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第17話 相打ち

「あなた――!」


リサは木剣を強く握り締めた。


「僕、何か間違ったことを言った?」


アーガはさらに彼女を挑発する。


「十一枚のカードで試験に合格したのに、順位は僕より下だった」


「今だって、魔力をほとんど使い果たした相手を倒せずにいる」


リサの顔が真っ赤に染まった。


剣を握る手も、怒りで小さく震え始める。


「アーガ・ラインハルト!」


リサはカードケースから、青の十《腐爛痕》を引き抜いた。


暗赤色の光が、手にした木剣を包み込む。


本来は打撃しか与えられない木製の武器に、傷口を広げ、痛みを増幅させる力が宿った。


「ベルマン家の剣術がどれほどのものか、思い知らせてあげる!」


(今だ)


アーガは青の九《反傷鎧》を取り出した。


淡い血色の光が、身体の表面を薄く覆っていく。


《反傷鎧》には、攻撃を防ぐ力はない。


受けた傷の一部を、攻撃した相手へ返すだけのカードだ。


しかも、返せるのはごくわずかな量にすぎない。


普通に使ったところで、二人の実力差を埋めることなど到底できなかった。


だが、アーガにはもうほかの手段がない。


(完全に冷静さを失っている)


(ここからは、どちらが強いかじゃない)


(どちらが先に痛みに耐えられなくなるかだ)


