第 35 話 翼竜たちの狩り
しばらくして、リサが突然尋ねた。
「どうして私たちは落ちたんですか? あの緑色の結晶は、いったい何だったんです?」
「以前、『地下城奇聞』という本で、似たようなものを読んだことがある」
アーガは岩壁へ背を預け、記憶の中にある文章をゆっくりと思い返した。
「地下城には、生物を引き寄せる結晶を作る、かなり珍しい魔物がいるらしい」
「周囲に集まった生物の重量か魔力が一定の値を超えると、結晶が突然、下向きの強い圧力を生み出す。その直後、足元の岩盤を破壊するんだ」
リサは眉をひそめた。
「ですが、爆発そのものでは傷つきませんでした」
「最初から、爆発で獲物を殺す仕掛けじゃない」
「役割は、獲物を下の階層へ落とすことだけだ。本当に獲物を食べる魔物は、もっと深い場所で待っている」
「では、あの結晶は第三層の魔物が第一層に置いたのですか?」
「その可能性もあるし、別の魔物や冒険者が上の階層まで運んだ可能性もある」
「本にも、はっきりした答えは書かれていなかった」
「結晶を運んだ者は、なぜ落ちなかったのでしょう?」
「一人分の重量では、仕掛けが作動しなかったんだと思う」
「俺たちは四人全員が狭い場所へ集まっていた。それで、ちょうど限界を超えたんだろう」
リサはうつむき、包帯を巻かれた自分の胸元を見た。
「こんなことが起きる可能性は、かなり低いんですよね?」
「非常に低い。ほとんどの冒険者は、一生に一度も遭遇しない」
「それなら、どうして私たちが?」
「運が悪かったんだろうな」
アーガは率直に答えた。
リサは、それ以上何も聞かなかった。
洞窟にしばらく静寂が続く。
やがて遠くから、翼竜の鳴き声が聞こえてきた。
狭い通路を通って響いてくる声は、先ほどよりも甲高く聞こえる。
リサの身体が、わずかに震えた。
アーガが顔を向けると、彼女の目はすでに赤くなっていた。
「どうした?」
リサは手で目元を拭った。
しかし、流れ始めた涙を止めることはできなかった。
「私の妹は、まだ幼い頃に行方不明になりました」
話している間も、彼女はずっとうつむいていた。
「父は今まで、一度も妹を捜すことを諦めていません」
「もし、私までここで死んだら、父は……」
その先の言葉は続かなかった。
アーガは彼女を見つめたまま、何を言えばいいのか分からなかった。
彼の知るリサは、いつも自信に満ちた顔で顎を上げ、誰かに言い負かされることを決して許さなかった。
そんな彼女が壁際で身体を縮めて泣いている姿は、ようやく年相応の、恐怖を知る子供のように見えた。
アーガは少し迷ったあと、袖で彼女の頬に残った涙を拭った。
「まだ、死ぬかどうかを考える段階じゃない」
リサはアーガの服の襟をつかんだ。
「私たちは、本当にここから出られるんですか?」
「出られる」
アーガは一切迷わず答えた。
「ガヴィンさんが人を集めて、救助に来てくれる」
「俺たちは、それまで生き残ればいい」
「それまで持たなかったら?」
「そのときは、自分たちで出る方法を探す」
アーガはリサの手首をつかみ、自分の服から手を離させた。
「ただし、まずは君が立ち直らないといけない」
「俺一人では、あの翼竜に勝てる可能性は低い」
リサはアーガを見つめた。
「まだ、私と一緒に戦ってくれるんですか?」
「君をここへ置いていくわけにはいかないだろ」
アーガは少し言葉を止めてから、続けた。
「本当に避けられない状況になったら、俺が先に前へ出る」
「でも、すべてを俺一人で解決できるとは思わないでくれ」
リサは数秒間黙っていた。
やがて、小さくうなずく。
「分かりました」
