第 51 話 金色の剣刃
アーガは午後の茶を食べ終えると、立ち上がって襟元を整えた。
すぐにウォーカー執事が歩み寄り、軽く腰を折る。
「フランまでは、かなり距離がございます。今から出発されますと、ご帰宅は明け方になるでしょう。アーガ様、明日までお泊まりになってはいかがですか?」
「いえ」
アーガは上着を腕に掛けた。
「もう十分眠りましたし、今は眠くありません。早めに帰ることにします」
ウォーカーは、それ以上引き止めなかった。
棚から精巧な黒檀の箱を取り出し、両手でアーガへ差し出す。
「こちらは、伯爵閣下からの謝礼でございます」
蓋を開けると、中には上質な魔晶石が二つ並んでいた。
内部に目立った不純物はなく、純粋な魔力がゆっくりと流れている。
「ありがとうございます」
アーガは木箱を受け取り、持ち歩いている内袋へしまった。
ウォーカーは、もう一度丁寧に頭を下げる。
「感謝を申し上げるべきは、我々の方でございます」
城館の入口へ着くと、リサの馬車はすでに階段の下へ停まっていた。
彼女は車両の扉にもたれていたが、アーガが出てくると身体を起こした。
「私も、そろそろ出発します。これ以上遅くなると、今日中に帰れませんから」
「うん。気をつけて」
リサは唇を軽く結んだ。
午後の風が金色の髪を揺らしている。
その場で少しだけ立ち止まったあと、最後には一言だけ告げた。
「では、新学期に」
「新学期に」
二台の馬車は相次いでグルバート邸を出発し、最初の分かれ道で別れた。
アーガは車内へ身体を預け、別の道へ進んでいくリサの馬車を見つめていた。
完全に姿が見えなくなってから、ようやく視線を戻す。
内袋から魔晶石の入った木箱を取り出し、手の中で重さを確かめた。
それから、もう一度しまい直した。
一晩中馬車に揺られ、東の空が少しずつ白み始めた頃。
馬車はようやく、ラインハルト家の屋敷前へ到着した。
アーガが門を開くと、庭を掃除していた二人の侍女が慌てて箒を下ろした。
「アーガ様がお戻りになりました」
「うん」
短く返事をしただけで、部屋へ休みに戻ろうとはしなかった。
そのまま真っすぐ訓練室へ向かう。
木製の扉を押すと、聞き慣れた小さな音が響いた。
高い位置にある窓から朝日が差し込み、床に明るい光をいくつも落としている。
アーガは上着を脱ぎ、壁際へ適当に掛けた。
武器棚から、いつも使っている木剣を手に取る。
柄を握った瞬間。
晩餐会も、刺殺事件も、一晩中続いた調査も、すべて一時的に遠ざかっていった。
訓練場の中央へ立ち、改めて構えを取る。
木剣が空気を切り裂いた。
間もなく訓練室には、規則的な風切り音だけが響くようになった。
————
休暇の残り十数日は、瞬く間に過ぎていった。
新学期の前日。
アーガは荷物をまとめて屋敷の門前へ出たが、ノエルの姿が見当たらなかった。
老執事が荷箱を馬車へ積みながら説明する。
「ノエル様は、まだ夜が明ける前に出発されました。学院のご友人と約束があり、王都で早めに会うとのことです」
朝の訓練を終えたヴィエンが、汗を流しながら庭の向こうから歩いてきた。
「たぶん、お前と一緒に王都へ入りたくなかったんだろう」
「どうして?」
「最近の新聞を見てないのか?」
ヴィエンは布で顔の汗を拭った。
「グルバート邸の暗殺事件は、もう王国中に広まってる」
「新聞には、お前のことを何て書いてたかな……天才少年探偵?」
アーガは急に頭が痛くなった。
「ロイスさんがちょうど現場にいたから、戻ってから少し詳しく記事にしたんだよ」
「少しどころじゃない」
ヴィエンはアーガの肩を軽く叩いた。
「九歳で、新郎に化けた刺客を見破った少年として、今じゃかなり有名だ」
「ノエルがお前と一緒に学院へ入れば、道中でまた比較されるに決まってる」
アーガはしばらく黙った。
ノエルが先に出発した理由は理解できた。
しかし、この状況をどう変えればいいのかは分からなかった。
ヴィエンはノエルについて、それ以上話さなかった。
腰につけたカードケースを軽く整える。
「数日後、俺もセント・ローランへ行く」
アーガは彼を見た。
「冒険者試験を受けるの?」
「そうだ」
ヴィエンは笑った。
「家でこれだけ準備したんだ。そろそろ本当に始めないとな」
彼のカードケースには、《五月牡丹》が収められている。
正面からの戦闘を得意とするカードではなかった。
それでもヴィエンは自分なりに多くの訓練を重ね、適した使い方も見つけていた。
「ついに、俺の冒険者生活が始まる」
アーガは羨ましそうに聞きながら、自分のカードケースへ触れた。
「俺も、正式な冒険者になれる日が楽しみだよ」
「お前はまだ先だ」
ヴィエンはアーガの背中を押し、馬車へ乗せた。
