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追放された転生貴族の俺、基礎カード魔法で少女たちと運命を切り開く  作者: 夜神智
暮星城編

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第188話 雪山を抜けて

アイラは足を止めた。


通路の先から差し込む光を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。


アーガも一度立ち止まる。


二人は一年もの間、出口を探し続けてきた。それなのに、実際に見つけた瞬間は、想像していたほど興奮しなかった。


おそらく、この一年があまりにも長かったからだ。


毎朝目を覚ませば、同じ氷壁が目に入る生活。焚き火、薬草、訓練、見回り、言い争い、そして沈黙。


そんな日々に、二人はとうに慣れてしまっていた。


アイラは谷底を振り返った。


ここからなら、一年間暮らしてきた洞穴が見える。入り口の脇にはアーガが集めた薪が積まれ、焚き火はすでに消えて、黒く焦げた石だけが輪のように残っていた。


洞穴の壁には乾燥させた薬草が吊るされ、隅にはアイラが調合した薬の粉や、アーガが訓練に使っていた石が置かれている。


あの場所は、彼女を閉じ込めた。


同時に、彼女を救った場所でもあった。


凍え死にかけたこともある。


だが、人に裏切られることも、利用されることも、何かと交換できる商品として扱われることも恐れずに過ごせたのは、あの場所が初めてだった。


アーガが横目で彼女を見る。


「名残惜しいのか?」


アイラは小さく首を横に振った。


しかし、自分でもどう答えればいいのか分からないようだった。


「ただ……」


一度言葉を止め、ごく小さな声で続ける。


「この一年は、私にとって、それほど悪いものではなかったと思って」


アーガは何も答えなかった。


アイラは自分の手首を見下ろす。


枷の痕はすでに薄れ、今では僅かな輪のような跡しか残っていない。


それでも、公会の前へ連行されたときに向けられた人々の視線は覚えていた。エイヴンが枷を外してくれたときの穏やかな表情も、竜王の前へ突き飛ばされたとき、肩へ置かれた手の力も忘れていない。