残った涙を拭い、手持ちのカードを改めて確認した。
「これから、どうしますか?」
「普通の魔力出力では、あいつに傷を負わせられない」
「術式そのものの強度を上げるしかない」
「無理に出力を上げれば、魔力の消耗も早くなります」
「何の効果もない攻撃を続けるよりはいい」
アーガも自分のカードケースを開いた。
「君の恋人カードは、ああいう大型の相手を攻撃するのに向いている」
「俺も蠍座を使って、君の能力を模倣する。二人で同時に攻撃すれば、あの羽毛を破れるはずだ」
リサはしばらく真剣に考えた。
「できます」
「まず茨の槍で翼を攻撃し、そのあと蔓で動きを制限します」
「飛べなくなれば、危険もかなり減るはずです」
二人が作戦を決めた直後、洞窟の外から再び羽ばたく音が聞こえてきた。
今度は、一体だけではない。
重い翼が空気を打つ音が、別々の方向から響いてくる。
足元にある小石さえ、わずかに震えていた。
リサが顔を上げる。
「仲間を呼んだのですか?」
「おそらく」
アーガは通路の近くまで進み、しばらく耳を澄ませた。
「少なくとも三体いる」
リサの顔色が、再びわずかに青ざめた。
しかし、先ほどのように動けなくなることはなかった。
彼女は壁に手をついてゆっくりと立ち上がり、佩剣を握る。
「あの翼竜には、硬羽以外の攻撃もあるのですか?」
「空気に触れると急速に固まる、腐食性の液体を吐く」
「腹部や脚を狙うことが多い。獲物を動けなくしてから、ゆっくり引き裂くのが好きらしい」
リサの剣を握る手に力が入った。
「そこまで詳しく説明する必要はありません」
「攻撃を受けてから知るよりはいいだろ」
言葉が終わった直後、洞口の方向から大きな衝撃音が響いた。
岩壁が激しく揺れる。
数体の翼竜が、外側から洞口へ身体をぶつけている。
狭かった入口には、瞬く間に亀裂が走った。
小石や岩の欠片が、絶えず内側へ転がり落ちてくる。
翼竜たちは、これ以上待つつもりがないらしい。
洞口を強引に広げ、中へ侵入しようとしていた。
アーガは頭上を見上げた。
「ここは長く持たない」
リサは深く息を吸い、彼の隣へ歩いてきた。
「それなら、外へ出ましょう」
「傷は大丈夫か?」
「先ほどより、ずっとよくなりました」
リサは細剣を抜いた。
淡い緑色の魔力が、ゆっくりと刀身を覆っていく。
「それに、もう立ったまま死ぬのを待つつもりはありません」
アーガはわずかに笑い、カードを指の間に挟んだ。
「ようやく騎士長の娘らしくなったな」
「余計なことを言わないでください」
洞口が、再び激しい衝撃を受けた。
大量の岩が内側へ崩れ落ち、外から差し込む光と灰色の埃が同時に流れ込んでくる。
三体の鋼羽翼竜が、洞口の向こうに姿を現した。
先頭にいるのは、先ほど二人を追ってきた翼竜だった。
身体の片側にはリサの魔法による傷が残っているが、致命的な損傷には見えない。
残りの二体は、わずかに小柄だった。
一体ずつ左右の後方に立ち、胸元にある硬羽をゆっくりと逆立てている。
「行くぞ!」
アーガは加速魔法を発動した。
リサの手首をつかみ、一気に洞口の外へ飛び出す。
二人が離れた直後、最初の硬羽の雨が背後へ降り注いだ。
狭い洞室の中で岩が砕け、無数の破片が飛び散る。
アーガは加速した勢いのまま、十数歩ほど横へ駆け抜けた。
しかし、足を止めた瞬間、胸の奥に激痛が走る。
彼は腰を曲げて二度ほど咳き込み、地面へ血を吐いた。
模倣した加速魔法は、もともと本来の術式ほど安定していない。
先ほどはリサを連れて移動するため、さらに強引に出力を上げた。
アーガの身体は、すでに負荷へ耐えきれなくなり始めていた。
