第 33 話 第三層への転落
翌日になると、遭遇する魔物の数が明らかに増えていた。
前方の洞窟から、入り乱れた足音が絶え間なく響いてくる。
アーガは足を止め、意識を集中して音を聞き分けた。
「数体どころじゃない」
リサも異変に気づいていた。
「少なくとも、十数体はいます」
その言葉が終わるよりも早く、暗闇の中からゴブリンの群れが押し寄せてきた。
先頭にいる数体は短刀や木の棒を掲げている。
その後ろからも、次々と新たな影が洞窟を抜け出してきた。
アーガは群れ全体を素早く見渡した。
「二十体を超えている」
「撤退する」
ガヴィンは一瞬も迷わなかった。
「戦いながら下がれ! 包囲されるな!」
リサが隊列の前方を守った。
剣身から伸びた蔓が何度も振るわれ、接近してくるゴブリンを弾き飛ばしていく。
ノエルは側面を担当した。
敵が本当に近づいてきたときだけ石の拳で殴り飛ばし、昨日のように無駄な魔力を使い続けることはなかった。
アーガは磁力魔法を使い、追ってくる敵を妨害する。
数体のゴブリンが持つ鉄製の武器へ、同じ磁極を付与した。
短刀同士が激しく反発し、密集していた隊列が一気に乱れる。
続いて、アーガは岩壁へ反対の磁極を残した。
数本の武器がゴブリンの手から離れ、勢いよく壁へ飛んでいく。
武器を失ったゴブリンは、後ろから来た仲間に押されて倒れ、追撃する群れの進路を塞いだ。
四人はその隙に距離を広げる。
崩れかけた建物跡を回り込んだところで、彼らは偶然、別の学生班と遭遇した。
その班もまた、ゴブリンの群れに包囲されていた。
三人の生徒はすでに陣形を維持できなくなり、引率役の冒険者が自ら戦わざるを得ない状況に追い込まれている。
「全員、下がれ!」
冒険者が杖を掲げた。
激しい気流が、洞窟の中で一気に吹き荒れる。
先頭にいたゴブリンたちは風圧によって吹き飛ばされ、後方の群れも巻き込まれて混乱した。
二つの班はその隙に合流し、比較的安全な通路を使って撤退する。
追っ手を完全に振り切ったところで、ガヴィンはようやく全員を休ませた。
「分かったか?」
彼は自分が担当する三人の生徒へ目を向けた。
「第一層の魔物は、一体ずつなら確かに強くない」
「だが、数が十分に集まれば、学徒級の生徒たちを危険に追い込むことくらい簡単にできる」
今度はもう、誰も「歯応えがない」とは言わなかった。
————
実習二日目の夜。
四人は、牢獄跡を思わせる区域で足を止めた。
そこは昨夜の洞窟よりも、はるかに不気味だった。
粗雑に積み上げられた石壁には、無数の引っかき傷が残されている。
隅には、さまざまな魔物の白骨が積み重なっていた。
空気には湿気と腐敗臭が混ざり合い、本能的にその場から離れたくなる。
ノエルが眉をひそめた。
「休む場所には見えないな」
アーガは白骨のそばへしゃがみ込み、しばらく観察した。
「この骨の砕け方は、双頭狼が残す痕跡によく似ている」
「双頭狼?」
「第一層では数が少ないけど、縄張り意識がかなり強い魔物だ」
アーガは周囲を見回した。
「他の小型魔物は、双頭狼の縄張りへ簡単には入ろうとしない」
「今夜、双頭狼がこの近くにいないのなら、普通の洞窟よりも安全かもしれない」
リサは壁に残された引っかき傷を確認した。
「痕跡は、すでにかなり古くなっています」
「最近は戻ってきていないはずだ」
それでも、ノエルは納得しきれない様子だった。
「それだけで判断できるのか?」
「図書館にある地下城の記録に、双頭狼の習性が書かれていた」
アーガは答えた。
「もちろん、少なくとも今はここにいないと判断できるだけだ」
「夜中に戻ってこないという保証はない」
三人は最後にガヴィンを見た。
ここに残るか、それとも別の場所を探すか。
引率者である彼が決めるべきことだった。
ガヴィンは遺跡の周囲を一周し、入口付近に残された足跡も念入りに調べた。
「周囲に新しい痕跡はない。ここで休める」
「ただし、魔除け灯は双頭狼には効かない」
ガヴィンは三人を順番に見た。
「今夜は必ず二人一組で見張る。何か聞こえたら、すぐに残りの者を起こせ」
最初の見張りは、ノエルとリサが担当することになった。
アーガとガヴィンは先に休む。
焚き火は、少しずつ小さくなっていった。
地下城の奥から、正体の分からない魔物の低い咆哮が聞こえてくる。
