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第156話 殿

見張りは鉄扉の外に立ち、出口を塞いでいた。


痩せた長身。


眼窩は深く落ちくぼんでいる。


片手には一つの魔法灯を提げていた。


下から照らし上げる光が、男の顔をより一層陰気なものに見せている。


アーガはすぐに判断した。


先ほど牢を見回っていた大男とは別の人間だ。


だが、弱くはない。


間違いなく、今のアーガよりも強い。


この男一人だけなら、三人で戦えば勝てない相手ではないかもしれない。


しかし、ここは地下牢だ。


奥には、先ほどのさらに強い見張りもいる。


周囲の牢には、大勢の子供たちが閉じ込められていた。


戦闘が長引けば、足音や魔力の揺らぎによってすぐに仲間を呼び寄せてしまう。


「まだ見張りがいたのか」


アーガが低い声で言った。


痩せた見張りは、口元を大きく歪める。


「随分と肝が据わっているな。ここが何のための場所か知っていながら、侵入してきたのか?」


男は片手を持ち上げた。


指先へ、暗い黄色の光が集まる。


次の瞬間、足元の土が突然盛り上がった。


柔らかな蛇のように細長く形を変え、三人の足へ絡みつこうと迫ってくる。


アーガはイータの腕を掴み、横へ飛び退いた。


イータも、すぐに片手を伸ばす。


指先から白い霜が広がり、足首へ迫っていた土を凍りつかせた。


リナは同時に植物の魔力を発動する。


何本もの太い蔓が、通路の壁にできた隙間から伸び出した。


横方向へ絡み合い、見張りと三人の間を塞ぐ。


「行ってください!」


リナが叫んだ。


だが、アーガは動かなかった。


「相手は一人だ。三人なら倒せる」


「奥には、まだ見張りがいます」


リナの声は小さい。


だが、明らかな焦りが込められていた。


「先ほどの男が、いつ戻ってくるか分かりません」


その言葉を聞き、アーガの目が僅かに沈む。


痩せた見張りにも、その声は聞こえていた。


男は冷たく笑うと、指先を下へ振り下ろした。


地面が激しく弾ける。


凍りついていた土塊が粉々に砕けた。


さらに、地面から突き出した鋭い土槍が、リナの蔓を何本も貫いていく。


リナの顔から、僅かに血の気が引いた。


それでも、一歩も後ろへ退かなかった。


両手を持ち上げる。


通路の左右にある壁から、さらに多くの蔓が伸び出した。


蔓は複雑に絡み合い、大きな網のように通路を封鎖する。


「アーガ様は、ここで見たことを外へ伝えなければなりません」


「お前一人では、長く持たない」


「分かっています」


リナは一度だけ振り返ってアーガを見た。


地下通路は暗く、湿っていた。


魔法灯の青白い光に照らされ、リナの顔色は普段よりも薄く見える。


だが、その瞳だけは少しも揺れていなかった。


「だから、急いでください」


イータは唇を強く噛んだ。


「リナお姉ちゃん……」


「アーガ様をお願いします」


リナは言った。


痩せた見張りは、すでにもう一度片手を上げていた。


足元の土が集まり、巨大で重い波のような形へ変わっていく。


土の波が、通路全体を押し潰すように迫ってきた。


リナは正面へ向き直る。


何本もの蔓が、一斉に強く張り詰めた。


押し寄せる土の波を、通路の途中で無理やり食い止める。


アーガは、その背中を見つめた。


足を止めていたのは、ほんの一瞬だけだった。


次の瞬間、イータの手首を掴む。


「行くぞ!」


二人は、出口へ向かって走り出した。


痩せた見張りが追おうとする。


だが、横から鋭く振るわれた蔓が、男の身体へ襲いかかった。


見張りは足を止め、土の盾を作って攻撃を防ぐ。


「逃げられると思っているのか?」


男の顔から、先ほどまでの笑みが消えた。


「一人も逃がさない」


リナは答えなかった。


ただ、通路の中央へ立っていた。


足元から伸びた無数の蔓が、周囲へ広がり続けている。


まるで、そこに一枚の生きた壁が生まれたかのようだった。


◇ ◇ ◇


アーガとイータは、狭い土の階段を駆け上がった。


背後から、蔓が千切れる音が聞こえる。


土石が激しく衝突する音。


そして、リナが押し殺した僅かな呻き声。


イータは走りながら、一度だけ後ろを振り返った。


目の縁が、赤くなっていた。


「アーガ様……」


「今は外へ出る」


アーガは足を止めなかった。


ここで自分が引き返せば、リナが残った意味がなくなる。


二人が草地の入口から飛び出したとき、空はまだ暗かった。


城壁の方角から夜風が吹く。


僅かに湿気を含んだ、冷たい風だった。


アーガは草の生えた蓋を引き戻し、入口を元の位置へ戻した。


今は、簡単に隠すだけでよい。


そのままイータを連れ、西門周辺を巡回する衛兵を避ける。


向かう先は、冒険者ギルドだった。


暮星城は、まだ深い眠りの中にある。


通りに灯っている明かりは少ない。


夜通し営業している酒場から、低く掠れた笑い声が聞こえてきた。


アーガは一度も足を止めなかった。


やがて、冒険者ギルドの建物が見えてくる。


◇ ◇ ◇


ギルドの大広間は、完全に無人というわけではなかった。


夜間担当の受付員が、カウンターの後ろへ座っている。


何人かの冒険者は、長机へ身体を預けて眠っていた。


レックスもいた。


机へ突っ伏し、目の前には飲み残した麦酒が半分ほど残されている。


エイヴンは、広間の隅へ座っていた。


弓弦を整えている。


正面の扉が開いた瞬間、真っ先に顔を上げた。


「ジャヤ?」


エイヴンは眉を寄せた。


「何があった?」


アーガはカウンターの前まで進み、依頼書を机の上へ叩きつけた。


「西区の草地の下に、地下牢がある。中には、大勢の子供が閉じ込められている。《晨星の家》とサミュエル・グラントには問題がある。奴らは子供を誘拐し、遠くへ売ろうとしている」