リサが一気に距離を詰め、木剣を振り下ろした。


剣がアーガの肩へ激突する。


同時に、青の十《腐爛痕》の力が発動した。


服の下で皮膚が裂け、肩に新たな傷口が開く。


アーガの顔から、瞬く間に血の気が引いた。


ほぼ同時に、リサの肩にも浅い傷が浮かび上がる。


「……え?」


リサの動きが止まった。


アーガは激痛に耐えながら、顔を上げて彼女を見た。


「どうしたの?」


リサはすぐに、アーガが発動したカードの効果を理解した。


「《反傷鎧》……?」


「返せるのは、受けた傷のほんの一部だけでしょう?」


彼女は再び剣を構えた。


「そんなカードで、私に勝てると思っているの?」


木剣が再び振るわれる。


二撃、三撃と攻撃が続くたび、アーガの身体には新たな傷が増えていった。


それと同時に、《反傷鎧》の効果によって、リサの身体にもいくつもの浅い傷が刻まれていく。


周囲の見物人たちは、次第に声を失っていった。


基礎カードを使った受験生同士の決闘。


本来なら、ここまで凄惨なものになるはずではなかった。


だが、アーガは一歩も退こうとしない。


リサも、大勢が見守る前で自分から剣を下ろそうとはしなかった。


「正気じゃない……」


誰かが小さく呟いた。


「《反傷鎧》で返せるのは、ごくわずかだぞ」


「あの子が受けている傷は、リサ様の何倍も重い……」


アーガの視界は、すでに霞み始めていた。


口の中にたまった血を、唾と一緒に地面へ吐き出す。


それでも顔を上げ、リサを真っすぐに見つめ続けた。


「どうしたの?」


掠れた声で問いかける。


「さっきより、剣に力がなくなってるよ」


リサの額にも、汗が浮かんでいた。


幼い頃から厳しい鍛錬を受けてきた彼女だったが、実際に傷を負う経験はほとんどない。


《反傷鎧》によって返ってくる傷は、決して深くはなかった。


それでも絶えず襲ってくる痛みは、少しずつ彼女の動きを鈍らせていた。


「続けなよ」


アーガは無理やり笑みを作った。


「ベルマン家の剣術を見せてくれるんじゃなかったの?」


「調子に乗らないで!」


リサは歯を食いしばり、再び前へ踏み込んだ。


木剣の先が、アーガの腹部へ深く突き刺さる。


《腐爛痕》の力が、傷ついた身体の中へ一気に広がった。


「ぐっ……!」


アーガはついに耐えきれず、苦痛の声を漏らして地面へ倒れた。


ほぼ同時に、リサも腹部を押さえ、片膝をつく。


肩で大きく息をしながらも、手にした木剣だけは放さなかった。


アーガは地面に横たわったまま、もう起き上がることができない。


あと一度攻撃を加えれば、この決闘は完全に終わる。


リサは痛みに耐えながら立ち上がった。


木剣を握り、倒れているアーガへ一歩ずつ近づいていく。


「そこまでだ!」


そのとき、人群の外から、老いてなお力強い声が響き渡った。


強大な魔力がリサの木剣へ命中する。


木剣は彼女の手から弾き飛ばされ、石畳の上を転がっていった。


周囲にいた全員が、同時に振り返る。


人垣を分けながら、一人の老人が歩いてきた。


髪も髭も、すべて白い。


深紫色の魔導師用長衣をまとい、胸元には聖イース学院の院長であることを示す六芒星の徽章がつけられていた。


「ドレイク学院長だ!」


見物人たちから、驚きの声が上がる。


ドレイクは空地へ入ると、傷だらけで倒れているアーガを見た。


続いて、同じように顔色を失っているリサへ視線を向ける。


「私の顔に免じて、このくだらない争いはここまでにしなさい」


低く、厳しい声だった。


「魔法部門の一位と二位が、正式に入学する前から学院の広場で倒れるところなど、私は見たくない」


リサは腹部を押さえながらも、不満そうに言い返した。


「私は騎士団長の娘です。この決闘は、まだ――」


「もう十分だ!」


ドレイクは杖を強く地面へ突いた。


硬い音とともに、周囲の空気が震える。


「ここはベルマン家ではない」


「聖イース学院へ入った以上、誰であろうと学院の規則に従ってもらう」


老人の鋭い視線が、リサを捉えた。


「理由もなく模擬戦をここまで悪化させたのだ。私には、お前の入学資格を取り消す権限もある」


リサの顔色がわずかに変わった。


ようやく、それ以上反論することをやめる。


ドレイクは彼女から視線を外し、アーガのそばへ身をかがめた。


アーガはすでに意識を失っている。


呼吸もひどく弱かった。


それでも、今すぐ命に関わる状態ではない。


「直ちに医務室へ運びなさい」


間もなく、数人の医療担当者が担架を運んできた。


アーガの身体を慎重に持ち上げ、担架へ寝かせる。


ドレイクは、まだ地面へ片膝をついているリサを見た。


「お前にも担架が必要か?」


「必要ありません」


リサは歯を食いしばり、自分の力で立ち上がった。


近くに落ちていた木剣を、苛立ったように足で蹴り飛ばす。


片手で腹部を押さえたまま、一人で医務室の方角へ歩き始めた。


金色の長髪は汗で濡れ、青ざめた頬へ張りついている。


それでも、その足取りには弱さを見せまいとする意地が残っていた。


ドレイクは彼女の背中を見送り、深く息を吐いた。


「全員、解散しなさい」


見物人たちは、ようやく広場から離れ始めた。


それでも、興奮した話し声は止まらない。


「あの子、フランから来たんだって?」


「ラインハルト家って、小さな貴族家だろ?」


「ベルマン家のお嬢様と、あそこまで戦うなんて……」


夕日が広場を赤く照らしていた。


石畳に残った血痕も、暗い赤色へ染まっている。


ドレイクはしばらくその場に立ち、医務室のある方向を見つめていた。


白い眉は、深く寄せられたままだった。


◇ ◇ ◇


アーガが再び目を覚ましたとき、窓の外はすっかり暗くなっていた。


医務室の中は静まり返っている。


壁際に設置された魔法灯だけが、柔らかな光を放っていた。


身体を動かそうとした瞬間、腹部に鋭い痛みが走る。


「動いてはいけません」


丸い眼鏡をかけた女医が、薬棚の前から振り返った。


手には、まだ湯気を立てている薬が入った杯を持っている。


「肋骨が二本折れています。身体中に傷もありますから、少なくとも十日以上は安静にしてください」


アーガは諦めて、再び枕へ頭を戻した。


胸や腹部、両腕には包帯が巻かれている。


傷はすでに治療されていた。


それでも少し身体を動かすだけで、あちこちから刺すような痛みが伝わってくる。


「ここは……」


「学院の医務室です」


女医は、使い終わった治療器具をそばで片づけていた。


「セシ先生も来ていましたよ。あなたはまだ目を覚ましていなかったので、先に戻られました」


「目が覚めたら、きちんと休むように伝えてほしいとのことです」


アーガは決闘のことを思い出し、天井を見つめた。


(確かに、少しやりすぎたな)


