第 56 話 兄弟対決
リサはすぐに人脈を使い、午前中にノエルたちの試合を見ていた生徒を二人見つけ出した。
二人はアーガとリサの姿を見ると、興奮した様子で駆け寄ってきた。
「リサ先輩! アーガ先輩! こんなに近くでお会いできるなんて思いませんでした!」
ポニーテールの女子生徒が、弾んだ声を上げる。
「ぼ、僕は一年生のユノです。お会いできて光栄です」
小柄な男子生徒も、緊張しながら自己紹介した。
リサはすぐに本題へ入った。
「午前中、ノエルの試合を見たんですよね?」
「見ました!」
ポニーテールの女子生徒が何度もうなずく。
「すごく見応えがありました! ノエル先輩たちは、たった二分で勝ったんです!」
アーガとリサは視線を交わした。
リサがさらに尋ねる。
「あのフーカという人は、どのようなカードを使っていましたか?」
ユノは興奮したまま、両手を使って説明した。
「試合が始まってすぐに、二人ともカードの力を使ったんです!」
「紫色の線が現れて、フーカ先輩と対戦相手の一人がつながりました。ノエル先輩の身体からも同じ線が伸びて、もう一人の相手とつながっていました!」
「紫色の線?」
アーガが眉をひそめる。
「そうなんです!」
今度はポニーテールの女子生徒が話を引き継いだ。
「でも不思議なことに、フーカ先輩本人は、特別強いようには見えませんでした」
「確か四年生の中でも、順位はほとんど最下位だったはずです。試合でも、目立った攻撃はしていませんでした」
「なのに対戦相手が……急に弱くなったみたいに、実力をまったく発揮できなくなったんです」
リサは考えるようにうなずいた。
「分かりました。ありがとうございます」
「あの……」
ユノが突然、顔を赤くして両手を擦り合わせた。
「先輩方と、あ、握手してもらってもいいですか?」
アーガとリサは顔を見合わせ、笑いながら手を差し出した。
二人の後輩は、手を震わせるほど興奮していた。
「絶対に試合を見に行きます! 頑張ってください!」
二人が遠ざかると、アーガはリサへ尋ねた。
「何の能力か分かった?」
リサの深青色の瞳に、鋭い光が宿っていた。
「大体は分かりました。別に大した能力ではありません」
「三級カードの《共有魔法》です」
アーガも納得したように言葉を続ける。
「なるほど。あれか」
「自分の体力と魔力を、相手と共有する能力だ」
「フーカ自身は四年生の下位だから、つながれた相手の体力と魔力も、無理やりフーカに近い水準まで引き下げられる」
「強い相手を、自分と同じ泥沼まで引きずり下ろすようなものだな」
「ただ、二対二の試合では、それほど強い能力でもないでしょう」
リサが何気なく言った。
「そうだね。確か、第三者が紫色の線を切ることもできたはずだ」
リサは眉を寄せる。
「では、ノエルの魔法は?」
「ノエルは分身魔法だよ」
アーガは答えた。
「自分とまったく同じ姿の分身を作れる」
リサは少し考え、二人の戦術を組み立てた。
「つまり、ノエルが前方で分身を使って混乱させるか、直接攻撃して相手の注意を引きつける」
「その間、フーカは後ろへ隠れ、相手が気を取られた瞬間に《共有魔法》を使う」
「一度つながれてしまえば、相手はまともに戦えなくなるということですね」
アーガはうなずいた。
「二人の能力は、かなり相性がいい」
「一人が撹乱して、もう一人が隙を突く」
リサは軽く鼻を鳴らした。
顔を動かすと、金色の馬尾が後ろで小さく揺れる。
「それでも、問題ありません」
「能力が分かった以上、対策は簡単です」
「試合が始まったら、私が真っ先にフーカへ向かいます。あなたはノエルの分身を相手にしてください」
「フーカに《共有魔法》を使う隙さえ与えなければ、あの二人は何もできません」
アーガは笑った。
「それでいこう」
二人は対戦表の前へ並んで立っていた。
陽光が掲示板の下へ影を落とし、二人の影はすぐ近くで重なっている。
遠くから、次の試合が始まる笛の音が聞こえた。
見物していた生徒たちから、再び大きな歓声が上がる。
二人の試合も、もう間もなくだった。