その言葉が響いた瞬間、広間からすべての音が消えた。


受付員の表情が変わる。


レックスも机から顔を上げた。


残っていた酒気が、一瞬で半分以上消えたようだった。


「何だと?」


アーガは、もう一度繰り返す。


「西区の草地に、地下へ続く入口がある。ノア・フォスターも、その中にいた。俺がこの目で見た」


受付員は立ち上がった。


「証拠はありますか?」


「急いで逃げてきた。持ち出せたものはない。だが、今すぐ行けば、牢と閉じ込められている子供たちを確認できる」


受付員は、すぐに答えることができなかった。


あまりにも大きな話だった。


もし事実なら、暮星城全体を揺るがす事件になる。


だが、事実でなかった場合、サミュエル・グラントほどの名士を公の場で告発したことになる。


その責任も、決して軽くはない。


レックスが鼻で笑った。


「頭がおかしくなったのか? サミュエルさんだぞ? 《晨星の家》だぞ? あそこは、暮星城で一番清らかな場所だと言われている」


イータが勢いよく、レックスへ顔を向ける。


「本当に見たんです!」


レックスは眉を寄せた。


「嬢ちゃん、自分が誰を疑っているのか分かっているのか?」


エイヴンは、持っていた弓弦を置いた。


そして、静かに立ち上がる。


「俺は、二人と一緒に確認へ行く」


受付員がエイヴンを見る。


「エイヴンさん、ですが……」


「嘘だったなら、戻ってから責任を問えばいい。だが、本当だった場合、少し遅れただけで人が死ぬかもしれない」


アーガは、エイヴンを一度見た。


そのとき、再びギルドの入口から足音が聞こえてきた。


扉が開く。


エラが、広間へ入ってきた。


彼女は一人ではなかった。


サミュエル・グラントが、すぐ隣を歩いている。


サミュエルは濃い色の礼服を身につけ、その上へ薄い外套を羽織っていた。


顔には、穏やかでありながら僅かに疲れた笑みを浮かべている。


まるで、夜間に開かれた慈善会から戻る途中であるかのような姿だった。


エラは、淡い緑色の剣士服を身につけている。


銀色の髪は後ろで束ねられ、腰には細剣が下げられていた。


二人とも、ギルドの空気がここまで張り詰めているとは思っていなかったらしい。


エラの視線は、すぐにアーガへ向けられた。


「ジャヤ?」


受付員の表情が、さらに困ったものになる。


アーガは、エラから目を逸らさなかった。


「ちょうどよかった。俺は《晨星の家》を告発する。地下牢には子供たちが閉じ込められている。サミュエル・グラントも無関係ではない」


その瞬間、広間の空気が完全に凍りついた。


エラの表情から、少しずつ温度が消えていく。


サミュエルは呆然と目を見開いた。


やがて、傷ついたような、理解できないという表情を浮かべる。


「ジャヤさん、私があなたに何をしたというのでしょうか?」


エラは、すでに剣を抜いていた。


細剣が鞘から抜ける音は、非常に小さかった。


それでも、広間にいる全員が口を閉ざした。


剣先が、アーガへ向けられる。


エラの目には、抑えきれない怒りが浮かんでいた。


「サミュエルを陥れるつもり?」


イータの顔から血の気が引く。


反射的に、指先へ冷気を集めた。


