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第20話 最強の新入生計画

アーガが応接室で待っていると、ほどなくして扉が開いた。


中へ入ってきたロイスの顔には、相変わらず非の打ち所のない穏やかな笑みが浮かんでいる。


「二日ぶりですね。お怪我の具合はいかがですか?」


「あなたにもらった薬のおかげで、ほとんど治りました」


アーガは無駄な挨拶を続けるつもりはなかった。


「そろそろ、あなたたちが何をしようとしているのか教えてもらえますか?」


ロイスはアーガの向かいへ腰を下ろし、金縁の眼鏡を押し上げた。


「実に簡単なことです」


「我々は、あなたを『この五年間で最強の魔法系新入生』として売り出したいと考えています」


そこで一度言葉を切り、アーガの反応を観察する。


「正式な入学まで、あと半月あります」


「我々は入学式の前に、セント・ローランの中央広場で公開魔法演技を開催する予定です」


「当日は入場券を販売し、ほかの新聞社や魔法協会の関係者、さらに周辺都市の貴族たちも招待します」


アーガはソファへ背中を預け、小さく息を吐いた。


「つまり、僕を使って金を稼ぎたいんですね」


「そのとおりです」


ロイスは否定しなかった。


「ただし、アーガ殿にも相応の利益をお渡しします」


助手が一通の契約書を、テーブルの上へ置いた。


「公開演技の収益、新聞の販売収入、そして後日販売される魔法映像の利益についても、契約書に記された割合でお支払いします」


アーガは契約書を手に取り、条項を一つずつ確認していった。


少なくとも、目立った罠は見当たらない。


グルバート家は、訓練費用、会場費、安全対策、宣伝費用のすべてを負担することになっていた。


「契約自体には、大きな問題はなさそうです」


アーガは書類をテーブルへ戻した。


「でも、前にも言ったはずです」


「今の僕では、五年前の記録を超えられるとは限りません」


その言葉を聞いたロイスは、不意に声を上げて笑った。


「アーガ殿」


「『この五年間で最強の新入生』という言葉は、何よりもまず宣伝文句なのです」


「観客を十分に驚かせることさえできれば、一人一人が評価表を持って、五年前の新入生と細かく比較することはありません」


ロイスは指を組み、さらに続けた。


「それに、今のあなたには勢いがあります」


「盗賊の逮捕に貢献し、入学試験では首席を取り、騎士団長の娘と決闘までした」


「これほど多くの出来事が、わずか七歳の子供一人に集中している」


「それだけでも、人々の関心を集めるには十分です」


アーガはロイスを見つめた。


「つまり、本当に強いかどうかより、商品として売れるかどうかの方が重要なんですね」


「大変正確なご理解です」


ロイスは契約書を指さした。


「もっとも、我々も現在のあなたを、そのまま舞台へ立たせるつもりはありません」


「今後の半月、グルバート家が専門の指導者を手配します」


「半月で、どれほど強くなれるんですか?」


「それは、誰に教わるかによって大きく変わるでしょう」


ロイスは椅子の背もたれへ身体を預けた。


「失礼を承知で申し上げますが、ラインハルト子爵が雇われた家庭教師は、あなたに基礎知識を教えることはできても、その才能を十分に引き出すことはできません」


「一方、我々が招くのは、王都でも最高峰のカード研究者と術式指導者たちです」


「魔力を効率よく運用する方法」


「基礎術式の形を変化させる技術」


「そして演技の中で、観客へ最大限の衝撃を与える見せ方まで指導します」


アーガは考え込むように顎へ手を当てた。


「そんな人たちを呼ぶなら、費用もかなり高いでしょう」


「当然です」


ロイスの表情に迷いはなかった。


「ですが、それ以上の利益が得られると確信しています」


「グレイクリフ王国は、決して大国ではありません」


「しかし、セント・ローランは複数の交易路が交わる都市です」


「宣伝に成功すれば、近隣諸国の商人や貴族、学院までもが、この公開演技へ注目するでしょう」


