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追放された転生貴族の俺、基礎カード魔法で少女たちと運命を切り開く  作者: 夜神智
嵐湾城編

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第202話 四鬼

夜に包まれた宿の前の通りは、炎と風刃、そして血の魔法によって見る影もなく荒れ果てていた。


石畳には無数の亀裂が走り、壁は血の槍に貫かれている。宿の木製の扉にも、小さな穴がいくつも開いていた。


アーガは通りの中央に立っていた。


肩と腕にはすでに傷を負っている。それでも掌には炎がまとわりつき、足元を巡る風もまだ消えてはいなかった。


対する吸血鬼は、依然として余裕を崩していない。


その姿には、ほとんど乱れすら見られなかった。


血液が絶えず指先を流れ、あるときは細剣へ凝縮され、あるときは長く伸びて槍となる。次の瞬間には無数の小さな血弾へ分裂し、異なる方向からアーガへ撃ち出された。


「アーガ様!」


突然、二階の窓が開かれた。


アーガは勢いよく顔を上げる。


窓辺にはリナが立っていた。


その顔は僅かに青ざめていたが、瞳には少しの迷いもなかった。


「降りてくるな!」


アーガはすぐに叫んだ。


しかし、もう遅かった。


リナは片手を窓枠へつき、そのまま二階から飛び降りた。


着地する瞬間、緑色の魔力が足元へ広がる。大量の蔓が急速に成長し、柔らかな敷物のように彼女の身体を受け止めた。


リナは地面へ降り立つと、すぐにアーガの隣へ駆け寄った。


「見ているだけなんてできません」


「相手は戍佐級中位だぞ」


「分かっています」


リナは顔を上げた。


その眼差しは、声以上に強い意志を宿していた。


「だからこそ、アーガ様を一人で戦わせるわけにはいきません」


吸血鬼はリナを見つめた。


暗赤色の瞳が僅かに揺れる。


「ほう?」


何か特別な匂いを感じ取ったかのように、その口元の笑みがさらに深くなった。


「この娘の血は……」


アーガはすぐに半歩前へ出て、リナを背後へ庇った。


「そんな目で彼女を見るな」


吸血鬼は小さく笑う。


「余所者。随分とその娘を大切にしているようだな」


アーガは答えなかった。


その背後から、リナがすでに片手を上げている。


指先で緑色の魔力が一気に咲き開いた。


「碧葉飛刃!」


数十枚の鋭い葉刃が回転しながら放たれ、連続する風切り音とともに吸血鬼へ迫った。


吸血鬼が片手を上げる。


血液が急速に集まり、半円形の障壁を形成した。


正面から飛んできた葉刃はすべて血の障壁に受け止められ、次々と砕け散る。


しかし葉刃が破壊された瞬間には、アーガが風に乗って飛び出していた。


緑カード 2《穿刺》。


緑色の光が手の中へ集まり、鋭い刺突へ変化する。


アーガは吸血鬼の側面へ一気に接近し、その脇腹を狙って突刺を放った。


吸血鬼は身体を横へ動かし、攻撃を避ける。


「荊棘の槍!」


リナはその隙を逃さなかった。


地面が轟音とともに割れ、何本もの太い荊棘の蔓が勢いよく飛び出した。


まるで横一列に並んだ長槍のように、吸血鬼の背後にある退路を瞬時に塞ぐ。


吸血鬼の眼差しが、ようやく僅かに真剣なものへ変わった。


掌から大量の血液が溢れ、何本もの短刀へ凝縮される。


短刀が素早く振るわれ、迫る荊棘の槍を一本ずつ切断した。


その間に、アーガが再び前へ踏み込む。


赤カード 1《火》。


激しい炎が轟音とともに噴き出した。


燃え上がる光が通り全体を照らし、吸血鬼を後方へ押し戻していく。


次の瞬間、吸血鬼の周囲を漂っていた血液が一斉に散開した。


血は無数の細い針へ姿を変え、炎の隙間を通り抜けながらアーガへ飛来する。


リナはすぐにアーガの隣へ立った。


「聖木盾!」


翠色の樹木模様に覆われた盾が、二人の前へ展開された。


ガガガガガッ!