「まずは学院を卒業しろ」
————
学院へ到着したアーガが教室の扉を開くと、リサが窓際の席へ座っていた。
一房の金髪を指へ巻きつけながら、ぼんやりとしている。
扉の音を聞くと、すぐに顔を上げた。
「おはようございます」
アーガは隣へ座り、教科書を取り出した。
リサが少し身を寄せる。
「新聞を見ましたか?」
「見てない」
「ロイスさんが、あなたを天才少年探偵として記事にしましたよ」
アーガの手が止まった。
リサは指先で、彼の腕を軽くつついた。
「今頃、学院中が知っていると思います」
「勘弁してくれ……」
アーガは教科書へ顔を埋め、それ以上この話を続けないことにした。
三年生の授業は、すぐに始まった。
この一年は、地下城からの転落や、屋敷での暗殺事件のような騒動も起きなかった。
アーガは、ほとんどの時間を授業、訓練、《蠍座》の能力研究に使った。
筆記帳には魔法についての考察だけでなく、剣術の動きを描いた簡単な図も数多く書き込まれていった。
成績は変わらず、学年上位を維持した。
剣術もリサとの練習によって、急速に上達していく。
学期末、剣術教師はアーガの突きを確認すると、珍しく満足そうに背中を叩いた。
「前の学期より二倍は速くなっている。重心もかなり安定した」
アーガは強く叩かれ、前へ一歩よろめいた。
教師は訓練場の脇に立つリサを見た。
「ベルマン嬢の個人指導は、かなり効果があるようだな」
リサは腕を組み、誇らしげに顎を上げた。
まるで褒められたのが自分であるかのようだった。
ノエルの成績は、変わらず学年の中ほどだった。
彼は多くの時間を、貴族同士の交流に使っていた。
昼食時には、いつも貴族出身の生徒たちに囲まれ、各家や領地で最近起きた出来事について話している。
アーガが廊下で偶然会っても、二人は一度視線を交わすだけだった。
そのまま、すぐに別々の方向へ歩いていく。
カイミとミロにも、はっきりとした成長が見られた。
カイミは、厚い魔法書を何冊も抱えて図書館に現れることが多くなった。
誰かから褒められると、いつも少し恥ずかしそうに言った。
学院の先生たちと、以前アーガにたくさん助けてもらったからだ、と。
ミロも戦士クラスの訓練へ、少しずつ順応していた。
剣術は今も、決して素早いとは言えない。
しかし、力と安定感は以前よりはるかに優れていた。
学年順位も最下位から徐々に上がり、中ほどまで到達している。
リサの魔力も、大きく成長していた。
ある理論授業で、教師が彼女のそばを通った際、わざわざ足を止めて感心したほどだ。
「魔力の成長が速いな」
「まだまだです」
リサは礼儀正しく笑い、隣に座るアーガへ目を向けた。
アーガは今も魔法書を見下ろしており、二人の会話にはまったく気づいていないようだった。
————
三年生が終わりに近づいた頃、学院は突然、一つの大会を開催すると発表した。
教師が教室へ入り、教壇の上へ申込書の束を置いた。
「明日、学院で二人一組の対戦大会を行う」
「参加者は二人で一組。相手は自由に選んでよい。参加できるのは三年生と四年生だけだ」
教室が、たちまち騒がしくなった。
眼鏡をかけた男子生徒が手を上げる。
「三年生が四年生と戦うのは、不利すぎませんか?」
「必ずしもそうとは限らない」
教師は眼鏡を押し上げた。
「進階カードへ触れ始めた時期は、実力が最も伸びやすい」
「その後さらに学び続けると、かえって停滞することもある」
「今の三年生と四年生の間には、お前たちが考えているほど大きな差はない」
赤髪の女子生徒が、興奮した様子で机を叩いた。
「面白そう!」
「優勝者には賞品もある」
教師は続けた。
「細胞活性化薬を二本だ」
教室中から、驚きの声が上がった。
細胞活性化薬は、身体を構成する細胞の活性を高める。
回復、訓練、肉体強化のいずれにも大きな効果があり、貴族の子供であっても簡単に手に入るものではなかった。
アーガが薬の効果について考えていると、突然、腕を二度つつかれた。
顔を向けると、リサが座っている。
しかし彼女は顔を反対側へ向け、鼻から小さく二度音を立てただけだった。
「何?」
リサは、もう一度アーガの腕をつついた。
「薬が欲しいの?」
アーガは尋ねた。
「ベルマン家なら、普通に買えるだろ?」
リサはようやく顔を向けた。
「私は、あなたと組んで優勝したいんです」
一度言葉を止め、付け加える。
「どうせあなたも仲間を探すのでしょう? それなら、私と組めばいいじゃないですか」
アーガは、わずかに赤くなった彼女の耳先を見た。
すぐには返事をしなかった。
やがて授業終了の鐘が鳴り、教師が授業の終わりを告げる。
アーガは教科書を片づけてから答えた。
「分かった。俺たち二人で組もう」




