第174話 作戦会議
翌朝になっても、雪はまだ降り続いていた。
ただし、昨夜よりは少し弱まっている。
アーガが窓を開けると、冷たい風とともに細かな雪粒が部屋へ吹き込んできた。
布団の中で丸くなっていたイータの耳が寒さで震え、慌てて尻尾をさらに強く抱きしめる。
「寒い……」
リナはすでに上着を着終えており、窓辺へ歩み寄って通りを見下ろした。
街はほとんど一面の白に覆われていた。
石畳の道は雪に埋まり、馬車の車輪が深い跡を残している。数人の店主がシャベルを手に、店先の雪を片づけていたが、少し掻き出しても、すぐに風で運ばれてきた雪に覆われてしまう。
遠くの屋根も、時計塔も、花台も、すべて白く染まっていた。
今は夏のはずなのに、暮星城だけが一夜にして冬へ引きずり込まれたかのようだった。
アーガはしばらく外を眺めてから、窓を閉めた。
「今日は出発できないな」
イータが布団から顔を覗かせる。
「どうしても無理ですか?」
「城門の外は、ここよりもっと酷いはずだ」
アーガは昨日買っておいた薬剤と保存食を、もう一度鞄の中へ戻した。
「こんな天気で無理に進めば、馬車は雪にはまり、人も道を見失う。誰かに刃物を突きつけられでもしない限り、俺は今日、城を出るつもりはない」
リナは机の上にまとめられていた荷物を見て、軽く溜息をついた。
「昨日までは、今日中に買い物を終えて、出発の準備ができると言っていたのに」
「計画は魔物には勝てないからな」
アーガは帽子を手に取り、もう一度窓の外へ目を向けた。
「ひとまずギルドへ行こう。昨夜あれだけの騒ぎになったんだ。今日は何か情報が出ているはずだ」
イータはすぐに身体を起こした。
「私も行きます」
「その前に、もっと厚着しろ」
アーガは言った。
「まだ城から出てもいないのに、先にお前が風邪を引くのは困る」
イータは慌てて頷き、上着へ腕を通した。
リナはさらに鞄から古いマフラーを取り出し、イータの首へ巻いてやる。
顔の半分まで布に埋まったイータが、くぐもった声で尋ねた。
「リナお姉ちゃん、私、変じゃないですか?」
「少なくとも暖かいわ」
リナが答えた。
アーガはその姿を見て、思わず笑った。
「きれいに梱包された白い獣人みたいだな」
「アーガ様!」
三人が階下へ下りると、宿の一階にいる客は普段よりずっと少なかった。
女将は入り口に立ち、険しい顔で雪を眺めている。
本来なら城を出る予定だった商人たちが、荷物を足元に積み上げたまま隅の席へ座り、突然の大雪を小声で罵っていた。
「南門は閉鎖されたらしい」
商人の一人が言った。
「城衛の話じゃ、門の外は道がまったく見えないそうだ。試しに出た馬車隊も、半刻もしないうちに戻ってきた」
別の男が机を叩く。
「今は夏だぞ! どこからこんな大雪が降ってきたんだ?」
誰も答えなかった。
その疑問には、昨夜から誰一人として答えを出せていない。
アーガたちは宿を出ると、中央通りを冒険者ギルドへ向かって歩いた。
通りを行き交う人の数は、普段より明らかに少ない。
イータはしばらく空を見上げたあと、不安そうな声を漏らした。
冒険者ギルドの入り口には、すでに大勢の人が集まっていた。
普段なら掲示板へ貼られている低級依頼書は半分以上が撤去され、入り口には数人のギルド職員と城衛が立っている。
彼らは、通常の依頼を受けようとする冒険者たちを説得し、帰らせていた。
ホールの中にはさらに多くの者が集まっていたが、いつもの騒がしさはない。
数台の長机が中央へ移動され、その上には地図、負傷者の記録、破損した鱗、引き裂かれた装備などが並べられていた。
エイヴン、レックス、カロもいる。
ギルド長は地図のそばに立っていた。
その顔色は昨夜よりもさらに悪い。
城主も来ていた。
厚手の濃色の長衣をまとい、数人の城衛軍士官を従えている。
アーガは以前、遠くから一度だけ城主を見たことがあった。
そのときは、贅沢な暮らしに慣れた貴族という印象しか持たなかった。
しかし今、冒険者ギルドのホールに立つ城主の顔に、笑みは欠片もなかった。
「本当に大事になったようですね」
リナが声を潜める。
アーガは前へ割り込まず、リナとイータを連れて壁際の隅へ向かった。
会議用の机からは少し離れているが、話を聞くには十分な距離だ。
腰を下ろすと、すぐにギルドの給仕が熱い茶の入ったポットを運んできた。