(でも、あのときはほかに勝つ方法もなかったし……)


そのとき、扉の外からノックの音が聞こえた。


「どうぞ」


女医が答える。


扉が開き、ノエルが姿を現した。


病床に横たわるアーガを見て、その顔に複雑な表情が浮かぶ。


ノエルはベッドのそばまで歩いてきた。


「どうしたら、そんな姿になるんだよ」


アーガは、かすかに口元を引きつらせた。


「話すと長くなるよ」


「なぜか決闘を申し込まれて、なぜかそのまま戦うことになった」


そこで一度言葉を切る。


「ノエルは試験に合格した?」


「当然だろ」


ノエルは両手をポケットへ入れた。


「本当なら明日の朝、屋敷へ帰る予定だったけど……お前はどうするんだ?」


「ノエルはラスティたちと先に帰っていいよ」


アーガが答える。


「この状態じゃ、僕はしばらく動けそうにないから」


ノエルはうなずいた。


「分かった。じゃあ、先に帰る」


それだけ言うと、すぐに背を向けて扉へ向かった。


手を取っ手へ掛けたところで、不意に足を止める。


「そうだ」


振り返ることはなかった。


だが、その声はいつもよりはっきりしていた。


「家の名誉を守るために決闘を受けたことは、帰ったら父さんに伝えておく」


そう言い残し、ノエルは部屋を出ていった。


足音が、廊下の奥へ少しずつ遠ざかっていく。


女医は眼鏡を押し上げ、閉じた扉を見つめた。


「あなたたちは、本当に兄弟なのですか?」


「ずいぶん冷たい態度に見えましたけれど」


アーガは少し驚いた。


やがて、小さく笑う。


「そうでもないと思います」


女医には、その意味が理解できなかったらしい。


しかし、それ以上追及することはせず、アーガの布団を掛け直した。


「今は余計なことを考えず、しっかり休んでください」


薄いカーテンを通して、月明かりがベッドのそばへ差し込んでいた。


その夜も、聖イース学院の鐘の音は長く、静かに王都へ響いていた。


◇ ◇ ◇


翌朝。


アーガは窓の外から聞こえる鳥の声で目を覚ました。


薄いカーテンを通った朝日が、医務室の床へまだらな光を落としている。


ゆっくりと上体を起こす。


腹部の痛みは昨夜よりも和らいでいたが、折れた肋骨の周辺には、まだ鈍い痛みが残っていた。


(しばらくは、寝たきりになりそうだな)


アーガはため息をついた。


ゆっくりと窓のそばまで移動し、窓を押し開ける。


花や草の香りを含んだ朝の風が、部屋の中へ流れ込んできた。


遠くには、聖イース学院の尖塔が並んでいる。


朝日に照らされた屋根や外壁が、鮮やかな光を反射していた。


アーガはその景色を眺めながら、ふと前世の学校を思い出した。


あの頃の記憶は、少しずつ薄れてきている。


今こうして再び入学や試験を経験したことで、かえって不思議な懐かしさが湧いてきた。


「先生、少し外を歩いてもいいですか?」


女医は顔を上げ、アーガを見た。


「遠くへ行かないこと。激しく動かないこと。それから三十分以内に戻ってきてください」


「分かりました」


アーガは上着を羽織り、医務室を出た。


早朝の学院は、想像していた以上に賑やかだった。


まだ六時を少し過ぎたばかりだというのに、道にはすでに多くの生徒がいる。


本を抱え、急いで図書塔へ向かう者。


数人で訓練場へ向かう者。


噴水のそばでは、上級生らしい生徒たちが授業について話していた。


(さすがは、王都で一番の学院だ)


アーガは石畳の道を、ゆっくりと歩いていった。


そのとき、前方に三人の人影が現れた。


先頭を歩いているのは、銀白色の騎士服を身につけた男だった。


腰には華麗な装飾の施された細剣を下げている。


その後ろには、完全武装した二人の護衛が続いていた。


(騎士?)


アーガはわずかに眉をひそめた。


向こうもアーガの存在に気づいたらしい。


進む方向を変え、まっすぐこちらへ歩いてきた。

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