第24話 模倣から創造へ
「一年生を終えるまでに、全員が少なくとも十二枚の異なる基礎カードを使いこなせるようにならなければならない」
教室内で、すぐにざわめきが起こった。
「十二枚?」
「僕はまだ六枚しか使えないぞ」
「王都にある別の学院では、十四枚が条件だって聞いたけど……」
教師は生徒たちを制止しなかった。
話し声が自然に小さくなるのを待ってから、説明を続ける。
「十二枚というのは、あくまで最低基準だ」
「扱える基礎カードの種類が多いほど、将来、高位カードを選ぶ際に適応できる分野も広くなる」
「二年生へ進級した後は、それぞれの興味と才能に応じて、重点的に学ぶ高位魔法体系を選択することになる」
「そのほか、一年生には八つの必修科目と、二つの選択科目がある。評価基準は、各科目の担当教師がそれぞれ定める」
そこまで話すと、教師の視線がアーガとリサの上で一度ずつ止まった。
「今年の三組には、特に優秀な新入生が二人いる」
「魔法試験首席、アーガ・ラインハルト」
「そして魔法試験第二位、戦士試験首席のリサ・ベルマンだ」
「ほかの者たちは、二人の姿勢から学ぶといい」
「ただし、アーガとリサも、入学時の成績に満足して気を緩めないように」
教室中の視線が、一斉にアーガへ集まった。
前列に座るリサは背筋をまっすぐ伸ばしている。
教師が話し終えると、彼女は振り返り、今もなお対抗心のこもった視線をアーガへ向けた。
アーガは、見なかったことにするしかなかった。
教師はもう一度、軽く手を叩いた。
「それでは、最初の授業を始める」
「私が担当する科目は、『魔法高速発動法』だ」
眼鏡をかけた男子生徒が手を挙げた。
「先生、この授業では主に何を学ぶのですか?」
「カードの召喚、収納、そして高速発動だ」
教師は答えた。
「そのほか、術式構築の基礎原理や、簡単な魔法の改造方法についても扱う」
「最高評価の水準まで到達すれば、授業を終える頃には、他人にカードを見せることなく二種類の基礎魔法を連続して発動できるようになるはずだ」
教室内が、再びざわついた。
「カードを出さずに、どうやって魔法を使うんだ?」
「カードには触れないといけないんじゃないのか?」
「本当にそんなことができるの?」
ミロも不思議そうに手を挙げた。
「先生、僕が今まで見た魔法は、どれもカードを取り出してから使うものでした」
隣から、ノエルが小さく鼻で笑う。
「田舎から来たんだから、見たことがなくて当然だろ」
ミロの表情が、気まずそうに曇った。
教師はノエルへ一度目を向けたが、特に叱ることはなかった。
そのまま説明を続ける。
「カードが使用者と接触しなければならないという原則は、今も変わらない」
「カードを見せずに発動するというのは、カードそのものを使わないという意味ではない」
「魔力でカードを操作し、身体のすぐ近くへ召喚する。そして皮膚に触れた瞬間に、術式を発動させるのだ」
華美な服装をした生徒が尋ねた。
「先生にもできるのですか?」
「もちろんだ」
教師が右手を上げる。
何の前触れもなく、その掌から炎が現れた。
炎は前方へ飛び、壁へぶつかる直前に、自ら消滅する。
その間、誰一人として教師がカードを取り出すところを見ていなかった。
教室内から、驚きの声が上がった。
「本当にカードが見えなかった!」
「どうやったんだ?」
教師は右袖を少しだけまくり上げた。
「先ほど腕を上げた瞬間、赤の一《火》を前腕の内側へ直接召喚した」
「カードが現れた直後に皮膚へ触れ、魔力が体内へ流れ込む。術式の構築を終えた後、すぐにカードを収納した」
「一連の動作が極めて短時間だったため、君たちには見えなかったのだ」
アーガは考え込むように目を細めた。
あの夜、セシが磁力魔法を使用したときも、カードを取り出すところは見えなかった。
おそらく、彼女が使ったのも同じような技術なのだろう。
教師は説明を続けた。
「カードは、使用者の周囲にある一定範囲内であれば召喚できる。また、魔力によって収納することも可能だ」
「ただし、どのような技術を使おうとも、カードの能力を得るには、必ず一度は身体へ接触させなければならない」
「魔法高速発動法の目的は、カードの召喚、接触、発動、収納に必要な時間を短縮することにある」
ケイミが手を挙げた。
「では、魔法を創造する方法はどうですか?」
「学べるようになるのは、もっと先なのでしょうか?」
「いや。そうとは限らない」
教師はカードケースから、赤の七《土》を取り出した。
掌の上へ、小さな泥の塊が生まれる。
教師はそれを、自分の長衣へ直接押しつけた。
布地に、目立つ泥汚れがいくつも残る。
生徒たちは、不思議そうにその様子を見ていた。
教師は教壇の上に置かれていた杖を手に取り、軽く振った。
弱い緑色の光が、長衣の表面へ降り注ぐ。
付着していた泥が次々と剥がれ落ち、残った汚れも少しずつ薄くなっていった。
わずか数秒後には、衣服は元どおりの清潔な状態へ戻っていた。
教室内から、またも感嘆の声が上がる。
「今のは何の魔法?」
「清浄術か?」
「すごく便利そう……」
先ほどの貴族らしい生徒が、再び尋ねた。
「杖を使わなくても発動できますか?」
「慣れれば、もちろん可能だ」
