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第65話 陰謀

アーガは一人、薄暗い王都の通りを歩いていた。


周囲では、大勢の人々が慌ただしく行き交っている。


夜風には焦げた匂いが混じり、遠くからは負傷者の呻き声が絶えず聞こえてきた。


行く当てもないまま歩き続ける。


靴が砕けた石を踏むたび、乾いた音が小さく響いた。


そのとき。


アーガは突然、足を止めた。


夜の中で、灰青色の瞳が大きく見開かれる。


「待てよ。俺の上級魔晶石!」


声が、人気の少ない通りへはっきりと響いた。


「ロイスからもらった結晶と薬も、全部寮に置いたままだ!」


アーガは振り返り、学院の方角を見た。


歯を食いしばる。


「駄目だ。あれは大事な物なんだ」


すぐに歩調を速めた。


やがて、ほとんど走るような速さになる。


「寮が瓦礫になっていなければいいけど……とにかく確認しないと」


学院へ近づくにつれ、通りの光景はますます悲惨なものになっていった。


崩れ落ちた壁。


粉々になった窓。


道へ散乱した家具や日用品。


負傷者たちが、互いに身体を支えながら歩いている。


道端には一人の老婦人が座っていた。


腕の中には、怪我をした子供を抱えている。


彼女は助けを求めるように、通り過ぎる人々を見つめていた。


アーガの足取りが、無意識に遅くなった。


胸の奥を強くつかまれたような感覚がする。


「道を空けてください! 重傷者です!」


白い長衣を身につけた治療師たちが、担架を押しながら走ってきた。


アーガはすぐに道の端へ寄る。


担架の上に横たわっていた人物は、身体の半分近くを黒く焼かれていた。


やがて学院の正門へたどり着いた頃には、アーガの呼吸はかなり荒くなっていた。


門の前には、完全武装した二人の衛兵が立っている。


二本の長槍が交差し、行く手を塞いだ。


「止まれ! 何者だ!」


片方の衛兵が、鋭い声を上げる。


アーガは慌てて胸元の学院章を指さした。


「俺はアーガ・ラインハルトです! この学院の生徒です。新聞にも出ていたから、顔を見たことがあるはずです」


二人の衛兵は顔を見合わせた。


松明の光を近づけ、アーガの顔を注意深く確認する。


やがて一人がうなずいた。


「確かに学院の生徒だ。アーガ・ラインハルトで間違いない」


それでも、表情は厳しいままだった。


「だが、見てのとおり学院はこの有様だ。寮もほとんど使えない。中へ入って何をするつもりだ?」


アーガの喉が動く。


「俺は……自分の部屋を確認しに行きます」


できるだけ軽い調子を装った。


「もしかしたら、まだ泊まれるかもしれないので」


衛兵はしばらく迷っていた。


それから、ようやく槍を下げる。


「分かった。ただし、十分注意しろ。建物はいつ倒れてもおかしくない」


「ありがとうございます」


アーガは素早く門をくぐった。


目の前に広がった光景を見て、胸が大きく沈む。


見慣れていた学院は、見る影もなく破壊されていた。


中央校舎は半分ほど骨組みを残しているだけ。


図書館の丸い屋根は完全に崩れ落ちている。


訓練場を囲んでいた壁にも、巨大な穴が開いていた。


空気には煙と焦げた匂いが充満している。


遠くでは今も小さな炎が燃えていた。


アーガは瓦礫の間を小走りで進んだ。


倒れた梁や散乱する煉瓦を、何度も跨いでいく。


途中で近道をするため、小さな林へ入った。


夜風に揺れる枝葉が、さわさわと音を立てる。


まるで、誰かが声を押し殺して泣いているようだった。


やがて寮のあった場所へ到着する。


そこでアーガは、完全に立ち尽くした。


以前は四階建てだった寮が、今は一階のごく一部を残すだけになっていた。


それ以外はすべて崩壊し、大量の石材と歪んだ金属の骨組みに変わっている。


アーガが暮らしていた三階の部屋も、今は瓦礫の山の中だった。


「くそ……」


低く悪態をつく。


アーガは迷うことなく瓦礫へ駆け寄った。


その場へしゃがみ込み、素手で石や木板を取り除き始める。


鋭い木片が手のひらを切り裂いた。


それでも気づいていないかのように、黙々と掘り続ける。


一分。


五分。


十分。


アーガの背中は、すでに汗で濡れていた。


半分焼け焦げた教科書。


折れた羽根ペン。


いくつかの私物は見つかった。


だが、最も大切な魔晶石と薬は、どこにも見当たらない。


「アーガ先輩?」


背後から、柔らかな少女の声が聞こえた。


アーガが振り返る。


少し離れた場所に、シーリンが立っていた。


淡い青色のスカートは灰に汚れ、髪につけた銀色の鈴が炎の光を受けてかすかに輝いている。


「どうしてここに?」


