第191話 仲間入り?
夜の帳が完全に下りると、四人はそれ以上長居しなかった。
今の暮星城は、彼らにとってあまりにも危険だった。
昼間、アーガとアイラは変装して街へ入ることができた。しかし城門には多くの人が行き交い、指名手配書も古新聞も残されている。
誰か一人でも二人の目撃情報を伝えれば、公会と城衛所がすぐにここまでやってくるだろう。
「今夜のうちに出る」
アーガは荷物の口をしっかりと縛った。
「明日まで待たない」
リナは金貨と上等な魔晶石を改めて包み直し、いくつかに分けて別々の場所へ隠した。
イータも自分の小さな荷物を背負う。
アイラは大きな外套へ着替え、帽子を深く被った。尖った耳も銀白色の長髪も、すべて覆い隠されている。
宿屋の主人は、詳しい事情を尋ねなかった。
リナたちは一年間ここで暮らしてきた。おそらく主人も、二人が街を離れようとしていることに気づいていたのだろう。
残りの宿代を受け取ると、小さく溜息をついた。
「道中、気をつけるんだぞ」
四人は裏口から宿屋を出た。
アーガは西門も北門も選ばなかった。
どちらも公会や大通りに近く、夜になっても巡回する兵士が多い。
南門は南山に近いうえ、前年には竜魔獣による被害も発生していた。夜間に利用する者は少なく、門番の警戒も昼間より緩いはずだった。
通りを歩く人影は、ほとんどなかった。
暮星城の灯りが窓から漏れ、酒場からは微かな笑い声が聞こえてくる。
表面だけを見れば、ここは今も繁栄した立派な街だった。
ただし、彼らが留まれる街ではない。
アイラは一行の後方を歩いていた。
ずっと思い詰めたような表情を浮かべ、何度もアーガの背中を見上げては、言葉を呑み込んでいる。
アーガは気づいていないようだった。
あるいは気づいていても、自分から尋ねようとはしなかった。
南門が近づいた頃、アイラはようやく勇気を振り絞った。
「アーガ、私……」
最後まで言い終える前に、背後の路地から突然足音が響いた。
数人の男たちが暗がりから飛び出してくる。
そのうちの一人が灯りを掲げ、四人の顔を照らした。
「やっぱり間違いない!」
男は大声で叫んだ。
「アーガとアイラだ! みんな、捕まえろ!」
イータの顔色が変わる。
「見つかったんですか? いつから?」
アーガは振り返らず、三人を連れて南門へ向かって走り出した。
「さあな」
声を低くして答える。
「昼間は人が多かった。いずれ気づかれるとは思っていた」
「それで、どうするの?」
リナが走りながら尋ねた。
「逃げる」
背後から追っ手の叫び声が響き始めた。
騒ぎを聞きつけた近くの門衛たちも、すぐにこちらへ向かってくる。
アイラは一番後ろから走っていた。
夜風に外套を捲り上げられ、帽子も落ちかける。
片手で帽子のつばを押さえたが、足を緩めることはなかった。
南門は、もう目の前だった。
二人の門衛が騒ぎに気づき、武器を抜いて道を塞ごうとする。
しかし、その前にリナが手を上げた。
石畳の隙間から、何本もの蔓が勢いよく伸びる。
蔓は左側の門衛の足首へ巻きつき、力任せに引き倒した。
もう一人の門衛が振り返ったときには、イータが地面へ手を触れていた。
氷が石畳の上を急速に広がり、門衛の足元を覆う。
一歩踏み出した瞬間、男の身体が大きく滑った。
背中から門柱へ激突し、低い呻き声を上げる。
「行くぞ!」
アーガを先頭に、四人は城門を駆け抜けた。
アイラは門を出る直前、一度だけ背後を振り返る。
城内からは激しい怒鳴り声が響いていた。
しかし、実際に門の外まで追ってくる者は少ない。
何人かの門衛が入り口まで走ってきたものの、そこで明らかに動きを鈍らせていた。
まるで、何かの命令を待っているようだった。
彼らを発見した者たちも、離れた場所で叫ぶばかりで、先頭に立って追いかけようとはしない。
リナも異変に気づいた。
「あまり本気で追ってきていない」
「どうしてでしょう?」
イータも不思議そうに尋ねる。
アーガは走りながら一度息を吐き、僅かに口元を動かした。
「さあな。親切な人間でもいるんじゃないか?」
