第170話 面会
三人が食堂を出たとき、外には変わらず明るい日差しが降り注いでいた。
通りには多くの人が行き交い、新聞売りの少年が刷り上がったばかりの新聞を抱えて石畳の上を駆けていく。
「《晨星の家》事件の続報だよー!」
少年はそう叫びながら、人混みの間を走り抜けていった。
花屋の前では、貴族らしい身なりをした婦人たちが声を潜めて話している。エイラの名前が出るたび、彼女たちは無意識に扇で口元を隠していた。
暮星城は、何一つ変わっていないように見えた。
城衛所の牢獄は、冒険者ギルドから二本ほど通りを隔てた場所にある。
灰白色の石壁が建物を囲み、門の前には鉄鎧を身につけた二人の衛兵が立っていた。
二人も新聞を読んでいたのだろう。
アーガたちが近づくと、そのうちの一人が三人を注意深く観察した。アーガの顔へ目を向けたところで、どこかで見覚えがあるように眉を寄せる。
今のアーガは髪色と眉の形を変え、さらに帽子まで被っていた。
衛兵はしばらく考えていたが、すぐには思い出せなかったらしい。
「何の用だ?」
「面会だ」
アーガが答えると、衛兵の表情が一気に険しくなった。
「誰に会う?」
「エイラだ」
二人の衛兵が顔を見合わせる。
左側に立っていた年長の衛兵が眉をひそめた。
「お前たちは何者だ?」
「昨日の《晨星の家》事件では、俺たちも現場にいた」
アーガは冒険者徽章を取り出した。
「少し本人に聞きたいことがある」
年長の衛兵は徽章を受け取り、刻まれている内容を確認した。その後、隣の若い衛兵へ視線を向ける。
若い衛兵は《仮面戦隊》という名に気づいたらしく、僅かに顔色を変えた。
「新聞に載っていた、あの……」
年長の衛兵が鋭く睨み、黙るよう合図を送る。
アーガは聞こえなかったふりをした。
しばらくすると、年長の衛兵は徽章を返してきた。
「駄目だ」
イータがすぐに尋ねる。
「どうしてですか? 私たちは少し会いたいだけです」
「まだ事件の全容が判明していない」
衛兵は硬い声で答えた。
「エイラは現在、重要な容疑者だ。勝手に面会させることはできない」
リナも眉を寄せる。
「私たちは昨日の事件の証人でもあります」
「証人でも駄目だ」
衛兵は取りつく島もなく言った。
「証言を追加する必要があれば、冒険者ギルドか城衛所から連絡する。容疑者と個人的に面会することは規則で認められていない」
イータはさらに何かを言おうとしたが、アーガが片手を伸ばして止めた。
アーガは衛兵を見つめる。
「エイラの様子はどうだ?」
衛兵の眉間に、さらに深い皺が寄った。
「お前が聞くことではない」
「怪我はしていないのか?」
「今言ったはずだ。お前が聞くことではない」
アーガは何も言わず、しばらく衛兵を見つめていた。
衛兵の手はすでに腰の剣へ伸びている。
隣にいる若い衛兵も緊張していた。昨日の事件で一躍有名になった冒険者が、牢獄の前で騒ぎを起こすのではないかと警戒しているらしい。
しかし、アーガは何もしなかった。
冒険者徽章をしまい、静かに頷く。
「分かった」
イータが驚いたように顔を上げた。
「アーガ様……」
「行くぞ」
「ですが……」
「ここで騒げば、俺たちを面会させない理由が増えるだけだ」
アーガは声を落とした。
「それに、エイラはただでさえ厄介な立場に置かれている」
イータは何も言えなくなった。
リナもアーガの横顔を見たが、それ以上は食い下がらなかった。
三人は牢獄の門を離れた。
しばらく歩いたあと、イータが灰白色の石壁を振り返る。
白い尻尾は力なく垂れ下がっていた。
「エイラお姉さんは、誰も自分を信じてくれないと思ってしまわないでしょうか?」
とても小さな声だった。
それでも、その言葉を聞いたリナの足が一瞬止まった。
アーガも歩みを緩める。
そんなことはないと言いたかった。
だが、その言葉をアーガ自身も信じることができなかった。
今の暮星城では、住民の半分がエイラを疑っている。
残りの半分も、まだ結論を出していないだけだ。
たとえ誰かが彼女を擁護しても、その声は新聞と噂に、すぐかき消されてしまうだろう。
「少なくとも、俺たちはここまで来た」
アーガが言った。
イータが顔を上げる。
「会えなかったことと、会いに来なかったことは別の話だ」
アーガはイータの頭へ手を置き、軽く撫でた。
「また機会ができたら、そのときに方法を考えよう」
イータの耳が僅かに動く。
