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第59話 ベスト4進出

朝の陽射しが医務室の窓から差し込み、床の上に淡い光を落としていた。


アーガは包帯の外れた指を何度か曲げ伸ばしする。


関節にはまだわずかな痛みが残っているものの、戦闘に支障が出るほどではない。


荷物をまとめて医務室を出ると、初春らしい爽やかな風が頬を撫でた。


その冷たさに、眠気の残っていた頭も一気に冴えていく。


中央広場の対戦表の前には、すでに大勢の生徒が集まっていた。


アーガは人混みをかき分けて前へ出ると、羊皮紙にびっしりと書き込まれた試合結果を見上げた。


十三組まで絞られた時点で、一組が不戦勝となった。


残る十二組は午前中の試合で半分に減り、勝ち残ったのは七組。


そして午後の組み合わせでは、幸運にもアーガたちが再び不戦勝を引いていた。


つまり、戦わずしてベスト4進出が決まったことになる。


「四年生の『鋼鉄の翼』、『氷霜の新星』……」


アーガは残っているチーム名を小さく読み上げ、無意識に眉をひそめた。


ベスト4に残ったのは、三年生が二組、四年生が二組。


アーガたち以外で残った三年生は、以前同じクラスだったエドウィンとクララの組だった。


エドウィンは硬化魔法。


クララはタコの魔法を使う。


アーガは小さく息を吐き、無意識に指先で剣の柄を叩いた。


「ここから先は、全部厳しい試合になりそうだな」


次の試合を勝ち抜けば、決勝であの弟バカのマールとぶつかる可能性が高い。


以前、洗面所で睨み合ったときのことを思い出し、アーガは思わず首を横に振った。


そのとき、雲の切れ間から差した陽射しが急に眩しくなった。


アーガは片手を目の上へかざし、そのまま広場を離れようとする。


「アーガ先輩!」


背後から、柔らかな少女の声が聞こえた。


振り返ると、シーリンが小走りでこちらへ向かってきていた。


淡い青色のスカートが動きに合わせて揺れ、髪に結ばれた銀色の鈴が小さな音を立てている。


朝の光が耳元の後れ毛を透かし、白い頬へ細かな影を落としていた。


「シーリンか。どうした?」


アーガが足を止める。


シーリンの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。


彼女は両手で抱えていた立派な弁当箱を、アーガの前へ差し出す。


「こ、これ……私が作りました。どうか受け取ってください」


言葉を続けるにつれ、声がどんどん小さくなっていった。


「本当は昨日、渡したかったんですけど……人が多くて……」


アーガは意外そうに瞬きをした。


「いや、そこまでしてくれなくても……」


「受け取ってください!」


シーリンは突然、大きな声を出した。


だが、すぐに恥ずかしそうにうつむいてしまう。


「昨日から……ずっと渡したかったんです。でも、人が多かったので……」


その様子を見て、アーガは困ったように笑った。


「分かった。じゃあ、ありがたくもらうよ」


弁当箱を受け取る。


木製の箱にはまだわずかに温もりが残っており、隙間からは食欲をそそる香りが漂ってきた。


シーリンは胸元で指を絡めながら、何かを言おうとしていた。


「私……」


蚊の鳴くような声だった。


「私……その……」


「ん?」


アーガは言葉を聞き取ろうと、少しだけ身体をかがめる。


するとシーリンは、突然顔を上げた。


「大会が終わったら、お話しします!」


それだけ言い残し、勢いよく背を向けて走り出す。


淡い青色の後ろ姿は、すぐに廊下の角へ消えてしまった。


「おい、そこで引っ張るなよ!」


アーガは遠ざかっていく背中へ声をかけた。


しかし、シーリンはすでに走り去ったあとだった。


手の中に残された弁当箱を見下ろし、アーガは仕方なさそうに首を振る。


「まあ、いいか」


廊下のステンドグラスを通った陽射しが、アーガの身体へ色とりどりの模様を落としていた。


弁当箱を片手に再び歩き始める。