血針が次々と盾へ衝突し、激しい音を響かせる。


聖木盾の表面には、すぐに何本もの亀裂が走った。


リナは歯を食いしばったが、一歩も後ろへ退かなかった。


「無理をするな」


アーガは、次第に白くなっていく彼女の顔を見た。


「まだ耐えられます」


リナは魔力を解こうとしなかった。


しかしアーガの胸には、重い焦りが広がっていく。


このままでは駄目だ。


相手は最初から最後まで、あまりにも余裕を保ちすぎている。


アーガとリナが二人で戦っても、どうにか攻撃を防ぐことしかできていない。このまま長引けば、先に限界を迎えるのは間違いなくリナだった。


アーガは指先でカードの縁を押さえた。


体内から魔力が一気に溢れ出し、腰帯がその手の中へ出現する。


より強力な形態を使わなければ、この場で吸血鬼を退けることはできない。


だが、次の行動へ移ろうとした瞬間。


背後から、極めて小さな風切り音が聞こえた。


アーガの瞳が大きく見開かれる。


ほとんど本能だけで身体を横へ動かし、同時に風を放った。


キンッ!


黒色の血針が風に弾かれ、斜め方向から近くの壁へ突き刺さった。


アーガが振り返ろうとしたとき、すでに別の冷たい気配が側面の後方へ現れていた。


「リナ!」


アーガは勢いよく身体を反転させる。


しかし、その影の方が速かった。


いつの間にか、別の吸血鬼がリナの背後へ立っていた。


青白い指が彼女の肩を掴み、もう一方の手が口と鼻を塞ぐ。そのままリナの身体全体を、自分の胸元へ引き込んだ。


リナの瞳が大きく見開かれる。


「んんっ――!」


アーガの心臓が、何かに強く握り潰されたように跳ねた。


「彼女を放せ!」


すぐに駆け出そうとしたが、最初から戦っていた吸血鬼が前方へ立ち塞がる。


血液が長槍へ姿を変え、アーガの行く手を横一線に塞いだ。


「慌てるな」


リナを捕らえた吸血鬼は顔を伏せ、ゆっくりと彼女の首筋へ近づいていく。


リナは必死に身体を動かした。


足元から蔓が急速に伸び、吸血鬼の腕へ絡みつく。


「植物硬化!」


蔓の表面が瞬時に硬くなり、鉄の鎖のように吸血鬼の腕を締めつけた。


しかし吸血鬼は、それを片手で無造作に引っ張った。


バキッ!


