第214話 俺はここにいる
アーガが第二城区へ戻った頃には、すでに完全に日が暮れていた。
第一城区と第二城区には、今も何の音もない。通りは空っぽで、風が扉の隙間や軒下を通り抜けるたび、時折小さな物音が響いた。しかしそれは、この街が完全に冷え切った一つの死体であることを、かえって強く感じさせた。
リナへ血を分けたばかりのアーガは、自分の傷さえ満足に処置できていなかった。一歩進むたびに身体が重く沈んだが、それでも無理やり耐えながらティルの家へ戻った。
扉を開けると、室内には今にも消えそうな明かりが一つだけ灯っていた。
ティルは変わらずベッドに横たわっている。顔は青白く、まるで眠っているだけのように静かだった。
ティアはベッドのそばへ跪き、俯いたまま、片手に小さなナイフを握っていた。
泣いてもいなければ、叫んでもいない。ただ姉を呆然と見つめ、身体の中から何もかも抜き取られてしまったように座っている。
その姿を見た瞬間、アーガは異変を察した。
すぐに歩み寄り、ティアの手首を掴む。
「ティア」
ティアはゆっくりと顔を上げた。
泣き腫らした両目は真っ赤で、声もほとんど聞き取れないほど掠れている。
「アーガ……戻ってきたんだね」
その口調は、あまりにも静かだった。
静かすぎて、恐ろしくなるほどだった。
アーガは彼女の手からナイフを奪い取り、遠くへ投げ捨てた。
ナイフが床へ落ち、小さな音を立てる。
ティアはそこでようやく我に返ったように手を伸ばしたが、アーガが肩を押さえた。
「馬鹿な真似をするな」
ティアはアーガを見つめた。
次の瞬間、目から再び涙が溢れ出す。
「でも、私が生きていて何になるの?」
「お父さんもお母さんも死んだ。お姉ちゃんも死んだ。みんな死んじゃった」
「昨日まで、お姉ちゃんはここにいたのに。私に気をつけてって言ってくれたのに。あなたについていって、必ず戻ってきなさいって言ってくれたのに……」
「私が少し離れている間に、こんな姿になってしまった……」
話せば話すほど、ティアの心は崩れていった。
両手で自分の服を強く掴み、声を震わせる。
「私には何もできない」
「隠れることしかできない。怖がることしかできない。みんなが一人ずつ死んでいくのを、見ていることしかできない……」
「アーガ、もう耐えられないよ」
「本当に、もう生きていたくない……」
アーガはすぐには答えなかった。
ベッドに横たわるティルを見る。
彼の胸も、痛いほど締めつけられていた。
昨日までティルは、彼らのために道順を描いていた。第四城区の危険な場所を教え、ティアに何度も気をつけるよう言い聞かせていた。
しかし今の彼女は、もう一言も話すことができない。
しばらくして、アーガは低い声で言った。
「ティア、お前が自分で命を絶ったと知ったら、姉さんは悲しむ」
ティアは動きを止めた。
涙が一滴ずつ頬を伝って落ちていく。
何か言い返そうとしたようだったが、長い間唇を震わせた末、ようやく一言だけ口にした。
「でも、私は弱すぎる……」
アーガは否定しなかった。
ティアは顔を伏せ、何も握っていない自分の手を見つめた。
その声は、次第に小さくなっていく。
「吸血鬼女王が憎い」
「『血祭』も、吸血鬼たちも憎い」
「でも、あいつらのことを考えるだけで、怖くて身体が動かなくなるの」
「お父さんとお母さんと、お姉ちゃんの仇を討ちたい。でも、ナイフを持つ手さえ震えてしまう」
「私って、何の役にも立たないのかな……」
アーガはしばらく黙ったあと、静かに答えた。
「弱いことは、間違いじゃない」
ティアが顔を上げる。
アーガはリナを思い浮かべ、続いてイータの姿も思い出した。
「リナもイータも、最初から今のように戦えたわけじゃない」
「怖がることもあった。何もできないこともあった」
「多くの場合、人は反抗したくないんじゃない。反抗するための力を、最初から持っていないだけだ」
ティアは呆然としながら、その言葉を聞いていた。
「二人はあとから力を手に入れて、少しずつ変わっていった」
「力を得れば怖くなくなるわけじゃない」
「力があれば、たとえ怖くても、一歩だけ前へ進めるようになるんだ」
ティアの瞳が僅かに揺れた。
自分の手へ視線を落とす。
まるでこれまで一度も、何かを本当の意味で掴んだことのない手を見るようだった。
長い沈黙のあと、ティアは小さな声で尋ねた。
「私にも、力があったら……?」
アーガはすぐには答えなかった。
ティアも、それ以上問いかけなかった。
長い間泣き続けたことで身体はすでに疲れ切り、ベッドのそばへ寄りかかったまま、意識が少しずつ遠のいていく。
それでも眠りに落ちる直前まで、彼女は小さく呟き続けていた。
「アーガ……」
「私、力が欲しい……」
「私に力をちょうだい……」
「もう、こんなのは嫌……」
アーガはそばへ座り、ティアの寝言を聞いていたが、何も言わなかった。
室内は静かだった。
明かりが弱々しく燃える音さえ聞こえるほどに。
しばらくして、アーガは古い上着を一枚手に取り、ティアの身体へそっと掛けた。それから立ち上がり、家の入り口へ向かう。
外の通りには、依然として誰一人いなかった。