アーガは片手を上げ、イータを制止する。


エラは続けた。


「彼は孤児院を支援している。家を失った子供たちを受け入れ、食事と衣服と、安心して眠れる場所を与えているのよ。自分が今、何を言ったのか分かっているの?」


「分かっている」


「あなたは分かっていない」


エラの声が、硬く冷たいものになる。


「依頼の報酬が欲しいから、冒険者の等級を上げたいから、そのためなら誰にでも汚名を着せるつもりなの?」


アーガは、真っすぐにエラを見返した。


「今、手元に証拠はない。だから、全員で確認へ行けばいい」


エラの剣を握る指へ、さらに力が入る。


その肩へ、サミュエルが優しく手を置いた。


「エラ」


穏やかな声だった。


「ジャヤさんが、ここまではっきりと主張しているのです。皆で確認へ行きましょう」


(……自分から確認へ行くと言うのか?)


アーガは、僅かに目を細めた。


エラは驚いたように、サミュエルへ振り返る。


「でも……」


サミュエルは首を横へ振った。


その顔には、変わらず抑制された穏やかな表情が浮かんでいる。


「子供に関する問題を曖昧にはできません。本当に何かの誤解なら、皆の前ではっきりさせるべきでしょう」


サミュエルは、アーガへ視線を向けた。


「私は《晨星の家》の潔白を信じています。そして、あなたも何かを見間違えただけなのだと信じたい」


レックスが、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「本当に、見間違いであればいいがな」


エイヴンは、アーガの隣へ歩いてきた。


「俺は行く」


受付員は唇を噛んだ。


やがて決意すると、カウンターの脇に置かれていた銅の呼び鈴を強く鳴らした。


澄んだ音が、ギルド全体へ響き渡る。


間もなく、ギルドの警備員と広間に残っていた冒険者たちが呼び集められた。


レックスは不満を口にしながらも、大斧を肩へ担ぐ。


「新人が一体何を掘り出したのか、俺も見せてもらおうじゃないか」


エラは剣を鞘へ戻した。


しかし、顔に浮かぶ怒りは消えていない。


サミュエルは彼女の隣へ立っていた。


表情は落ち着いている。


濡れ衣を着せられた者が、相手を寛大に許そうとしているかのようにさえ見えた。


アーガは、それ以上何も言わなかった。


指を、ゆっくりと握り締める。


リナは、まだ地下にいる。


ノアも、牢に閉じ込められた子供たちも、まだあの場所に残されている。


今、最も重要なのは、ここで言い争うことではない。


一刻も早く、全員を地下牢へ連れていくことだった。


一行は冒険者ギルドを出た。


西区の草地へ向かい、夜の通りを急いで進む。


夜明けは、まだ訪れていない。


通りの魔法灯は、風を受け何度も揺れていた。


遠方にある西門の松明も、闇の中で明滅している。


アーガは、一行の先頭を歩いていた。


入口さえ残っていれば、すべてが終わる。


牢も、子供たちも、その場で確認できる。


だが、なぜか西区の草地へ近づくほど、胸の奥にある不安は強くなっていった。

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