第206話 リナの行動
「上等な魔晶石だと?」
誰かが思わず叫んだ。
その声を聞き、近くで作業していた鉱夫たちが一斉に集まってくる。
「本当に上等な魔晶石じゃないか!」
「これを掘り当てたのは、あの小僧か?」
「あいつ、ここへ来てまだ二日だろ?」
「どれだけ運がいいんだよ!」
坑道内の騒ぎは、すぐに『血祭』の者たちへ伝わった。
数人の見張りが外から駆けつけ、集まっていた鉱夫たちを押し退ける。岩壁から覗いている魔晶石を確認した瞬間、彼らの表情も変わった。
「全員、下がれ!」
二人の男が道具を取り出し、周囲の岩を慎重に削り始めた。
やがて岩壁から、魔晶石が傷一つない状態で取り出される。
一人の『血祭』の構成員が魔晶石を受け取り、手の中で何度か角度を変えながら確認した。
結晶の内部には、極めて濃密な魔力が宿っている。坑道内の光が弱くても、その中を流れる輝きをはっきりと見ることができた。
「間違いない。上等な魔晶石だ」
男は顔を上げ、人混みの後ろに立っているアーガへ目を向けた。
「小僧、これを掘り当てたのはお前か?」
アーガは顔を伏せ、緊張しているような様子を装った。
「この辺りだけ、叩いたときの音が少し違ったので……試しに掘ってみました」
男は数秒間アーガを見つめたあと、突然笑い出した。
「やるじゃないか」
「来てから二日で上等な魔晶石を見つけるとは、本当に少しは腕があるらしいな」
周囲の鉱夫たちも、思わずアーガへ視線を向けていた。
羨ましそうな顔をしている者もいれば、驚きを隠せない者もいる。ただ運がよかっただけだと決めつけている者もいた。
アーガは何も説明せず、顔を伏せたままでいた。
しかし心の中では、この出来事が間もなく鉱山全体へ広がることを確信していた。
新しく入った鉱夫が上等な魔晶石を掘り当てた。
この鉱山で、それ以上に人々の興味を引く話は滅多にない。
そして今のアーガに必要なのは、自分の存在を塔の中にいる者たちへ知らせることだった。
リナが直接彼の姿を見ることができなくても、見張りたちの会話から何らかの手掛かりを得られるかもしれない。
◇ ◇ ◇
高塔の五階。
リナは冷たい石の寝台へ背中を預けていた。
その顔色は、二日前よりもさらに青白くなっている。
手首と足首には、今も魔導拘束具が嵌められていた。腕へ繋がれた管からは、一定の時間ごとに少量の血液が抜き取られている。
彼らは一度にリナの命を奪うつもりはないらしい。
むしろ貴重な何かを大切に保存するように、一度に抜き取る血の量を抑え、そのたびにリナの身体の変化を記録していた。
リナにとっては苦痛でしかない。
しかし同時に、それが彼女へ生き延びる時間を与えていた。
この二日間、リナは周囲の様子を密かに観察し続けていた。
見張りが交代する時間。
水が運ばれてくる時間。
管を確認する時間。
そして、彼女の身体の状態を記録する時間。
この部屋を見張っている者たちは、それほど強くない。
最も厄介なのは、手首と足首に嵌められた魔導拘束具だった。
これがある限り、リナはまともに魔力を使うことができない。
扉の外から、二人の『血祭』の見張りが話す声が聞こえてきた。
「聞いたか? 第三坑道で上等な魔晶石が出たらしいぞ」
「もちろん聞いた。見つけたのは、新しく入った小僧らしいな」
