第2話 二人の赤ん坊
二人の騎士がすぐさま駆け寄り、盗賊の頭目の両手を背中側で縛り上げた。
それでも男は激しく身をよじり、口汚い罵声を浴びせ続けている。
ラスティは眉をひそめると、馬具の脇に挟んであった古びた布を取り出し、男の口へ押し込んだ。
騒がしかった罵声が、たちまち意味の分からない呻き声へ変わる。
「少し静かにしていてください」
ラスティは両手を軽く払うと、クロウのもとへ戻った。
クロウは長剣を鞘へ収め、彼女へ視線を向ける。
「よくやった。まだ十五歳だというのに、あれほど早く相手の隙を見抜けるとはな。並の正騎士なら、もう追い越している」
ラスティは嬉しそうに笑った。
「隊長の教え方がいいんですよ」
そのとき、頭上から枝葉の揺れる音が聞こえた。
次の瞬間、細身で背の高い若者が木の上から飛び降りてくる。
背中には矢筒を背負い、手には長弓を持っていた。
地面へ着地したにもかかわらず、ほとんど音がしない。
クロウは若者へ顔を向けた。
「ウム、今回は少し遅かったな。あと数秒遅れていたら、二人とも危なかったぞ」
ウムは長弓を背中へ戻し、困ったように頭をかいた。
「射撃位置は確保していたんです。でも、あいつらが急に赤ん坊を二人も人質にしたでしょう? 俺一人じゃ、同時に助けられる自信がなかったんですよ。だから近くにいた連中にも協力してもらいました」
ラスティが口を挟む。
「最後には間に合ったんだから、いいじゃないですか。さっきの二本も、見事な射撃でしたよ」
「当然だろ」
ウムは得意げに笑った。
「あの程度の距離も当てられないようじゃ、この先やっていけないからな」
クロウは彼の自慢を聞き流し、救出された二人の赤ん坊へ歩み寄った。
一人は騎士の腕に抱かれていた。
泣き疲れたのか、すでに声は小さくなり、今にも眠りそうになっている。
もう一人は厚い外套に包まれたまま、目を開けて周囲の様子を見つめていた。
クロウは二人が負傷していないか確認するつもりだった。
しかし、数秒ほど顔を見比べたところで、その表情が妙なものへ変わる。
「待て」
ラスティとウムも近づいてきた。
「どうしました?」
クロウは二人の赤ん坊を指さした。
「俺たちが助けに来たのは、子爵家で生まれたばかりの赤ん坊だったな?」
「そうですけど」
「では、なぜ二人いる?」
三人が同時に黙り込んだ。
松明の明かりが、二人の赤ん坊の顔を照らしている。
一人はすでに目を閉じていた。
もう一人は相変わらず目を開けたまま、大人たちを眺めている。
クロウは一人を見て、次にもう一人を見た。
その眉間に、次第に深いしわが寄っていく。
「この二人……いったい、どちらが領主様の御子息なんだ?」
数人は赤ん坊を囲み、しばらくの間、無言で顔を見比べた。
一人は泣き疲れ、騎士の腕の中で深く眠っている。
もう一人は外套に包まれ、静かに周囲を見つめていた。
赤ん坊とは思えないほど、大人しい。
ウムは弓を肩へ掛け直し、クロウのそばへ寄った。
「隊長は領主様の赤ん坊を見たことがあるんでしょう? 見分けられませんか?」
クロウは二人の顔を見下ろしたあと、部下に松明を近づけるよう命じた。
どちらも生まれて間もない赤ん坊だ。
顔立ちもまだはっきりしておらず、どれだけ見比べても大きな違いは分からない。
「生まれた日の夜に攫われたんだ」
クロウは首を横に振った。
「俺も遠くから一度見ただけだ。覚えているはずがない」
ウムはラスティへ顔を向ける。
「お前の追跡魔法は?」
ラスティはすぐに首を振った。
「追跡できるのは魔力の痕跡だけです。この子たちはまだ魔力に目覚めていないんですよ。いったい何を追えというんですか?」
少し間を置いてから、付け加える。
「それに、私も領主様のお子様を見たことがありません」
「なら、あいつらに聞くしかないな」
クロウは木へ縛りつけられた盗賊の頭目の前まで歩き、口に詰めた布を引き抜いた。
男は何度か荒い息を吐く。
すぐに罵声を浴びせようと口を開いたが、クロウが先に尋ねた。
「どちらが、お前たちが子爵家から攫った赤ん坊だ?」
盗賊の頭目は一瞬、呆けたような顔をした。
直後、口元を歪め、聞くに堪えない悪態を次々と吐き始める。
クロウはしばらく黙って聞いていたが、やがて布を男の口へ戻した。
「どうやら、こいつも知らないらしい」
盗賊の頭目は目を見開き、なおも必死に身体を揺らしている。
しかし、口から漏れるのは、くぐもった声だけだった。
クロウはそれ以上相手にせず、二人の赤ん坊のもとへ戻った。
ウムは少し考えてから言った。
「ひとまず二人とも連れて帰りましょう。さすがに奥様なら、ご自分の子供を見分けられるんじゃないですか?」
「そうするしかないな」
クロウは馬へ乗り、二人の赤ん坊と捕らえた盗賊を連れていくよう命じた。
一行は来た道を引き返し、森をあとにした。
◇ ◇ ◇
騎馬隊が森を抜けた頃には、夜もすっかり深まっていた。
前方の緩やかな斜面の下に、小さな屋敷が見えてくる。
敷地の周囲は低い石壁で囲まれていた。
中央には三階建ての石造りの館があり、その隣には厩舎や倉庫、使用人たちが暮らすための建物がいくつか並んでいる。
