第209話 騒動
そのときだった。
山の下から、突然激しい爆発音が響いた。
ドオオオン!
続いて、第二城区の方角に回転する風の柱が立ち上り、街灯を何本も巻き上げて吹き飛ばした。
ライドが顔を上げる。
周囲にいた『血祭』の構成員たちも、一斉に山の下へ目を向けた。
「何が起きた?」
彼らが状況を理解するよりも早く、鉱山の外側にある別の方角から、今度は冷気が流れ込んできた。
氷青色の光が夜の闇を照らす。
鉱山の端を通る道では、大量の霜が瞬く間に広がり、数人の『血祭』の構成員が凍りつく地面から逃れるように何度も後退した。
誰かが叫んだ。
「鉱山の外で騒ぎが起きています!」
反対側からも声が上がる。
「山の下にも敵が!」
ライドは目を細めた。その表情に、ようやく僅かな変化が現れる。
「ほう?」
『血祭』の構成員が慌てて駆け寄ってきた。
「ライド様、第二城区で何者かが騒ぎを起こしています」
「鉱山の外にも敵が現れました!」
ライドは遠くへ視線を向ける。
山の下では、今も激しい風が渦巻いていた。
鉱山の外側から流れ込む冷気も、次第に強くなっている。二つの方向で、同時に騒ぎが起きた。
ライドの口元がゆっくりと持ち上がった。
「面白い」
一度高塔へ目を向け、続いて山の下を見る。
「前に逃げたあの小僧が、ようやく動き始めたか?」
『血祭』の者たちは、ライドの命令を待っていた。
ライドは冷たく笑う。
「人を向かわせろ」
「全員捕らえて連れ戻せ。殺すなよ」
『血祭』の構成員たちは、すぐにそれぞれの方向へ散っていった。
鉱山全体が、瞬く間に騒がしくなる。その様子を、離れた場所にある暗がりから二人の人影が見つめていた。
アーガとティアは、低い石壁の後ろへ身を伏せている。
ティアは緊張した様子で鉱山の方角を見つめていた。
アーガは顔を上げ、灰黒色の高塔へ視線を向ける。
騒ぎは始まった。あとは、この機会を掴めるかどうかだ。
アーガは声を落とした。
「行くぞ」
ティアが頷く。二人は混乱に乗じ、高塔へ近づいていった。
◇ ◇ ◇
山の上で起きている騒ぎは、次第に大きくなっていた。
鉱山の外側では氷青色の光が何度も明滅し、冷気が砕石の道に沿って広がり続けている。
反対側にある山の下の街からも、風の音と爆発音が次々に聞こえてきた。
まるで何者かが、街道や街灯を絶え間なく破壊しているようだった。
『血祭』の者たちは、二つの騒ぎへ同時に対応しなければならず、明らかに混乱していた。
塔の外を守っていた数隊のうち、一部は鉱山の外側へ向かい、別の一部は山道を下って追跡を始めている。
アーガはその機会を逃さず、ティアを連れて塔の裏側へ回り込んだ。
そこは鉱石を運ぶ荷車が一時的に置かれている場所に近く、周囲の光は非常に弱い。
正面と比べれば、巡回する者も遥かに少なかった。
ティアは緊張した様子でアーガの後ろを歩き、声を落とした。
「この先に、塔の裏側を守る見張りの場所があるわ」
「普段は二人いるけれど、さっき騒ぎが起きてからは、多分一人しか残っていない」
アーガは頷いた。
石壁の角を曲がると、ティアの言葉どおり、赤黒い服を着た『血祭』の構成員が一人だけ火鉢のそばに立っていた。
「もうすぐ交代する見張りだな」
アーガは冷静に言った。
「分かるの?」
「鉱夫として働いていた時間も、無駄ではなかったからな」
男も遠くの騒ぎが気になるらしい。首を伸ばして鉱山の外側を見ながら、小さく悪態をついていた。
「今夜は一体どうなっているんだ……」
アーガは、続きを言わせなかった。
暗がりから音もなく近づいていく。男が背後の気配へ気づき、振り返ろうとした瞬間、アーガの手刀がその首筋へ叩き込まれた。
ドッ。
男の身体から力が抜け、その場へ崩れ落ちる。
ティアは驚き、慌てて両手で口を塞いだ。
アーガは倒れた男の身体を支え、廃鉱石が積み上げられた近くの物陰へ引きずり込む。
そして素早く上着を脱がせ、自分の服の上から身につけた。
さらに男の腰から鍵束を取り外す。服の大きさは少し合っていなかったが、暗い場所ならほとんど分からない。
アーガは帽子を深く被り、自分の顔を隠した。小さな声でティアに尋ねる。
「どうだ?」
ティアはアーガの袖口を整えた。
「これなら、中へ入れると思う」
アーガはティアへ目を向けた。
「お前はここで待っていてくれ」
ティアはすぐに首を振った。
「まだ道を教えられるわ」
「駄目だ」
今度のアーガは譲らなかった。
「ここから先は危険すぎる」
「お前はここに残って、外の状況が変わったらすぐに隠れろ」
ティアは唇を噛んだ。
「でも……」
アーガは彼女を見つめ、少しだけ口調を和らげた。
「もう十分助けてもらった」
ティアは僅かに目を見開く。
アーガは続けた。
「残りは俺に任せてくれ」
ティアはしばらく黙っていた。最後には、静かに頷く。