どうやら、周囲で会議を聞く冒険者たちのために用意されたものらしい。
アーガは一杯注いだ。
粗末な茶には僅かな苦味があったが、冷えた身体を温めるにはちょうどよかった。
イータはホール中央に集まった者たちを眺め、小声で尋ねる。
「あの人が城主様ですか?」
「ああ」
「すごく怖い顔をしています」
「こんなときに笑っている方が怖いだろ」
その後も、数組の冒険者小隊が次々とホールへ入ってきた。
外套を羽織っている者もいれば、昨夜の巡回でついた雪水を身体に残したままの者もいる。
人がほぼ揃ったところで、ギルド長がようやく手を上げ、静かにするよう合図した。
「昨夜から現在までに、ギルドが収容した者は、重傷を負った冒険者七名、城衛三名。さらに四名が行方不明となっている」
ギルド長の声は決して大きくなかった。
それでも、ホール全体が一瞬で静まり返る。
「生存者の証言によれば、彼らは全員、南山の中腹から山頂にかけての区域で襲撃を受けた」
ギルド長は一度言葉を切った。
「襲撃者は、竜魔獣であることが確認された」
ホールのあちこちから、息を呑む音が聞こえた。
昨夜の時点ですでに多くの者が予想していた。
しかし、ギルド長の口から実際に「確認された」と告げられると、場の空気は一気に重くなった。
ギルド長は止まらずに続ける。
「南山では、過去にも竜魔獣の活動が確認されている。だが、その数は極めて少なく、数年に一度、僅かな目撃情報が出る程度だった」
「通常、奴らは山頂や、そのさらに奥にある断崖付近から離れない。薬草採取の経路へ自ら近づくこともなければ、複数の小隊を続けて襲うようなこともなかった」
ギルド長は机の上の地図を指差した。
地図には、濃淡の異なる線で南山の山道が描かれている。
山頂付近には赤い円が書き込まれ、その範囲は下方へ伸び、すでに山の中腹近くまで達していた。
「だが、今回は違う」
ギルド長の指が、地図上の複数の地点をなぞる。
「傷の大きさ、襲撃された方角、鳴き声が聞こえた位置から判断して、襲撃者は一頭ではない可能性が高い」
彼はホール全体を見渡した。
「控えめに見積もっても、少なくとも八頭だ」
その瞬間、ホールは完全に騒然となった。
「八頭だと?」
「ふざけるな!」
「南山に、どうして突然そんな数の竜魔獣が現れるんだ?」
「奴らがさらに山を下りてきたら、南側の村はどうなる?」
「商路もあの近くを通っているんだぞ!」
レックスが拳を机へ叩きつけた。
衝撃で、置かれていた数枚の鱗が跳ね上がる。
「静かにしろ! 騒いで何になる!」
その怒鳴り声で、ホールの声はようやく少し収まった。
ギルド長はレックスを一瞥したが、咎めることはしなかった。
そのまま説明を続ける。
「現時点で考えられる最悪の状況は、竜魔獣がすでに南山で群れを作り、繁殖しながら山麓へ狩り場を広げ始めていることだ」
「昨夜の大雪も、奴らの活動と関係している可能性がある」
「奴らがいつ、さらに山を下りるかは分からない」
ギルド長の声が一段低くなる。
「だが、このまま放置すれば、南山の麓にある村、薬草の採取経路、商路、そして暮星城の南側城壁までが危険範囲へ入る。それだけは間違いない」
イータの顔から、僅かに血の気が引いた。
リナも唇を固く結んでいる。
アーガは茶杯を持ったまま、地図に描かれた赤い円を見つめていた。
八頭の竜魔獣。
しかも、さらに山を下りてくる可能性がある。
これでは、今日暮星城を出られないというだけではない。
仮に雪が止んだとしても、南や東へ向かう道が安全とは限らない。
三人は閉じ込められた。
城壁に閉じ込められたのではない。
南山にいる竜魔獣の群れによって、暮星城から動けなくなったのだ。
城主がようやく口を開いた。
「城衛軍には、すでに南側城壁と南門の警備を強化させている」
低く、重い声だった。
「だが、城壁は最後の防衛線だ。暮星城は、奴らが城下へ到達するまで何もせずに待っているわけにはいかない」
ギルド長が頷く。
「そのため、冒険者ギルドは討伐隊を組織することを決定した」
彼は地図の上へ手を置いた。
「南山へ入り、巣の位置を確認する。そして可能な限り、竜魔獣を排除する」
その言葉が告げられた瞬間、ホールは逆に静まり返った。
先ほどまで怒鳴り、悪態をついていた者たちも、突然口を閉ざした。