教師は杖を置いた。
「杖は魔力を安定させるための補助道具にすぎない。すべての魔法が、杖を必要とするわけではない」
「魔法を創造するというのは、これまで存在しなかった力を、無から生み出すことではない」
「既存のカードが持つ能力を理解し、術式を組み合わせ、変化させ、あるいは簡略化することで、新たな使用方法を作り出すことだ」
教師は教壇の後ろへ戻った。
「それでは、教科書の一ページ目を開きなさい」
教室内に、一斉に本を開く音が響いた。
アーガも新品の教科書を開く。
最初のページには、目立つ大きな文字で題名が記されていた。
『魔法本源論――模倣から創造への変革』
その下には、基礎カードについての説明が並んでいる。
最も基本的なカード魔法は、トランプ型の基礎カードである。
実戦で決定的な力を持つものではないが、魔法の基礎を学ぶうえでは極めて適している。
現在までに四十種類の能力が確認されており、残るJ、Q、K、小ジョーカー、大ジョーカーは、能力を持たない空白カードと認定されている。
赤色のカードは、元素系カード。
一から十までの能力は、順に《火》《水》《草》《風》《氷》《雷》《土》《金》《光》《闇》。
黄色のカードは、動物系カード。
一から十までの能力は、順に《ヒグマ》《チーター》《カンガルー》《ヤマアラシ》《ハクチョウ》《コウモリ》《トンボ》《シャチ》《ウミガメ》《サメ》。
青色のカードは、効果系カード。
一から十までの能力は、順に《治癒体》《血怒化》《集中印》《無慣性》《浄化場》《耐痛感》《活力湧出》《吸魔態》《反傷鎧》《潰爛痕》。
緑色のカードは、技能系カード。
一から十までの能力は、順に《貫通》《射術》《重撃》《切断》《束縛》《砲撃》《障壁》《瞬歩》《召喚》《吐息》。
アーガの指先が、静かに紙面をなぞった。
家庭教師から教わった内容と比べても、この教科書には一枚一枚のカードについて、はるかに詳しい説明が書かれている。
後ろのページには、魔力の流れや術式構造、さらに異なるカード同士の間に存在する可能性のある関係まで記録されていた。
アーガは、文字で埋め尽くされた後半のページを眺めた。
その瞳には、次第に期待の色が浮かんでいった。
◇ ◇ ◇
一週間後。
魔法実戦授業が行われる訓練場では、生徒たちが教師の指示に従い、二人一組で基礎カードによる対戦訓練を行っていた。
アーガの相手はミロだった。
地面から細い蔓が数本伸び、ミロの足首へ絡みつこうとする。
ミロは慌てて横へ跳び、同時に赤の四《風》を引き抜いた。
威力の弱い風刃が数本飛び、正面を塞いでいた蔓を切断する。
だが、ミロがようやく着地した直後。
細い電光が、その足元へ落ちた。
驚いたミロは反射的に後ろへ下がる。
その足が、地面を這っていた別の蔓を踏んだ。
たちまち身体の均衡を崩す。
「降参!」
アーガはすぐに魔力を止め、手を差し出してミロを引き起こした。
「反応はかなり速かったよ」
ミロは服についた土を払いながら、恨めしそうにアーガを見た。
「そう言うなら、僕がどこへ逃げるか最初から分かっていたような顔をするのはやめてくれない?」
少し離れた場所では、リサも自分の対戦を終えていた。
剣は使っていない。
緑の五《束縛》だけで、ケイミの動きを封じていた。
数本の魔力の縄が、ケイミの手首と足首へ絡みついている。
拘束する力そのものは、それほど強くない。
しかし、次のカードを取り出す動作を妨げるには十分だった。
「降参する?」
リサが尋ねた。
ケイミは何度か身体を動かそうとしたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「降参よ」
リサは術式を解除すると、そのまま訓練場の端へ歩いていった。
態度は相変わらず高慢だったが、以前のような棘のある言葉を口にすることはなかった。
全員の訓練が終わると、教師は簡単に総評を述べた。
「カードの連携と戦闘中の判断については、アーガとリサが最も優れていた」
「ほかの者も焦る必要はない。実戦能力というものは、長い時間をかけて身につけるものだ」
それを聞いても、ミロの表情にはまだ落胆が残っていた。
その日の夜。
アーガは自分から訓練場へ残り、ミロとケイミの練習に付き合った。
それから数日間、ほかに予定がない日は、三人で夕食後に訓練場へ行き、しばらく練習するようになった。
ある日の訓練後。
三人は運動場の端にある石段へ座り、身体を休めていた。
ミロは額の汗を拭いながら、不意に笑った。
「田舎にいた頃は、毎朝、家の水汲みを手伝っていたんだ」
「あの頃は、強い魔導師と知り合いになれれば、もう何も怖くなくなると思っていた」
ケイミは隣で膝を抱えていた。
「私は小さい頃、よく畑仕事を手伝っていたわ」
「疲れたら草の上へ寝転んで空を見ながら、いつか生活の心配をしなくてもよくなるのかなって考えていた」
アーガは二人の顔を見た。
「聖イース学院に入れた時点で、二人には十分な力があるよ」
「生まれ育った環境が決めるのは、最初に立つ場所だけだ」
「これからどこまで進めるかまで、決められるわけじゃない」
ミロとケイミは何も答えなかった。
ただ、二人とも真剣な表情でうなずいた。