「あなたがいなければ、私は絶対にここまで生きられなかった」


アイラが言った。


アーガはしばらく黙っていた。


「お前がいなければ、俺も生き残れたとは限らない」


アイラが顔を上げる。


アーガは縄をまとめながら、いつもと変わらない口調で続けた。


「だから、一方的に俺へ借りがあるような言い方をするな」


アイラの目元が僅かに熱くなった。


顔を伏せ、小さく笑う。


「あなたって、本当に聞こえのいいことが言えないのね」


今度は、はっきりと笑い声が漏れた。


その声は氷の隙間を通り抜け、すぐに外の風へさらわれていった。


アイラは、それ以上何も言わなかった。


アーガがまだ自分を完全には受け入れていないことを知っている。


それは彼が冷たいからではない。


過去を忘れていないからだ。かつてアイラが彼へ攻撃したことも、傷つけたことも覚えている。


命を救い、世話をし、一年間共に生き延びたからといって、それまでの出来事が一言で消えるわけではない。


それでも、彼はもうアイラへ敵意を向けてはいなかった。


今は、それだけで十分だった。


アーガは先へ進み、短刀で通路を塞ぐ薄い氷を叩き割った。


「行くぞ」


アイラは頷き、後に続いた。


通路の出口は酷く狭く、二人は冷たい水と砕けた石の間を押し分けるようにして、ようやく外へ這い出した。


外の陽光は、目が痛くなるほど眩しかった。


夏の風が頬へ触れた瞬間、アイラはむしろ違和感を覚えた。


山の斜面へ立ち、遠くまで続く森林と、そのさらに先にある街道を見渡す。


長い夢から、突然目を覚ましたような感覚だった。


アーガも目を細め、山の麓を見下ろした。


南山の雪はすでに高所まで後退し、中腹より下には広い緑が戻っている。


遠くには商業街道が見え、その上を小さな馬車の影が動いていた。


さらに向こうには、暮星城の城壁がある。


街の中には時計塔がそびえ、灰白色の尖った屋根が陽光の下ではっきりと見えた。


アイラも彼の視線を追い、僅かに息を止める。


暮星城。


かつて、自分はあの街で死ぬのだと思っていた。


その後は、二度と戻れないのだとも思っていた。


アーガは外套のフードを深く被り直し、アイラを一度見る。


「すぐには街へ入らない」


彼は言った。


「状況を確かめてからだ」


アイラは頷いた。


二人は山道に沿って下り始めた。


アーガの足取りは、一年前よりも遥かに安定していた。足場の悪い場所へ差しかかると、先に自分で踏んで安全を確かめてから、アイラを通らせる。


アイラは礼を言わず、ただ彼が選んだ足場を一つずつ覚えながら後を追った。


暮星城の外へ続く街道まで近づいた頃には、すでに日が傾き始めていた。


城門には多くの人が行き交い、商隊が列を作って入城を待っている。


アーガとアイラは人混みの後方へ紛れ込み、少し離れた場所から門番たちの様子を観察した。


城門の周辺は、アーガが想像していたよりも混雑していた。


夏を迎えた暮星城には、以前の賑わいが戻っている。商隊の馬車が硬く乾いた道を進むたびに、車輪が薄い土埃を巻き上げた。


南山方面から戻ったばかりらしい冒険者たちも、道端に座って休んでいる。鎧にはまだ泥や血がついており、最近また山中の魔物が増えてきたと、門番へ話していた。


あの指名手配書も、今なお掲示板へ貼られていた。


似顔絵はそれほど精巧ではない。


だが、彼女を知る者なら十分に判別できる程度には特徴を捉えていた。


尖った耳。


銀白色の長髪。


エルフの薬師。


晨星の家事件の容疑者。


それだけの特徴が揃えば、ほかの誰かと間違えることはほとんどない。


しばらく指名手配書を見つめたあと、アーガはアイラを人目の少ない方へ寄せた。


「まだ入るな」


アイラは何も言わず、小さく頷いた。


氷の谷を出たばかりの彼女は、衣服を一応整えてはいたものの、酷く古びていることに変わりはなかった。


アーガも同様だった。外套は何か所も破れ、長靴は山の泥に覆われている。髪も一年前より長くなり、顔には薄い傷痕がいくつか残っていた。


そのおかげで今の二人は、指名手配書の人物というより、山から命からがら戻ってきた冒険者に見えた。


城門の近くでは、列に並ぶ何人かが掲示板を囲み、小声で話していた。


「このエルフの薬師、まだ捕まっていないのか?」


「もう一年だぞ。とっくに遠くへ逃げているだろ」


「分からないぞ。南山の雪崩じゃ大勢死んだらしいし、埋まっているかもしれない」


「俺に言わせれば、晨星の家の一件は絶対にもっと複雑だ。サミュエルが畜生だったのは間違いないが、このエルフは毎日あそこにいたんだろ? 本当に何も知らなかったのか?」


アイラの指が、静かに握り締められた。


アーガは彼女を一度見たが、何も言わなかった。


少し離れた場所では、別の名前が話題に上がった。


「そういえば、去年、晨星の家の事件を暴いたアーガって、赤骸城で指名手配されていた奴だったんだろ?」


「ああ、俺も新聞で読んだ。戦闘カードを使うらしい。それも普通のカードじゃなくて、強化された基礎カードだ」


「当時、公会の連中が変な奴だと言っていたのも当然か。どうやって地下牢を見つけたのかと思っていたが、赤骸城から逃げ出せるような奴だったんだな」


「それで、結局死んだのか?」


「誰が知るか。南山の雪崩のあと、仮面戦隊の小隊も解散しただろ。あの二人の女は、今も暮星城で依頼を受けているらしいが」


アーガはそれまで顔を伏せ、黙って会話を聞いていた。


しかし、その言葉を耳にした瞬間、目つきが僅かに変わった。


すぐには何も言わず、アイラを連れて城門の外側にある露店のそばまで移動する。


「おかしい」


アイラが顔を上げた。


「何が?」


「連中は知りすぎている」


アーガは声を潜めた。


「晨星の家の事件が広まるのは不自然じゃない。だが、赤骸城と戦闘カードのことまで新聞に出たということは、誰かが両方の情報を結びつけたということだ」


アイラの表情も険しくなった。


「では、あなたも危険なのね」


「ああ」


アーガは城門へ目を向けた。


「元の身分のまま入るわけにはいかない」


近くに古着と雑貨を売っている露店を見つけ、銅貨数枚で埃っぽい上着を二着と、つばの広い帽子、古びた襟巻きを買った。


アイラは長い髪をできる限りまとめ、襟巻きで耳を隠す。顔も半分だけ見えるようにした。


アーガは泥と灰を一掴みして顔の横へ塗りつけ、髪もわざと乱した。


その手慣れた動作を眺め、アイラはしばらく黙っていた。


「以前も、よくこういうことをしていたの?」


「時々な」


アーガは答えた。


「指名手配されている人間なら、多少は覚える」


あまりにも自然に言うため、アイラは返す言葉を失った。


二人は改めて入城待ちの列へ並んだ。


前にいる冒険者たちは、自分たちが山で氷爪狼を二頭倒したことを、門番へ得意げに話している。


門番は明らかに聞き飽きている様子で、身分札と戦利品を簡単に確認しただけで、彼らを通した。


アーガたちの番になると、門番は顔を上げて二人を見た。


「どこから戻った?」


アーガは一度咳き込み、普段よりも掠れた声を作った。


「南側の山道だ。魔物を片づける小さな依頼を受けたが、何日も道に迷って、危うく凍え死ぬところだった」


門番は二人の服についた泥と破れた箇所を見たあと、アイラへ視線を移した。


「そっちの女は、なぜ喋らない?」


「寒さで喉を傷めた」


アーガは事前に考えていた説明を口にする。


「途中で冒険者を何人か見かけた。名前は確か……ローセンとバト、それから弓を背負った女だった。最近の南山は危険だから、街道を外れるなと言われた」


それらの名前は、列に並んでいる間、近くの冒険者たちの会話から拾ったものだった。


本当に存在するかどうかは重要ではない。


それらしく聞こえれば、それでよかった。


門番は予想どおり、それ以上追及しなかった。


「最近は山の魔物が増えている。余計な場所へ近づくな。入城したら公会へ報告しておけ」


「分かった」


アーガは顔を伏せ、アイラを連れて城門を通った。


しかし門を抜けても、公会の方角へは向かわない。


最初に立ち寄ったのは、新聞を扱う小さな店だった。


古新聞は店先の棚の脇へ、日付ごとに束ねられて積まれている。


アーガはここ数か月分を選び、さらに去年の南山雪崩以降に発行されたものも何部か探し出した。


店主は大量に買う姿を見て、何かの下敷きにでも使うのだと思ったのか、安くしてやると気軽に言った。


代金を支払った二人は、近くの狭い路地へ入った。


アーガは素早く新聞をめくっていく。


最初に見つけたのは、南山討伐に関する記事だった。


『南山討伐隊が雪崩に遭遇――多数の冒険者が行方不明』


『竜魔獣被害が拡大、公会が討伐隊を再編成』


『エルフの薬師アイラ、逃亡の疑い――城衛所が捜査協力を要請』


さらに後の記事へ進むにつれ、アイラに関する書かれ方は次第に悪意を増していった。


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