第25話 遅れてきた謝罪
三日後。
授業が終わる前に、教師は数枚の選択科目申請書を教壇の上へ置いた。
「間もなく選択科目の受付が始まる」
「一人につき二科目まで選択できる。今日の放課後までに、この用紙を提出するように」
教師が教室を出ていくと、室内はたちまち賑やかになった。
前列に座っていたリサは少し迷った後、アーガの方へ向かおうとした。
しかし、立ち上がった直後、ケイミが先にアーガとミロのそばへやって来た。
「二人は、もう何を選ぶか決めた?」
リサの足が止まる。
小さく鼻を鳴らすと、そのまま再び席へ座った。
アーガは、彼女の反応に気づいていなかった。
「まだ決めてない。二人は?」
ミロは頭をかいた。
「僕は体術を選ぼうと思ってる」
「父さんが鍛冶屋だから、子供の頃から力には少し自信があるんだ。将来は戦士になってもいいかなって」
「戦士か」
アーガが聞き返す。
ミロは笑った。
「村の人たちは、魔導師が一番すごいと思ってる」
「でも戦士だって、魔法を使っているんだよ。使い方が違うだけで、魔力を身体へ満たして強化しているんだから」
一方、ケイミはすでに決めていたらしい。
「私はピアノを選ぶつもり」
その話をした瞬間、彼女の目が明らかに輝いた。
「小さい頃、街から来た音楽家が、私たちの村で演奏したことがあるの」
「その人がピアノを弾いていた姿を、今でも覚えてる」
「でも村にはピアノがなかったし、習う機会もなかったから」
「それなら、選べばいいよ」
アーガは言った。
「ケイミに合っていると思う」
ミロがアーガを見る。
「アーガは?」
アーガは選択科目の一覧をめくりながら、困ったように髪をかき上げた。
「どの授業にも少しずつ興味はあるんだけど、これだけは絶対に学びたいってものがないんだよね」
◇ ◇ ◇
放課後。
アーガは一人で学院内を歩き回り、最後に研究院へ向かった。
セシの研究室の扉を叩く。
「どうぞ」
アーガが扉を開けると、セシは机の後ろに座り、書類を整理していた。
彼の姿を見ると、少し驚いたように目を上げる。
「アーガ? 確かに、しばらく会っていなかったわね」
「先生が全然会いに来てくれませんから」
アーガは、わざと傷ついたような表情を作った。
セシは思わず笑った。
「どちらが生徒なの?」
「普通は、あなたの方から先生を訪ねるものではないかしら」
アーガは机のそばまで歩いた。
「以前、先生が馬術の選択科目を担当していると言っていましたよね」
「ええ」
セシは羽根ペンを置いた。
「選びたいの?」
「まだ決めていないので、話を聞きに来ました」
「馬術の授業は、ただ馬に乗るだけではないわ」
セシは説明した。
「騎獣の世話、長距離の騎乗、それから簡単な騎乗戦闘の知識も扱う」
「本当に興味があるなら選びなさい。私と知り合いだからという理由だけで選ぶ必要はないわ」
近くにいたほかの教師たちも、二人の会話を聞いて声をかけてきた。
「アーガ、茶道の授業はどうだ?」
「将棋も悪くないぞ。思考力を鍛えるには向いている」
アーガは、一人一人に礼を言うしかなかった。
研究室を出る頃には、空が少しずつ暗くなり始めていた。
「馬術、茶道、舞踊、弓術……」
アーガは歩きながら、二つしかない選択枠をどう使うか考えていた。
「ねえ」
背後から、不意にリサの声が聞こえた。
アーガが振り返る。
彼女は少し離れた場所に、一人で立っていた。
夕日が金色の長髪へ降り注ぎ、その姿をひときわ鮮やかに見せている。
「何か用?」
リサはすぐには答えなかった。
視線も、普段のようにまっすぐアーガへ向けられてはいない。
「選択科目は、もう決めた?」
「まだだよ」
「剣術と体術」
リサは言った。
「その二つを考えてみるといいわ」
アーガは少し驚いた。
「もしかして、わざわざ選択科目を勧めに来たの?」
リサはしばらく黙っていた。
やがて、唐突に口を開く。
「前の決闘のことは、私が悪かったわ」
アーガは言葉を失った。
リサは頭を下げなかった。
ただその場に立ったまま、真剣な表情で彼を見つめている。
「魔法試験で負けたことが納得できなくて、あなたへ勝負を申し込んだ」
「その後も腹を立てて、言うべきではないことまで口にしたわ」
「もういいよ。終わったことだから」
アーガの返事には、わずかな戸惑いが混じっていた。
リサが自分から謝罪するなど、まったく想像していなかったのだ。
「それから、もう一つある」
リサは続けた。
「父は本当なら、上級治療薬をあなたへ届けさせるつもりだった」
「でも、私が止めたの」
「どうして?」
「そのときは、まだ腹が立っていたから」
リサは当然のことのように答えた。
