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第27話 蠍座

アーガが大扉をくぐって最初に抱いた感想は、想像していた以上に広い、というものだった。


一階の大広間は三階分ほどの高さがあり、天井のドームには色褪せた星図が描かれている。


周囲には背の高い書棚が並び、その最上段は天井近くまで達していた。


収められている本は、どれも分厚い。


表紙には、それぞれ対応するカードの名称と能力が記されている。


本を開くと、特殊な透明紙の間へ一枚のカードが挟まれていた。


外へ露出しているのは、指先で触れられるほどのわずかな部分だけだ。


教師たちは事前に、何度も説明していた。


ここに保管されているカードは、学生が相性を確認し、能力を学ぶための媒介にすぎない。


図書館の外へ持ち出すことはできない。


自分が選ぶカードを正式に決めた後、学院がその学生専用のカードを改めて製作することになっている。


建物へ入った学生たちは、すぐにそれぞれの書棚へ散っていった。


ミロは扉をくぐるなり、ほとんど駆けるように左側の区域へ向かった。


ケイミもその後を追い、濃い赤色の表紙を持つ本を慎重に引き出す。


「これを試してみて」


ミロは別の本を、ケイミへ差し出した。


「中のカードに触れたら、指先が少し痺れたんだ」


ケイミはカードへ数秒間触れてから、首を横に振った。


「私は何も感じないわ」


「それなら、次はこっちを試して」


「その前に、さっきの痺れが緊張のせいじゃなかったか確認した方がいいんじゃない?」


アーガは二人には加わらず、一人で書棚に沿ってゆっくりと歩いた。


一階の外側に置かれているのは、主に第一級の一般カードだった。


生活や生産に関係する能力が多い。


土壌の状態を改善するもの。


水の流れを導くもの。


衣服を乾燥させるもの。


一定の温度を保つもの。


物体が落下する速度を緩める能力もあった。


この等級のカードは習得難度が低く、十枚以上身につけても、それほど珍しくはない。


本当に難しいのは、戦闘向けのカードだった。


アーガは書棚の奥へ進んでいく。


一階の内側へ近づくほど、並べられているカードの等級も少しずつ上がっていった。


やがて、第二級の低位カードが姿を見せ始める。


これらのカードには、簡単ながらも戦闘や補助に使える能力が備わっていた。


アーガは、緑色の表紙をした一冊の本を取り出した。


中に挟まれていたのは、灰色のカードだった。


《気配遮断》。


短時間だけ、自身から放たれる魔力の波動を弱める能力。


ただし効果は限られており、経験豊富な魔導師の感知を完全に欺くことはできない。


アーガはカードの縁へ指を置き、そのまま静かに数秒待った。


しかし、体内の魔力には何の変化も起きなかった。


その後も、十数枚のカードを試した。


跳躍力を高めるもの。


一時的に視力を強化するもの。


皮膚を少しだけ硬くする能力。


だが、どのカードへ触れても、教師が言っていたような「応答」を感じることはできなかった。


気づけば、一階だけで一時間近くが過ぎていた。


額に汗を浮かべたミロが、人混みをかき分けてこちらへやって来た。


腕には、銀灰色の表紙を持つ本が抱えられている。


「見つけた!」


「どんな能力?」


ミロは待ちきれない様子で、本を開いた。


中に収められていたのは、第二級カード。


名称は《蛮力増幅》。


「魔力を腕と肩へ集中させて、短時間だけ力を高める能力なんだ」


ミロは興奮した口調で説明した。


「触れた瞬間、両腕が痺れた。それに、体内の魔力がずっと肩へ流れ込もうとしていたんだ」


典型的な戦士系の低位カードだった。


効果自体は、そこまで強力ではない。


それでも、ミロの体格や将来の進路にはよく合っている。


「確かに、ミロ向きだね」


アーガが言った。


「アーガは?」


「まだ見つかってない」


ミロは階段の方角を見た。


「それなら二階へ行こう。第三級カードは上にあるんだろ?」


ケイミも、少し心配そうな顔で近づいてきた。


「二階にも、私たちに合うカードがなかったらどうするの?」


「そのときは、一階へ戻ってもう一度探せばいいよ」


アーガは答えた。


「先生も言っていただろ。等級が高いほど自分に合うとは限らないって」


そう口にしながらも、アーガ自身は二階へ向かった。


◇ ◇ ◇


二階は、一階よりもずっと静かだった。


書棚同士の間隔も広く、本の数は明らかに少ない。


どの本の表紙にも、複雑な金色の模様が描かれていた。


近づくだけで、一階に置かれたカードよりも強い魔力の波動を感じる。


ここに保管されているのは、第三級カードだった。


書棚の片側には星座カード。


反対側には、タロットカードが並んでいる。


アーガは、まず星座カードの区域へ足を踏み入れた。


指先を、本の背表紙へ沿わせていく。


『かみのけ座』


『らしんばん座』


『りゅう座』


『へびつかい座』


『みなみじゅうじ座』


どの本にも、まったく異なる種類の魔法が記されていた。


物質を操作するもの。


元素を操るもの。


中には、名前を見ただけでは能力を想像することすらできないカードもある。


アーガは最初に『かみのけ座』を取り出し、中のカードへ触れた。


