第168話 仮面戦隊
冒険者ギルドは朝よりも騒がしかった。
アーガが扉を開けると受付前には数人が並び、依頼掲示板の周りにも冒険者たちが集まっていた。新聞を手にしている者もいれば、卓上に広げた新聞の見出しを指しながら麦酒を飲んで議論している者もいる。
どこへ行っても「晨星の家の地下牢」という言葉が聞こえてきた。
イータは広間に足を踏み入れた途端、周囲から向けられる視線に気づいて耳を動かした。救い出された少年のことを思い出して少し笑っていたのに、すぐに身体を固くする。
「アーガ様……みんな私たちを見ています」
アーガは広間を見回した。好奇心や品定めするような目だけでなく、面白いものを見つけたような興奮まで混ざっている。
昨日まで彼らは登録したばかりのF級新人だった。それが今日は新聞と噂によって大勢の前へ押し出されている。
アーガは気にせず受付へ向かい、先ほど印章を押してもらった依頼証明書を台の上へ置いた。
丸眼鏡を掛けた受付係は依頼書を整理していたが、証明書に押された印を見て手を止めた。それからアーガの顔を見上げる。
「仮面戦隊小隊の方ですね?」
隣で水を飲んでいた冒険者が危うく噴き出しかけた。
イータの顔が一気に赤くなり、リナはゆっくりアーガへ目を向ける。
アーガは表情を変えなかった。
「ああ。依頼の報告に来た」
受付係は証明書を広げ、依頼主の署名と印章を確認した。隣に置かれた記録帳も開き、依頼番号と照らし合わせていく。
最初はいつもの確認作業にすぎなかったが、依頼主の追記を読んだところで目つきが変わった。
「依頼主は失踪していた子供が無事に帰宅したことを確認しています。それから……囚われていた子供たちを最初に発見したのも皆さんだと書かれています」
受付係の声が少しだけ柔らかくなった。
その言葉を聞き、受付周辺が僅かに静まる。
「本当にこいつらだったのか」
一人の冒険者が声を潜めた。
別の男はアーガとイータを見比べる。
「F級小隊だろ?」
「登録したばかりじゃなかったか?」
「隊名は少し変だが、今回は本当に大仕事をやったらしいな」
イータの尻尾が嬉しそうに揺れた。しかし誰かに見られるのが恥ずかしかったのか、慌てて背後へ隠そうとする。
その様子を見たリナの口元が僅かに緩んだ。
受付係は台の下から革の袋を取り出し、公会の記録にも印章を押した。
「依頼の完了を確認しました。こちらが本来の報酬と依頼主から追加された分です」
受付係は革袋をアーガの前へ押し出す。
「依頼自体は元の等級のまま記録されますが、評価は上がります。会長も今回の件を把握していますので、追加の証言が必要になった場合は再び来ていただくかもしれません」
「構わない」
アーガは革袋を持ち上げて軽く振った。中から銀貨のぶつかる音が聞こえ、ようやく少し機嫌がよくなる。
「俺たちが街を出る邪魔にならないならな」
受付係は目を瞬かせた。
「暮星城を離れる予定なのですか?」
「それは今後の話だ。まだ決めていない」
アーガが革袋を懐へ入れて振り返ると、背後から穏やかな声が聞こえた。
「アーガ」
声の方を見ると、広間の反対側からエイヴンが歩いてきた。
今日は分厚い鎧を着ておらず、身につけているのは焦げ茶色の革鎧だけだった。腰には長剣が下がり、後ろには二人の仲間がいる。
二人は別の冒険者と話していたが、エイヴンが足を止めると数歩離れた場所で待ち、無理に近づこうとはしなかった。
エイヴンはアーガの前まで来ると受付の記録帳へ目を向け、続いて彼の懐に収められた革袋を見た。
「依頼は終わったのか?」
「今ちょうど金を受け取ったところだ。だから今のところ機嫌は悪くない」
アーガが答えると、エイヴンは小さく笑った。
