表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/208

第 45 話 花嫁襲撃

晩餐会が終わる頃には、時刻は夜十時近くになっていた。


客たちは次々と大広間を離れ、数人ずつ屋敷の主人へ別れの挨拶をしていく。


ヴィルヘは入口に立ち、最後の客たちを見送った。


一晩を通して何事も起こらなかったことを確認すると、その表情もようやく少し和らいだ。


大広間へ戻ったヴィルヘは、リサの前へ歩いてきた。


「ベルマン嬢。今夜はもう遅く、外の道も歩きにくくなっています。今晩は屋敷で休み、明日出発されてはいかがでしょうか?」


リサは手にしていた紅茶の杯を置いた。


「母からも言いつけられています。明日の正午に出発する予定です」


アーガは不思議そうに彼女を見た。


「待って。昨日の夜は、夜通し馬車に乗って俺を迎えに来たよな?」


「どうして今になって、夜道は危険だなんて言うんだ?」


リサは表情を変えず、自分の杯へ紅茶を注ぎ足した。


「母には、グルバート家の屋敷へ直接向かうと伝えていました」


そこまで言うと、アーガを横目で見る。


「実際には遠回りして、フランまであなたを迎えに行きましたけど」


アーガは目を見開いた。


「母親に嘘をついたのか?」


「ほかに方法がありましたか?」


リサは小さく鼻を鳴らした。


「今夜のうちに出発すれば、そのまま家へ戻らなければなりません」


「母に道中の予定を聞かれれば、昨日嘘をついたことはすぐに分かってしまいます」


「そ、そういうことか……」


アーガは、何と答えればいいのか分からなかった。


リサは彼の気まずそうな表情を眺め、目元にわずかな笑みを浮かべる。


「そうでなければ、どうしてわざわざ迎えに行ったと思ったんですか?」


「宴へ出席するだけでは、あれほど遠くまで回り道をする価値はありません。もう一泊できるなら話は別ですけど」


そのとき、ウォーカー執事が二人のもとへやってきた。


「ベルマン様、アーガ様。客室の準備が整いました」


「お二人のお部屋は、一階西翼にございます。どうぞごゆっくりお休みください」


リサと女性護衛は、西翼の最も奥にある客室へ案内された。


アーガの部屋は、その一つ手前。


さらに一部屋挟んだ三つ手前の部屋には、同じく屋敷へ残るロイスが泊まることになった。


室内はとても静かだった。


寝台も家具も、すでにきれいに整えられている。


全員が客室へ戻ると、城館は間もなく夜の静寂に包まれた。


グルバート邸の尖塔が、月明かりの下にそびえている。


外壁や庭へ落ちる影は、いつも以上に鋭く見えた。


夜警の兵士たちは、長槍を手にそれぞれの持ち場へ立っていた。


しかし、長い間何も起こらないまま時間が過ぎ、次第に眠気が押し寄せてくる。


時折、冷たい風に吹かれて目を覚まし、姿勢を整える。


だが、しばらくすると、また瞼がゆっくりと下がっていった。


ベラの部屋は、三階東翼にあった。


厚い天鵞絨のカーテンが月明かりの大半を遮り、室内を照らしているのは、寝台脇の燭台から放たれる弱い光だけだった。


ベラは彫刻の施された木製の寝台で横向きに眠っていた。


呼吸は穏やかで、すでに深い眠りに入っている。


窓の外からは、時折、夜鳥の鳴き声が聞こえた。


木々の影がガラス窓へ落ち、風に合わせて静かに揺れている。


そのとき。


窓が外側から、わずかに押し開かれた。


冷たい風が室内へ流れ込み、燭台の炎が激しく揺れる。


次の瞬間、火は完全に消えた。


部屋が一瞬で暗闇に包まれる。


ベラは勢いよく目を開いた。


声は上げなかった。


