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第26話 高位カードへの扉

一年という時間は、アーガが思っていた以上に早く過ぎていった。


初雪が解けてから、まだそれほど日が経っていない。


訓練場の石床には湿った跡が残り、冷たい風が場内を吹き抜けていた。


息を吸い込むと、肺の奥まで目が覚めるような冷気が入り込んでくる。


アーガは最後の人型標的の前に立ち、赤の一《火》を手にしていた。


「最終試験だ」


記録板を持つ教師が告げる。


「始めなさい」


アーガは右手を上げた。


掌から、一つの火球が放たれる。


一年前と比べると、その火球はむしろ小さくなっていた。


しかし炎は密度を増し、中心へ強く凝縮されている。


火球はあらかじめ定められた軌道を描いて訓練場を飛び、人型標的の胸元にある円形の印へ正確に命中した。


炎は木製標的を粉々にはしなかった。


ただ中心部分に、黒い焼け跡を残す。


標的の背後に埋め込まれていた測定水晶が、すぐに光を放った。


威力、精度、安定性。


そのすべてが基準へ到達したことを示している。


アーガは魔力を止め、白い息を吐いた。


教師は記録板へ、最後の印を書き込んだ。


「アーガ・ラインハルト」


「二十枚の基礎カードを熟練水準で習得。試験合格だ」


訓練場の端から、すぐに拍手が起こった。


教師は名簿をもう一度確認する。


記入漏れがないことを確かめると、ようやく顔を上げた。


「これで、三組の生徒は全員、一年次基礎試験に合格した」


「明日から、君たちには自分の高位カードを選ぶ資格が与えられる」


訓練場は、わずか二秒ほど静まり返った。


次の瞬間、歓声が一気に爆発する。


「やっと合格した!」


「一年かかったんだぞ!」


「明日から図書館でカードを選べるんだよな?」


ケイミは勢いよく席から立ち上がり、持っていたノートを落としかけた。


ミロは一瞬呆然としていた。


自分の聞き間違いではないと分かると、拳を頭上へ突き上げる。


「受かった!」


あまりに大きな声だったため、近くにいた数人の生徒が驚いて肩を跳ねさせた。


アーガは訓練場の中央に立ち、標的に残された黒い焼け跡を見つめていた。


その口元にも、ゆっくりと笑みが浮かぶ。


この一年間。


彼らはトランプ型の基礎カードを繰り返し練習し、カードの高速召喚、術式制御、魔力配分を学び続けた。


基礎カードの威力には限界がある。


激しい実戦では、決定打として使うことすら難しいものも多い。


それでも、それらは施術者として身につけるべき最も基本的な習慣を、彼らの身体へ刻み込んでくれた。


そして明日からは、ついに自分自身に本当に適した魔法へ触れることができる。


◇ ◇ ◇


その日最後の授業は、階段教室で行われた。


教室内を通る暖房管は熱を帯び、壁際の暖炉では薪が時折ぱちぱちと音を立てている。


外の寒気は、完全に遮断されていた。


教師は黒板へ、大きな文字を書いた。


『高位カード選択時の注意事項』


「明日、君たちは学院図書館へ入り、自分に適した最初の高位カードを探すことになる」


教師はチョークを置いた。


「今後、トランプ型基礎カードが学習の中心になることはない」


「だが、基礎カードによって身につけた魔力制御と施術習慣は、これからも必ず役に立つ」


教室内から、抑えきれない歓声が上がる。


「やっと毎日、火球術を練習しなくて済む」


「基礎カードは、どうしても威力に限界があるからな」


「自分がどんな魔法に向いているのか、ずっと知りたかったんだ」


教師は止めようとはしなかった。


生徒たちの声が静まるのを待ってから、説明を続ける。


「高位カードの等級については、すでに理論授業で学んでいるはずだ」


「誰か説明できる者は?」


眼鏡をかけた女子生徒が手を挙げた。


「高位カードは、大きく四つの等級に分けられます」


「第一級は一般カードです。日常生活や生産活動に関係する能力が多く、数も豊富で、習得難度も最も低いです」


「魔力属性が衝突しなければ、通常は複数枚を同時に習得できます」


教師はうなずいた。


別の生徒が続けて答える。


「第二級は低位カードです」


「この等級から、本格的な戦闘、補助、防御能力を持つカードが増え、選択肢も広くなります」


「そのとおりだ」


教師は黒板へ視線を向けた。


「第三級は中位カード」


「主に星座カードとタロットカードの二系統に分けられる」


「星座カードは魔導師に適したものが多く、タロットカードは戦士との相性がよい傾向にある」


教師は指先で黒板を軽く叩いた。


「ここで、改めて説明しておく」


「戦士もまた、魔法を使わないわけではない」


「魔導師であろうと戦士であろうと、力の根源は魔力だ」


「異なるのは、その運用方法にすぎない」


「魔導師は、魔力を身体の外へ放ち、術式を形成して外界へ干渉することを得意とする」