やがて、小さく頷いた。
リナが前方へ目を向ける。
「それでは、これからどこへ行くのですか?」
アーガはすぐには答えず、別の通りへ視線を向けた。
そこには冒険者ギルドと城衛所の間に設けられた事務所がある。
入り口には、依頼に関する争いや補償申請を取り扱うと書かれた木製の看板が掛かっていた。
リナもその視線を追い、すぐにアーガの考えを察したらしい。
「まさか、まだ補償金を請求するつもりですか?」
「どうして行かないんだ?」
アーガは当然のように答えた。
「昨日は危うく容疑者として連行されかけたうえに、城衛所の連中に長い間足止めされた。今は俺たちが犯人ではなかったと分かったんだ。少しくらい誠意を見せてもらってもいいだろう」
イータが目を丸くする。
「そんなことでも、お金をもらえるんですか?」
「言ってみるだけなら損はない」
リナはアーガを見つめ、思わず口を開いた。
「つい先ほどまで、エイラのことを心配していたではありませんか」
「エイラを心配することと、金を請求することは別に矛盾しない」
アーガは平然と言った。
「それに、この先も旅を続けるんだ。薬剤も食料も宿代も、全部金が必要になる」
イータは少し考えた。
そして、確かにそのとおりだと思ってしまった。
◇ ◇ ◇
三人が事務所へ入ると、中にいたのは二人の文官だけだった。
一人は机へ向かって報告書を書いている。
もう一人は椅子の背へ身体を預け、大きな欠伸をしていた。
アーガが用件を説明すると、欠伸をしていた文官の表情が固まり、慌てて姿勢を正した。
「補償を申請したいと言ったのか?」
「ああ」
アーガは冒険者徽章と、昨日受けた依頼の証明書を机の上へ並べた。
「《晨星の家》事件で、俺たちは依頼を受けた冒険者として地下の牢を発見することに協力した。それにもかかわらず、途中では誤って疑われ、依頼の達成にまで支障が出かけた」
アーガは机上の書類を指差す。
「今は依頼人も、子供を救出したのが俺たちだと認めている。ギルドにも正式な記録が残っている。補償を求めるのは当然だと思うが?」
文官の口元が僅かに引きつった。
「その……通常、そのような手続きはない」
「通常の手続きがないなら、特例として書けばいい」
「しかし……」
「お前では処理できないのなら、処理できる人間を呼んでくれ」
文官は明らかに、これ以上話を大きくしたくないようだった。
証明書に書かれた《晨星の家》という文字を見たあと、アーガの顔をもう一度確認する。
最後には書類を手に取り、奥の部屋へ入っていった。
十五分ほど待つと、濃い灰色の制服を着た中年の男が姿を現した。
この事務所の責任者なのだろう。
髪は綺麗に撫でつけられ、顔には普段から浮かべているような面倒そうな表情が張りついている。
しかし、アーガの冒険者徽章と依頼証明書を確認すると、その苛立ちを無理やり押し込めた。
「お前が《仮面戦隊》の隊長か?」
アーガは頷いた。
中年の男は椅子へ座り、記録を何枚か捲る。
「昨日の件が混乱していたことは認めよう。しかし、城衛所も規則に従って動いただけだ。《晨星の家》は子供たちの失踪事件に関係していた。現場にいた者には、全員調査へ協力してもらう必要があった」
「俺は協力した」
アーガは言った。
「だから今、補償の話をしに来た」
中年の男はアーガを見つめ、しばらく黙り込んだ。
隣に立っているイータは、緊張のあまり耳を真っ直ぐに立てている。
一方のリナは落ち着いていた。
アーガが何を狙っているのか、すでに大体分かっていたのだろう。
やがて、中年の男が深く息を吐いた。
「この事件は今、街中で大きな騒ぎになっている。城衛所としても、これ以上余計な誤解が生まれることは望んでいない」
男は指を組み、机の上へ置いた。
「調査へ協力した者への手当という名目なら、いくらか支払うことはできる。ただし、城衛所が以前の対応に問題があったと認めたなどと、外で言い触らすのはやめてもらいたい」
アーガはすぐに頷いた。
「分かった」
「新聞社にも話すな」
「俺も新聞社とは関わりたくない」
中年の男はアーガを見た。
あまりにも即答だったため、少し意外だったらしい。
最後には文官へ命じ、小さな金袋を持ってこさせた。
金袋が机の上へ置かれる。
アーガが袋の口を開き、中身を確認した。
金貨が五枚。
それを見た瞬間、イータの目が大きく見開かれた。




