、ここまで苦しむ必要もなかったんだ」
アーガは再び、地下牢へ乱暴に投げ戻された。
激しい痛みの中で、意識が浮かんでは沈んでいく。
どれほど時間が経ったのか分からない。
次に目を覚ましたとき。
牢の中には、見覚えのある二人の姿が増えていた。
モルブとモルハンが、同じ牢へ移されていたのだ。
「どうして、お前たちが……?」
アーガは壁へ手をつき、苦労しながら身体を起こした。
声はすでに、聞き取るのも難しいほどかすれている。
モルブは肩をすくめた。
手足につけられた鎖が、重い音を鳴らす。
「こっちが聞きたいくらいだ」
「たぶん、まとめて裁判にかけるつもりなんだろ」
モルハンは湿った壁へ背中を預けた。
冷たい笑みを浮かべる。
「お前は表向き、人を殺したことになっている」
「だが、まだ子供だ。どうなるかは分からないな」
「俺は……どうなる?」
アーガは信じたくないというように、もう一度小さく尋ねた。
「さあな」
モルハンは足元の腐った藁を蹴った。
「俺たち兄弟は、少し盗みを働いただけだ」
「少なくとも、死刑になるほどの罪じゃない」
アーガは、突然ロイスの言葉を思い出した。
虚ろな目で地面を見つめ、呟く。
「連中は言っていた……」
「俺を、生きていることを後悔するような目に遭わせるって……」
その言葉が響いた瞬間。
牢の空気が完全に凍りついた。
モルブとモルハンが、互いの顔を見る。
二人の顔から、急速に血の気が失われていった。
「なあ、兄貴……」
モルブの声が震えている。
「生きている方が苦しい場所って言ったら……」
「この国で、一番当てはまるのは……」
モルハンは長い間、何も答えなかった。
あまりにも長い沈黙だったため、アーガはもう答えるつもりがないのだと思った。
やがて。
モルハンの口から、アーガの血さえ凍らせる名前がこぼれ落ちた。
「赤骸城だ」
幼い頃から不自由なく育ったアーガでさえ、その場所の噂は聞いたことがあった。
王国の最南端に存在する、生きた地獄。
国内で最も凶悪な犯罪者たちが送られる場所。
一度入れば、生きて外へ出られる者はいないといわれている。
牢の中が、死んだように静まり返った。
遠くで水滴が落ちる音だけが、暗闇の中へ何度も響いていた。