人気のない廊下に足音が響き、遠くの訓練場からは、生徒たちが魔法を練習する音が聞こえてきた。


穏やかな朝に、少しだけ活気を添える音だった。


◇ ◇ ◇


午後の中央闘技場は、これまでの試合よりも静かだった。


観客が減ったわけではない。


むしろ反対だ。


周囲の観客席は立ち見が出るほど埋まり、通路にまで人があふれている。


それでも騒がしさが抑えられているのは、この段階まで残ったチームが、決して運だけで勝ち上がってきたわけではないと、誰もが理解しているからだった。


「『黄金の刃』ペア対、エドウィン・ローゼン、クララ・ミルトン組!」


審判の声が拡声魔法によって、闘技場全体へ響き渡る。


アーガとリサが並んで舞台へ上がると、向かい側の二人もすでに所定の位置についていた。


クララは後方に立っている。


短い髪が風に揺れていたが、その顔には普段のような気楽な笑みはなかった。


両手は身体の横へ下ろされている。


しかし、その指先にはすでに淡い青黒色の魔力が浮かんでいた。


エドウィンは、クララより半歩前に立っている。


右手には学院の制式長剣が握られていた。


剣そのものに、目立った特徴はない。


だが、本当に厄介なのは剣ではないことを、アーガは知っていた。


「アーガ・ラインハルト!」


エドウィンが突然、声を張り上げた。


「俺と正面から勝負する勇気はあるか!」


その瞬間、観客席が一気に沸き立った。


「来たぞ! 剣術二位と三位の直接対決だ!」


「これは見たい!」


「は?」


アーガは思わず間の抜けた声を漏らした。


もともとリサと決めていた作戦では、アーガがクララを、リサがエドウィンを相手にする予定だった。


その組み合わせなら、かなり有利に戦えるはずだった。


「三年生の剣術二位か……」


アーガは小声で呟く。


「正直、あいつとは接近戦をしたくなかったんだけどな。わざわざあんなことを言われたら、受けるしかないか?」


リサが横目で彼を見た。


「あなたは三位でしょう。何を怖がっているの?」


「二位と三位の間にも、差はあるんだよ」


「なら、その差を埋める方法を考えなさい」


リサは細剣を抜いた。


淡い緑色の魔力が、柄から剣先へ向かって少しずつ灯っていく。


アーガも二本の短剣を抜き、柄を握る指へ力を込めた。


エドウィンは長剣を持ち上げ、真っすぐアーガを見据える。


「ようやく、お前と戦える」


一方、クララはリサへ視線を向け、静かに息を吐いた。


「ベルマンさん、よろしくお願いします」


リサは挨拶を返さなかった。


ただ、細剣の先端をわずかに下げる。


「試合――開始!」


審判の声が響いた直後。


クララの背後で、空気が大きく歪んだ。


四本の太い青黒色の触手が、彼女の背中から浮かび上がる。


タコの腕のように空中で大きく広がり、その表面には濡れたような光沢が浮かんでいた。


先端がわずかに丸まったかと思うと、次の瞬間、四本が同時にアーガとリサへ襲いかかった。


単純な直線攻撃ではない。


二本が正面を塞ぎ、残る二本が左右から回り込む。


その速度は、アーガの予想を上回っていた。


「散れ!」


アーガは床を蹴り、右方向へ滑るように移動した。


リサは正面から触手へ向かう。


細剣を振るうと、剣先に薄い緑色の葉刃が形成された。


ザシュッ!


葉刃が触手を斬りつける。


だが、完全には切断できなかった。


表面に深い傷をつけただけだ。


傷口から青黒い液体がにじみ出る。


直後、触手が大きくしなり、鞭のようにリサの脇腹へ振るわれた。


リサは眉をひそめ、すぐに半歩後退する。


触手は制服の裾をかすめ、そのまま舞台の床へ叩きつけられた。


バチンッという音とともに、黒い粘液が周囲へ飛び散る。


「滑るわ。気をつけて」


リサが警告する。


アーガが返事をしようとしたときには、エドウィンがすでに目の前まで迫っていた。


長剣が振り下ろされる。


アーガは二本の短剣を交差させ、正面から受け止めた。


ガァン!


たった一撃で、両手首が大きく沈んだ。


(重い!)


