第196話 第一城区
その頃、アイラとイータは隣にある第一城区へ到着していた。
第一城区は、やはり第二城区よりも遥かに栄えている。広い通りには平らな石畳が敷き詰められ、その両側には商店が途切れることなく並んでいた。掲げられた看板も大きく、どれも美しく飾られている。
商会の馬車が道端へ停まり、揃いの制服を着た店員たちが入り口で客を迎えていた。外から訪れた旅人も多く、その賑わいに引き寄せられるように辺りを見回しながら歩いている。
最初のうち、アイラは道端に並ぶ服や装飾品、美しいガラス灯を楽しそうに眺めていた。
しかし少し歩いたところで、隣にいるはずの一人がいなくなっていることに気づく。
アイラは勢いよく振り返った。
イータは焼いた脚肉を売る屋台の前に立ち、台の上に並べられた肉を真剣に見つめていた。
「イータ、食べ物を見つけるたびに足を止めるのはやめてくれない?」
「美味しそうです」
「さっき第二城区でも食べたでしょう?」
「あれは、さっき食べた物です」
アイラはどう言い返せばいいのか分からず、深く息を吸った。
きちんと言い聞かせようとしたところで、屋台の主人が笑顔で声を掛けてくる。
「お嬢さん方、一つどうだい? 焼き上がったばかりだよ。外は香ばしくて、中は柔らかい」
イータはすぐにアイラを見た。
「どうして私を見るのよ?」
イータは何も言わず、ただ静かにアイラを見つめている。
その瞳は妙に落ち着いていたが、どういうわけか本当に食べたがっていることだけは、はっきりと伝わってきた。
二人はしばらく見つめ合った。
先に折れたのはアイラだった。
「一つください」
「毎度あり!」
主人はすぐに満面の笑みを浮かべ、大きな焼き肉を切り分けた。香辛料を振りかけ、紙袋へ入れてイータへ渡す。
イータは受け取ると、すぐに一口かじった。
その表情は見るからに満足そうだった。
「そんな調子だと、いつか私たちのお金を全部食べ尽くすわよ」
アイラは呆れた口調で言った。
「なくなりません」
「どうして分かるの?」
「アーガ様がお金を持っています」
アイラは一瞬黙り込んだ。
なぜか、とても筋が通っているように聞こえたのだ。
しかし、すぐに我に返って強く首を振る。
「違う。そういう考え方は駄目よ。私たちも少しは節約しないと」
「はい」
イータは真剣に頷いた。
その直後、次の屋台の前で再び足を止める。
アイラは彼女の視線を追った。
そこにあったのは、茸を乳脂で焼いた料理を売る屋台だった。
アイラはその場に立ち尽くし、長い間何も言わなかった。
第一城区には第二城区よりも食べ物を扱う店が多く、見た目も少し上品だった。
イータは焼いた脚肉、乳脂焼き茸、小さな杯に入った魚のスープ、香草パン、冷やした木苺水を順番に食べていく。
そのたびに「少しだけ味見します」と言うのだが、最後には必ず綺麗に食べ切っていた。
アイラは文句を言いながらも、何度も金袋へ手を伸ばした。
「これで最後だからね」
しばらくして。
「今度こそ、本当に最後よ」
さらに先へ進んだところで、アイラは耐えきれずに念を押した。
「イータ、聞いてる? これが今日の最後の、最後だからね」
イータは頷く。
「はい」
その瞬間、彼女は道端で甘い焼き栗を売る屋台を見つけた。
アイラはイータを見つめた。
イータもアイラを見つめ返した。
二人は無言のまま、しばらく視線を交わす。
「……小さい袋だけよ」
アイラは歯を食いしばりながら言った。
「はい」
焼き栗を買ったあと、アイラは歩きながらぶつぶつと呟いた。
「私、あなたを甘やかしすぎているわ。アーガ様がいるときも、いつもこうなの?」
「アーガ様がいるときは、こうなりません」
イータは栗の殻を剥きながら答えた。
「今日はなぜかとても楽しいので、食べたくなります」
そう言うと、剥いた栗をアイラの口元へ差し出した。
アイラは反射的に口を開き、そのまま食べてしまった。
柔らかな甘い香りが、ゆっくりと口の中へ広がっていく。
アイラは一瞬固まり、すぐに顔を背けた。
「まあ、普通ね」
イータはアイラを一度見たあと、もう一つ栗を剥いて差し出した。
今度のアイラはほとんど迷わず、自然に口へ入れた。
二人は第一城区で最も賑やかな通りを抜け、楕円形の小さな湖の北岸へやって来た。
こちら側は、第二城区に面した南岸よりも広く開けている。湖畔には長い木製の桟橋が造られ、その脇には何艘かの小舟が停められていた。
船首で写真を撮っている者もいれば、岸辺へしゃがみ込んで魚に餌を与えている者もいる。
湖面には空と遠くの城楼が映り込んでいた。風が吹くたび、明るい光が幾重にも広がっていく。
アイラは手すりに身体を預け、目の前に広がる湖を眺めた。
やがて、その表情が静かになる。
イータは隣に立ち、まだ食べ終えていない焼き栗の袋を抱えていた。
「綺麗でしょう?」
「はい」