「アーガ!」
リサが手を伸ばし、彼の身体を支えようとする。
「俺はいい! 先に攻撃しろ!」
二人は同時に手を掲げた。
淡い緑色の魔力が、リサのカードとアーガの掌からそれぞれあふれ出す。
二本の茨の槍が、急速に形を作っていった。
リサの前に浮かぶ槍は大きく、輪郭もはっきりしている。
一方、アーガが模倣した槍は、わずかに細かった。
「茨の槍!」
二本の槍が同時に放たれ、先頭にいる翼竜へ向かって飛んでいく。
翼竜は即座に片翼を畳み、盾のように身体の前へ構えた。
一本目の槍が外側の硬羽へ突き刺さる。
その大部分は羽毛に阻まれた。
しかし、続く二本目の槍は、最初の攻撃で生まれた隙間へ入り込み、翼の端を貫いた。
翼竜が苦痛に満ちた咆哮を上げる。
身体も大きく横へ傾いた。
「効いている」
アーガが言った。
「このまま翼を狙う」
リサは答えなかった。
すでに両手を前へ突き出している。
地面から太い蔓が何本も飛び出し、翼竜の両脚と翼へ巻きつこうとした。
アーガも続けて同じ術式を模倣する。
さらに多くの蔓が、反対側から翼竜を包囲するように伸びていった。
先頭の翼竜は負傷したことで、動きがわずかに遅れていた。
片方の爪へ、蔓が巻きつく。
翼竜は激しく脚を振って抵抗した。
しかし、高出力の魔力で強化された植物を、すぐに引き千切ることはできなかった。
その間に、残りの二体が同時に飛び上がる。
一体が正面から二人の注意を引きつけた。
もう一体は岩壁すれすれを飛び、側面へ回り込む。
翼を勢いよく広げ、地面を薙ぎ払うように突進してきた。
「避けて!」
リサが先に後方へ飛び退いた。
アーガも加速魔法を発動しようとした。
しかし、再び胸の奥に激痛が走る。
体内の魔力がうまく流れず、術式は発動しなかった。
彼は横へ転がり、どうにか翼竜の身体を避ける。
それでも、翼の先端に並ぶ硬羽が二人をかすめた。
リサの腕と腰が同時に切り裂かれる。
アーガの背中にも、長い傷が一本刻まれた。
二人は地面へ倒れ、そのまま何度も転がった。
衣服が、すぐに血で染まっていく。
「立てるか?」
アーガは地面へ手をつきながら尋ねた。
リサは一度血を吐いた。
それでも、剣を杖代わりにして身体を起こす。
「当然です」
「なら、続けるぞ」
アーガは歯を食いしばった。
残っている魔力を掌へ注ぎ込み、再び茨の槍を作り出す。
リサは負傷した翼竜へ蔓を伸ばした。
二人は左右から、同時に攻撃を仕掛ける。
茨の槍が、翼竜の側面にある翼を貫いた。
同時に蔓が後脚へ巻きつき、飛び上がろうとしていた巨体を空中から引きずり下ろす。
翼竜は地面へ激しく叩きつけられ、怒りに満ちた咆哮を上げた。
二人がさらに攻撃を加えようとした、そのときだった。
別の翼竜が突然、大きく口を開いた。
灰緑色の粘り気を帯びた液体が、勢いよく吐き出される。
リサは避けきれなかった。
液体が、彼女の片方の脛へ正面から命中する。
空気に触れた液体は、瞬く間に硬化した。
リサの足と地面が、固い塊によって完全に接着される。
それと同時に、強い腐食性が靴と靴下を貫き、脛の皮膚を焼いた。
リサが苦しげな声を漏らす。
身体の均衡を失い、その場へ片膝をついた。
彼女は脚を引き抜こうとしたが、硬化した塊はまったく動かない。
「リサ!」
アーガはすぐに彼女へ向かって走り出した。
しかし、二体の翼竜が同時に二人の間へ降り立ち、進路を塞いだ。
先頭の一体が姿勢を低くする。
胸元にある硬羽が、一本ずつ鋭く逆立っていった。
その狙いはアーガではない。
身動きの取れなくなったリサだった。