右手を素早く寝台脇へ伸ばし、あらかじめ置いてあった短剣をつかむ。


ほぼ同時に、身体をひねって寝台から転がり落ちた。


毒を塗られた短刀が暗闇から飛来し、彼女が先ほどまで頭を載せていた枕へ深々と突き刺さる。


刃は絹地を貫通していた。


切っ先から幽緑色の液体が一滴、ゆっくりと落ちる。


枕の表面は、たちまち黒く腐食した。


ベラは短剣を強く握り、息を止めた。


「誰ですか?」


返事はなかった。


一つの人影が、梁の上から音もなく降りてくる。


黒い衣服の裾が空中で広がった。


しかし、着地してもほとんど音を立てなかった。


ベラが確認できたのは、暗闇に走る一筋の冷たい光だけだった。


刺客はすでに目の前へ迫っている。


二本目の短刀が、まっすぐ喉を狙って突き出された。


ベラは身体を横へずらしながら、短剣を振るう。


二つの刃が暗闇の中でぶつかり、飛び散った火花が一瞬だけ刺客の姿を照らした。


全身を覆う漆黒の夜行服。


顔の大半を隠す覆面。


そして覆面には、茨に絡みつかれた薔薇の紋章が描かれている。


「《黒薔薇》の者……?」


ベラの胸に、重い不安が広がった。


《黒薔薇》は、悪名高い暗殺者組織だった。


十分な報酬さえ支払われれば、どのような依頼でも引き受ける。


刺客は、彼女に考える時間を与えなかった。


短刀が暗闇から何度も襲いかかる。


そのすべてが、迷うことなく急所を狙っていた。


ベラは最初の数撃をどうにか防いだ。


しかし、腕はすぐに衝撃で痺れ始める。


耐えきれず、何度も後方へ下がった。


腰が化粧台へぶつかる。


その衝撃で鏡が傾き、床へ落ちて粉々に砕けた。


甲高い破砕音が、部屋の外まで響き渡る。


足元へ飛び散ったガラス片には、移動する刺客の姿が一瞬だけ映った。


ベラがその隙に距離を取ろうとしたときには、刺客の蹴りが腹部へ突き刺さっていた。


強烈な力によって、身体ごと壁へ叩きつけられる。


喉の奥から、すぐに血の味がこみ上げた。


全身からも、一時的に力が抜ける。


再び冷たい刃が迫った。


ベラはどうにか顔をそらす。


短刀は左腕をかすめ、皮膚に一筋の傷を刻んだ。


痛みと同時に、強烈な麻痺が傷口から急速に広がっていく。


刃には毒が塗られていた。


短剣を握るベラの手が震え始める。


視界も次第に霞んでいった。


刺客は数歩離れた場所に立っている。


覆面からのぞく両目に焦りはまったくなく、獲物が最後にもがく姿を楽しんでいるかのようだった。


ベラの意識が、急速に沈み始める。


刺客が再び短刀を持ち上げた、そのとき。


部屋の外から、重い足音が響いた。


次の瞬間、扉が外側から粉々に破壊された。


「お嬢様!」


大量の木片が室内へ飛び散る。


巨大な剣を持ったレイモンが、入口に姿を現した。


その屈強な身体は、扉の枠をほとんど塞いでいる。


副官のガレスもすぐ後ろに続き、同行した護衛たちは素早く左右へ散開した。


廊下と、ほかの出口をすべて封鎖する。


室内の状況を確認した瞬間、レイモンの全身から魔力が爆発した。


刺客は、正面からでは勝ち目がないと即座に判断した。


ベラの背後へ回り込み、床に倒れていた彼女を片手で引き起こす。


そのまま、自分の盾として前へ立たせた。


「近づくな」


冷たい刃が、ベラの首元へ押し当てられる。


刺客は彼女を引きずりながら後退し、北側のステンドグラスへ向かっていく。


レイモンは大剣を強く握り締めた。


しかし、軽率に距離を詰めることはできない。


両者の距離が数歩まで縮まったとき、刺客は突然身体の向きを変えた。


ステンドグラスを突き破り、逃げようとする。