「それなら遅くはなかったようだな」
近くにいた冒険者たちもエイヴンの声を聞いて静かになった。
レックスが話し始めたときに周囲が黙るのは、面倒事へ巻き込まれたくないからだ。エイヴンの場合は違う。声は大きくないのに、彼が話すと誰もが自然に耳を傾ける。
「晨星の家のことは聞いた。誰よりも早く異変を見つけたそうだな。大したものだ」
真正面から褒められたアーガは少し居心地が悪そうに鼻を触った。
「そこまで大げさなことじゃない。ただ何かがおかしいと思っただけだ」
「おかしいと思った者なら他にもいただろう」
エイヴンは片手を差し出した。
「だが本当に調べようとしたのは君だけだ」
アーガは彼を一度見てから、その手を握った。
「機会があれば一緒に依頼を受けよう」
「もちろんだ」
エイヴンは手を離し、周囲でまだ様子を窺っている冒険者たちへ顔を向けた。
「いつまでも囲んでいたら休めないだろう。皆もそろそろ自分の仕事へ戻ったらどうだ?」
周囲から笑い声が上がり、少し張り詰めていた空気も和らいだ。
エイヴンが離れていくのを見ながら、イータが小声で言う。
「エイヴンさんは本当に優しい人ですね」
リナも頷いた。
「少なくともレックスよりは話しやすいですね」
アーガも反論せず、エイヴンの背中をもう一度見た。
長机の前へ戻ったエイヴンは席につくなり新聞を差し出された。相手は彼の意見を聞きたかったらしい。
だがエイヴンはすぐに何かを断定することなく、新聞を折り畳んで相手へ返した。そのあと低い声で何かを話すと、相手はすぐに納得したように頷いた。
アーガがギルドを出ようとしたとき、一人の若い冒険者が横から駆け寄ってきた。
手には黄銅色の小箱を持っている。箱の正面には青い結晶が埋め込まれ、その内部では淡い光が流れていた。
「アーガさん、写真を一枚撮らせてもらえませんか?」
イータの耳が一気に立った。
「それは魔導カメラですか?」
「そうだよ」
若い冒険者は急に嬉しそうな顔になり、カメラを高く掲げた。
「一枚だけでいいんだ! 今日は晨星の家の事件で街中が大騒ぎだろ? 地下牢を最初に発見した君たちの写真が明日の新聞に載れば、仮面戦隊小隊は一気に有名になれるぞ」
「新聞に載る」と聞いた瞬間、リナがアーガを見た。
すでに半歩進んでいたアーガは足を止める。
「悪いが遠慮しておく」
若い冒険者は呆気に取られた。
「え? どうしてだ? 有名になれば今後の依頼も受けやすくなる。依頼主だって新聞を見れば君たちの実力が分かるぞ」
「有名になることが必ずしも良いとは限らない」
「一枚だけでも駄目か? 格好よく撮るからさ」
「駄目だ」
若い冒険者はまだ説得しようとしたが、リナが半歩前へ出て彼を見た。それだけで男は口を閉じた。
ギルドを出たあとも、イータは魔導カメラが気になるらしく何度か後ろを振り返っていた。
「アーガ様、写真は本当に駄目なんですか?」
「撮りたかったのか?」
「少しだけ……あんな道具は初めて見ましたから」
イータは恥ずかしそうに答えた。
アーガはその表情を見て、次の機会にすればいいと言いかけた。しかし赤骸城のことを思い出し、口にする言葉を変える。
「今は駄目だ。俺はまだ赤骸城から指名手配されている。写真が新聞に載れば、向こうの連中にも生きていると知られる」
イータの顔から好奇心が一瞬で消えた。
「ごめんなさい。忘れていました……」
「気にするな」
アーガはイータの肩を軽く叩いた。
「指名手配されているのは俺だ。お前がすぐに思いつかなくても仕方ない」
リナは眉を寄せた。
「それなら数日は特に注意した方がいいですね。今日だけでも公会にいた多くの人がアーガ様の顔を覚えたはずです」
「だから少し変装した方がよさそうだ」




