第61話 もう一方の試合
傷の手当てを終えた二人は、時刻を確認した。
そして、マールの試合を見に行くことにした。
決勝で戦う相手になる可能性が高い以上、確認しておく必要がある。
二人は混み合う人波を抜け、東側の闘技場へ向かった。
しかし、到着したときには、すでに試合は終わっていた。
マール・ホルトが闘技場の中央に立ち、観客から浴びせられる歓声を一身に受けている。
両腕を高く掲げ、風になびく濃い茶色の長髪と、勝利を誇るような笑みがひどく目立っていた。
「『鋼鉄の翼』の勝利!」
審判が高らかに宣言する。
「決勝進出!」
そのとき、マールの視線が観客の中にいるアーガを捉えた。
彼女は挑発するように顎を持ち上げ、親指で自分の首を横になぞる。
「勝てそう?」
リサが小声で尋ねた。
アーガは顎へ手を当てる。
「さっきと同じだな。攻撃を避けて、防いで、制限時間まで耐える。そうすれば向こうの負けだ」
「できなくはないけど……」
リサが眉を寄せる。
「でも、その作戦はさっき使ったばかりだ」
アーガは彼女の言葉を引き取り、ため息をついた。
「マールも、当然対策を考えてくるだろうな」
「そうね」
リサは小さくうなずいた。
陽射しは次第に強くなり、肌を焼くような暑さを帯び始めていた。
アーガは目の上に手をかざす。
「決勝って何時からだった?」
「午後五時」
リサは懐中時計へ目を落とした。
「ずいぶん先ね」
「ちょうどいい。相手を調べる時間は十分ある」
アーガは踵を返した。
「マールの試合を見ていたやつを探して――」
「アーガ先輩!」
背後から、聞き覚えのある声が飛んできた。
振り返ると、シーリンがこちらへ向かって小走りで近づいてくる。
淡い青色のスカートが風を受けて揺れ、背中には小さな鞄を背負っていた。
二人の前まで来ると、息を切らしながら立ち止まる。
走ってきたせいで、頬は赤く染まっていた。
リサが片方の眉を上げる。
「誰、この子?」
「忘れたのか?」
アーガが説明した。
「俺たちが最初に戦ったときの相手だよ。シーリン」
リサは少し考えた。
「ああ、思い出したわ」
その声が、なぜか急に冷たくなった。
シーリンはアーガのそばまで来ると、急いで口を開く。
「アーガ先輩、今からマール先輩のチームについて調べようとしていましたよね?」
アーガは驚いて彼女を見た。
「どうして分かったんだ?」
「だって、アーガ先輩は決勝まで進んだんですよ!」
シーリンの瞳がきらきらと輝く。
「先輩なら、もう一方の決勝進出チームについて絶対に調べると思っていました」
彼女は興奮した様子で鞄を開き、中から何枚もの写真を取り出した。
「見てください。私が撮ったんです!」
アーガは写真を受け取った。
そこには、闘技場で戦うマールと、その仲間の姿が鮮明に写っている。
「これは……」
一枚ずつめくるにつれ、アーガの驚きは大きくなっていった。
「どこで手に入れたんだ?」
シーリンは誇らしげに胸を張る。
「二人が戦っているところを、魔導カメラで撮影しました! その前の試合も撮ってあります」
陽射しが写真の表面を照らし、戦うマールの姿へまだらな光を落としていた。
アーガとリサは顔を見合わせる。
二人の目には、同じ驚きと喜びが浮かんでいた。
まさに、欲しかった情報だった。
「シーリン」
アーガは笑顔を向ける。
「本当に助かった。ありがとう」
シーリンの頬が、さらに赤くなる。
彼女はうつむき、指先でスカートの裾をいじった。
「先輩のお役に立てて……嬉しいです……」
リサが突然、軽く咳払いをした。
「静かな場所へ移動して、写真を確認しましょう」
声が、少しだけ硬い。
「時間はあまりないわ」
「そうだな。図書室へ行こう」
アーガはうなずき、シーリンへ顔を向けた。
「君も来てくれ。二人の能力についても、もう調べてあるんだろ?」
シーリンは嬉しそうに顔を上げた。
「はい。もう聞いてあります!」
正午の陽射しが、三人の影を地面へ落としている。
歩くたび、長い影もゆっくりと揺れた。
決勝を前にした緊張感が、周囲の空気へ少しずつ広がっていた。
◇ ◇ ◇
図書室の重厚な樫の扉が、三人の背後でゆっくりと閉じた。
外から聞こえていた喧騒が遠ざかり、室内に静けさが戻る。
色鮮やかなステンドグラスを通して陽射しが差し込み、古びた木製の本棚へ複雑な模様を描いていた。
空気の中では細かな埃が漂い、羊皮紙とインクの匂いが混じり合っている。
アーガは広い閲覧机の上へ写真を並べた。
冷たく滑らかな木の表面に、何枚もの戦闘写真が広がっていく。
