第4話 魔法の目覚め
二日後、ラインハルト家に家庭教師がやってきた。
アイランが招いたのは、アルバートという名の元書記官だった。
すでに六十歳を越えており、髪の半分以上は白くなっている。歩く速度も決して速くはなかったが、話すときの声には張りがあり、人を見る目にも力が残っていた。
最初の授業で、アルバートはアーガとノエルを居間の長机へ座らせた。
そして、自分は古びた羊皮紙を机の上へ広げる。
羊皮紙には、赤、黄、青、緑の四種類のカードが描かれていた。
それぞれの色の下には、対応する数字も記されている。
「すべての魔法は、カードを通して発動します」
アルバートは、羊皮紙に描かれた図を指さした。
「あなた方が最初に学ぶのは、四十枚の基礎カード。いわゆるトランプの数字札です」
指先が、四つの色を順番になぞっていく。
「赤のカードは、主に火や水といった元素に関係しています。黄色は獣の力を身に宿す獣化系。青は補助系が中心で、緑はさまざまな技術や技能に関係するカードです」
アルバートは一度言葉を切った。
「それぞれ十枚ずつあります。J、Q、K、それから二枚のジョーカーについては、今はまだ覚える必要はありません」
アーガは羊皮紙の内容を真剣に見つめていた。
一方、ノエルは机へ身を乗り出したまま、早くも小さな欠伸をしている。
アルバートは一度だけ彼を見たが、叱ることはなかった。
そのまま授業を続ける。
「たとえば、赤の一《火》を使えば、術者は炎を生み出すことができます」
「ただし、基礎カードの力はそれほど強くありません。初心者が魔力の扱いに慣れるためのもので、本格的な戦闘には向いていないのです」
続いて、黄色の一と黄色の二について説明した。
前者は身体の力を強化し、後者は跳躍力を高める能力を持つ。
アルバートの説明はゆっくりとしていた。
一つの内容を話し終えるたび、二人が理解できたかどうかを確かめてから次へ進む。
アーガは最初から最後まで真剣に聞いていた。
ノエルは何度か気を散らしていたものの、質問されれば大半には答えることができた。
二度目の授業で、アルバートは本物の基礎カードを数組持ってきた。
どれも長い間使われてきたものらしく、縁がわずかに反っている。
表面にインクの染みや、指で何度も擦られた跡が残っているカードもあった。
アーガは、その中に赤の一《火》を見つけると、すぐに手を伸ばした。
カードの中央には、単純な炎の絵が描かれている。
術式の模様は複雑ではなかったが、ごくわずかな魔力が今も残っているのを感じられた。
「カードへ魔力を流し込んでみてください」
アルバートに言われ、アーガはカードをしっかりと握った。
数日前に教わったとおり、意識を集中させる。
最初は何も起こらなかった。
だが、しばらくすると、指先にかすかな熱が生まれた。
その熱は指を伝い、カードの中へ流れ込んでいく。
炎の図柄の縁に、橙色の光が小さく灯った。
ほんの一瞬で消えてしまった。
それでも、カードが確かに発動したことに変わりはない。
アルバートの眉が、わずかに持ち上がった。
「以前にも試したことがありますか?」
「ありません」
「これが初めてですか?」
アーガはうなずいた。
アルバートはそれ以上何も言わず、記録用の紙へ数行を書き込んだ。
ノエルもすぐに、黄色の三を一枚抜き取った。
アーガと同じようにカードを握り、長い間集中する。
しかし、カードには何の変化も起こらなかった。
ノエルの顔が、次第に赤くなっていく。
最後には苛立ったように、カードを机へ叩きつけた。
「もうやらない」
アーガは自分の赤の一《火》を、ノエルの前へ押し出した。
「別のカードを試してみる?」
ノエルはアーガを一度見た。
それでもカードを手に取る。
だが、どれだけ集中しても、表面に描かれた炎が光ることはなかった。
しばらくして、ノエルはカードを机へ戻した。
「ちょっと外に行ってくる」
アルバートが返事をするよりも早く、ノエルは居間を出ていった。
アルバートは閉じた扉を見つめたが、引き止めようとはしなかった。
アーガもあとを追わず、机の上に残されたカードへ視線を落とした。
その日から、アーガは毎晩、自室で一人きりの練習を始めた。
赤の一《火》は、最初こそ一瞬だけ光る程度だった。
それが少しずつ長くなり、やがて一秒ほど維持できるようになった。
炎の光はまだ弱い。
それでも、初めて使ったときより明らかに安定している。
そのほかにも、赤の二《水》や黄色の一を試した。
発動するカードによって、身体に生じる感覚はまるで異なっていた。
赤の一《火》を使うと、手のひらに熱が集まる。
赤の二《水》では、指先から冷たい感覚が広がった。
黄色の一を発動したときには、腕や肩の筋肉がわずかに強張る。
まるで、自分のものではない力が突然身体へ加わったようだった。
それに比べ、ノエルの上達はかなり遅かった。
次の授業では赤の一《火》を三度試し、最後の一回でようやく薄い煙を出すことができた。
