第28話 鏡の形
灼けるような魔力が指先から流れ込み、腕に沿って一気に駆け上がった。
熱の奔流は肩のあたりで二つに分かれる。
一方は背骨に沿って頭頂部まで突き抜け、もう一方は胸を通り、四肢の隅々へ流れ込んでいった。
同時に、アーガの体内を穏やかに巡っていた魔力も、その力に引かれ始める。
突然出口を見つけたかのように、魔力が右手へ向かって急速に集まっていった。
掌の熱は増し続け、本の背を握る指は力が入りすぎて白くなっている。
それでも、アーガは手を離さなかった。
激しい魔力の流れは数秒間続き、やがて少しずつ落ち着いていった。
最後には、その力が掌の奥深くへ沈み込む。
外へ向かって暴れることはなくなったが、今もはっきりと存在を感じることができた。
まるで何かが身体の中へ入り込み、魔力の奥で静かに息を潜めているかのようだった。
「うわ……」
近くにいた誰かが、思わず小声を漏らした。
「今の、感じたか?」
「魔力の波動は、あいつのところから出ていたぞ」
「本当に第四級カードが応えたのか?」
部屋の各所に散らばっていた学生たちが、すでにアーガの周囲へ集まり始めていた。
階段を上がってきたばかりの二人も途中で足を止め、アーガが手にしている本を覗き込んでいる。
その視線には驚きや羨望が混じっていた。
中には、何が起きたのかまだ理解できていないらしく、戸惑った表情を浮かべる者もいる。
アーガが口を開こうとしたそのとき、階段から慌ただしい足音が聞こえてきた。
灰色の長衣をまとった中年の教師が、足早に三階へ上がってくる。
そのまま長机のそばまで来ると、最初に『蠍座』へ目を向け、続いてアーガを見た。
「名前は?」
「アーガ・ラインハルトです」
教師はアーガを見つめながら、周囲にまだ残っている魔力の波動を確かめた。
やがて、その口元に笑みが浮かぶ。
「見事だ」
「今年、本当にこれほど強く第四級カードと共鳴する者が現れるとは思わなかった」
アーガは手の中にある本へ目を落とした。
カードの縁には、今も温もりが残っている。
その内側に、小さな炎が絶えず脈打っているようだった。
教師が片手を上げる。
検査魔法の光がアーガと本を覆い、彼が自分と共鳴した一枚以外を選んでいないことを確認した。
それから、教師は通路を空けた。
「記録は完了した。もう出ても構わない」
アーガはうなずいた。
分厚い『蠍座』を胸へ抱え、階段へ向かう。
周囲に集まっていた学生たちは、自ら道を空けた。
アーガは彼らの表情を確かめようとはせず、俯いたまま歩調を速め、二階へ下りていった。
二階では、まだ多くの学生が星座カードとタロットカードの書棚の間を行き来していた。
一階の大広間は、さらに騒がしい。
至るところで、見つけたカードの能力について話す声が響いている。
アーガはミロやケイミを探すことなく、胸の本を強く抱えた。
人混みを抜け、図書館の側面にある扉から外へ出る。
冷たい空気が正面から吹きつけた。
アーガは反射的に首をすくめる。
吐き出した白い息は、目の前ですぐに薄れていった。
胸に抱えた本はずっしりと重い。
しかし、その表紙には冬の寒さとは正反対の温もりがあった。
アーガは本へ目を落とす。
『星座カード・蠍座』
金色に刻まれた文字が、朝日を受けて鮮やかに輝いていた。
アーガは石畳の道を十数歩進み、主校舎の脇にある人通りの少ない小道へ入った。
前後に誰もいないことを確認すると、ようやく足を止める。
その場で二秒ほど静かに立っていたかと思うと、不意に右手を上げ、空中へ力強く拳を振り抜いた。
勢いのせいで、抱えていた本が腕から滑り落ちそうになる。
アーガは慌てて反対の手で押さえた。
それでも、口元に浮かんだ笑みは、もう抑えられなかった。
さらに二歩進み、もう一度拳を握って振る。
今度の動きは先ほどよりも小さかったが、込められた力はむしろ強かった。
「第四級カード……」
アーガはその言葉を小さく繰り返し、とうとう声を上げて笑った。
その後すぐに寮へ戻ると、部屋の扉へ鍵をかけた。
ベッドの端へ腰を下ろし、『蠍座』を膝の上へ置く。
本の最初のページには、銀色の光沢を持つ文字でカードの名称が記されていた。
【蠍座・鏡の形】
アーガは、その下にある説明へ目を移した。
【所有者は、過去三年以内に自らの目で見たカード能力を複製できる】
アーガはその一文を、長い間見つめていた。
「やっぱり……」
その声には、隠しきれない喜びがにじんでいた。