「あなたが、本来私のものだった首席を奪った」
「だから、あまり早く回復してほしくなかったの」
アーガは、一瞬何を言えばよいのか分からなかった。
リサは剣の柄を握り、少しだけ顔をそらした。
「そのことも、私が悪かったわ」
「本当に、何でも正直に話すんだね」
「隠し事は好きじゃないの」
リサは再びアーガへ視線を向けた。
「だから、あなたは真面目に剣術を学びなさい」
「本当に剣を使えるようになったら、今度こそ対等な条件でもう一度決闘するわ」
そこでようやく、アーガは彼女が剣術を勧めた理由を理解した。
「僕に、魔法と剣術の両方を学べってこと?」
「私は両方学んでいるわ。あなたにできない理由があるの?」
リサは少し顎を上げた。
「あなたが私と同じ条件を手に入れたら、そのときは正々堂々と打ち負かす」
そう言い残し、彼女はその場を立ち去った。
アーガはしばらく、その後ろ姿を眺めていた。
やがて、小さく首を振る。
「やっぱり、相変わらず扱いにくいな……」
それでも翌日、選択科目申請書へ記入したのは、馬術と剣術だった。
◇ ◇ ◇
剣術の初日。
アーガは白い訓練着へ着替え、腰には学院から支給された木剣を下げていた。
教師は最初に、基本となる立ち方、剣の握り方、そして足運びを教えた。
「肩の力を抜け」
「手首を固めすぎるな」
教鞭がアーガの腕を軽く叩く。
彼は慌てて姿勢を修正した。
一番前に立っているリサの動きには、ほとんど隙がなかった。
彼女は明らかに、すでに同じ内容を学んでいる。
それでも手を抜くことなく、一つ一つの動作を丁寧に繰り返していた。
自由練習が始まると、アーガはリサが自分のところへ来ると思っていた。
実際に、彼女はまっすぐこちらへ歩いてきた。
しかし、目の前で一度足を止めただけだった。
「しっかり練習しなさい」
リサは、アーガのぎこちない剣の握り方へ目を向けた。
「今の実力なら、卒業までに私の半分くらいにはなれるかもしれないわ」
それだけ言うと、彼女はほかの実力ある生徒との練習へ向かった。
アーガはその場に残され、困ったように息を吐いた。
「一緒に練習しませんか?」
隣から、遠慮がちな声が聞こえた。
眼鏡をかけた男子生徒が木剣を握り、緊張した様子でアーガを見ている。
「もちろん」
アーガはすぐにうなずいた。
二人は、教師から教わったばかりの動きを使い、最も簡単な攻撃と防御の練習を始めた。
アーガの動きは、まだかなり不慣れだった。
それでも続けているうちに、剣術には魔法とは異なる面白さがあることへ、少しずつ気づき始めた。
◇ ◇ ◇
同じ日の午後。
学院の図書室。
ケイミは長い間、書棚の間を探し回っていた。
そしてようやく、『元素共鳴理論』という本を見つける。
手を伸ばした瞬間。
横から伸びてきた別の手も、同じ本の背表紙へ触れた。
「この本は、僕が先に見つけた」
ケイミが振り向く。
隣に立っていたのは、ノエルだった。
「私の方が先に手を伸ばしたわ」
ケイミの声は大きくなかった。
しかし、本から手を離すこともなかった。
ノエルは眉をひそめた。
「渡せ」
近くにいた数人の学生たちが、二人の言い争いに気づいて視線を向け始める。
ケイミは一度、深く息を吸った。
「図書室には決まりがあるわ」
「二人が同時に同じ本を借りたい場合は、じゃんけんで決めることになってる」
「平民が、そんな本を読んで何になるんだ?」
ノエルの声には、明らかな苛立ちが混じっていた。
ケイミの顔が、わずかに青ざめる。
それでも、本を握る指にはさらに力が入った。
「学院へ来たばかりの頃、私は自分の出身が恥ずかしかった」
「でもアーガが、生まれた場所で将来どこまで進めるかは決まらないって言ってくれたの」
アーガの名前を聞いた瞬間。
ノエルの表情が、さらに冷たくなった。
「僕の前で、あいつの名前を出すな」
「それなら、規則どおりに決めましょう」
ケイミは勇気を振り絞り、ノエルの目をまっすぐ見た。
「それか、対戦で決めてもいい」
「私はもう、十一枚のカードを安定して使える」
「あなたが相手でも、必ず負けるとは限らないわ」
図書室の中は、次第に静まり返っていった。
ノエルは数秒間、無言でケイミを見つめた。
やがて、本から手を離す。
「くだらない」
そう言い捨て、背を向けて歩き去った。
黒い制服の裾が、後ろで小さく揺れている。
ケイミは本を胸へ抱き締めた。
そのときになって初めて、手のひらが汗で濡れていることに気づいた。
少し離れた場所にいた図書室の管理人が、ケイミへ一度目を向けた。
何も言うことなく、わずかにうなずく。
そして再び、手にしていた巻物の整理へ戻った。




