第204話 第四城区の鉱塔
翌日、空が明るくなって間もない頃、アーガたちは第四城区へ向けて出発した。
先頭を歩くのはティルだった。
彼女は大通りを選ばず、アーガたちを連れて第二城区の裏手を迂回し、人通りのない山道を登っていく。
山道は狭く、両側には雑草と背の低い木々が生い茂っていた。
上へ進むほど空気に含まれる水気は薄れ、代わりに石の粉と鉄錆が混じったような匂いが強くなっていく。
アーガは顔を上げた。
山の上に築かれた第四城区は、麓にある三つの城区とはまるで違っていた。
第一城区、第二城区、第三城区には少なくとも通りや商店があり、湖から吹く風と人々の声があった。
しかし第四城区は、山の中腹へ無理やり押し込まれた鉱山の砦に近い。
建物の大半は粗雑な石材と木組みで造られていた。
屋根は低く、壁は灰色にくすんでいる。道には砕けた石が敷き詰められ、鉱車が何度も通った深い轍が地面へ刻まれていた。
周囲では至る所で人々が鉱石を運んでいる。
彼らの多くは古びた服を着ていた。
顔は灰に汚れ、背中には道具を担ぎ、その表情は麻痺したように何の感情も浮かんでいない。
アーガには一目で分かった。
彼らの大半は、ここで普通に暮らしている住民ではない。
強制的に働かされている者たちだ。
明らかに鉱夫と思われる者もいれば、無理やり山へ連れてこられた労働者らしき者もいた。
中には首から木札を下げている者もいる。
木札には、名前ではなく番号が刻まれていた。
彼らは『血祭』の構成員たちに監視されながら鉱石を運び、桟道を修理し、重い鉱車を押している。
少しでも動きが遅くなれば、そばにいる赤黒い服の者たちが怒鳴りつけた。
中には、そのまま鞭を振るう者さえいた。
アイラが眉を強くひそめる。
「この人たち……」
ティアが声を落として答えた。
「借金を返せなくなった人が多いわ。それに『血祭』に捕まって、無理やり連れてこられた人もいる」
イータは働かされている鉱夫たちを見つめ、小さな声で尋ねた。
「抵抗しなかったんですか?」
ティルは首を振った。
「抵抗したわ」
彼女は少し離れた場所に立つ、黒い石碑へ目を向けた。
「全員、殺された」
誰も言葉を発しなくなった。
アーガも何も言わず、その先へ視線を向ける。
第四城区の最も高い場所には、一本の塔が立っていた。
鉱脈に近い場所へ建てられた、非常に高い塔だった。
山の中腹から空へ向かって伸びる姿は、灰黒色の釘を山へ深く打ち込んだようにも見える。
塔の周囲には大勢の『血祭』の構成員が配置されていた。
入り口付近では複数の巡回隊が行き来している。
外壁は暗い色をしており、窓もすべて灰色だった。
外から内部の様子を確認することは、ほとんどできない。
アーガは塔を見つめた。
その眼差しが少しずつ険しくなっていく。
「あそこが奴らの根城か?」
ティルが頷いた。
「ええ」
「吸血鬼のほとんどは、あの塔の中にいるわ」
「昼間も中にいるのか?」
「そうよ」
ティルは塔から視線を離さずに答えた。
「吸血鬼族は日の光を浴びることができない。普通の吸血鬼が日光へ晒されれば、身体はすぐに焼かれてしまうわ。酷い場合は、そのまま死ぬこともある」
ティアが付け加える。
「でも強力な吸血鬼の中には、短い時間なら日光の下で活動できる者もいるそうよ」
アーガは昨夜現れた四人の吸血鬼を思い出した。
「血祭の四鬼か?」
ティルが頷く。
「あの四人なら、短時間は外へ出られるはずよ。でも昼間は、ほとんど塔から出てこない」
アーガは僅かに息を吐いた。
しかし完全に安堵するより先に、ティルが続ける。
「ただし塔の外には『血祭』の人間がいる。警戒しなければならない相手は、吸血鬼だけとは限らないわ」
アーガは彼女の視線を追った。
塔の入り口の前に、一人の大柄な男が立っていた。
その男も赤と黒を基調とした服を身につけている。
しかし服に刻まれた模様は、ほかの『血祭』の構成員たちより明らかに複雑だった。
周囲の者たちは男のそばを通るたび、足を止めて頭を下げている。
武器は持っていなかった。
ただそこに立っているだけで、周囲の人間は誰も近づこうとしない。
アーガの眼差しが一瞬で沈んだ。
感じ取ることができた。
あの男は強い。
昨夜戦った二人の戍佐級とは、比べものにならないほど強かった。
「あいつは誰だ?」
ティルが小声で答える。
「『血祭』の人間よ。吸血鬼を恐れて、組織へ入った者の一人」
「階級は?」
ティルは少しの間、口を閉ざした。
「校尉級中位」
アーガの指がゆっくりと握り込まれる。
正面から戦えば、勝ち目はほとんどない。
リナはあの塔の中にいる。
それなのに自分は、入り口へ近づくことさえできない。
アイラが心配そうに彼を見つめる。
「アーガ様……」
アーガは振り返らなかった。
長い間塔を見つめたあと、ようやく口を開く。
「あの塔、かなり大きいな」
ティアは目を瞬かせた。
突然そのようなことを言い出すとは思っていなかったらしい。
アーガはさらに塔を観察し、眉を寄せた。