————
午後の闘技場は、立つ場所すらないほど大勢の観客で埋め尽くされていた。
金色の陽光が中央闘技台へ降り注ぎ、木製の床を輝かせている。
耳を震わせるほどの歓声の中、アーガとリサはゆっくりと闘技台へ入った。
反対側からは、ノエルとフーカも同時に姿を現す。
観客席には、見覚えのある人物が何人もいた。
ミロ・ホークは最前列へ陣取り、太い腕を柵へ載せていた。
戦士クラスの訓練着は、鍛えられた筋肉によって張り詰めている。
反対側では、マールー・ホルトが一段高い席へ座り、長い脚を組んでいた。
その隣には、先ほど話を聞かせてくれた一年生のユノもいる。
「ただいま入場したのは――」
審判の声が拡声魔法によって会場全体へ響き渡った。
「これまで何度も『王都日報』の一面を飾り、学年首席の座を維持するアーガ・ラインハルト!」
「そして、騎士団長を務めるベルマン家の令嬢にして、学年二位のリサ・ベルマン!」
「二人の組は、『金色の剣刃』!」
審判は、反対側へ手を向けた。
「対するは、本大会最大の伏兵!」
「フーカ・クライストとノエル・ラインハルトによる、『影の双子』!」
観客席から、地面を揺らすような歓声が上がった。
「フーカって、四年生で二百位より下だったよな? ノエルも四、五十位くらいだろ?」
「それで十三組まで残ったから、最大の伏兵なんだよ」
「アーガ先輩! リサ先輩! 頑張ってください!」
ユノも周囲の声に混じり、興奮した様子で叫んでいた。
アーガは、無数の熱い視線が自分へ集まっていることを感じた。
憧れ。
期待。
そして疑い。
一度深く息を吸い、腰につけたカードケースの位置を整える。
今日のノエルは、漆黒の戦闘服を着ていた。
胸元につけられた銀製の家紋が、陽光を受けて冷たく光っている。
彼はアーガを激しく睨みつけていた。
その瞳には、執念に近い炎が燃えている。
「アーガ・ラインハルト。俺は全力でお前を倒す」
興奮によって、声がわずかに震えていた。
「優勝するのは俺だ!」
アーガは兄を静かに見返した。
「本当に、そこまで俺が気に入らないの?」
ノエルは冷たく鼻を鳴らし、答えなかった。
その隣に立つフーカ――細身で陰気な顔立ちの貴族の青年が、ノエルの肩を軽く叩いた。
「俺を失望させるなよ」
その声には、耳にまとわりつくような不快な滑らかさがあった。
リサは落ち着いた声でアーガへ告げる。
「アーガ。予定どおりに」
「うん」
「試合――開始!」
審判の声が響いた瞬間、最初に動いたのはノエルだった。
足元の影が揺れ、身体が鏡に映った像のようにぶれた。
次の瞬間、五つの同じ人影がノエルの隣から分裂する。
本体を含め、六人のノエルが異なる方向へ同時に散開した。
全員が短剣を握っている。
銀白色の刃が陽光を反射し、どれが本物なのか簡単には見分けられなかった。
観客席から驚きの声が上がる。
「六人だと!?」
「あれが分身魔法か!」
アーガは後退しなかった。
右手をカードケースへ置く。
掌の奥から、慣れ親しんだ温もりがすぐに目を覚ました。
(先にフーカを潰す)
試合前から決めていた戦術だった。
リサの方が、一歩早く飛び出した。
爪先で床を蹴り、金色の影となって一直線に駆ける。
細剣を抜くと同時に、淡緑色の魔力が剣身を覆った。
細かな葉が刃の上へ幾重にも広がり、最後には薄く鋭い葉の刃を形成する。
ノエルの分身三体が、すぐに側面から襲いかかった。
短剣が、それぞれリサの肩、脇腹、膝の裏を狙う。
攻撃の角度は鋭く、速度も決して遅くない。
単に相手を脅かすための幻影ではなかった。
「邪魔です」
リサは冷たく言い放ち、細剣を横へ薙いだ。
葉の刃が空気を切り裂き、淡緑色の弧を描く。
最前方の分身が剣を受け、身体を霧のように揺らした。
しかし、すぐには消えない。
短剣を使い、無理やりリサの細剣を受け止めた。
その隙に、残る二体が両側から接近する。
短剣が、眩い光を反射した。
「防御魔法」
アーガが手を上げる。
淡白色の光盾が、リサの左側へ展開された。
ガキン! ガキン!