豪華な屋敷というわけではない。
だが、隅々まできちんと手入れされており、いくつかの窓には今も明かりが灯っていた。
アーガは騎士の腕に抱かれ、分厚い外套に包まれていた。
外套の隙間から、遠くに見える建物を眺める。
騎士たちの会話から考えると、ここは子爵の屋敷らしい。
少なくとも今回は、森の中に放置されたままにはならずに済みそうだった。
騎馬隊が門の前へ到着すると、屋敷の扉が内側から勢いよく開いた。
上着を羽織った女性が、慌てた様子で駆け出してくる。
髪は乱れ、目は泣き腫らして真っ赤になっていた。
靴さえきちんと履けていない。
途中で小石を踏み、身体をよろめかせたが、それでも足を止めなかった。
「子供は!?」
女性は馬の前まで駆け寄ると、騎士が抱いている赤ん坊へすぐに目を向けた。
誰かが説明するよりも早く、両腕を伸ばして赤ん坊を抱き取る。
そして、その顔や身体を必死に確かめた。
赤ん坊が生きていると分かった瞬間。
一晩中、張り詰めていた彼女の身体から力が抜けた。
再び、その目から涙がこぼれ落ちる。
「よかった……」
腕の中の赤ん坊を、強く抱き締める。
その声は絶えず震えていた。
「ありがとうございます。本当に……本当に、ありがとうございます」
傍らに立っていたクロウは、困ったような表情を浮かべていた。
「奥様、もう一つお伝えしなければならないことがあります」
アイランが顔を上げる。
「何かあったのですか?」
クロウが横へ身体をずらした。
後ろの馬から降りてきたラスティが、アーガを腕に抱いている。
「森で、赤ん坊を二人発見しました」
アイランの動きが止まった。
腕の中にいる赤ん坊を見下ろし、次にラスティが抱いているアーガを見る。
その言葉の意味を、すぐには理解できないようだった。
「二人……?」
「はい」
クロウが答えた。
「盗賊たちへ追いついたとき、一人は彼らが連れていました。もう一人は、近くの茂みに置き去りにされていたのです」
彼は二人の赤ん坊を見比べる。
「年齢もほとんど同じです。そのため、現時点ではどちらが奥様のお子様なのか、我々にも判断できません」
アイランは赤ん坊を抱いたまま、ゆっくりとアーガの前へ歩いてきた。
アーガも彼女を見つめ返す。
顔はひどく青ざめ、目元にはまだ涙の跡が残っていた。
それでも、自分とは何の関係もないかもしれないアーガを見る目に、嫌悪の色はなかった。
そこにあったのは、驚きと戸惑いだけだった。
「もう一人の子の両親は?」
「見つかりませんでした」
クロウが答える。
「周囲に大人の遺体はなく、身元が分かるものも残されていません。この子だけが、森の中に置き去りにされていたようです」
アイランはしばらく黙っていた。
やがて、小さな声で言う。
「ひとまず、中へ入りましょう」
一行はすぐに屋敷へ入った。
居間の明かりがすべて灯され、暖炉にも新しい薪がくべられる。
侍女たちは清潔な布と温かい湯を用意し、二人の赤ん坊の身体を確認した。
しかし、どれだけ見ても、誰一人として見分けることができなかった。
「こちらの子の方が、少し顔が丸いような……」
「もう一人の目元は、奥様に似ている気もします」
「こんなに小さな赤ん坊は、みんな似たようなものですよ。顔だけで判断するのは無理です」
執事も老眼鏡をかけ、長い間二人を見比べていた。
最後には、困り果てた様子で首を横に振る。
アイランは暖炉のそばに腰掛けていた。
腕の中には一人を抱き、もう一人は柔らかな敷物を載せた低いテーブルに寝かされている。
見慣れない、それでいてよく似た二つの顔を交互に見つめるうちに、彼女の表情はますます複雑なものへ変わっていった。
しばらくして、アイランはアーガのそばへ来た。
指先で、その頬へそっと触れる。
「この子には、本当に家族がいないのですか?」
扉の近くに寄りかかっていたクロウが、首を横に振った。
「少なくとも、我々には見つけられませんでした」
アイランはそれ以上、何も言わなかった。
アーガはすでにひどく疲れていた。
暖炉の温かさで冷え切っていた身体が少しずつ温まり、瞼も重くなっていく。
眠りに落ちる直前。
誰かが自分をそっと抱き上げた。
その腕は、とても優しかった。
やがて騎士たちは屋敷をあとにした。
最後に外へ出たラスティは、扉を閉める前にもう一度だけ振り返った。
アイランは今も暖炉のそばに座り、二人の赤ん坊を両腕に抱いていた。
扉が静かに閉じられる。
居間には再び静寂が戻り、薪が燃える音だけが小さく響いていた。
アイランは長い間、その場所に座り続けた。
眠りについた二人の顔を見下ろし、指先で毛布を優しく整える。
どちらが自分の産んだ息子なのか。
それを知る者は、誰もいなかった。
けれど、どちらか一人でも手放してしまえば。
自分の本当の息子を、永遠に失うかもしれない。
それに、もう一人の子供にも、帰る場所はなかった。
「二人とも、ここに残しましょう」
アイランは顔を上げ、そばに立つ執事を見た。
「決めました」
もう一度、腕の中の二人へ視線を落とす。
「この子たちは、二人とも私が育てます」
評価やブックマークをいただけると嬉しいです