「でも造りは、それほどよくないように見える」
「建てられたのは、この一年あまりのことだから」
ティルが答えた。
「一年あまり?」
「ええ。以前の第四城区に、あの塔はなかったわ。あったのは鉱山と倉庫だけ。吸血鬼が現れてから、人々へ無理やり命令して建てさせたの」
ティルは塔の上部を指差す。
「灰色の窓には、一般的な石灰ガラスが使われている。遮光性は高いけれど、特別頑丈な物ではないわ」
「壁が本当に頑丈なのも、基礎と下の数階だけ。上の部分は急いで建てられたから、長期間の防衛よりも、光を遮って吸血鬼が暮らすことを優先している」
アーガは考え込むように呟いた。
「つまり、あれは本当の意味での城塞塔じゃない」
ティルが頷く。
「ええ、違うわ」
アーガは再び尋ねた。
「吸血鬼の女王は?」
ティアとティルは、二人とも黙り込んだ。
最後にティルが首を振る。
「分からない」
「二人も見たことがないのか?」
「ないわ」
ティアが小さな声で答える。
「第四城区に姿を現したことがあると聞いただけ。実際に彼女を見た人は、ほとんど全員死んでいるから」
アーガは小さく息を吐いた。
「そうだよな」
見た者が全員死んでいる。まるで冗談のような言葉だったが、誰も笑わなかった。
アーガは灰黒色の塔を見上げた。
胸の奥に、はっきりとした緊張を覚えたのは初めてだった。
塔の外は厳重に守られている。周囲には『血祭』の構成員が溢れ、鉱夫たちが働く区域と塔の間には、いくつもの関所が設けられていた。
密かに入り込むことは、ほとんど不可能に思える。
アーガたちは離れた場所から長い間様子を観察した。
しかし最後まで、塔へ近づく機会を見つけることはできなかった。
アーガは山道の脇に立ち、低い眼差しを塔へ向けていた。
やがて淡々と告げる。
「一度戻ろう」
イータは納得できない様子で尋ねた。
「このまま戻るんですか?」
アイラも塔の方角を見た。
「今入ろうとしても、見つかるだけだと思う」
ティルも同意する。
「昼間は吸血鬼が外へ出にくいけれど、その分『血祭』の人間が多いわ。特に校尉級中位の頭目がいる今、正面から入っても勝ち目はない」
アーガは長い間黙っていた。
最後には、同じ言葉を繰り返すしかなかった。
「一度戻る」
その言葉を口にした自分自身が、何よりも苦しく感じた。
しかし今は、戻るしかないことも分かっていた。
アーガたちは来た道を引き返し、山を下りていく。
ティルの家へ戻った頃には、太陽もかなり高い位置まで昇っていた。
家の中は静かだった。
ティアは水と簡単な食事を用意したものの、何と声を掛ければよいのか分からない様子だった。
ティルもそばへ腰を下ろし、アーガを邪魔しようとはしなかった。
アーガは一人で部屋の隅に座っていた。
俯いたまま、自分の両手を見つめている。
この手は、昨夜リナを掴むことができなかった。
今日も彼女が囚われている場所へ近づくことさえできなかった。
アーガは突然顔を上げた。
「夕方に、もう一度行く」
アイラがすぐに立ち上がる。
「アーガ様?」
ティルも眉をひそめた。
「また第四城区へ行くつもり?」
「ああ」
アーガは頷いた。
「昼間に潜り込めないなら、別の方法を使う」
ティアが尋ねる。
「どんな方法?」
アーガはティルへ目を向けた。
「あそこには、大勢の労働者と鉱夫がいた」
ティルが僅かに目を見開く。
「その中へ紛れ込むつもり?」
「ああ」
アーガは頷いた。
「姿を変えて、血祭の四鬼にも俺だと分からないようにする。そのあと自分から鉱夫に志願して、中へ入り込む」
アイラがすぐに反対した。
「駄目です。危険すぎます」
イータもアーガを見つめる。
「見つかってしまいます」
「正面から突入する方が危険だ」
その言葉に、全員が黙り込んだ。
アーガは続ける。
「奴らは昨夜の俺を捜しているはずだ。見た目を変えて気配を抑え、ただの一般人を装えば、すぐには気づかれないかもしれない」
ティルは少し考えてから答えた。
「確かに『血祭』の人間は、山の下で頻繁に働き手を募集しているわ。鉱山はいつも人手が足りないから、一人一人の素性まで細かく調べることは少ない」
◇ ◇ ◇
夕方になる前、ティルは古びた服を一式用意した。
さらにアーガの顔や腕へ灰と鉱石の粉を塗りつける。
ティアは彼の髪を乱し、目立つ部分を布や汚れで隠した。
すべての準備が終わり、鏡の前へ立ったアーガは、自分の姿だとすぐには分からなかった。
遠方から逃げてきた、少年の下働きにしか見えない。
顔は灰に汚れ、着ている服は白く色褪せるほど古びている。
肩には破れた布袋まで背負っていた。
アイラは眉を寄せたまま、その姿を見つめる。
「やっぱり危険すぎます」
アーガはアイラへ目を向けた。
「お前たちは、ここに残ってくれ」
「俺が中の様子を見てくる」
イータが尋ねる。
「危険なことが起きたら、どうするんですか?」
「そのときは逃げる」
アーガは笑った。
まったく安心できない答えだった。
それでも全員が、アーガはすでに決意を固めているのだと分かっていた。