暮星城の城壁の上では、城主オースティン・グレイヴンが暗がりに立ち、南門の向こうへ消えていく四人の姿を見つめていた。
そばに立つ副官が、声を潜めて尋ねる。
「閣下、追跡を続けますか?」
オースティンはすぐには答えなかった。
南門の外で少しずつ遠ざかっていく人影を見つめ、そのあと、今も灯りの消えない街並みへ目を向ける。
かつて、晨星の家の地下牢が明るみに出た。
アーガがいなければ、暮星城の醜聞はさらに深く埋められていただろう。
南山討伐では大きな犠牲を出した。
それでもアーガが竜魔獣の数を減らす計画を立てていなければ、その後の討伐では、さらに多くの死者が出ていたはずだ。
この街は、あの少年へ多くの借りがある。
そして、犯罪者へ仕立て上げられたエルフにも、一つの説明をする義務があった。
しかし、その説明を口にすれば、あまりにも多くの体面ある人間が巻き込まれる。
オースティンはしばらく沈黙したあと、静かに言った。
「追跡をやめさせろ」
副官が一瞬目を見開いた。
「しかし、指名手配書が……」
「夜間に人を見間違えることなど、初めてではない」
オースティンは淡々と答えた。
「もう十分だ」
副官は頭を下げた。
「承知しました」
オースティンは南山の方角へ目を向け、心の中で静かに溜息をついた。
――アーガ。
――お前はこの街のために、十分なことをしてくれた。
――今夜のことは、その礼だと思ってくれ。
◇
街の外へ出た四人は、城壁が見えなくなるまで走り続けた。
森の近くまで来て、ようやく足を止める。
イータは木へ手をつき、荒い息を吐いた。
耳は今も後方の物音へ注意を向けている。
「追ってきていません」
リナも長い間来た道を見つめた。
火の灯りが一つも見えないことを確認してから、ようやく息を吐く。
「本当に、追跡してこないみたいね」
アーガは背負っていた荷物を下ろし、大きく息を吐いた。
「運がよかったな」
アイラは少し離れた場所へ立ち、黙っていた。
夜風が森を吹き抜け、草木の匂いを運んでくる。
暮星城の灯りは遠くでぼやけた光の塊となり、彼らとの間には、もう戻れない何かが横たわっているように見えた。
アーガはアイラへ目を向けた。
「ここまでだな」
アイラが顔を上げる。
「え?」
「俺たちは、このまま北へ向かう」
アイラの指が僅かに強張った。
アーガは彼女を見つめたまま、普段と変わらない口調で尋ねる。
「お前は、これからどこへ行くつもりだ?」
アイラは顔を伏せた。
分からなかった。
エルフの里からは、自分の意思で逃げ出してきた。
暮星城には戻れない。
サミュエルには裏切られ、エイヴンも信頼に値する人間ではなかった。
晨星の家は、今では悪夢の一部になっている。
この世界で、自分には再び行く場所がなくなってしまったようだった。
アーガはしばらく返事を待った。
「答えないのか?」
少しして、肩をすくめる。
「秘密ということか」
そう言って、リナとイータへ顔を向けた。
「それじゃ、俺たちは行くぞ」
イータは目を見開いた。
「え?」
リナもアーガを見たが、すぐには何も言わなかった。
アイラはその場に立ったまま、今の言葉によって静かに突き放されたような気持ちになった。
どうにか小さく頷き、反対方向へ身体を向ける。
「それでは……また、縁があれば」
アーガは彼女を呼び止めなかった。
リナとイータを連れ、そのまま先へ歩き始める。
アイラも少しずつ離れていった。
一歩。
二歩。
夜風が外套を揺らし、帽子のつばが彼女の表情を隠している。
歩みは次第に遅くなり、最後には森の端で完全に止まった。
足元の草を見下ろす。
この一年間、何度も考えていた。
氷の谷を出ることができたら、自分はどこへ行くのか。
しかし実際にここまで来て、ようやく分かった。
自分が行きたい場所は、どこかの街ではない。
エルフの故郷でもない。
アーガのそばだった。
拒絶されるのが怖かった。
アーガにとって自分は、かつて彼を傷つけ、その後で助けられただけの人間にすぎないのではないか。
ずっと、そのことを恐れていた。