だが、その音もすぐに消え、周囲には再び静寂が戻った。
どれほど時間が過ぎたのか。
突然、ノエルの声が静寂を破った。
「これは何だ?」
リサはすぐに目を見開いた。
ノエルは遺跡の隅に立ち、石の隙間から漏れ出している緑色の光を見下ろしていた。
そこには、親指ほどの大きさしかない緑色の結晶が埋まっている。
表面から放たれる光は、あまりにも弱い。
周囲が暗くなければ、ただの鉱石だと思って見落としていただろう。
リサがノエルのそばへ歩み寄った。
「触らないでください」
ノエルは結晶を見つめたまま、すぐには答えなかった。
彼が近づくにつれて、緑色の光がわずかに強くなっているように見える。
結晶の内部では、一筋の霧のようなものがゆっくりと流れていた。
「見るだけだ」
ノエルはしゃがみ込み、結晶へ手を伸ばした。
話し声によって、アーガも目を覚ました。
瞼を開くと、ノエルが緑色の結晶へ近づこうとしている。
その瞬間、胸の奥にひどく不快な感覚が湧き上がった。
「ノエル、待て」
アーガは立ち上がり、二人の方へ歩いていく。
「魔物の縄張りにこんなものがあるのには、必ず理由がある」
ガヴィンも目を覚ました。
最初はまだ眠そうにしていたが、緑色の結晶を見た瞬間、その表情が一変する。
「触るな!」
だが、警告はわずかに遅かった。
ノエルの指先は、すでに結晶の表面へ触れていた。
緑色の光が一気に膨れ上がる。
重苦しい魔力の圧力が、瞬く間に遺跡全体を覆い尽くした。
まるで、地底で眠っていた巨大な何かが、目を覚ましたかのようだった。
「捨てろ!」
ガヴィンが叫ぶ。
ノエルは反射的に手を離した。
結晶が地面へ落ちた瞬間、その内部からごく小さな破砕音が響いた。
パキッ。
直後、地面全体が激しく揺れ始めた。
壁から細かな石が次々と落下する。
足元の岩盤にも、黒い亀裂が無数に浮かび上がった。
焚き火は衝撃で崩れ、燃えた木片が周囲へ転がっていく。
「ここを離れろ!」
ガヴィンは入口へ向かって駆け出した。
だが、亀裂が広がる速度は、全員の反応をはるかに上回っていた。
アーガは最も近くにいたリサへ手を伸ばす。
リサが彼の手首をつかんだ直後、二人の足元にあった岩盤が轟音とともに崩れ落ちた。
ノエルも体勢を失い、亀裂の中へ落ちていく。
「俺につかまれ!」
ガヴィンは地面へ飛び込み、ノエルの腕をつかんだ。
しかし、力を込めるよりも早く、周囲の岩壁が一斉に崩壊した。
巨大な岩が頭上から落下してくる。
ガヴィンは身を翻して岩を避けるしかなく、ノエルをつかんでいた手からも力が抜けた。
暗闇が、一瞬ですべてを飲み込んだ。
アーガは、傾斜した岩壁へ何度も身体を打ちつけた。
混乱の中、リサの手も指先から離れていく。
耳元では、岩が砕ける轟音だけが鳴り響いていた。
やがて背中に激しい痛みが走る。
アーガの意識は、完全な暗闇の中へ沈んでいった。
————
どれほど時間が過ぎたのか。
アーガは少しずつ意識を取り戻した。
冷たい水滴が、頬へ落ちる。
彼は苦労しながら瞼を開いた。
視界に広がっていたのは、ぼやけた暗闇だけだった。
身体の至るところが痛む。
特に左肩は、わずかに動かすだけでも、内側から何かに引き裂かれているような激痛が走った。
アーガは歯を食いしばり、上体を起こした。
周囲は、先ほどまで休んでいた遺跡ではなかった。
岩壁の色は、先ほどまでいた場所よりも深く暗い。
表面には、黒い鉱物の筋が無数に走っている。
空気も第一層より湿っており、冷たかった。
遠くからは、何かが発する重い呼吸音もかすかに聞こえてくる。
「リサ?」
「ノエル?」
「ガヴィンさん?」
アーガの声が、広い洞窟の中で反響する。
しかし、返事はなかった。
彼は手探りで照明カードを取り出した。
淡い光が掌の中で灯り、足元に散らばる岩の破片を照らし出す。
少し離れた場所には、さらに深い暗闇へ続く通路が伸びていた。
アーガは見覚えのない岩壁を見上げた。
胸の奥が、少しずつ冷えていく。
第一層の岩壁は、こんな色ではなかった。
第二層の地図にも、目の前にある区域は記されていない。
学院から渡された資料に誤りがないのなら……。
「ここは、まさか……」
アーガは手の中のカードを強く握った。
その声は、自分にしか聞こえないほど小さかった。
「地下城の第三層……?」