反応はない。


次に『りゅう座』を試した。


やはり、何も起こらなかった。


その後も十数枚の星座カードへ触れ、反対側にあるタロットカードも数枚試してみた。


しかし、体内の魔力は波一つ立たないほど静かなままだった。


近くでは、一人の男子生徒が『らしんばん座』を胸へ抱え、興奮しながら階段を駆け下りていった。


別の女子生徒は書棚へ寄りかかり、両手で『かみのけ座』のカードへ触れている。


次第に頬が赤くなっており、強い魔力共鳴を感じていることは明らかだった。


アーガは、手にしていた本を元の位置へ戻した。


少しずつ、焦りを覚え始めていた。


第三級カードは、大部分の人間が手にできる最高位の能力だ。


星座カードにもタロットカードにも、自分に合うものがないのだとしたら。


本当に一階へ戻り、第二級カードの中から適当な一枚を選ばなければならないのだろうか。


アーガが別の書棚へ向かおうとした、そのときだった。


指先が本の背表紙から離れた瞬間、胸の奥に奇妙な感覚が生まれた。


まるで、どこか遠くから伸びてきた極細の糸が、身体をわずかに引いたかのようだった。


感覚は一瞬で消えた。


アーガは足を止め、不思議そうに周囲を見回した。


しばらくすると、見えない糸が再び張り詰める。


今度は、引かれた方向まではっきりと分かった。


アーガは複数の書棚を通り抜け、廊下の最奥へ視線を向けた。


そこには、図書館の三階へ続く狭い階段があった。


入口には、濃い色をした木製の札が掲げられている。


金色の文字で、短い言葉が刻まれていた。


『第四級カード区域』


三階へ続く階段には、ほとんど学生がいなかった。


大半の生徒は、自分が第四級カードと相性を持つ可能性など、ほぼないと理解している。


時間を無駄にするくらいなら、一階や二階で本当に適した能力を探した方がよい。


そう考えるのは当然だった。


アーガは階段の前に立ち、数秒間迷った。


すると胸の奥にある糸が、もう一度だけ身体を引いた。


先ほどよりも、はるかに明確だった。


アーガは薄暗い階段の先を見上げる。


そして、ついに一歩を踏み出した。


三階の入口にいた人間は、想像していた以上に少なかった。


階段の近くに立っていたのは、わずか四、五人ほど。


誰もが、第四級カードと共鳴できる可能性が極めて低いことを分かっているのだろう。


ここで時間を費やすよりも、下の階で適性の高いカードを探す方が現実的だった。


アーガが彼らのそばを通り過ぎると、何人かが顔を上げた。


しかし、声をかけてくる者はいない。


すぐに、手にしている本へ意識を戻していった。


三階の造りは、下の二階とはまったく異なっていた。


空間そのものが狭く、天井も低い。


光も少なく、部屋全体が薄暗く感じられる。


頭上には数個の魔法灯が浮かび、柔らかな白い光を放っていた。


部屋の中央に置かれているのは、一脚の長机だけだった。


その上には、三冊の分厚い本が並んでいる。


『タロットカード・太陽――肉体進化』


『星座カード・蠍座――鏡の形』


『星座カード・処女座――帰依の花』


三冊の本は、それぞれ異なる色の表紙を持っていた。


背表紙へ刻まれた金文字が、魔法灯の下で鈍い光を放っている。


机のそばへ立っただけで、周囲の魔力が明らかに濃くなったことを感じ取れた。


アーガの前には、まだ二人の学生がいた。


一人の男子生徒は『太陽』を開き、カードの縁へ指を置いていた。


目を閉じて数秒待った後、失望したように首を横に振る。


もう一人の女子生徒が試していたのは、『処女座』だった。


このカードには、異性を魅了し、その力を奪い取る能力がある。


そのため女子生徒は、かなり期待していたらしい。


しかし、彼女も何の応答も得られなかった。


やがて本を元へ戻し、階段を下りていった。


先にいた二人がいなくなってから、アーガは長机の前へ進んだ。


最初に手に取ったのは、『タロットカード・太陽』だった。


本は見た目以上に重かった。


特殊な透明紙を開くと、縁が温かな橙色に染まったカードが現れる。


カード表面の模様は、外側へ広がる太陽の光冠を思わせた。


まだ発動していないにもかかわらず、かすかな熱が伝わってくる。


アーガはカードの縁へ指を触れた。


一秒。


二秒。


五秒が過ぎる。


それでも、体内の魔力には何の変化も起きなかった。


指先へ伝わる熱は、カード自体が持つ温度にすぎない。


魔力共鳴とは無関係だった。


アーガは本を閉じ、机の上へ戻した。


次に手に取ったのは、『処女座』。


今度はカードへ触れた瞬間、指先にわずかな冷たさを感じた。


まるで、氷のように冷たい水滴が手の甲へ落ちたかのようだった。


だが、その感覚は一瞬で消え去った。


アーガが詳しく確かめるよりも早く、最初から何もなかったかのように失われる。


さらにしばらく待ってみたが、二度目の反応は起こらなかった。


アーガの心が、わずかに沈んだ。


深く息を吸い、最後に残った一冊へ手を伸ばす。


『星座カード・蠍座』


本を持ち上げ、ゆっくりと開く。


そして、カードの縁へ指を触れた。


その瞬間。


アーガの身体の右半分が、激しく震えた。

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