「分かった。絶対に気をつけて」
「ああ」
アーガは背を向け、高塔の裏口へ歩いていった。塔の扉は半分ほど開いており、内部から薄暗い光が漏れている。
アーガは顔を伏せ、わざと歩調を遅くした。
どこにでもいる『血祭』の見張りに見えるよう、平然とした様子で塔の中へ入る。
塔内へ足を踏み入れた瞬間、空気に混じる臭いが変わった。
外に漂っていたのは、鉱石と埃の臭いだった。しかし塔の中には血の臭いと薬品の臭い、それに湿った冷気が混じっている。
アーガは眉を寄せた。
一階には、鉱夫として働いていたときに何度も入ったことがある。
鉱石の入った箱や運搬用の道具が積み上げられ、数人の鉱夫が『血祭』の構成員に急かされながら、荷車を隅へ移動させていた。
外で騒ぎが起きた直後だったため、全員が落ち着きを失っている。
アーガの姿を詳しく確認する者はいなかった。
彼は立ち止まらず、部屋の端にある階段を上っていった。
各階には見張りが配置されている。しかし、ほとんどの者の注意は外の騒ぎへ向けられていた。
窓際から下を覗き込んでいる者。
山の下で起きている騒動について話している者。伝令として慌ただしく階段を下りてくる者。
アーガは帽子を深く被り、彼らの横を通り過ぎた。四階へ到着したとき、突然一人の『血祭』の構成員から声を掛けられた。
「おい」
アーガの足が止まる。
男は眉をひそめ、彼の姿を見た。
「お前、どの隊の者だ?」
「見たことがない顔だな」
アーガは振り返った。
できるだけ顔が帽子の影へ隠れるようにする。
「下から臨時で回されました」
男は明らかに疑っていた。
「下から?」
「誰の命令で上がってきた?」
アーガの胸に緊張が走る。
すでに戦う準備はできていた。
しかしリナは、すぐ上の階にいる。
ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。
アーガは僅かに黙ったあと、袖の中から銀貨を数枚取り出した。
男が近づいてきた瞬間、その手へ素早く押し込む。
「外が酷く混乱しています」
「隊長から、ここへ上がって代わりに見張れと言われました。余計な手間を掛けるなとも」
男は手の中にある銀貨へ目を落とした。
その表情が一瞬で変わる。
先ほどまで浮かんでいた疑いがほとんど消え、声も明らかに軽くなった。
「そういうことか」
銀貨を懐へしまい込む。
「行け、行け」
アーガの胸の中で何かが動いた。しかし表面上は何も見せず、顔を伏せて答える。
「分かりました」
男は片手を振った。
アーガは再び階段を上っていく。
先ほどよりも心臓の鼓動が速くなっていた。五階へ近づくほど、血の臭いが濃くなっていく。
廊下の奥は薄暗かった。壁には何個かの魔導灯が埋め込まれていたが、明かりがついているのは半分だけだった。
灰色の窓は分厚い布で覆われており、空間全体が深い影の中へ押し込められているようだった。
アーガは、ついに五階へ到着した。
廊下には二人の見張りがいた。
一人は扉のそばへ座り、欠伸をしている。
もう一人は壁に背中を預けており、外の騒ぎが気になるのか、明らかに集中力を失っていた。
アーガは二人へ近づき、声を低くする。
「ご苦労」
二人の見張りが顔を上げた。
アーガはそのまま続ける。
「交代だ。二人とも下へ行って休め」
一人が安堵したように息を吐いた。
「もう時間か? 助かった」
もう一人も、ここへ残りたくない様子で不満を漏らした。
「もっと早く交代させろよ。もう眠くて仕方がない」
二人はすぐにその場を離れた。
足音が階段を下り、次第に遠ざかっていく。
アーガは扉の前に立ち、廊下に誰もいないことを確認した。
それから、ゆっくりと扉を押し開ける。
中には、薄暗い部屋が広がっていた。十数台の石の寝台が規則正しく並べられている。
その上には、血を抜き取られている者たちが横たわっていた。意識を失っている者もいれば、目を開けてはいるものの、声を出す力さえ残っていない者もいた。
アーガは素早く室内を見回した。
そして窓際に置かれた、一台の石の寝台で視線を止める。
リナがそこにいた。手首と足首は魔導拘束具に繋がれ、腕には今も採血用の管が取りつけられている。
顔色は普段よりも遥かに青白く、唇からも色が失われていた。
それでも目は開いている。まるで、ずっと誰かが来るのを待ち続けていたかのように。
扉が開く音を聞き、リナは反射的に顔を向けた。最初はアーガだと気づかなかった。彼は『血祭』の服を身につけ、顔には鉱石の粉が付着し、帽子も深く被っている。
しかしアーガが二歩ほど近づき、ゆっくりと顔を上げた瞬間。
リナの目が大きく見開かれた。
「アーガ様……」
その声は非常に小さかった。
しかし、信じられないほどの喜びが込められていた。
次の瞬間、リナの目には一気に涙が浮かんだ。