「そうなれば、本当の利益は入場券の販売だけには留まりません」


そこまで話したところで、ロイスはわずかに声の調子を変えた。


「もちろん、この計画には危険もあります」


アーガは目を上げた。


銀鹿亭の壁に貼られていた記事を思い出す。


他国の優秀な学生を狙う暗殺者の話は、単に子供を怖がらせるための作り話ではない。


「僕を最も才能のある新入生として宣伝すれば、ほかの国へ自分から存在を知らせることになります」


アーガは静かにロイスを見つめた。


「将来性のある若い魔導師を、早いうちに消そうと考える人間がいれば、僕は目立つ標的になる」


ロイスの瞳に、わずかな感心の色が浮かんだ。


「予想していた以上に鋭い方ですね」


「その危険を分かっているのに、どうして正直に教えたんですか?」


「あなたは、簡単に騙し続けられる方ではないからです」


ロイスは立ち上がり、窓際へ歩いていった。


「誘拐された際の行動を見る限り、我々が説明しなかったとしても、いずれご自身で気づいたでしょう」


「後になって隠していたことを知られるより、最初から危険を説明しておく方がよい」


「そう判断しました」


ロイスは窓の外へ視線を向けた。


「もっとも、過度に心配する必要はありません」


「敵国から重要な標的として扱われるのは、通常であれば、高位の才能を実際に示した在学生です」


「入学したばかりの子供が、すぐに最優先の標的になる可能性は高くありません」


「通常、優秀な学生が無事に卒業できる確率は九割を超えています」


ロイスは振り返った。


「公開演技の期間中は、グルバート家が警備も担当します」


「すべてが順調に進めば、あなたは非常に大きな利益を得られるでしょう」


声をわずかに和らげる。


「ラインハルト家の経済状況が、決して余裕のあるものではないことは、アーガ殿もご存じのはずです」


アーガは否定しなかった。


家の鉱山は産出量が限られている。


その収入から、領地の屋敷や騎士団を維持し、さらに三人の子供の教育費まで支払わなければならない。


上質な魔晶石が二つあれば、父も使い道を長く考えることになるだろう。


ましてや、グルバート家が約束している利益の分配は、それよりはるかに大きい。


だが、自分が得られる利益が大きいということは、グルバート家がさらに多くの金を稼ぐつもりだということでもある。


アーガは再び契約書を手に取った。


「演技が失敗して、宣伝どおりの成果を出せなかった場合はどうなりますか?」


ロイスの顔から、笑みがわずかに薄れた。


「宣伝の方向性を変更します」


「方向性を変更する?」


アーガは小さく笑った。


「つまり、成功した場合は、グルバート家が天才を発見し、王国最強の新入生へ育て上げたことになる」


「でも失敗した場合は、僕の才能が足りず、あなたたちの用意した資源を無駄にしたことになるんですね」


応接室の中が静まり返った。


二人の助手も、何も言おうとはしない。


ロイスはしばらくアーガと視線を交わした。


やがて、率直にうなずく。


「商業上の協力である以上、失敗の代償を負う者は必要です」


「できることなら、私もそのような結末は望んでおりません」


アーガはソファから立ち上がり、ゆっくりと大きな窓の前へ移動した。


窓の外には、陽射しを受けたセント・ローランの街並みが、遠くまで広がっている。


大通りには絶えず人が行き交い、商店の看板が風に揺れていた。


さらに遠くでは、王宮の尖塔が眩しい光を反射している。


半月にわたる専門的な訓練。


王都中を騒がせるほどの公開演技。


ラインハルト家の状況を大きく改善できるかもしれない収入。


そして、他国から目をつけられる危険。


アーガはしばらく黙り込み、指先でソファの肘掛けを軽く叩いた。


「まず、父の意見を聞きたいです」


ロイスは、その答えを予想していたらしい。


背後の助手へ目配せする。


「そうおっしゃると思っていました」


助手は鞄の中から一通の手紙を取り出し、両手でアーガへ差し出した。


封筒にはラインハルト家の紋章が刻まれている。