硬化していた蔓が、あっさりと引き千切られる。


次の瞬間、鋭い牙がリナの首筋へ突き刺さった。


リナの身体が大きく震えた。


「リナ!」


アーガの声は、ほとんど制御を失っていた。


助けるために飛び出そうとする。


だが通りの反対側から、新たな影が降り立った。


三人目の吸血鬼が、アーガの斜め前へ立ち塞がる。


手の中で黒い細針を弄びながら、楽しそうな笑みを浮かべていた。


「動かない方がいいぞ、坊や」


続いて、宿の隣にある建物の屋根からも小さな足音が聞こえた。


四人目の吸血鬼が屋根の端へしゃがみ込み、通りにいる者たちを見下ろしている。


四人。


吸血鬼が、全部で四人。


アーガは初めて、嵐湾城の夜がどれほど異常なものなのかを心の底から理解した。


噂ではない。


誇張された話でもない。


この街には本当に吸血鬼が存在している。


しかも、一人だけではなかった。


リナを捕らえている吸血鬼が、ゆっくりと顔を上げた。


口元には鮮血が付着している。


瞳の赤い光は先ほどよりも強く輝き、その表情には貴重な料理を味わった者のような恍惚が浮かんでいた。


「この娘の血は……」


「とても純粋だ」


屋根の上にいる吸血鬼が目を細める。


「ほう? 純粋だと?」


リナを捕らえた吸血鬼は笑った。


「不自然なほど美味い」


もう一度、リナの首筋に残った血の匂いを嗅ぐ。


「王族の血だろうな」


アーガの身体が大きく震えた。


王族。


その言葉を聞いた瞬間、心が底へ沈んでいく。


リナの顔からは急速に血の気が失われていた。


身体にも力が入らなくなっている。


それでも意識を失わないよう、必死に耐えていた。


アーガは拳を強く握り締めた。


その声は、恐ろしいほど低かった。


「彼女を放せ」


リナを捕らえた吸血鬼が、アーガを見る。


「それはできない」


顔を伏せ、首筋に残る血の匂いをもう一度嗅いだ。


「これほどの血には、毎日出会えるわけではないからな」


アーガの瞳に宿る殺意は、もはや抑えきれないほど強くなっていた。


それに呼応するように、掌の炎も大きく燃え上がる。


「放せと言ったんだ」


最初に現れた吸血鬼が笑った。


「お前も面白い」


アーガの身体に刻まれた傷を眺める。


「戍佐級下位でありながら、ここまで耐えた。お前の血も、きっと悪くない味だろう」


三人目の吸血鬼は黒い細針を袖の中へ戻し、ゆっくりとアーガへ近づいた。


「お前も残ればいい」


「王族の血に、少し変わった坊やの血」


「今夜は本当に運がいいな」


アーガは一歩も退かなかった。


頭の中では、必死に打開策を探し続けている。


このまま正面から飛び込めば、自分もリナと一緒に捕らえられる。


変身しようとしても、相手が十分な時間を与えてくれるはずがない。


だからといって、リナを置いて逃げるなど――


できるはずがなかった。


リナを捕らえている吸血鬼は、アーガの迷いを見抜いたらしい。


その顔に浮かぶ笑みが、さらに醜悪なものへ変わった。


「どうした? 逃げるのが惜しいのか?」


「ならば、お前も残れ」


三人目の吸血鬼が瞬時に動いた。


その速度は驚異的だった。


瞬きをするほどの短い時間でアーガの目の前へ移動し、五本の指を鉤爪のように曲げ、その首を掴もうとする。


アーガが反撃しようとした、そのとき。


リナが残っていた最後の力を振り絞り、片手を上げた。


指先に弱々しい緑色の光が灯る。


次の瞬間、大量の蔓が地面を突き破って飛び出した。


「蔓の……絞殺檻……」


声はとても小さかった。


しかし、ほとんどすべての力が込められていた。


蔓はアーガと吸血鬼の間へ急速に伸び、複雑に絡み合いながら分厚い壁を作り出した。


続いて表面が一気に硬化し、一本一本の荊棘が鋭く逆立つ。


アーガへ飛びかかった吸血鬼を、強引に遮った。


ドンッ!


吸血鬼の爪が蔓の壁へ激突する。


壁全体が激しく揺れたが、すぐに砕けることはなかった。


リナの口元から、一筋の血が流れた。


彼女は顔を上げる。


すでに瞳の焦点は揺らいでいた。


それでも絡み合う蔓の反対側にいるアーガを、必死に見つめ続けている。


「アーガ様……」


アーガは交差する蔓の隙間から、血の気を失った彼女の顔を見た。


リナは残されたすべての力を振り絞り、叫んだ。


「逃げて!」


アーガの瞳が大きく見開かれる。


「リナ……」


「早く逃げてください!」


リナの声には、初めて泣き出しそうな焦りが混じっていた。


「アイラとイータを捜して……」


「あなたまで捕まらないで……」


アーガの指は、カードを握り潰しかねないほど強く震えていた。


逃げたくはなかった。


逃げようなどと思えるはずもなかった。


しかし、目の前には四人の吸血鬼がいる。


リナはすでに相手に捕らえられていた。


ここで自分まで捕まれば、本当にすべてが終わる。


僅かな一瞬の間に、無数の考えがアーガの頭を駆け巡った。


そして最後には、歯が砕けそうなほど強く食いしばった。


「必ず戻る」


その言葉は、歯の隙間から無理やり絞り出されたものだった。


リナを捕らえた吸血鬼が笑う。


「逃げ切れると思っているのか?」


アーガはもう、相手を見なかった。


黄カード 2《チーター》。


その力が瞬時に発動し、金色の光が両脚を覆う。


次の瞬間、アーガの身体は一筋の残像へ変わり、隣の路地へ勢いよく飛び込んだ。


三人目の吸血鬼が爪を振るい、正面を塞いでいた蔓の壁を引き裂く。


すぐにアーガの後を追った。


「追え!」


屋根の上にいた吸血鬼も立ち上がる。


しかし、黄カード 2《チーター》がもたらす瞬間的な加速はあまりにも速かった。


アーガは両側の壁すれすれを飛ぶように駆け抜け、狭い路地の中で何度も進行方向を変えていく。


その姿は、すぐに夜の闇へ消えた。


吸血鬼たちはしばらく追跡したが、すぐに追いつくことはできなかった。


やがて、最初に現れた吸血鬼が足を止めた。


「もういい」


「戍佐級下位が一人逃げた程度、問題はない」


リナは、すでに自分の力で立つことさえできなくなっていた。


吸血鬼に肩を掴まれ、首筋の傷からは今も血が滲み出している。


それでもどうにか目を開けたまま、アーガが消えた方向を見つめ続けていた。


「アーガ様……」


「どうか、生きて……」


アーガの姿は、夜の闇へ完全に呑み込まれた。


嵐湾城は、今も変わらず静まり返っている。


しかしこの夜、アーガは初めて、この街が持つ本当の恐ろしさを知った。


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