「十五歳くらいだったか?」
「そのくらいだ。以前は三年ほど鉱夫をしていたらしい。鉱石を見る目もかなりいいそうだ」
「運のいい奴だな。上等な魔晶石まで見つけるとは」
リナの目が僅かに動いた。
十五歳ほど。
ここへ来たばかりで、以前は三年間鉱夫として働いていた。
そして第三坑道で、上等な魔晶石を発見した少年。
リナはほとんど迷うことなく、その人物の正体を確信した。
間違いなく、アーガ様だ。
リナはゆっくりと顔を伏せた。
胸の中から湧き上がる感情を必死に抑え、扉の外にいる見張りへ異変を悟られないようにする。
アーガはすでに鉱山の中へ入り込んでいた。
今も高塔の外で、鉱夫として働いている。
しかし、これからどうするつもりなのだろう。
何か計画があるのだろうか。
リナは五階の部屋へ閉じ込められている。
外へ出ることも、正常に力を使うこともできない。
アーガが鉱山へ潜り込めたとしても、リナがどの階に捕らえられているのかまでは分からないはずだった。
自分も何かをしなければならない。
アーガへ、自分の居場所を知らせる合図を送る必要がある。
リナは顔を上げ、少し離れた場所にある灰色の窓を見た。
窓は分厚く、光をほとんど通さない。しかし特別頑丈な物ではなかった。
二日前に部屋の中を観察したとき、窓枠の周囲に造りの粗い場所がいくつもあることへ気づいていた。
壁や床と比べれば、明らかに強度が低い。
リナは扉の前にいる二人の見張りへ視線を向けた。
直接窓を攻撃すれば、間違いなく怪しまれる。
あまりにも冷静な様子を見せることもできない。
これから起こる出来事を、捕らえられた少女がとうとう耐えられなくなり、完全に取り乱した結果だと思わせなければならなかった。
リナはゆっくりと顔を伏せる。
肩が小さく震え始めた。
しばらくすると、部屋の中へ押し殺した泣き声が響いた。
扉の前にいた見張りたちは、すぐにその声へ気づいた。
「おい、何を泣いている?」
リナは答えなかった。
代わりに、泣き声が少しずつ大きくなっていく。
「家に帰りたい……」
その声は僅かに震えていた。
「帰りたい……」
見張りの一人が眉をひそめ、部屋の中へ入ってきた。
「黙れ」
リナはまるで聞こえていないかのように、石の寝台から起き上がろうともがいた。
「放して……」
「ここにいたくない……」
「家に帰りたい……」
見張りは苛立った様子で手を伸ばし、リナの肩を強く押さえつけた。
「大人しくしろ!」
リナはさらに激しく暴れ始める。
手首と足首の魔導拘束具が動きに合わせて淡い光を放った。
しかしリナは、本当に魔力を使っているわけではない。
ただの人間と同じように身体を捻り、相手の拘束から逃れようとしているだけだった。
もう一人の見張りも部屋へ入ってくる。
「管を外させるな。こいつの血は貴重なんだ」
二人は左右からリナの身体を押さえつけた。
リナの泣き声はますます大きくなる。
暴れながら足を持ち上げ、石の寝台の縁を何度も蹴った。
「放して!」
「家に帰りたい!」
履いていた靴は、元々少し緩くなっていた。
見張りの一人が管の状態を確認するため顔を伏せた瞬間、リナは突然足を大きく振り抜いた。
靴が足から離れ、勢いよく飛んでいく。
飛んだ先は扉ではない。
灰色の窓へ向かって、真っ直ぐに飛んでいった。
ガンッ!
