表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された転生貴族の俺、基礎カード魔法で少女たちと運命を切り開く  作者: 夜神智
嵐湾城編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

201/241

第201話 吸血鬼

部屋の灯りは薄暗かった。


ティルが「ここは吸血鬼の街よ」と告げてから、長い間、誰も言葉を発しなかった。


アイラは顔を伏せたまま、剣の柄を握っている。


隣に立つイータの顔色も、決して良くはなかった。


二人は昼間、この嵐湾城が最も賑わっている姿を見たばかりだった。


湖の水は美しく、通りは大勢の人々で活気に満ちていた。店には様々な小物が並び、第二城区の菓子は甘く、第一城区の湖畔もとても綺麗だった。


しかし夜になった途端、この街はまるで別の姿へ変わってしまった。


通りから人影が完全に消え、代わりに『血祭』と呼ばれる崇拝者の組織が、街中を巡回している。


「本当なの」


ティアは目を伏せ、低い声で言った。


アーガが先ほど口にした「あり得ない」という言葉へ答えているようでもあり、もう一度この事実を受け入れるため、自分自身へ言い聞かせているようでもあった。


「吸血鬼は、本当に存在するわ」


ティルは机の上に置かれた小さな灯りを見つめ、静かに言った。


「私たちの両親も、吸血鬼に殺された」


一度言葉を止める。


「両親を殺したのは、ライドという吸血鬼よ」


部屋の空気が一気に重くなった。


アイラは僅かに目を見開き、イータも顔を上げた。


アーガは目の前にいる姉妹を見つめ、意外そうな表情を浮かべる。


「え?」


ティアの指が、服の裾を強く握った。


「最初の大規模な反抗が起きたとき、私たちの両親は犠牲になったの」


ティルは淡々と話した。


その声が最後まで平静だったからこそ、聞いている者には余計につらく感じられた。


ティアは俯いたまま、僅かに震える声で言った。


「あのとき、お姉ちゃんはずっと私の目を塞いで、見せないようにしてくれていた」


アイラの顔色がさらに険しくなる。


イータも何も言わず、黙り込んだ。


アーガは姉妹を見つめながら、すぐには言葉を出すことができなかった。


もともと人を慰めるのは得意ではない。


ましてや、このような出来事を前にしては、どんな言葉を口にしても軽く聞こえてしまう気がした。


室内に沈黙が流れる。


しばらくして、アーガはゆっくりと息を吐いた。


「それは、本当に……」


その先の言葉を続けることはできなかった。


少ししてから、アイラとイータへ顔を向ける。


「二人はここに残っていてくれ」


アイラはすぐに顔を上げた。


「アーガ様?」


「一度、宿へ戻らないといけない」


アーガは答えた。


「リナがまだあそこにいる」


リナの名前を聞き、アイラもすぐに事情を理解した。


先ほど自分たちは『血祭』の人間に追われ、アーガは助けるために宿を離れてきた。


今頃リナは一人で宿に残り、皆が帰ってくるのを待っているはずだ。


彼女の性格を考えれば、とっくに心配で落ち着かなくなっているだろう。


「私たちも一緒に戻りますか?」


イータが尋ねる。


「いや」


アーガは首を振った。


「外にはまだ『血祭』の連中がいる。二人はさっき奴らに顔を見られているから、一緒に出れば余計に見つかりやすくなる」


アイラは唇を噛んだ。


アーガを一人で行かせたくはなかった。


しかし、彼の言っていることが正しいのも分かっている。


「今外へ出るのは危険よ」


ティルが言った。


「分かっている」


「それでも戻るの?」


「ああ」


アーガは少し間を置き、続けた。


「少なくとも、俺たちが無事だとリナに知らせないといけない」


ティアはアーガを見つめた。


まだ止めようとしているようだったが、最後には小さな声で言う。


「それなら、絶対に気をつけて」


「ああ」


アーガは頷いた。


「さっきは助けてくれて、ありがとう」


「あなたたちも昼間、ティアを助けてくれたでしょう」


ティルが答える。


「それとは別だ」


アーガは懐から金袋を取り出し、中に入っていた金の一部を机の上へ置いた。


ティアは目を見開いた。


「これは要らないわ!」


ティルも眉を寄せる。


「私たちはお金のために助けたわけではない」


「分かっている」


アーガは金を二人の前へ押し出した。


「でも、二人がこの街で暮らし続けるのも楽じゃないだろう」