「シーリン」
アーガは、戦っているマールを大きく写した一枚を指さした。
「具体的に、二人はどんな能力を使うんだ?」
シーリンが写真へ顔を近づける。
淡い青色のスカートの裾が、机の端へ軽く触れた。
彼女の細い指が、写真に写るマールの手首を指し示す。
「マール先輩の能力は、三級カードのタロットです」
シーリンの声は柔らかいが、説明ははっきりとしていた。
「小アルカナ、ペンタクルの9――《蜘蛛の束縛》」
「写真に写っているとおり、蜘蛛の糸を放って、相手の動きを封じるのが得意です」
写真の中では、マールの指先から何本もの銀白色の糸が伸びていた。
陽射しを反射する糸は、不気味な光沢を帯びている。
別の写真には、対戦相手が蜘蛛の巣のような糸へ絡め取られている場面が写っていた。
「それから、時々……」
シーリンは別の写真を取り出した。
無意識のうちに、声が小さくなる。
「毒液を飛ばして、相手の身体を麻痺させることもあります」
アーガとリサは同時に写真へ顔を近づけた。
リサの金色の髪が写真の上へ落ち、わずかに寄せられた眉を隠す。
「相棒の方は?」
アーガは、写真の中に写るもう一人の生徒を指さした。
「コニー先輩です」
シーリンはすぐに何枚かの写真を選び、前へ並べた。
「能力はタロットのペンタクルの6――《ワニの怒り》」
「自分の身体を、ワニのような姿へ変えることができます」
写真には、コニーが変身していく過程がはっきりと記録されていた。
最初に皮膚の表面を硬い緑色の鱗が覆い始める。
次に、指先が伸び、鋭い爪へ変化していく。
最後の一枚では、彼女は完全に人型のワニとなっていた。
全身を覆う鱗で、相手の攻撃を正面から受け止めている。
リサは数枚の写真を手に取り、注意深く見比べた。
深い青色の目に、わずかな険しさが浮かぶ。
「毎試合、最初にコニーがワニへ変身して、前衛で二人を引きつけている」
写真を追いながら、静かに分析する。
「その後ろから、マールが蜘蛛の糸と毒液を放つ……」
リサの指先が、無意識に机を叩いた。
「厄介な組み合わせね」
図書室の中が、短い沈黙に包まれた。
窓の外を雲が通り過ぎ、室内の光と影がゆっくり変化していく。
アーガは深いため息をつき、両手を机へ置いた。
「水を差したくはないんだけどな……」
顔を上げる。
灰青色の瞳には、どうしようもないという諦めが浮かんでいた。
「俺たちに勝ち目はない」
「えっ? どうしてですか?」
シーリンが驚いて目を見開く。
「アーガ先輩は、いつも奇跡を起こしてきたじゃないですか!」
「ペンタクルの6――《ワニの怒り》が、コニーに与える防御力は強すぎる」
アーガは、コニーが火球を正面から受け止めている写真を持ち上げた。
写真の中では、火球が鱗の表面で爆発している。
しかし、硬い鱗には傷一つ残っていなかった。
「俺たちの基礎カードじゃ、あの防御を突破する方法がない」
リサは長い髪を耳へかけた。
低い声で続ける。
「勝つ方法があるとすれば、制限時間まで耐えることだけ。でも……」
「それも無理だ」
アーガは首を横に振った。
差し込む陽射しが、険しく寄せられた眉間へ深い影を落とす。
「前の試合では、どうにか五分間耐えることができた」
「だけど、あれは『氷霜の新星』が自分たちのカードをまだ十分に使いこなせていなかったからだ。それに、能力もここまで厄介じゃなかった」
リサの指が、マールとコニーが並んで写っている写真の上で止まる。
写真の中の二人は、互いの動きを完全に理解しているように見えた。
「この二人が相手なら……」
彼女の声が、次第に小さくなった。
「攻撃を避けて、防御するだけで五分間耐えるなんて、まず無理だ」
アーガが続きを口にした。
その声は重かった。
シーリンは、険しい表情を浮かべる二人を見つめていた。
何かを言おうとしたものの、言葉が出てこない。
細い指を胸の前で絡め、何度も握り直す。
静まり返った室内で、髪につけた銀色の鈴だけが、小さな音を立てていた。
窓から差し込む陽射しが少しずつ傾き、三人の影を長く引き伸ばしていく。
古い石壁へ映った影は、まるで動きを止めた三体の像のようだった。
窓の外からは、授業を終えた生徒たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
その明るさは、図書室の重苦しい空気とあまりにも対照的だった。
決勝戦という巨大な影が、暗い雲のように三人の頭上へ垂れ込めている。
空気中を漂う小さな埃さえ、今はひどく重たく見えた。




