第31話 まともではない小隊
アーガは振り返ることなく水晶球の前まで進み、冷たい球面へ右手を置いた。
最初に感じたのは、掌へ伝わるひんやりとした感触だった。
少しすると、水晶に引かれるように体内の魔力が動き始める。球体の中をゆっくり流れていた霧が突然回転を速め、掌の触れている場所から白い光が一気に広がった。
間もなく、水晶球全体が光に包まれる。
白かった光は徐々に淡い青へ変わり、やがて銀白色の冷たい輝きを帯びた。青と白の光が球体の中で交錯し、その明るさは、それまで試験を受けたどの生徒よりも明らかに強かった。
担任教師は数秒間それを観察すると、名簿へ結果を書き込んだ。
「学徒級下位」
「合格だ」
生徒たちの間から、抑えきれない驚きの声が上がった。
同じ学徒級下位であっても、アーガの光が自分たちよりはるかに明るいことは、誰の目にも明らかだった。
「あの明るさ、学年全体でも数人しかいないだろ」
「やっぱり蠍座はすごいな」
アーガは水晶球から手を離し、右側の列へ向かった。
もちろん、今回の結果が蠍座の力だけによるものではない。
この二年間に積み重ねてきた基礎訓練。
肉体の強化。
そして、数多くの能力を再現するために行ってきた練習。
そのすべてが、アーガの魔力制御を普通の生徒とは比べものにならないほど高めていた。
「次、リサ・ベルマン」
リサが列から出てくる。
彼女が水晶球へ掌を置くと、安定した白い光が素早く広がり、やがて柔らかな緑色へ変化した。
緑の光は数秒間輝き続け、そのまま安定する。
「学徒級下位。合格だ」
周囲から再び話し声が上がった。
「またあの明るさか」
「学年全体でも五人はいないんじゃないか?」
リサは水晶球から手を離し、右側の列へ歩いていく。
アーガの近くを通り過ぎたとき、彼女は一瞬だけ顔を向けた。
ほんの短い視線だったが、そこには明らかな対抗心が浮かんでいた。
アーガは何も反応しなかった。
すべての試験が終わると、担任教師は改めて人数を確認した。
「三十人中、合格者は二十一人」
「予想していたより、少し良い結果だ」
試験に合格できなかった九人は、左側の薄暗い場所に立っていた。
うつむいている者もいれば、悔しそうな表情を浮かべている者もいる。
だが、結果に異議を唱える者はいなかった。
担任教師は、合格した生徒たちへ視線を向けた。
「合格者は、三人ずつ七つの班に分ける」
「仲の良い者だけで固まることを避けるため、班分けはくじ引きで決定する」
間もなく、紙片の入った木箱が教卓の前へ運ばれてきた。
生徒たちは順番に前へ出て、自分の班番号が書かれた紙を一枚ずつ引いていく。
アーガも箱へ手を入れ、折り畳まれた紙を一枚取り出した。
広げると、そこには数字が一つ書かれている。
七。
(第七組か)
アーガは紙をしまい、担任教師が組み合わせを発表するのを待った。
「第一組。ミロ、カイミ、エドウィン」
ミロとカイミは顔を見合わせ、同時に安堵した表情を浮かべた。
エドウィンは普段から口数こそ少ないが、能力は安定している。武器を強化できるカードも持っているため、ミロとの相性も悪くないはずだ。
担任教師は、続けて他の班の名前を読み上げていった。
教室のあちこちから、歓声と落胆の声が聞こえてくる。
友人と同じ班になって喜ぶ者もいれば、あまり話したことのない新しい仲間を観察し始める者もいた。
やがて担任教師は、名簿の一番下へ視線を落とした。
「第七組」
「アーガ・ラインハルト」
アーガは席から立ち上がった。
「リサ・ベルマン」
前方に座っていたリサも、ゆっくりと立ち上がる。
彼女が振り返ると、金色のポニーテールが背後で弧を描いた。
自分の仲間が誰なのかを確認した瞬間、その眉が明らかに寄せられる。
「ノエル・ラインハルト」
教室の反対側で、ノエルが無表情のまま立ち上がった。
三人は教室の半分以上を隔てたまま、互いの顔を見る。
誰も口を開かなかった。
しかし、アーガの気分はすでに重く沈んでいた。
(どうして、よりにもよってこの組み合わせなんだ?)