アーガは額の汗を手で拭った。


顔に何本もの黒い跡が残る。


シーリンは小走りで近づいてきた。


「救援部隊を待っているんです。泊まる場所がないので……」


声が徐々に小さくなる。


「学院の周りを歩いていたら、アーガ先輩を見つけました」


「そうか」


アーガはうなずき、再び瓦礫へ手を伸ばした。


尖った木板が指先を切る。


血が一滴ずつ落ちた。


それでもアーガは眉を寄せただけで、服へ軽く指をこすりつける。


シーリンも隣へしゃがんだ。


「何を探しているんですか?」


「自分の部屋に置いていた物だよ」


アーガは顔を上げずに答えた。


疲労のせいで、声は少しかすれていた。


「それなら、私もお手伝いします」


アーガが止めるより早く、シーリンは袖をまくり、小さな石をどかし始めた。


アーガは一瞬、彼女を見つめた。


「ありがとう」


二人は黙々と作業を進めた。


シーリンが小さな瓦礫を取り除き、アーガが大きな木板や煉瓦を動かしていく。


雲の切れ間から月光が差し込み、崩れた寮を銀色に照らしていた。


「アーガ先輩」


シーリンが、瓦礫の間から濃紺色の衣服を引き出した。


「これは、先輩の服ですか?」


アーガの目が輝く。


「俺の普段着だ!」


すぐにそちらへ移動する。


「だったら、探している物もこの辺りにあるはずだ」


二人は、その周辺を集中的に探し始めた。


シーリンの細い指が、器用に小石をかき分けていく。


やがて、突然声を上げた。


「先輩、見てください!」


何枚かの木板が重なり合ってできた、小さな隙間。


その中に、黒檀で作られた箱がほとんど傷つかずに残っていた。


アーガは慎重に箱を取り出す。


蓋を開く。


中には、四つの上級魔晶石が並んでいた。


どれも変わらず、柔らかな光を放っている。


「よかった……」


アーガは大きく息を吐いた。


緊張していた肩が、ようやく下がる。


シーリンはそのまま周囲を探し続けた。


間もなく、装飾の施された金属製の箱を見つける。


「これも先輩の物ですか?」


アーガは箱を受け取った。


指先が、わずかに震える。


ロイスから謝礼として受け取った物だった。


ゆっくり蓋を開く。


その瞬間、胸の奥が重く沈んだ。


薬瓶の大半が割れていた。


濃い色の薬液が箱の内側へ染み込み、布張りの表面をまだらに汚している。


無事だったのは、小さな瓶が数本だけだった。


「ほとんど割れてる……」


落胆を隠せない声が漏れた。


アーガは残っていた薬瓶を一本持ち上げ、月明かりへ透かして見る。


中身は、三分の一も残っていなかった。


夜風が、額へ落ちた黒髪を揺らす。


瓦礫の周囲には、焦げた土と薬品が混ざった奇妙な匂いが漂っていた。


「どれも貴重な薬だったのに……」


アーガは小さく呟いた。


指先で、薬瓶に入った細い亀裂をなぞる。


その意識は完全に、失われた薬へ向けられていた。


背後で起きているシーリンの異変には、まったく気づいていない。


淡い青色のスカートが、音もなく瓦礫の上を動いた。


月光を受けた琥珀色の瞳に、不自然な光が浮かんでいる。


細い指が、静かに衣服の内側へ入った。


取り出したのは、金属製の注射器だった。


内部には、薄暗い緑色の液体が満たされている。


鋭い針先が、月明かりの下で冷たく光った。


その針が、アーガの首筋へ突き刺さろうとした瞬間。


「蜘蛛の糸!」


銀白色の糸が、鋭い音を立てて飛んできた。


糸は注射器を正確に弾き飛ばし、そのまま近くの崩れた壁へ縫いつける。


アーガは勢いよく振り返った。


シーリンは片手を前へ伸ばした姿勢のまま、動きを止めていた。


顔には、驚愕の表情が張りついている。


「マール?」


アーガは蜘蛛の糸が伸びている方向を見た。


三メートルほど離れた瓦礫の上。


そこに、マール・ホルトが立っていた。


背中から伸びる八本の蜘蛛脚が、月光を反射して冷たい光を放っている。


一瞬で、アーガはすべてを理解した。


シーリンが、再び注射器へ手を伸ばそうとする。


その前に、アーガが地面を蹴った。


一歩で距離を詰める。


右手でシーリンの手首を強くつかみ、左手で肩を押さえる。


そのまま腕を背中側へ回し、訓練どおりの動きで地面へ押さえ込んだ。


「どうしてだ?」


アーガの声は、低く、凍りつくように冷たかった。


無意識に、手へ込める力が強くなる。


シーリンの髪につけられた銀色の鈴が、抵抗する動きに合わせて何度も鳴った。


その澄んだ音は、静まり返った瓦礫の中で、ひどく耳障りに響いていた。


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