ティアは手を伸ばし、金を押し返そうとした。


しかしアーガはそれを直接持ち上げ、彼女の手へ押し込んだ。


「受け取ってくれ」


ティアの動きが止まる。


「でも……」


「俺たちがしばらくここへ滞在するための代金だと思えばいい」


ティルはアーガを見つめた。


しばらく黙っていたが、最後にはそれ以上拒まなかった。


ティアは手の中にある金を見つめ、複雑な表情を浮かべる。


「ありがとう」


アーガは軽く手を振った。


「すぐに戻る」


そう言って、扉へ向かった。


「大通りは通らないで」


ティルがすぐに注意する。


「『血祭』の人間は、大通りと橋の入り口を巡回しているから」


「分かった」


アーガは扉を開け、すぐに夜の闇へ姿を消した。


◇ ◇ ◇


アーガはティルに教えられた細い道を進み、できるだけ広い通りを避けた。


時折、少し離れた場所から足音が聞こえてくる。


『血祭』の者たちは、今も周辺を巡回していた。


彼らが身につけている赤黒い服は、夜の中ではそれほど目立たない。


しかし胸元の印が灯りに照らされると、暗赤色の光を反射した。


まだ乾いていない血痕のように見える。


アーガは石壁の陰で足を止め、数人の『血祭』の構成員が通りの角を歩いていく様子を見た。


彼らは短剣や鉤縄を手に持ち、歩きながら低い声で話している。


「さっきの余所者たちは、どこへ逃げた?」


「まだ第二城区にいるはずだ」


「見つけたら、そのまま連れて帰れ。今夜はちょうど吸血鬼様が新鮮な血を必要としている」


「女が二人いたんだろう?」


「余計なことは考えるな。まずは血を捧げるんだ」


話し声は次第に遠ざかっていった。


石壁の後ろに立つアーガの目が冷たくなる。


しかし追いかけることはしなかった。


今最も重要なのは、彼らと争うことではない。


できるだけ早く宿へ戻り、リナの安全を確認する。その後、全員を連れて嵐湾城を離れる方法を考えなければならない。


アーガはさらにいくつかの路地を抜けた。


やがて、宿のある通りが前方に見えてくる。


宿の正面扉はすでに閉ざされていたが、二階にはまだ灯りの点いた窓が一つあった。


アーガは顔を上げる。


リナが窓辺に立っていた。


おそらく、ずっとそこで待っていたのだろう。


アーガが通りへ姿を現した瞬間、リナの顔には明らかな安堵が浮かんだ。


すぐに片手を上げ、窓越しに振る。


「アーガ様!」


声は抑えられていたが、はっきりとした喜びが込められていた。


「ようやく戻ってきたんですね」


アーガも彼女を見上げ、胸の緊張が僅かに緩んだ。


同じように手を上げ、リナへ応える。


「待たせたな」


アーガは笑みを浮かべた。


「怖かったか?」


二階にいるリナが答えるよりも早く、アーガの背後から声が聞こえた。


「怖かったよ」


アーガの顔には、まだ笑みが残っていた。


しかし次の瞬間、異変に気づく。


今の声は上から聞こえたものではない。


リナの声でもなかった。


声の主は、彼の背後にいる。


アーガの動きがゆっくりと止まった。


少しずつ顔を後ろへ向ける。


通りの端に広がる影の中に、いつの間にか一人の男が立っていた。


いや、人間と呼ぶには僅かに違和感がある。


背は高く、身体は細い。


肌は血の気がまったく感じられないほど白く、黒い長髪が肩へ垂れている。


暗い夜の中で、両目だけが暗赤色の光を放っていた。


口元には薄い笑みが浮かび、唇の隙間から鋭い犬歯が僅かに覗いている。


アーガの瞳が細くなった。


「おお……」


相手を見つめる顔には、隠しきれない驚きが浮かんでいた。


「本当に吸血鬼がいるのか」


二階のリナも男の姿に気づいた。


顔色が一瞬で青ざめる。


「アーガ様!」


吸血鬼は窓辺にいるリナを一度見上げたあと、再びアーガへ視線を戻した。


「余所者か」


「夜の街を勝手に歩き回ると、どうなるか知っているのか?」


アーガは半歩後ろへ下がった。


指先はすでに懐のカードへ触れている。


「今の俺からは、走り回ったあとの汗の臭いしかしないと思うぞ」


吸血鬼は笑った。


「俺はライド。吸血鬼族だ」


「よく覚えておけ」


次の瞬間、ライドは片手を上げた。


指先に小さな傷が開く。


傷口から滲み出た血は下へ落ちず、空中で小さな血の粒へ凝縮された。


アーガの目つきが変わる。


血の粒が突然放たれた。


弾丸のような速度だった。


アーガは即座に身体を横へ倒す。


血弾は頬を掠め、そのまま背後にある木の扉を貫いた。


パンッ!