「鉱山の街って、もっと荒れていて汚いと思っていたの。どこも灰だらけなのかと思ってた」
アイラは湖を見つめたまま言った。
「まさか、こんなに綺麗な場所だなんてね」
「山の上にある第四城区は、違うかもしれません」
アイラは顔を上げ、遠くの山へ目を向けた。
第一城区からも、小山の反対側へ続く山道の一部が見える。そこでは鉱車や守衛らしき姿が動いていた。
しかし距離が遠いため、どれも絵の中に描かれた小さな黒い点のようにしか見えない。
アイラは少しだけ眺めたあと、すぐに視線を戻した。
「今日はそういうことを考えないの」
アイラは言った。
「今日は遊びに来たんだから」
「はい」
アイラは身体の向きを変え、手すりへ背中を預けた。
その視線が、イータの持つ紙袋へ落ちる。
「あなた、本当にまだ食べられるの?」
イータは残った栗を確認した。
「食べられます」
「本当にすごいわね」
「食べますか?」
イータが紙袋を差し出す。
「いらないわよ」
そう言いながら、アイラの手はすでに紙袋の中へ伸びていた。
二人は湖畔でしばらく休んだあと、近くの小さな店へ土産物を買いに行った。
アイラが選んだのは、湖水色の小さなガラス瓶だった。
店員によれば、願い事を入れるための瓶らしい。
一方のイータは、小さな木彫りを選んだ。
丸々と太った湖鳥をかたどった木彫りで、ぼんやりとした目をしている。その姿がなぜかイータとよく似ていた。
アイラは木彫りを手に取り、長い間見比べたあと、堪えきれずに笑い出した。
「これ、あなたにそっくり」
イータは木彫りを見つめる。
「どこがですか?」
「ここよ」
アイラは木彫りの目を指差した。
イータは顔を下げ、しばらく真剣に木彫りを観察する。
「似ていません」
アイラはイータを見たあと、もう一度手の中の木彫りへ目を向けた。
その笑みは、先ほどよりも深くなった。
「似てるわ」
イータはそれ以上言い争うことなく、その木彫りを購入した。
その後、アイラは別の露店で二本の組紐を買った。
一本は赤色で、もう一本は濃い青色だった。
「これはあなたの分」
アイラは濃い青色の組紐をイータへ差し出した。
「どうしてですか?」
「お土産よ」
アイラは答えた。
「遊びに来たなら、お土産くらい必要でしょう?」
イータは手の中にある組紐を見つめた。
少ししてから、真剣な表情で自分の手首へ結びつける。
アイラはイータが組紐を結ぶ姿を眺め、密かに口元を緩めた。
すぐに自分の手首へ赤い組紐を巻きつけ、わざとイータの前で揺らしてみせる。
「ほら、一緒に買った物みたいでしょう?」
「はい」
「みたいじゃなくて、本当に一緒に買ったのよ」
第一城区で過ごす午後の時間は、あっという間に過ぎていった。
太陽が少しずつ西へ傾くにつれ、湖の色も明るい青から、金色を帯びた暖かな色へ変わっていく。
通りを歩く人の数は減っていない。
むしろ夕方が近づいたことで、さらに賑やかになっていた。
多くの店が次々と灯りをつけ、香辛料と焼き肉の匂いが再び通りを満たしていく。
夕日が沈み始める頃、アイラとイータも第一城区から続く橋を渡り、宿へ戻る道を歩き始めた。
アイラは土産物を入れた小さな袋を抱えている。
イータの手には、最後に買った焼き栗の袋が残っていた。
湖から吹く風が橋の上を通り抜ける。
アイラの手首に結ばれた赤い組紐が静かに揺れ、それに合わせるように、イータの濃い青色の組紐も小さく動いた。
「今日はどうだった?」
「とても楽しかったです」
「たくさん食べたから?」
イータは真剣に考えた。
「アイラが、たくさん買ってくれたからでもあります」
アイラは小さく鼻を鳴らす。
「分かっているならいいわ。これからも、私があなたに優しくしていることを覚えておきなさい」
「はい。覚えています」
アイラは何気なく言っただけだった。
しかしイータがあまりにも真剣に答えたため、逆に恥ずかしくなってしまう。
アイラは顔を背け、橋の下に広がる湖を眺めた。
「なら、いいのよ」
黄昏が少しずつ降り始め、嵐湾城を構成する四つの城区が柔らかな夕日へ染まっていく。
山上の第四城区では、遠くに鉱山灯が灯り始めていた。
山の下にある第一城区、第二城区、第三城区でも、次々と街灯が明かりを放つ。
二つの湖は砕かれた金色の鏡のように、橋や軒先、船の影、行き交う人々の姿を映していた。
この日は危険もなく、すぐに解決しなければならない問題もなかった。
あったのは食べ物の香り。
大道芸へ送られる拍手。
湖から吹いてくる風。
髪に飾られた新しい装飾品と、手首に結ばれた組紐。
そして見知らぬ街の中で、少年少女たちが束の間手に入れた穏やかな楽しさだけだった。
しかし、さらに先へ進むにつれて、周囲を歩く人の姿が少しずつ減っていった。
あまりにも少ない。
不自然に感じるほどだった。
アイラの足取りが徐々に遅くなり、顔に浮かんでいた笑みも消えていく。
「何か、おかしい……!」