月明かりが第一城区と第二城区の屋根へ降り注ぎ、霜のような冷たい光を浮かべている。
昼間まで賑わっていた露店も、通りも、橋も、湖畔も、今ではすべてが死の静寂へ沈んでいた。
アーガは街を見つめた。
胸の奥へ押し込めていた感情が、ついに抑えきれなくなる。
拳を振り上げ、扉の枠へ叩きつけた。
「くそっ……」
次の瞬間、顔を上げ、誰もいない通りへ向かって呟くように叫んだ。
「吸血鬼どもめ!」
「お前たちは、人の命を一体何だと思っている!」
「どうして、こんな人間の心を失った真似ができるんだ!」
返事はなかった。
第一城区と第二城区には、もう生きている者がいないからだ。
アーガは入り口に立ったまま、不意に涙を流した。
恐怖からではない。
怒りと、自分の無力さが悔しかった。
リナは第三城区の診療所で、今も目を覚ましていない。
アイラとイータは行方不明のまま。
ティルは死に、ティアの心も壊れかけている。
第一城区と第二城区の人々は、全員殺された。
昨日まで、この街には食べ物の香りが漂っていた。
街頭芸人へ送られる拍手が聞こえ、湖からは穏やかな風が吹き、リナの髪には新しく買った髪飾りが輝いていた。
それなのに今では、すべてが失われてしまった。
アーガは片手で目元を拭い、低い声で告げた。
「必ず代償を払わせる」
夜がさらに深まった頃、アーガは家の中へ戻って休むことにした。
あまりにも疲れ切っていたため、外側の部屋にあるベッドへ横になり、少しでも身体を回復させようと目を閉じる。
どれほどの時間が過ぎたのかは分からない。
部屋の入り口から、非常に小さな足音が聞こえてきた。
アーガが目を開けると、ティアが古い上着を胸に抱き、入り口へ立っていた。
髪は少し乱れ、目は今も赤い。
顔色も青白かった。
中へ入ることも、元の部屋へ戻ることもできず、扉のそばに立ったまま小さな声で言った。
「アーガ、眠れない……」
アーガは身体を支えながら起き上がった。
「どうした?」
ティアは顔を伏せ、上着を強く握り締めた。
「外で音がするたび、あいつらがまた来たんじゃないかって思ってしまうの」
「ただの風かもしれない。窓とか、外に置かれた箱が鳴っているだけかもしれないって分かっているのに……それでも怖い」
「目を閉じると、お姉ちゃんがあそこに横たわっている姿が見える」
「眠ったあと、もう一度目を開けたときには、あなたまでいなくなっているんじゃないかって怖いの」
アーガはしばらく黙り、ベッドの端へ少し身体を寄せた。
「こっちへ来い」
ティアはその場で迷っていたが、やがてゆっくりと近づいてきた。
ベッドの端へ腰を下ろしたものの、身体は今も強く緊張している。
外から少しでも音が聞こえれば、すぐに飛び上がってしまいそうだった。
アーガはそんな彼女を見て、手を伸ばし、自分のそばへ引き寄せた。
ティアの身体が一瞬硬直する。
アーガは低い声で言った。
「大丈夫だ。俺はここにいる」
その言葉を聞いた瞬間、ティアはついに耐えきれなくなったように、ゆっくりとアーガの胸へ寄りかかった。
アーガの服を掴む指先は、ずっと震え続けている。
外から、再び木製の扉が動く小さな音が聞こえた。
ティアはすぐに身を縮め、呼吸を乱した。
「アーガ……」
「風だ」
アーガは背中を軽く叩いた。
「足音じゃない」
ティアは答えなかった。
ただ彼の服を、さらに強く握り締めた。
しばらくして、小さな声で尋ねる。
「本当に、あいつらだったら……?」
「そのときは、俺がお前の前に立つ」
ティアの目から、音もなく涙が零れ落ちた。
アーガの胸元が少しずつ濡れていく。
迷惑を掛けたくないと思ったのか、泣くのを堪えようとしたが、我慢すればするほど身体の震えは大きくなった。
アーガは彼女を突き放さず、先ほどよりもしっかりと抱き寄せた。
「今夜は、一人で耐えなくていい」
「怖いなら、俺を掴んでいろ」
ティアは顔をアーガの胸へ埋めた。
籠もった声が、小さく聞こえる。
「本当に怖い……」
「ああ」
「眠ったら、お姉ちゃんが本当に遠くへ行ってしまいそうで怖いの」
「姉さんがお前を忘れることはない」
「でも、もう声が聞こえない……」
ティアは目を閉じたが、涙は流れ続けていた。
外は死んだように静かだった。
ティアはアーガの心臓の音を聞きながら、少しずつ身体の力を抜いていった。
それでも手を離すことはできなかった。
離した瞬間、死体と足音に満ちた悪夢の中へ、再び落ちてしまうような気がしていた。
アーガは彼女へ視線を落とし、静かに言った。
「眠れ」
ティアは小さな声で尋ねた。
「どこかへ行かない?」
「行かない」
「目を覚ましたときも、ここにいる?」
「いる」
ティアはそこでようやく、小さく頷いた。
アーガの胸へ身体を預けたまま、長い時間が経ってから、ようやく眠りに落ちる。
眠ったあとも、彼女の手はアーガの服を強く掴み続けていた。
眉間の皺も、完全には消えていない。
アーガは動かなかった。
ただ静かにティアを抱き、窓の外に広がる漆黒の夜を見つめていた。
この街はすでに、吸血鬼たちによってあまりにも多くのものを奪われていた。