その瞬間、レイモンも動いた。


「シュッ!」


一本の投げナイフが、その手から放たれた。


速すぎて、ほとんど軌道が見えない。


直前にレイモンが爆発させた魔力によって、一階の大広間に置かれた魔動儀も鋭い警報音を発した。


しかし、実際に投げナイフを放つ瞬間。


前に立たされているベラへ当たることを恐れたレイモンは、刃へ込める魔力を咄嗟に抑えた。


主に、自身の腕力だけで投げたのである。


刺客の身体が、明らかに一度揺れた。


その直後、ステンドグラスへ突っ込む。


ガシャーン!


窓全体が粉々に砕け散った。


刺客はベラを連れたまま窓際まで進んだ。


しかし、外へ飛び出す直前、彼女だけを部屋の中へ突き飛ばす。


自分は窓枠を越え、そのまま外の暗闇へ姿を消した。


レイモンが窓辺へ駆け寄る。


石造りの窓台には、数滴の暗赤色の血が残されていた。


彼は迷うことなく、三階から直接飛び降りた。


ガレスは素早くベラのもとへ駆け寄り、よろめく身体を支えた。


左腕の傷口はすでに青紫色へ変わっている。


皮膚の下に浮かぶ血管にも、異常な色が広がっていた。


ガレスの顔色が、一気に青ざめる。


「毒だ!」


ベラの視線は、すでに焦点を失っていた。


ガレスの腕へ身体を預けたまま、唇をわずかに動かす。


「《夜鴆》……」


その名を口にした直後、両脚から完全に力が抜けた。


意識も、そのまま暗闇へ沈んでいく。


魔動儀の鋭い警報音が、屋敷全体へ響き渡った。


眠りについていた城館は、一瞬で騒然となる。


松明や魔法灯が各所で次々とともり、大勢の護衛が三階東翼へ向かって走り出した。


廊下は瞬く間に、昼間のような明るさに照らされた。


リサと女性護衛も、ほとんど同時に部屋から飛び出した。


リサは乱れた金髪を整える暇すらなく、すでに長剣を握っている。


女性護衛は彼女のすぐそばに付き従っていた。


校尉級中位の魔力が自然に周囲へ広がり、近くを通った使用人たちは本能的に道を空ける。


ウォーカー執事も足早に現れた。


声を低く抑えて告げる。


「三階東翼です。ベラ様が刺客に襲撃されました」


アーガとロイスも、続いて客室の扉を開けた。


一行は揃って階段へ向かう。


二階の曲がり角では、顔面を青ざめさせたカーンと出会った。


昼間は落ち着きと気品に満ちていた新郎も、今はひどく取り乱している。


目には隠しきれない動揺が浮かび、上着も慌てて羽織っただけだった。


言葉を交わしている時間はなかった。


全員はそのまま、急いで三階へ駆け上がる。


廊下は、すでに混乱に包まれていた。


護衛たちが慌ただしく部屋を出入りしている。


外の庭からも、屋敷全体を封鎖するよう命じる大声が聞こえてきた。


ベラの部屋の扉は、完全に破壊されていた。


一行が室内へ入ったとき、ベラは寝台のそばで半ば膝をつくような姿勢になっていた。


数人の護衛と治療師によって、すでに簡単な処置を受けている。


肩、腕、腹部には大量の包帯が巻かれていた。


しかし、暗赤色の血が絶えず包帯から染み出し、最後には床へ滴り落ちている。


顔には血の気がまったくなく、意識も戻っていなかった。


「容体は?」


ロイスが低い声で尋ねた。


カーンは、すでに寝台のそばへ駆け寄っている。


その指は絶えず震えていた。


血に染まったベラの包帯へ、そっと触れる。


間もなく、涙が彼女の手の甲へ落ちた。


「私の可哀想な妻……こんなに傷つけられて……」


その声は、次第に嗚咽へ変わっていった。


「どうして、こんなことに……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