「戦士は魔力の大部分を体内へ留め、筋肉、骨格、感覚器官を強化し、肉体そのものを高強度の戦闘へ適応させる」


「ゆえに、優秀な戦士にも精密な魔力制御が必要となる」


ミロは、誰よりも真剣な表情で話を聞いていた。


教師は続ける。


「第三級カードの習得難度は、すでに非常に高い」


「中には使用者を自ら選ぶカードも存在する」


「相性が不足していれば、数十年を費やしたとしても、本当の意味で習得できない場合さえある」


「例えば、セシ先生が使用する羅針盤座の磁力魔法は、星座カードに属する第三級能力だ」


教室内は、次第に静かになっていった。


教師は少し間を置き、黒板の最上部へ新たに二文字を書いた。


『第四級』


「最上位に位置するのが、第四級カードだ」


「星座カードにおける十二枚の黄道十二宮カード」


「そして、タロットカードにおける二十二枚の大アルカナが含まれる」


「これらのカードは極めて希少だ」


「すでに所在が分からなくなっているものもあり、遺跡、競売場、あるいは闇市場へ、ごくまれに姿を現すだけのカードも存在する」


「第四級カードとの相性を持つ者は、一万人に一人ともいわれている」


教室の誰も、もう話をしなかった。


教師は、期待と緊張を浮かべる若い顔を一人ずつ見渡した。


「大部分の魔導師や戦士が、生涯で本当に極められる高位能力は二種類にも満たない」


「一枚のカードだけを、生涯かけて研究し続ける者も多い」


「だから、明日の選択では、単純な能力の強弱だけを見てはいけない」


「誰かが選んだからという理由で、同じカードを追い求めるのも間違いだ」


「心を静め、自分自身の魔力を感じなさい」


「君たちに最も適したカードが、最高等級であるとは限らない」


「だが、本当に相性のよいカードであれば、必ず君たちへ応えてくれる」


間もなく、授業終了を告げる鐘が鳴った。


生徒たちは階段教室から一斉に流れ出す。


廊下の至るところで、高位カードについての議論が交わされていた。


アーガは人波に押されながら、教室の出口へ進んでいた。


そのとき、横から突然、袖をつかまれる。


「ねえ」


アーガは振り返った。


リサが廊下の魔法灯の下に立っている。


金色の長髪が暖かな光を受け、普段よりもさらに鮮やかに輝いていた。


「あなたは、何を選ぶつもり?」


アーガはつかまれていた袖を引き戻した。


「分からない」


「明日には図書館へ入るのに、まだ決めていないの?」


「だから、明日中へ入ってから確かめるんだよ」


アーガはマフラーを引き上げ、顔の半分を覆った。


「僕は先に寮へ戻るから」


立ち去ろうとしたアーガへ、リサが背後から声をかける。


「私が何を選ぶつもりか、知りたくないの?」


「別に」


アーガは振り返ることなく、人混みの中へ入っていった。


背後から、リサの腹を立てたような声が聞こえる。


「それなら、仕方がないから教えてあげるけど――」


しかしアーガは、すでに廊下の角を曲がっていた。


続く言葉は、周囲の騒がしい足音に完全にかき消された。


◇ ◇ ◇


翌朝。


まだ空が明るくなりきらないうちから、学生寮の廊下には慌ただしい足音が響いていた。


あちこちで扉が開いては閉まり、外から仲間を急かす声も聞こえてくる。


「早くしろ! 図書館の前には、もう列ができてるぞ!」


「遅れたら、いいカードを全部選ばれる!」


「カードそのものを持ち去るわけじゃない! 相性を確かめるだけだろ!」


騒ぎで目を覚ましたとき、窓の外はまだ灰青色に染まっていた。


ミロはすでに起きており、どこかへ蹴り飛ばしてしまった靴を、腰を曲げて探している。


「アーガ、起きた?」


「起きたよ」


「それなら、早く行こう!」


「少し遅れたくらいで、カードが消えるわけじゃないよ」


口ではそう言いながらも、アーガが起き上がる動作は普段よりかなり速かった。


ミロほど焦っているわけではない。


それでも、心臓は明らかにいつもより速く動いていた。


靴紐を結ぶ指先にも、無意識のうちに力が入る。


学院図書館は主校舎の西側にあり、独立した三階建ての建物だった。


灰色の石壁には、枯れた蔓が一面に這っている。


冬を迎えた今は細長い枝だけが残り、建物全体を覆う亀裂のようにも見えた。


入口の前には、すでに百人を超える一年生が集まっていた。


扉の前は、ほとんど身動きが取れないほど混雑している。


背伸びをして中の様子をうかがう者。


昨晩まとめたノートを、何度も読み返している者。


自分が欲しいカードについて、仲間とひたすら話し続けている者もいた。


やがて、図書館の大扉が開かれた。


内側から暖かな光があふれ出す。


学生たちの声は、一瞬だけ小さくなった。


そして教師たちの指示に従い、順番に建物の中へ入っていった。

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