靴が激しい音を立てて窓へぶつかった。
元々強度の足りなかった窓の表面へ、一瞬で無数の亀裂が広がる。
続いて甲高い音が響き、一部分が砕け散った。
靴は開いた穴を通り抜け、そのまま塔の外へ落ちていく。
冷たい風が、窓に開いた穴から部屋の中へ流れ込んだ。
二人の見張りが同時に動きを止める。
次の瞬間、彼らの表情が一気に険しくなった。
「死にたいのか?」
リナは怯えきったように、さらに激しく泣き始めた。
「ここにいたくない!」
「家に帰りたい!」
一人の見張りがすぐに窓際へ駆け寄り、穴から外を覗き込む。
もう一人はリナを強く押さえつけ、これ以上暴れられないようにした。
「動くな!」
「誰か呼んでこい! 窓を修理させろ!」
◇
高塔の外にある鉱山では、アーガが鉱石を積んだ荷車を押し、選別場から出てきたところだった。
そのとき、塔の上から甲高い破砕音が聞こえた。
アーガはすぐに顔を上げる。
灰色の高塔から、何かが落ちてきたように見えた。
続いて上の方から、少女の泣き声と見張りたちの怒鳴り声が微かに聞こえてくる。
アーガが思わず一歩踏み出そうとした瞬間、そばにいた『血祭』の構成員が鋭く怒鳴った。
「何を見ている!」
「さっさと働け!」
アーガはすぐに顔を伏せた。
「はい」
それ以上、塔を見上げることはしなかった。
今はまだ、正体を知られるわけにはいかない。
少なくとも大勢の見張りがいる場所で、塔の出来事へ特別な関心を持っているように見せてはならなかった。
アーガは荷車を決められた場所まで押し、積まれていた鉱石をすべて降ろした。
その動きは、先ほどまでとまったく変わらない。
しかし心臓の鼓動は、無意識のうちに速くなっていた。
先ほどの音は、明らかに塔の窓が割れた音だった。
しかも上の階では、少女が泣いていた。
リナなのか?
アーガは胸の中で動き続ける感情を無理やり押さえつけ、残っていた仕事をすべて終わらせた。
その日の採掘作業が一時的に終了し、鉱夫たちが休憩場所へ追い立てられる。
そこで初めて、アーガは何気ない様子を装いながら、年配の鉱夫へ近づいた。
「さっき、塔で何かあったんですか?」
老鉱夫は水を飲んでいた手を止め、アーガへ目を向けた。
「窓が割れたことか?」
「はい。かなり大きな音がしたので」
老鉱夫は周囲を一度確認すると、声を落とした。
「捕まってきた女の子らしい。ずっと家へ帰りたいと泣いていたそうだ。見張りともみ合っているとき、履いていた靴が飛んで、偶然窓を割ったらしいぞ」
そばにいた別の鉱夫が、思わず笑い声を漏らした。
「その靴、塔の外まで飛んでいったらしいな」
「運の悪い娘だが、度胸だけはあるじゃないか」
老鉱夫はすぐに相手を睨みつけた。
「何がおかしい。あの塔へ連れていかれた人間が、何人無事に帰ってきた?」
男はすぐに口を閉ざし、それ以上何も言わなくなった。
アーガは表情に何も出さなかった。
しかし心の中では、すでに確信していた。
これは絶対に偶然ではない。
リナは、アーガが鉱山へ入り込んだことへ気づいている。
そして今、彼が最も必要としている情報が、自分の捕らえられている場所だということも理解していた。
塔の外へ飛ばされた靴は、リナが意図的に残した合図だった。
アーガは水の入った器を手に取り、顔を伏せて一口飲んだ。
その指には、誰にも気づかれないほど僅かに力が入っていた。
リナは、本当に賢くなった。
期待を裏切らなかった。
採掘作業が終わると、鉱夫たちは見張りに連れられ、坑道の外へ移動した。
高塔の下を通りかかったとき、アーガはようやく機会を見つけ、一度だけ顔を上げた。
灰色の塔は非常に高く、壁には窓が規則正しく並んでいる。
その中の一つだけ、明らかに修理されたばかりの跡が残っていた。
窓枠の周囲には不規則な亀裂が残り、外側には数本の木材と灰色の布が一時的に打ちつけられている。
アーガは心の中で、一階から順番に窓の位置を数えた。
五階。
彼はすぐに視線を戻し、顔を伏せたまま鉱夫たちの列についていく。
周囲の者は誰も、その変化へ気づかなかった。
しかしアーガの眼差しは、すでに完全に変わっていた。
(ようやく見つけたぞ、リナ)
(待っていてくれ)




