第221話 三度目の虐殺
アーガの声が冷たくなった。
「あの頃には、吸血鬼たちはすでに長い間第四城区へ居座っていた」
「どこに廃坑があるのかも知っていた。どこに危険な気体が溜まるのかも、外から来た人間をどうやってそこへ誘い込めばいいのかも知っていた」
アーガは一つずつ言葉を重ねていく。
「新しく来た城主は、吸血鬼女王を信じなかった」
「だからお前たちは、爆発を利用して城主を殺した」
「そして街の人々には、こう言ったんだ」
「吸血鬼女王が怒った、と」
医者と、その後ろに立つ生存者たちは呆然としていた。
校尉級中位の『血祭』の男も、武器を握る手へ少しずつ力を込めていく。
そして初めて、ライドへ目を向けた。
その目にあるのは、もう服従だけではなかった。
ライドはついに激昂した。
「黙れ!」
周囲に血の魔力が激しく渦巻く。
「この卑しい人間め! 吸血鬼女王様を侮辱するつもりか!」
その瞬間。
隣にいた『血祭』の男から、突如として強烈な魔力が噴き上がった。
男は鋭い目でライドを睨みつける。
「まだ手を出すな」
ライドの後ろに立っていた三人の吸血鬼も、顔色を変えた。
彼らはいずれも戍佐級。
校尉級の人間を正面から敵に回すのは、簡単なことではない。
しかしアーガは一歩も退かなかった。
ライドを見たまま、話を続ける。
「本当に面白いのは、三度目だ」
周囲にいる者たちは、無意識に息を止めた。
三度目。
つまり、今回の出来事。
第一城区と第二城区の住民が、一夜にして全員死亡した事件だ。
誰もがその恐怖を、自分の目で見ていた。
アーガは言った。
「三度目の災害は、一番吸血鬼による虐殺らしく見える」
「死者の数が多すぎたからだ」
「それに、大勢がこう言っていた」
「遺体の首には、二つの血の穴があった、と」
すぐに群衆から声が上がった。
「その通りだ! 俺は見たぞ! 入り口近くの家には、どこも血の穴があった!」
「そうだ」
アーガはその男を見た。
「お前が確認したのは、入り口近くの数軒だけだろう?」
男は一瞬言葉に詰まった。
「何が言いたい?」
「俺は、もっと奥の家まで調べた」
アーガは答える。
「奥へ進むほど、死体の首にある血の穴は少なくなっていった」
「最も奥にいた者たちには、噛まれた痕跡そのものがなかった」
その瞬間、人々が再び騒ぎ始めた。
「そんなはずがない!」
「じゃあ、どうやって死んだんだ?」
「血を吸われていないなら、どうしてあんな顔色になった?」
アーガの後ろに立っていたティアは、その言葉を聞いた瞬間、身体を硬直させた。
ティルの姿が頭に浮かぶ。
昨夜のティアは、あまりにも取り乱していた。
姉が青白い顔で横たわっていたこと。
頭の中が「また吸血鬼女王が現れた」という恐怖だけで埋め尽くされていたこと。
だから、姉も他の者たちと同じように、吸血鬼へ噛まれて死んだのだと無意識に思い込んでいた。
だが、今になって思い返せば――
ティルの首には、血の穴などなかった。
ただ静かに横たわっていた。
争った痕跡もない。
傷もない。
まるで眠ったまま、呼吸だけを失ったように。
ティアは強く指を握り締めた。
その目が少しずつ大きく見開かれていく。
アーガは続けた。
「本当に血を吸い尽くされて死んだ人間なら、顔色は白くなる」
「だが俺が見た第一城区と第二城区の死体は、ほとんどがただ青白いわけではなかった」
「暗い赤や、紫色に変色していた」
アーガは群衆を見渡した。
「血を吸われたんじゃない」
「窒息して死んだんだ」
人々は互いに顔を見合わせた。
何を言われているのか、理解できない様子だった。
だがライドの表情だけは、完全に強張っている。
アーガは腰を屈め、荷物から二つ目の道具を取り出した。
今度は透明な箱だった。
中では、小さな魔法の炎が安定して燃えている。
続いて、しっかりと封をされた別の容器を手に取った。
そして中に入っている目に見えない気体を、ゆっくりと透明な箱へ流し込んでいく。
何も見えない。
しかし――
皆が見つめる前で、炎は次第に弱くなっていった。
そして最後には、
プツン。
完全に消えた。
辺りは静まり返った。
「火が……消えた?」
「何も入れていなかっただろ?」
「何の魔法だ?」
「いや……魔力の反応がないぞ……」
そばに立っていたリナの目が、僅かに輝いた。
落ち着いた様子で実験を行うアーガを見ながら、胸の中へ小さな誇らしさが浮かんでくる。
どれほど不可解な出来事を前にしても、アーガはいつも他の者には見えない答えを見つける。
「さすがアーガ様です」
リナは小さく呟いた。
アーガは消えた炎を見ながら言った。
「これは魔法じゃない」
「目には見えず、臭いもない」
「だが、人を呼吸できなくする気体だ」