だが、炎と呼べるほどのものは生まれなかった。
三週間後。
アルバートは二人へ、簡単な実技試験を行った。
アーガは赤の一《火》、赤の二《水》、黄色の一、青の一《治癒体》を順番に発動した。
どのカードも完全に安定しているわけではない。
それでも、最低限の効果は引き出すことができた。
一方、ノエルが成功したのは青の一《治癒体》だけだった。
しかも、光はほんの一瞬しか現れなかった。
アルバートは二人の結果を記録し、しばらく黙っていた。
それから顔を上げ、問いかける。
「二人とも、聖イース学院へ入りたいですか?」
「入りたいです」
アーガはほとんど迷わず答えた。
隣に座るノエルは、何も言わなかった。
アルバートは眼鏡を押し上げる。
「来年、あなた方が七歳になれば、聖イース学院の入学試験を受けられます」
「試験の主な内容は、読み書き、算術、そしてカードの基礎です。最初の二つについては、二人とも大きな問題はないでしょう」
そこで一度、言葉を止める。
「カードについては……」
アルバートはノエルへ視線を向けた。
だが、その口調は変わらず穏やかだった。
「まだ半年あります。練習を続ければ、合格する可能性は十分にありますよ」
ノエルはうつむいたまま、青の一《治癒体》を強く握っていた。
何も答えなかった。
◇ ◇ ◇
半年は、あっという間に過ぎた。
春が訪れると、屋敷の草木は再び新しい葉をつけ始めた。
石壁のそばでは黄色い花が咲き、風が吹くたびに小さな花弁を揺らしている。
アーガは古い楡の木の下へ座り、本を読んでいた。
ノエルは厩舎のそばに立ち、家で飼っている老馬の毛を、何度も丁寧に梳いている。
二人はそれぞれ別のことをしていた。
午前中を通して、言葉を交わしたのはほんの数回だけだった。
すでに二人は、このような距離の取り方に慣れてしまっていた。
喧嘩をしているわけではない。
わざと相手を避けているわけでもなかった。
ただ、以前なら何のためらいもなく口にできた言葉を、今はほとんど話さなくなっていた。
数日後。
深緑色の馬車が、ラインハルト家の屋敷へ入ってきた。
その音を聞いたアーガは、書斎の窓から外を眺める。
馬車から降りてきたのは、肩幅の広い中年の男だった。
濃い茶色の上着を身にまとい、髪にはすでに灰色のものが混じっている。
顎には短い無精髭が生え、淡い茶色の瞳はノエルのものとよく似ていた。
アルドリック・ラインハルト。
ラインハルト家の当主である子爵。
そして、アーガにとっては義理の父親にあたる人物だった。
アルドリックは普段、北部の鉱山地帯で暮らしている。
屋敷へ戻るのは、一年に数回だけだった。
ラインハルト家は、小規模な魔晶石鉱山を所有している。
採掘量は決して多くない。
それでも、屋敷と騎士団を維持する程度の収入にはなっていた。
アーガが本を置いて玄関へ向かった頃には、アルドリックはすでに階段を上っているところだった。
彼はアーガを数秒見つめると、大きな手で頭へ触れた。
「また背が伸びたな」
「お帰りなさい、父上」
アルドリックは一つうなずいた。
上着を執事へ渡し、そのまま屋敷の中へ入っていく。
その日の夕食は、普段より少しだけ賑やかだった。
アイランはアルドリックの隣へ座り、鉱山の最近の様子を何度も尋ねている。
アルドリックによると、今年の採掘量は比較的安定しているらしい。
ただ、鉱山で働きたがる若者は年々減っていた。
多くの者が、セント・ローランへ行って新しい仕事を探したがっているという。
ノエルは向かい側へ座り、何度も父親へ視線を向けていた。
しかし、二人の会話へ入るきっかけをつかめないままでいる。
アーガはそれに気づいていた。
それでも、代わりに声をかけることはしなかった。
食事の途中で、アルドリックが突然尋ねた。
「出発は来週の月曜日か?」
「ええ」
アイランはうなずいた。
「荷物も馬車も、もう準備できています。護衛はウムとラスティに任せて、さらに兵士を四人つけます。道中は問題ないでしょう」
アルドリックは短く返事をした。
それ以上は何も尋ねなかった。
それから数日間、屋敷では二人の旅支度が続けられた。
アルバートも、最後の授業をするためにやってきた。
過去半年間の学習記録を整理し、一つの紙袋へ封をする。
そして、それをアイランへ手渡した。
「教えるべき基礎は、すべて教えました」
「最終的に試験へ合格できるかどうかは、当日の出来次第でしょう」
そこまで話すと、アルバートはアーガへ視線を向けた。
「アーガ様の今の実力であれば、よほどのことがない限り、合格できるはずです」
ノエルは机の上に並べられたカードを片づけていた。
その言葉を耳にした瞬間、手の動きがわずかに止まる。
だが、すぐに何事もなかったかのように、カードを一枚ずつ箱へ戻し始めた。
アーガは、その様子を見ていた。
けれど、何も言わずに顔を背けた。