封蝋にも、開封された痕跡はなかった。


アーガは手紙を受け取ると、慎重に確認してから封を切った。


中に書かれていた文字は、確かにアルドリックの筆跡だった。


内容はそれほど長くない。


身体を大切にするようにという言葉と、グルバート家に対する簡単な評価が書かれている。


アーガはすぐに、最も重要な部分を見つけた。


『グルバート家の信用は、少なくとも悪くない。この件は、お前自身で判断しなさい。どのような選択をしたとしても、私は支持する』


手紙の最後には、アルドリック・ラインハルトの署名が記されていた。


ロイスはアーガの表情を観察していた。


「まだ不安があるのでしたら、訓練を受けながら手紙で確認を続けても構いません」


「必要であれば、ご尊父を王都へお招きし、直接契約について話し合うこともできます」


「その必要はありません」


アーガは手紙を折り直した。


「紙も封蝋も、文章の書き方も問題ありません」


「間違いなく父の手紙です」


「ただ、あなたたちがすでに父へ連絡していたことには驚きました」


「未成年者との長期契約ですから、家族へ先に連絡するのは当然です」


ロイスは眼鏡を押し上げた。


「それも、我々の誠意の一つです」


「それでは、お返事を聞かせていただけますか?」


アーガはもう一度、テーブルの上に置かれた契約書へ目を向けた。


危険があることは間違いない。


だが、グルバート家が用意する訓練の機会と報酬も、ラインハルト家だけでは簡単に手に入れられるものではなかった。


アーガは契約書をテーブルへ戻した。


「分かりました。引き受けます」


その瞬間、ロイスの笑みが、これまでよりも明らかに深くなった。


「交渉成立ですね」


「よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


ロイスは続けて説明した。


「正式な入学まで、あと半月です」


「その期間中の宿泊場所、食事、訓練用の素材は、すべて我々が負担します」


「最初の指導者たちは、今夜にも到着する予定です」


アーガは不意に尋ねた。


「今から訓練場へ行ってもいいですか?」


ロイスがわずかに眉を上げる。


「傷が治ったばかりだというのに、随分とお急ぎですね」


「二日間も寝ていたので、身体が固まりそうなんです」


アーガは手首を軽く回した。


「まずは訓練場を確認して、軽い回復運動でもしておこうと思って」


ロイスは止めようとはせず、近くにいた従者を呼んだ。


「アーガ殿を第三訓練場へ案内しなさい」


「かしこまりました」


従者に連れられ、アーガは複数の長い廊下を通り抜けた。


やがて、円形の訓練室へ到着する。


壁には魔力を吸収する水晶が埋め込まれていた。


床にも特殊な処理が施されており、魔法攻撃を受けても、簡単には壊れない造りになっている。


重い石造りの扉が背後で閉じた。


訓練場の中は、一気に静かになった。


アーガは場内の中央まで歩き、遠くに整然と並べられた人型の標的を眺める。


(この五年間で最強の新入生、か……)


いまだに、大げさな呼び名にしか思えなかった。


「でも、半月もあれば……かなりのことを学べるかもしれない」


そのとき、訓練場の扉が突然開いた。


細身の中年男性が、中へ入ってくる。


簡素な灰色の長衣をまとい、銀白色の短髪はきれいに整えられていた。


「アーガ」


男はまっすぐアーガのもとへ歩いてきた。


「君について書かれた記事は読んだ。赤の試験会場の記録も確認している」


「五つの術式を同時に維持しながら、基礎魔法の形を自ら変化させたそうだな」


「その年齢を考えれば、確かに極めて珍しい才能だ」


男はアーガの前で足を止めた。


「私は、君に赤のカードを教えることになった指導者だ」


アーガはわずかに頭を下げた。


「よろしくお願いします、先生」


こうして、アーガの本格的な訓練が始まった。


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