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第5話 王都へ

出発の日。


空がようやく明るくなり始めた頃には、屋敷の門前に二台の馬車が用意されていた。


一台は荷物を運ぶためのもので、もう一台にはアーガたちが乗る。


ウムとラスティはすでに軽装の鎧を身につけていた。


同行する四人の兵士たちも、馬や武器、道中で必要となる物資を念入りに確認している。


アイランはアーガとノエルの前へしゃがみ込み、二人の襟元を整えた。


それから視線を落とし、靴紐がきちんと結ばれているかをもう一度確かめる。


「セント・ローランに着いたら、忘れずに手紙を書くのよ」


「分かりました」


アーガはうなずいた。


アイランは続いてノエルを見る。


ノエルはうつむいたまま、小さな声で答えた。


「……うん」


アルドリックは馬車のそばに立ち、ウムから道中の予定について報告を受けていた。


一通り聞き終えると、二人の子供を呼び止める。


そして、持っていた箱から二本の短剣を取り出し、アーガとノエルへ一本ずつ差し出した。


二本の短剣は、ほとんど同じ形をしていた。


刃は新たに研ぎ直されており、柄と鞘には繊細な模様が刻まれている。


長い間、大切に保管されていたものだと一目で分かった。


「これは、私が学院の入学試験を受けたとき、お前たちの祖父から渡されたものだ」


アルドリックが言った。


「今度はお前たちが、護身のお守りとして持っていきなさい。道中はラスティとウムが守ってくれるが、自分でもきちんと管理するんだ」


アーガは短剣を受け取り、慎重に腰へ差した。


ノエルも長い間それを見つめたあと、鞘が落ちないよう丁寧に腰へ結びつける。


アルドリックは、別れの言葉を口にするのがあまり得意ではなかった。


二人が短剣を身につけたことを確認すると、それぞれを一度ずつ抱き締める。


「学院では真面目に学びなさい。道中はウムとラスティの言うことをよく聞いて、母さんを心配させるな」


「分かりました、父上」


ノエルが先に馬車へ乗り込み、奥側の席へ座った。


アーガもあとに続いて車内へ入り、その向かい側に腰を下ろす。


全員の準備が整ったことを確認すると、御者が手綱を振るった。


馬車はゆっくりと動き始め、屋敷の門を出ていく。


アーガは窓から外を見た。


アイランは今も階段の上に立っている。


その隣にはアルドリックがいて、門の前には執事と数人の侍女が並んでいた。


馬車が屋敷の外に立つ大木を曲がる。


見慣れた人々の姿はすぐに太い幹の向こうへ隠れ、やがて完全に見えなくなった。


一行は北へ続く土の道を進んだ。


しばらくは、道の両側にアーガもよく知る農地や家々が並んでいた。


しかし、フランの町から離れるにつれ、少しずつ視界が開けていく。


芽吹いたばかりの広大な麦畑が、遠くまで果てしなく続いていた。


途中で一つの村を通り過ぎたとき、数人の子供たちが馬車を追いかけてきた。


走りながら何度も手を振っている。


とうとう追いつけなくなると、道端へ立ち止まり、肩で大きく息をしていた。


アーガはずっと窓の外を眺めていた。


この世界へ来てから、ラインハルト家の領地を本格的に離れるのは、これが初めてだった。


これまでの六年間、グレイクリフ王国について知っていることの大半は、本から得た知識だった。


その本に描かれていた村や道、農地が今、目の前に広がっている。


けれど、想像していたほど見知らぬものには感じなかった。


ノエルは反対側の窓へ身体を預け、間もなく眠りに落ちた。


午前の陽射しが馬車の中へ入り込み、空気中を漂う細かな埃まで、はっきりと照らしている。


ウムとラスティは馬に乗って馬車の横を進んでいた。


ときどき二人が何か話している。


しかし、その声の大半は風に流され、車内へ届く頃には聞き取れなくなっていた。


◇ ◇ ◇


昼になると、一行は街道沿いの宿場で休憩を取った。


宿場は二階建ての石造りの建物で、入り口には色あせた看板が掛かっている。


御者は馬を水場へ連れていき、兵士たちは馬車と荷物のそばに分かれて立った。


ウムとラスティは窓際の席を確保し、間もなくミートパイと蜂蜜水を運んできた。


焼き上がったばかりのパイからは、まだ湯気が立っている。


アーガが一口かじると、中の熱い肉に舌を焼かれ、思わず顔をしかめた。


「もう少しゆっくり食べてください」


ラスティが笑う。


「誰も取りませんよ」


アーガは蜂蜜水を一口飲んだ。


その視線は、壁に貼られている一枚の手配書へ向けられていた。


手配書には、黒い仮面をつけた男が描かれている。


仮面から見えているのは、片方の目と顔の半分だけだった。


似顔絵の下には『紅薔薇盗賊団』という文字と、決して安くはない懸賞金が記されている。


アーガは席を立ち、手配書の前まで歩いていった。


