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第63話 異変

何度か攻防を繰り返すうちに、アーガはリサの額に汗が浮かんでいることに気づいた。


自然の鎧は強力だ。


しかし、その分だけ魔力の消耗も激しい。


もちろん、リサ自身も分かっている。


それでも使わなければ、マールの蜘蛛の糸とコニーの正面攻撃に押し切られてしまう。


リサは迷わなかった。


自然の鎧をまとったままコニーの尾による一撃を受け止め、強引に間合いへ踏み込む。


細剣を構え、同じ場所へ三度続けて突きを放った。


一撃目は、鱗の表面に白い傷を残しただけだった。


二撃目で、ようやく鱗に小さな亀裂が入る。


そして三撃目。


剣先が、ついに半寸ほど鱗の奥へ突き刺さった。


「ぐっ……!」


コニーが低く呻く。


肩口から血がにじみ出した。


だが、同時に彼女の爪もリサの肩へ叩きつけられる。


自然の鎧が大きく砕け散った。


リサは床の上を後方へ滑り、片膝をつくことで、どうにか身体を支える。


マールの表情からも、試合開始直後の余裕は消えていた。


闘技場全体へ張り巡らせた蜘蛛の巣は、あまりにも広い。


十本の指が、絶えず小さく震えている。


蜘蛛の糸の軌道を変えるたび、数十本の細い弦を同時に引いているような負担がかかっていた。


特に、アーガの炎で焼き切られた場所は、そのたびに新しい糸で補わなければならない。


放置すれば、包囲網に穴が開いてしまうからだ。


「コニー、前へ出て」


マールは歯を食いしばった。


「これ以上、長引かせられない」


コニーがうなずく。


ワニへ変身した身体が、さらに一回り膨れ上がった。


鱗の隙間から、濃密な魔力があふれ出す。


無理やり力を引き上げたコニーが、アーガへ飛びかかった。


アーガは、その攻撃を正面から受けてはいけないと直感した。


「加速魔法!」


身体が一筋の残像となる。


コニーの爪を紙一重でかわしながら、アーガはマールへ向けて飛弾魔法を放った。


しかし、マールも予想していた。


何本もの蜘蛛の糸が瞬時に交差し、一枚の網を作り出す。


飛んできた魔力弾は、すべて蜘蛛の網に受け止められた。


爆発音が立て続けに響く。


蜘蛛の網は粉々に吹き飛ばされ、マールも衝撃で半歩後退した。


顔色が、さらに白くなる。


だが、アーガも無傷ではなかった。


加速魔法。


飛弾魔法。


そして火炎魔法。


短時間で何種類もの魔法を連続して使用したせいで、体内の魔力を強くねじられたような感覚が走った。


胸が重く、呼吸も明らかに深くなっている。


リサがアーガを見た。


何かを決意したような目だった。


「アーガ、道を作って」


「何をするつもりだ?」


「マールを倒す」


「コニーが間にいるぞ」


「だから、あなたがコニーを止めるの」


アーガの口元が引きつった。


「簡単に言ってくれるな」


そう言いながらも、アーガはすぐに駆け出した。


右手に短剣を握り、左手を前へ出す。


複製した分身魔法が発動した。


二人のアーガが、別々の方向から同時にコニーへ接近する。


コニーは一瞬、どちらが本物なのか判断できなかった。


爪が左側のアーガへ振るわれる。


分身が一撃で砕け散った。


その間に、本物のアーガはコニーの側面へ回り込んでいた。


炎をまとった短剣を振り下ろす。


狙ったのは、先ほどリサが傷をつけた場所だった。


轟ッ!