二本の短剣が、ほとんど同時に光盾へぶつかった。
耳障りな金属音が響く。
リサはその隙に一歩踏み込み、細剣の先端をフーカへ向けた。
フーカは慌てなかった。
ノエルの半歩後ろへ立ったまま、右手の二本の指を軽く持ち上げる。
指先から、一筋の紫色の線が垂れ下がった。
「来るぞ!」
アーガが鋭く声を上げる。
リサは即座に身体を横へずらした。
紫色の線が耳のすぐそばを通り、闘技台の床へ触れる。
ジュッ、と小さな音がした。
線が触れた木板には、傷一つ残っていない。
だが、人間へ触れれば話は別だった。
一撃を外したフーカは、手首を返した。
床へ落ちた紫色の線が、突然生き物のように跳ね上がり、リサの足首へ絡みつこうとする。
同時に、ノエルの分身二体が背後から迫った。
リサを紫色の線が待つ方向へ押し戻そうとしている。
二人の連携は悪くなかった。
ノエルへの対応だけに集中すれば、《共有魔法》へ捕まる。
紫色の線だけを避けようとすれば、背後から短剣で追い詰められる。
だが、彼らの相手は普通の生徒ではなかった。
「蔓」
リサが左手を床へ向けた。
闘技台の木板の隙間から、数本の緑色の蔓が勢いよく伸びる。
縄のように分身二体の足首へ絡みついた。
分身の動きが止まる。
リサは身体をひねり、細剣を逆方向へ振り抜いた。
葉の刃が、二体の胸元を横一文字に切り裂く。
パンッ! パンッ!
分身は二体とも黒い霧となって弾け、空気の中へ消えていった。
同時に、アーガも動き出していた。
「加速魔法」
足の動きが一気に速くなる。
左右の刀を前後にずらして抜き、刃先を床すれすれへ走らせた。
二本の銀色の軌跡が描かれる。
残ったノエルたちが、一斉に飛びかかった。
短剣が交差し、逃げ道を塞ぐ網を作る。
アーガは正面から突っ込まなかった。
左手の刀で最初の短剣を跳ね上げ、右手の刀を横へ振って二体目の分身を後退させる。
続いて掌に、青白い光が浮かんだ。
「磁力魔法」
低い振動音が響く。
六本の短剣が、同時にわずかに軌道を変えた。
分身が持つ短剣は魔力によって作られているため、ほとんど動かない。
しかしその中の一本だけが、明らかに強く引かれた。
握る手から半分ほど浮き、刃先がアーガの掌へ向かって傾く。
(見つけた)
アーガの目が鋭くなる。
足へもう一度力を込めた。
分身を追うことなく、短剣が最も大きく動いたノエルへ一直線に突進する。
ノエルの顔色が変わった。
すぐに二体の分身を前へ出し、盾として立ちはだからせる。
しかしアーガは、すでに左手を上げていた。
掌の上へ、複数の魔力弾が形成される。
「飛弾魔法!」
魔力弾が唸りを上げ、扇状に飛び出した。
二体の分身が正面から攻撃を受け、身体を激しく揺らす。
アーガは爆発した魔力の煙を突き抜けた。
右手の刀を、ノエルの肩へ振り下ろす。
ノエルは歯を食いしばり、短剣を持ち上げた。
ガキン!
刀と短剣が正面からぶつかる。
ノエルの身体が半歩後退し、靴底が床へ短い跡を残した。
「お前――」
言葉を口にしたときには、すでにアーガの二撃目が迫っていた。
ノエルは慌てて身体を横へそらす。
刃が襟元をかすめ、黒い戦闘服へ一本の切れ目を刻んだ。
観客席から、大きな歓声が爆発する。
「完全に押してるぞ!」
「さすがアーガとリサだ!」