一度言葉を止め、その名前を口にする。
「二酸化炭素」
聞き慣れない言葉に、皆が困惑した表情を浮かべた。
アーガも彼らには理解しづらいと分かっていたため、すぐに簡単な言い方へ変える。
「低い場所に溜まる『死の気体』だと思えばいい」
「普通の空気より重く、地面の低い場所を流れて、窪地へ溜まっていく」
「人間が眠っている間に大量に吸い込めば、少しずつ呼吸ができなくなる」
「場合によっては、暴れる暇さえない」
アーガは近くにいた鉱夫の方へ歩いた。
採取しておいた気体の入った容器を取り出し、男の顔へ近づける。
男はすぐに苦しそうな反応を見せたため、アーガは手を離した。
「い、息が……できない……」
鉱夫は地面へ膝をつき、荒く息をした。
アーガは再び山の下へ目を向ける。
「嵐湾城の湖底には、特殊な地下熱源がある」
「湖底では長い年月をかけて、この気体が溜まっていた」
「普段は湖水の圧力で押さえつけられているから、一度に大量には出てこない」
そしてライドへ顔を向けた。
「だが、あの夜」
「ライドは鉱夫を罰するため、一人を巨石で押し潰して殺し、その巨石を嵐の湖へ投げ込んだと聞いた」
鉱夫たちの間から、すぐにざわめきが起こった。
実際にその場面を見た者もいた。
ライドが巨大な岩を山から投げ落としたという話を、聞いたことのある者もいる。
「巨石が湖へ落ちたことで、湖底が激しく掻き乱された」
アーガは言った。
「さらに最近は湖の水位が異常に下がっていた」
「その結果、湖底へかかる圧力が変化し、大量の二酸化炭素が一気に放出された」
「気体は湖面から溢れ、低い土地を伝って第一城区と第二城区へ流れ込んだ」
「眠っていた人々は呼吸できなくなった」
「だから一晩で、全員死んだ」
そこまで言うと、アーガは第三城区の方角を指差した。
「では、なぜ第三城区だけ無事だった?」
「間に小山があるからだ」
「低い場所へ溜まる気体は、あの山を越えられなかった」
「だから第三城区の人間は生き残った」
群衆は完全に静まり返っていた。
誰もが、その場へ縫いつけられたように動かない。
すべての理屈を理解できたわけではない。
それでも、目の前で実験を見た。
目に見えない何かが炎を消した。
鉱夫が呼吸できなくなった。
しかも、そこには魔力の反応が一切なかった。
アーガは三度の災害を、一つずつ繋ぎ合わせていった。
そしてライドの顔色が、どんどん悪くなっていく。
アーガは続ける。
「第一城区と第二城区の住民が全員死んでいるのを見つけたとき、吸血鬼たちも最初は驚いたはずだ」
「だが、すぐに気づいた」
「これはまた使える、と」
アーガは吸血鬼たちへ冷たい視線を向けた。
「だから街へ入り、人目につきやすい場所にある数軒の遺体だけを噛んだ」
「首に血の穴を残した」
「そして皆に、吸血鬼女王が三度目の怒りを下したと思わせた」
「一度目」
「お前たちは偶然起きた湖嘯を利用した」
「二度目」
「お前たちは鉱山爆発を仕組んだ」
「三度目」
「湖底から漏れ出した死の気体による災害を、吸血鬼による虐殺へ偽装した」
「災害が起きるたびに、お前たちは同じことを言った」
アーガは一語ずつ、はっきりと言い放った。
「吸血鬼女王が怒った」
周囲は静まり返っていた。
医者の顔は青ざめ、唇が震えている。
この何年もの間、自分はずっとその恐怖に支配されていた。
両親もまた、吸血鬼に血を吸い尽くされたのだと信じていた。
ティアも呆然と立ち尽くしている。
ようやく理解した。
姉は、吸血鬼女王に噛み殺されたのではない。
両親も、本当に女王の呪いで命を落としたとは限らない。
自分たちから大切な者を奪ったのは、神のように抗うことのできない怪物ではなかった。
吸血鬼と『血祭』によって、何度も利用されてきた災害。
嘘。
恐怖。
そして、人々の苦しみすべてを、この街を支配する道具へ変えた者たちだった。
ライドの隣にいた吸血鬼たちは、ついに我慢できなくなった。
「でたらめだ!」
ワイトが叫ぶ。
「殺せ!」
セルも狂ったように怒鳴った。
「こいつは人々を惑わせている!」
グルンも続けて声を上げる。
血の魔力と黒赤色の気配が、彼らの周囲で激しく渦巻き始めた。
しかし今回、人々は以前のようにすぐ跪かなかった。
鉱夫たちは後退している。
『血祭』の者たちも、互いの顔を見合わせ始めていた。
校尉級中位の男でさえ、もうすぐには命令へ従わなかった。
アーガは額に青筋を浮かべながら、ライドを睨みつけた。
「できるというなら――」
声を張り上げる。
「今ここで、女王を出してみろ!」
ライドの顔には、ついに隠しきれない焦りと怒りが浮かんだ。
そしてその表情を――
周囲にいる全員が、はっきりと見ていた。