見た目は普通の長剣にすぎない。


しかし、刃が落ちてきた瞬間、まるで巨大な鉄槌を叩きつけられたような衝撃が走った。


足元の木板が低い音を立てる。


アーガは力ずくで押され、半歩後退した。


それでも、エドウィンの動きには少しの遅れもなかった。


手首を返す。


異常なほど重いはずの長剣が、彼の手の中では木剣のように軽々と動き、流れるようにアーガの脇腹を薙いだ。


アーガは即座に上体を反らす。


刃が制服すれすれを通過し、胸元へ冷たい感覚が走った。


「これが硬化魔法か?」


「硬くするだけじゃない」


エドウィンの声は落ち着いていた。


「お前にとっては重くなる。だが、俺にとっては軽いままだ」


アーガの口元が引きつった。


「それ、反則だろ」


軽口を叩くのと同時に、左手のひらへ淡い白色の光が集まる。


「防御魔法!」


正面に光の盾が展開され、エドウィンの追撃を受け止めた。


だが、硬化した剣が光の盾へ叩きつけられた瞬間、盾の表面に細かな亀裂が広がった。


エドウィンは止まらない。


二撃目。


三撃目。


どの一撃も無駄がなく、正確だった。


アーガは連続して後退を強いられる。


二本の短剣で何度も剣を受け止めるうちに、両腕が痺れ始めた。


一方、リサもクララを簡単には攻め切れずにいた。


クララは一定の距離を保ち続けている。


足取りは軽く、素早い。


四本の触手は、それぞれが独立した武器であるかのように、別々の方向から攻撃を仕掛けていた。


リサが一歩前へ出るたびに、二本の触手が正面を塞ぐ。


残る二本は背後へ回り込むか、足元を狙って伸びてくる。


「蔦!」


リサが左手を床へ向けた。


舞台の隙間から何本もの蔦が飛び出し、クララの足首へ絡みつこうとする。


しかし、クララは最初から予想していたらしい。


背後の触手の一本が、勢いよく地面へ叩きつけられた。


ボシュッ!


黒い墨が破裂し、蔦へ降りかかる。


蔦が足首を締めつけた直後、その表面はぬるぬると滑り始めた。


クララは足首をひねり、束縛の中からするりと抜け出す。


「そんな使い方もできるのかよ……」


その光景を視界の端で捉えたアーガは、思わず突っ込みそうになった。


だが次の瞬間、エドウィンの剣が目の前へ迫る。


アーガは慌てて短剣を構えた。


ガァン!


刃が激しく震えた。


右手の親指と人差し指の間が小さく裂け、すぐに血がにじみ出す。


エドウィンはその隙を見逃さなかった。


踏み込むと同時に、剣を下から斜め上へ振り上げる。


アーガはさらに後退せざるを得ない。


同じ瞬間、クララが操る触手の一本が横から伸びてきた。


狙いはアーガの身体ではない。


足首だ。


(連携まで完璧かよ)


アーガの表情が険しくなる。


エドウィンの剣を避ければ、触手に足を絡め取られる。


触手を先に処理すれば、エドウィンに接近を許してしまう。


逃げ道のない二択だった。


迷っている時間はない。


アーガの右手に炎が灯った。


「火炎魔法!」


炎が床を這うように広がり、足元で爆発する。


迫っていた触手が熱を避けて引き下がった。


アーガは爆風に乗って後方へ跳び、ようやくわずかな距離を作る。


しかし、エドウィンはその選択すら予測していたらしい。


長剣を横へ構え、一気に薙ぎ払った。


硬化された剣身が、低く重い風切り音を響かせながら迫る。


アーガは短剣を持ち上げ、正面から受けるしかなかった。


ドンッ!


今度は身体ごと吹き飛ばされた。


二メートル近く床の上を滑り、靴底が二本の黒い跡を残す。


観客席から大きなどよめきが上がった。


「アーガが押されているぞ!」


「エドウィンはもともと剣術二位だからな。それに硬化魔法は、正面からの戦いと相性が良すぎる」


「リサの方も楽じゃないぞ。クララがまったく近づかせていない」


もちろん、リサに観客たちの会話を聞いている余裕などなかった。


その意識は、目の前のクララだけへ向けられている。


アーガにとっても、リサにとっても。


この戦いが、厳しいものになることだけは間違いなかった。

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