「この人は、何をしたんですか?」


ウムも隣へやってくる。


「商店や貴族の屋敷から、いろいろな物を盗んでいる。セント・ローランではずっと前から捜しているらしいが、まだ捕まっていない」


ラスティは席に座ったまま、杯を手に言った。


「以前、クロウ隊長から聞いたことがあります。とても用心深い男で、盗みを働くときには決して魔法を使わないそうです」


「だから、魔力の痕跡をたどって追跡することも難しいんです」


「三か月前には、セント・ローランの西通りで、三軒の店へ続けて忍び込んだ」


ウムが続けた。


「夜警は全員気絶させられていたが、誰も男の姿をはっきり見ていなかったらしい」


アーガは手配書を見つめながら尋ねた。


「それなら、どうやって巡回中の兵士を避けたんですか?」


「それが分かっていたら、とっくに捕まっていますよ」


ラスティが答えた。


ウムはテーブルへ戻り、椅子へ腰を下ろした。


「とにかく、道中でこいつらに出会わないことを祈ろう」


「この辺りで紅薔薇盗賊団が活動しているという話はありません」


ラスティはアーガの肩を軽く叩いた。


「心配しないでください。それに、私たちも一緒ですから」


アーガはうなずき、自分の席へ戻った。


ノエルは最初から最後まで、会話へ加わらなかった。


うつむいたまま、手にしているミートパイを少しずつちぎっている。


アーガは壁に貼られたほかの新聞にも目を向けた。


すると、隅の方に目立たない記事があることに気づく。


「隣国から送られた暗殺者が、国境で捕まった……」


ラスティが近づき、記事をのぞき込んだ。


「学院の優秀な生徒ばかりを狙っていたという、あの暗殺者ですか?」


「こういう事件は多いんですか?」


アーガが尋ねた。


「多いとまでは言えないが、昔からなくならないな」


ウムが答える。


「ほかの国の将来有望な若者を、秘密裏に排除しようとする国もある。特に狙われやすいのは、高等学院で目立った成績を残している学生だ」


アーガは眉をひそめた。


「それなら、学院に入ってからも安全じゃないんですか?」


「学院の中は安全です」


ラスティが説明する。


「学院へ直接押し入って、生徒を襲おうとする者はいません。ですが、休暇で帰郷するときや、一人で外出するときまで安全とは限りません」


ウムは新聞を受け取り、記事へ目を落とした。


「今回捕まった暗殺者も、学院の外で三日間待ち伏せしていたらしい。標的が帰宅するところを狙うつもりだったそうだ」


アーガはしばらく黙っていた。


やがて、ふと思いついたように尋ねる。


「それなら、僕が試験で一位になったらどうすればいいんですか?」


ラスティとウムが同時にアーガを見た。


数秒の沈黙のあと、ウムは堪えきれずに笑い出した。


「まだ試験も受けていないのに、もう一位になったあとの心配をしているのか?」


「一応、先に聞いておこうと思って」


「大丈夫ですよ」


ラスティも笑っていた。


「グレイクリフ王国にはたくさんの学院がありますし、それぞれの学院に大勢の学生がいます。そんな事件に遭うことなど、めったにありません」


「分かりました」


アーガはそう答え、再びミートパイを食べ始めた。


ノエルは相変わらず顔を上げない。


食べ物を先ほどよりも細かくちぎり、一切れずつゆっくりと口へ運んでいた。


◇ ◇ ◇


短い休憩を終え、一行は再び出発した。


午後になると、道は少しずつ丘陵地帯へ入っていった。


午前中よりも馬車の揺れが激しくなる。


ノエルは窓際へ寄りかかったまま眠っていた。


馬車が大きく揺れるたび、ときどき頭を窓枠へぶつける。


そのたびに眉をひそめるものの、目を覚ますことはなかった。


アーガは荷物の中から、『セント・ローラン旅行案内』という本を取り出した。


去年、ヴィエンが持ち帰ってきた古い本だった。


最初のページには、セント・ローランの地図が描かれている。


街の東側には大きな川が流れ、北西部には聖イース学院の位置が記されていた。


アーガは指先で地図の道をゆっくりとなぞった。


それからページをめくり、商店や広場、公共施設について書かれた説明を読み進める。


窓の外では、太陽が少しずつ西へ傾いていた。


車内へ差し込む光も、温かな橙色へ変わっていく。


途中でノエルが一度だけ目を覚ました。


ぼんやりと窓の外を眺めたあと、姿勢を変えて、再び眠りにつく。


アーガは本を閉じ、座席の背もたれへ身体を預けた。


そして窓の外を眺める。


遠くの畑や木々は、次第に夕闇の中へ溶けていった。


今では、ぼんやりとした輪郭しか見えない。


それでも、道の先にはいくつかの明かりが見え始めていた。


セント・ローランは、もう遠くなかった。

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