扉の板に小さな穴が開く。


アーガの頬にも、浅い傷が一本浮かんでいた。


指先でそこへ触れる。


「これは少し面倒だな」


「動かない方がいい」


ライドは微笑んだ。


「お前の血を地面へ無駄にこぼしたくないからな」


アーガは答えなかった。


指の間でカードを反転させる。


瞬時に炎が燃え上がり、腕に沿って前方へ噴き出した。


巨大な火柱が、正面からライドへ襲いかかる。


ライドはその場から動かなかった。


片手を僅かに持ち上げる。


大量の血液が掌から溢れ出し、瞬く間に血色の盾へ変化した。


轟音が響く。


炎が血の盾へ衝突し、耳障りな蒸発音が周囲へ広がった。


盾の表面を覆う血液はすぐに黒く焼け焦げたが、それでも盾全体が崩れることはなかった。


アーガはその隙に距離を詰めた。


緑色の光が手の中へ集まり、鋭い突刺へ変化する。


狙いはライドの胸だった。


しかしライドは身体を横へ動かし、簡単に攻撃を避けた。


その動きは、目で捉えることすら難しいほど速い。


次の瞬間、ライドの背後から何本もの血の線が広がった。


それぞれが細長い赤色の槍へ変わり、異なる方向からアーガを狙う。


アーガはすぐに攻撃を引き戻した。


周囲に強い風を巻き起こし、血槍の軌道を強引に変える。


ドンッ! ドンッ! ドンッ!


血の槍が次々と地面へ突き刺さった。


硬い石畳が一瞬で砕け散る。


アーガは風の流れを利用して素早く後退し、数歩離れた場所へ着地した。


呼吸が僅かに重くなる。


強い。


先ほど戦った『血祭』の二人とは、まるで比較にならない。


実力は、おそらく戍佐級上位に達している。


ライドはアーガを見つめた。


暗赤色の瞳には、僅かな興味が浮かんでいる。


「戍佐級下位か」


「その若さなら、確かに悪くない」


周囲の空気が、一瞬で重くなったように感じられた。


アーガの眼差しはさらに鋭くなる。


二階から見守っているリナの顔色も、ますます悪くなっていた。


ライドは考える時間を与えなかった。


片手を振る。


空中の血液が急速に形を変えた。


最初は長剣へ。


続いて短槍へ。


最後には突然分裂し、無数の小さな血の粒となった。


すべての血弾が、本物の弾丸のように同時にアーガへ放たれる。


アーガはすぐに風を操り、距離を取った。


しかし血弾の速度はあまりにも速かった。


大半は避けたものの、そのうちの一発が肩を掠める。


傷口から鮮血が滲み出した。


空気に混じった血の臭いを嗅ぎ取った瞬間、ライドの目に宿る赤い光が一層強くなった。


「いい匂いだ」


アーガは歯を食いしばり、もう一度炎を発動する。


火の光が、通り全体を一瞬で明るく照らした。


だが次の瞬間には、ライドがすでにアーガの側面へ移動していた。


ライドの手の中で血液が細長い刀へ変わり、そのままアーガへ振り下ろされる。


アーガは咄嗟に腕を上げ、攻撃を防ぐしかなかった。


ドンッ!


凄まじい力が正面から叩きつけられる。


アーガの身体は後方へ押し飛ばされ、背中から石壁へ激突した。


胸の奥に、重い衝撃が広がる。


体勢を立て直すより早く、血液で作られた鎖が両手首へ伸びてきた。


アーガはすぐに風刃を放ち、そのうち何本かを強引に切断する。


しかし残った血の鎖は腕を掠め、細長い傷を何本も残した。


力の差が大きすぎる。


速度も、力も、魔法を操る技術も、ライドの方が明らかに上だった。


アーガは通りの中央へ立っていた。


その肩と腕からは、すでに血が流れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