リサの実力は高い。
だが、彼女は自分の判断で行動することを好み、他人の指示を簡単には受け入れない。
ノエルとの関係も、この二年間で少しも改善していなかった。
むしろ、以前よりもさらに険悪になっている。
普段の授業なら、互いに干渉しないまま過ごすこともできる。
だが、地下城での実習は違う。
中には本物の魔物が存在する。
わずかな口論や連携の失敗が、危険へ直結する可能性もあった。
アーガが手を挙げようとしたとき、リサが先に口を開いた。
「先生、仲間を変更することはできますか?」
「できない」
担任教師は、ほとんど考えることなく即答した。
「今回の実習には、性格や戦い方の異なる者と協力する方法を学ぶという目的もある」
「将来、冒険者ギルドへ入ったとしても、毎回最も親しい友人と一緒に依頼を受けられるとは限らない。実際の隊でも、全員がお前たちの好みに合うことなどあり得ない」
リサはまだ何か言いたそうにしていたが、結局それ以上は口にしなかった。
アーガも、途中まで上げていた手を下ろすしかなかった。
教室の反対側に立つノエルは、ずっとアーガを見つめていた。
彼は、ほとんど自分にしか聞こえないほど小さな声で呟く。
「二年だ」
「今度こそ、僕がお前に劣っていないことを証明してみせる」
担任教師は名簿を閉じた。
「実習は明日から始まる」
「各班は今夜のうちに、持っていく物資と基本的な役割分担について話し合っておけ。明日の朝七時、学院の正門前へ集合。遅刻は一切認めない」
「解散」
教室は一瞬にして騒がしくなった。
リサは話し合いに残ろうともせず、自分の荷物を持つと、そのまま教室を出ていった。
ノエルもすぐに、親しくしている数人の貴族生徒に囲まれた。
彼からアーガのもとへ来る様子もない。
アーガは椅子へ座り直し、片手で額を押さえた。
ミロがそばまで来て、複雑そうな表情でアーガの肩を叩く。
「お前たちの班……」
数秒間言葉を探したあと、どうにか感想を口にした。
「かなり強そうだな」
「実力だけなら、確かに強い」
アーガは両手で顔を覆った。
「でも、魔物に出会う前に、こっちで戦い始めないかの方が心配だ」
隣に立っていたカイミが、小さな声で慰める。
「リサは少し付き合いにくいけど、本当に危険なときに勝手なことをする人ではないと思う」
「ノエルもアーガのお兄さんなんだから、わざと実習の邪魔をしたりはしないはずだよ」
だが、最後まで話す頃には、カイミ自身の声にも自信がなくなっていた。
アーガは顔を上げ、すでに誰もいなくなった前方の席を見る。
「そうだといいけど」
本来なら楽しみにするはずだった地下城での実習が、急にひどく不安なものへ思えてきた。
————
朝の陽射しが、聖イース学院の運動場へ降り注いでいた。
実力判定に合格した生徒たちは、すでに班ごとに整列している。
アーガは第七組の位置に立ち、時折、視界の端で隣の二人を観察していた。
リサは腕を組んでいる。
金色のポニーテールが朝風に揺れていたが、その表情は冷たく、何を考えているのかまるで分からない。
ノエルはうつむき、自分の装備を確認していた。
この班分けなど、まったく気にしていないように見える。
三人はすぐ近くに立っているというのに、互いに一言も話していなかった。
「第七組!」
少し離れた場所から、明るく響く声が聞こえた。
アーガが振り返ると、一人の赤髪の青年が大股でこちらへ近づいてくる。
動きやすそうな軽い革鎧を身につけ、腰には短剣を下げている。背中には短弓も背負っていた。
左目の下には薄い傷跡があったが、それでも若々しく朗らかな印象を損なってはいなかった。
青年は三人の前で足を止め、笑顔で片手を上げた。
「俺はガヴィン。Eランク冒険者パーティー『赤紅の牙』の一員だ。これから一週間、第七組の実習を担当する」
ガヴィンは、三人の顔を順番に見た。
「君たちが俺の班の生徒で合ってるか?」
「はい」
アーガが最初に答えた。
「アーガ・ラインハルトです」
(普段の関係がどうであっても、案内役にまで最初から面倒な班だと思われるわけにはいかない)
続いて、リサも名乗った。
「リサ・ベルマンです」
彼女の指は、軽く剣の柄へ添えられていた。
この班分けを気に入っていないことは明らかだったが、部外者の前では、貴族としての礼儀をきちんと守っている。
「ノエル・ラインハルトです」
ノエルは軽く頭を下げ、社交用の整った笑みを浮かべた。
「これからよろしくお願いいたします、ガヴィンさん」
ガヴィンは三人の装備を確認し、満足そうにうなずいた。
「少なくとも、準備はしっかりしているようだな」
彼は三人を運動場の端へ連れていくと、草の上に地下城の地図を広げた。
「『灰燼の道』は全部で八層ある。今回、俺たちが活動するのは第一層だけだ」
ガヴィンは、地図上に印をつけられた数本の経路を指した。
「第一層は冒険者ギルドが何度も掃討している。主に出てくるのは、ゴブリンやスケルトン、それから他のGランク魔物だ」
「一体ずつなら大きな脅威にはならない。ただし、大勢の魔物に囲まれた場合は、第一層でも十分に危険だ」
「実習中は、俺が指定した経路から勝手に外れないこと。第二層へ続く区域には、絶対に近づくな」
ガヴィンは地図を畳むと、不意に尋ねた。
「君たち三人は、これまで一緒に戦ったことがあるのか?」
「ありません」
三人は、ほとんど同時に答えた。
声が重なったあと、互いの顔を一度だけ見て、すぐに視線をそらす。
ガヴィンの笑顔が、一瞬だけ固まった。
「そうか」
「地下城の実習だけじゃなく、まともな小隊になる方法も教えた方がよさそうだな」