だが、今ここで言わなければ、もう二度と伝えられないかもしれない。
そう思った瞬間、アイラは勢いよく振り返った。
そして、アーガのもとへ駆け戻る。
「アーガ!」
アーガが足を止め、振り向いた。
アイラは彼の前まで走ってきた。
呼吸は少し乱れていたが、瞳は先ほどよりも遥かに明るい。
「私も連れていってください!」
最初は震えていた声が、言葉を重ねるにつれて、少しずつはっきりしていく。
「私も、あなたと一緒に旅がしたい!」
リナとイータは、何も言わずに二人を見つめていた。
アイラは外套の端を両手で強く握り締める。
「もう一度、誰かを信じてみたいの」
アーガはすぐには答えなかった。
アイラの胸が大きく跳ねる。
呼吸まで苦しくなった。
夜風が二人の間を吹き抜けていく。
暮星城の灯りは遥か遠く、森から聞こえるのは虫の声と、緊張したイータが息を殺している音だけだった。
しばらくして、アーガは不意に笑った。
「ずいぶんな覚悟だな」
アイラは僅かに目を見開く。
アーガは彼女を見ながら続けた。
「旅はかなり厳しいぞ」
アイラの瞳が、一気に輝いた。
一年間押し込めていた感情を、もう抑えることができなかった。
そのままアーガへ向かって飛びつく。
アーガは、彼女が突然突進してくるとは少しも思っていなかった。
「おい――」
言い終える前に、アイラが胸元へ飛び込んだ。
勢いを受け止めきれず、アーガは足を滑らせ、そのまま後ろへ倒れ込む。
どさり、と大きな音がした。
二人は揃って草の上へ倒れた。
アーガは仰向けになり、背負っていた荷物が下敷きとなって、騒がしい音を立てる。
アイラは彼の上へ覆い被さり、両腕で強く抱き締めていた。
顔を胸元へ埋め、少しでも力を緩めれば、また消えてしまうと恐れているようだった。
「アーガ様……」
アーガは地面へ倒れたまま、身体を強張らせていた。
しばらく動くことができない。
リナとイータも呆然としている。
夜風が森を通り抜け、周囲の草を静かに揺らした。
アイラは顔を上げた。
目元は赤くなっている。
それでも、心から嬉しそうに笑っていた。
「これからは、私もそう呼んでいいですか?」
間近にあるアイラの顔を見た瞬間、アーガの耳が一気に赤くなった。
「とりあえず、上から退け」
「好きです、アーガ様」
その言葉を聞いた瞬間、そばにいたリナとイータの顔まで赤くなった。
イータの耳が勢いよく立ち上がり、すぐに力なく垂れる。
聞いていてもいいのか判断できないようだった。
リナは顔を背けて一度咳払いをしたが、頬の赤みを完全には隠せなかった。
アーガは草の上へ倒れたまま、珍しく何も言い返すことができなかった。
アイラは彼を抱き締め、ようやく自分が掴みたかったものへ手が届いたように見えた。
恐ろしくなかったわけではない。
過去の裏切りを忘れたわけでもない。
それでも彼女は、もう一度信じることを選んだ。
アーガは自分を抱き締めるアイラを見つめた。
長い間黙っていたが、最後には片手を上げ、彼女の肩へそっと触れた。
「まず移動するぞ」
彼は言った。
「追いつかれたら面倒だ」
アイラは顔を上げる。
アーガは彼女を押し退けなかった。
ただ、先ほどよりも少し低い声で続ける。
「それから、旅の途中で後悔するなよ」
アイラは笑顔で首を横に振った。
「しません」
イータが小さな声で尋ねる。
「それでは、アイラお姉さんも私たちと一緒に行くんですか?」
アーガはイータを一度見て、続いてリナへ目を向けた。
リナは小さく溜息をついたあと、僅かな笑みを浮かべる。
「どうやら、そうみたいね」
イータの尻尾が、ようやく嬉しそうに揺れ始めた。
「よかったです」
アーガは荷物を背負い直し、森の奥へ向かって歩き始めた。
リナがそのあとに続く。
イータはアーガの隣へ駆け寄り、アイラも涙を拭って帽子を被り直すと、反対側へ並んだ。
暮星城の灯りは、歩くたびに少しずつ遠ざかっていった。
晨星の家。
南山の雪崩。
氷の谷で過ごした、長い冬。
そのすべてが、あの街と山の中へ残されていく。
そして、彼らの前には、今も長い道が続いていた。