炎が傷口の内側で爆発した。


「うあっ!」


コニーが、初めてはっきりと苦痛の声を上げる。


身体が大きく揺れ、全身を覆う鱗も一瞬だけ明滅した。


マールの表情が変わる。


すぐに蜘蛛の糸でアーガを拘束しようとした。


しかし、その瞬間。


リサが蔦を足場にして高く跳び上がった。


空中から、真っすぐマールへ細剣を向ける。


「茨の槍!」


マールの足元から、何本もの鋭い茨が突き出した。


マールは蜘蛛の糸を強く引き、自分の身体を後方へ移動させる。


だが、今回はわずかに遅れた。


長時間にわたって蜘蛛の網を操り続けたせいで、指が硬直していたのだ。


茨の先端が、マールのふくらはぎをかすめる。


制服が裂け、一本の赤い傷が残った。


着地したリサは、そのまま追撃へ移る。


自然の鎧が強い緑色の光を放った。


しかし、その輝きは一瞬で弱くなる。


リサの魔力も、すでに限界へ近づいていた。


マールは、その変化を見逃さなかった。


腕を振り、毒を帯びた蜘蛛の糸を放つ。


リサは最初の二本を斬り落とした。


だが、三本目が手首へ巻きつく。


紫黒色の毒液が糸を伝い、自然の鎧を腐食し始めた。


リサは即座に、毒に触れた部分の鎧を引きちぎる。


それでも手首には、軽い痺れが残った。


反対側では、怒りの声を上げたコニーがアーガへ突進していた。


アーガは防御魔法を展開する。


だが、光の盾は一瞬で砕け散った。


そのまま身体ごと跳ね飛ばされる。


背中が激しく床へ叩きつけられ、喉の奥へ血の味がこみ上げた。


「アーガ!」


リサが駆け寄ろうとする。


しかし、目の前を蜘蛛の網に塞がれた。


アーガは短剣を杖代わりにして、どうにか身体を起こした。


視界の端が暗くなり始めている。


コニーも、すぐには追撃できなかった。


その場に立ち止まり、肩を大きく上下させている。


身体を覆う鱗は、明滅を繰り返していた。


太い尾も力なく床へ垂れている。


もう、変身を維持することすら難しいのだろう。


四人全員が、限界へ達していた。


マールの蜘蛛の網は、まだ残っている。


だが、あちこちが焼き切られ、穴だらけになっていた。


リサの自然の鎧は、身体の半分ほどしか残っていない。


アーガの炎の短剣も、今にも消えそうに明滅していた。


コニーのワニ化も、少しずつ解除され始めている。


それでも、誰も動きを止めなかった。


マールは唇を強く噛んだ。


皮膚が切れ、わずかに血がにじむ。


残っている蜘蛛の糸を、一斉に引き上げた。


「これで、最後よ」


四方八方から蜘蛛の糸が集まる。


巨大な網となって、アーガとリサへ覆いかぶさった。


同時に、コニーも最後の力で駆け出す。


二人を蜘蛛の網の中央へ押し込むつもりだった。


アーガは深く息を吸った。


体内に残っている最後の魔力を、ほとんどすべて足元へ集める。


「加速魔法」


リサも、残っている自然の鎧をすべて細剣へ集中させた。


葉刃が大きく伸びる。


魔力が不安定なのか、剣身そのものが細かく震えていた。


二人は同時に飛び出す。


アーガはコニーへ向かい、炎の短剣で正面から爪を受け止めた。


リサはその横を通り抜ける。


細剣が、蜘蛛の網の最も糸が集中している場所へ振り下ろされた。


炎。


葉刃。


蜘蛛の糸。


硬い鱗。


すべてが、闘技場の中央で激突する。


轟ッ!


巨大な爆発音が響き、闘技場全体が大きく揺れた。


蜘蛛の網が引き裂かれる。


炎が四方へ飛び散った。


蔦は粉々に砕け、コニーのワニ化も完全に崩壊する。


煙と埃の中から、四つの人影が同時に吹き飛ばされた。


アーガは床へ叩きつけられた。


二本の短剣も手から離れ、近くへ転がっていく。


指がわずかに動いた。


しかし、柄を握り直すことはできなかった。


リサは少し離れた場所で片膝をついていた。


細剣を床へ突き立て、立ち上がろうとする。


だが、二度試しても身体は持ち上がらなかった。


マールは闘技場の端へ背中を預けていた。


両手は力なく垂れ下がり、蜘蛛の糸もすべて消えている。


魔法を使いすぎた指先から、わずかに血がにじんでいた。


コニーは彼女の隣で片膝をついている。


ワニ化が解除された顔は青ざめ、尾も爪も完全に消えていた。


肩と脇腹の傷からだけは、今も血が流れ続けている。


闘技場全体が、静まり返った。


審判が急いで四人へ近づく。


「まだ続けられるか?」


アーガは口を開いた。


続けられると答えるつもりだった。


だが、口から出たのは言葉ではなく、血の混じった咳だった。


それでも、彼は再び短剣へ手を伸ばす。


震える腕へ力を込め、無理やり身体を起こした。


リサも歯を食いしばる。


細剣の先端が床を擦り、浅い傷を作った。


身体が、ほんのわずかに持ち上がる。


「まだ……」


マールは荒い息を吐きながら、二人を睨みつけていた。


コニーも彼女の前へ立とうとする。


しかし、膝はまったく言うことを聞かず、身体は半分跪いたままだった。


「それでは、試合を続――」


審判が宣言しようとした、その瞬間。


遠くから、耳をつんざくような爆発音が響いた。


轟音とともに、闘技場全体が大きく揺れる。


試合をしていた四人は、同時に動きを止めた。


爆発が起きた方向へ振り返る。


黒い煙が空へ向かって立ち上っていた。


激しく燃え上がる炎が、空の半分を赤く染めている。


観客席が一瞬で騒がしくなった。


不安と恐怖に満ちた声が、あちこちから聞こえてくる。


「何が起きたんだ?」


「今の爆発は何!?」


「実験室が爆発したのか?」


「違う、あれは校舎の方角だ!」


審判の手から、旗が滑り落ちた。


床へ落ちる音が、妙にはっきりと響く。


「ど、どうやら、予想外の事態が……」


最後まで言い終えるよりも早く、学院の教師たちが厳しい声で叫んだ。


「試合は中止だ!」


「医療班は、闘技場にいる四人の治療を!」


「全員、直ちに学院から避難しろ! 急げ!」


闘技場は、一瞬で混乱に包まれた。


生徒たちが我先にと出口へ押し寄せる。


悲鳴と怒鳴り声が重なり、あちこちで人の流れがぶつかっていた。


「一番効果の高い薬を使って」


医療班の責任者が指示を出す。


治療師たちはすぐに四人へ駆け寄った。


高級治癒薬と高級魔力回復薬を飲ませ、傷口へ簡単な処置を施していく。


一分ほど経つ頃には、四人とも簡単な動作ならできるまで回復していた。


マールは自分の手を何度か開閉し、驚いたように呟く。


「こんなに早く回復するなんて……すごい薬ね」


「あなたたちのような子供は、薬の効果も早く現れます」


医療班の一人が包帯を結びながら答えた。


「それに、全員致命傷はありません。もう大丈夫です。早く避難してください」


そう言い残すと、医療班は他の生徒たちの避難を手伝うため、すぐに走り去っていった。


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