「子供の頃に読んだ本へ書かれていたものと同じだ」
最初のページを、最初から最後まで三度読み返す。
一度、本を閉じた。
しかし、すぐにもう一度開き、さらに読み直した。
(過去三年以内に、自分の目で見たカード能力を複製できる……)
本の背を握るアーガの指へ、少しずつ力が入っていった。
一種類の星座カードを手に入れるだけでも、魔導師の将来を大きく変えるには十分だ。
だが、蠍座の《鏡の形》は、普通の魔導師とは比べものにならないほど多くの魔法へ触れられることを意味していた。
アーガはしばらく部屋で本を眺めていた。
しかし、どうしても興奮を抑えきれず、本を抱えて寮の外へ出る。
近くの草地へ腰を下ろし、もう一度『蠍座』を開いた。
指先では、かすかな熱が今も脈打っている。
「ねえ」
背後から、聞き慣れた声がした。
アーガはすぐに振り返った。
少し離れたところに、リサが立っている。
金色の長髪が風に吹かれ、柔らかく揺れていた。
彼女も一冊の本を胸へ抱えている。
表紙は淡い緑色で、縁には銀色の蔓模様が描かれていた。
「どうしてここにいるの?」
アーガが尋ねた。
「あなたが図書館でおとなしく待っているとは思わなかったから」
リサは数歩近づき、すぐにアーガの膝に置かれた本へ視線を向けた。
書名を確認すると、わずかに眉を上げる。
「蠍座?」
「第四級カードだよ」
「なかなかやるじゃない」
そこでアーガは、図書館を出てからずっと、自分の顔から笑みが消えていないことに気づいた。
軽く咳払いをし、できるだけ平静な声を作る。
「いつ僕を見つけたの?」
「私も今、図書館から出てきたところよ」
リサは本を抱えたまま、不満そうな口調で言った。
「それに昨日、私が何を選ぶつもりなのか教えてあげると言ったでしょう」
「あなたは一言も最後まで聞かずに行ってしまったけれど」
アーガは、昨日の廊下での出来事を思い出した。
確かに、リサは背後から何か話していた。
だが、アーガがあまりに早く立ち去ったため、ほとんど聞こえていなかった。
アーガの視線が、リサの抱えている本へ向かう。
淡い緑色の表紙。
銀色の蔓模様。
ページの間から覗くカードの縁は、かすかな緑色の光を放っていた。
カードの中央には銀色の輪と、枝葉に覆われた人影が描かれている。
アーガはすぐに、それが何であるかを理解した。
「タロットカードの《恋人》」
リサは自分の本へ目を落とした。
「知っているの?」
「図鑑で見たことがある」
アーガは答えた。
「二十二枚の大アルカナの一枚。自然と関わる能力で、植物の力を借りて攻撃できる」
この能力は、特に戦士との相性がよい。
戦士は魔力を体内へ巡らせ、筋肉や骨格、感覚を強化する。
《恋人》の力を組み合わせれば、その強化を基礎として、身体を守る植物の鎧や、戦闘に使用する武器を作り出すことができる。
「確かに、リサにはよく合っているね」
「ずいぶん詳しいのね」
リサは見せびらかすような態度を取らず、胸にある本へ目を落としただけだった。
「でも、あなたの蠍座も悪くなさそうね」
その視線が、アーガの右手へ移る。
「もうカードと魔力がつながっているのを感じるわ」
「さっき図書館で大きな魔力の波動が起きたのも、あなたでしょう?」
「たぶんね」
一陣の風が、二人の間を吹き抜けた。
金色の髪と衣服の裾が、風にあおられて揺れる。
リサは本を抱く腕へ、少しだけ力を込めた。
「戻ったら、きちんと練習しなさい」
「私が《恋人》の能力を習得する頃には、あなたも蠍座を使えるようになっていなさいよ」
アーガはうなずいた。
「リサもね」
リサは踵を返し、宿舎区域の反対側へ歩いていった。
アーガは草地に座ったまま、その背中が遠ざかるのを見送る。
それから再び、膝の上にある本を開いた。
「鏡の形……」
指先をページの縁へ触れさせる。
その熱は今も、皮膚の下でかすかに脈打っていた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
アーガが寮の扉を開けたとき、廊下にいた生徒たちはすでに彼を見ていた。
二人の男子生徒が、窓辺にもたれかかって話している。
アーガが姿を現すと、二人はすぐに声を小さくした。
その視線は、アーガが階段へ向かう間もずっと後を追ってくる。
アーガが十分に離れてから、二人は再び会話を始めた。
蠍座のカードを選んだという話は、すでに一年生全体へ広まっているようだった。




