表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/204

第15話 白い手袋

アーガは再び魔法地図の前へ戻り、研究棟の位置を探した。


昨夜、セシは自分の研究室が研究棟二階の一番奥にあると話していた。


実技試験も終わったことだし、ちょうど結果を報告しに行くことができる。


研究棟は学院の中央部に建つ、灰色の尖塔を持つ高い建物だった。


アーガは蔓に覆われた回廊を抜け、研究棟の入口へ向かう。


彼が近づくと、扉の表面に刻まれた魔法紋様が淡く光り、そのままひとりでに内側へ開いた。


中から涼しい空気が流れてくる。


そこには羊皮紙やインク、古い本が混ざり合った独特の匂いが漂っていた。


(二階の、一番奥)


アーガは螺旋階段を上っていった。


廊下の両側には、歴代の著名な魔導師たちの肖像画が飾られている。


描かれた人物は、どれも厳しい表情を浮かべていた。


その視線は、前を通る者を追いかけているようにも見える。


おかげで、廊下全体が妙に静かで重苦しく感じられた。


やがてアーガは、一番奥にある部屋の前へたどり着いた。


彫刻の施された木製の扉は、完全には閉じられていない。


わずかに開いた隙間から、温かな黄色い光が漏れていた。


アーガは、セシを驚かせてみようと思った。


足音を立てないよう、つま先で扉の前まで近づく。


そして勢いよく扉を押し開けた。


「セシ先生――!」


部屋の中にいた二人の見知らぬ教師が、同時に顔を上げた。


そのうちの一人は、口元まで運んでいたティーカップを手にしたまま固まっている。


アーガも入口で硬直した。


顔に浮かべていた笑みが、そのまま凍りつく。


「えっと……」


扉の横にある表札を見た。


続いて、部屋の中にいる二人を見る。


「すみません。部屋を間違えました」


慌てて後ろへ下がった拍子に、踵が危うく敷居へ引っかかりそうになった。


一刻も早くこの場を離れたい。


そう思ったとき、廊下の反対側から聞き慣れた声が届いた。


「アーガ?」


アーガは勢いよく振り返った。


少し離れた場所に、分厚い本を何冊も抱えたセシが立っていた。


白金色の長髪が肩の後ろへ流れ、紫色の瞳には明らかな疑問が浮かんでいる。


「他人の研究室の前で、何をしているのですか?」


アーガはすぐに木製の扉を閉め、セシのもとへ駆け寄った。


「そこが先生の研究室だと思ったんです」


セシは扉の表札を一度見た。


「私の部屋は向かい側です」


アーガが振り返る。


そこで初めて、廊下の反対側にも、ほとんど同じ造りの木製扉があることに気づいた。


「先生は、どこへ行っていたんですか?」


「昨夜の事件について、少し処理をしていました」


セシはアーガを自分の研究室へ招き入れた。


抱えていた本を机の上へ置き、椅子を引いて腰を下ろす。


アーガも向かい側の来客用の椅子へ座った。


最初こそきちんとした姿勢を保っていたが、間もなく力なく背もたれへ沈み込む。


まるで、完全に力を使い果たした猫のようだった。


「試験、終わりました」


続けて、大きく息を吐く。


「疲れた……」


セシは羽根ペンを手に取り、机の上に置かれた書類を開いた。


「受けたのは、赤の試験会場だけですか?」


「うん」


「なぜ四色すべての試験を受けなかったのですか?」


セシは書類を処理しながら、何気ない口調で尋ねた。


「今のあなたなら、十二枚の基礎カードを使えるはずでしょう?」


羽根ペンの先へインクをつける。


「入学試験の首席を狙おうとは思わなかったのですか?」


(首席……)


閉じかけていたアーガの目が、再び開いた。


前世の自分は、試験のためにずいぶん努力してきた。


だが、クラスで一位になったのは、小さな試験で一度だけだった。


学年一位。


ましてや学校全体の一位など、本気で手が届くと思ったことさえない。


けれど、この世界では。


本当に、その位置へ届く可能性があるのかもしれない。


(学院で一位になるって、どんな感じなんだろう?)


そんな考えが浮かんだ直後。


身体に残っていた疲労が、再び一気に押し寄せてきた。


昨夜はほとんど眠っていない。


消耗した魔力も、まだ完全には回復していなかった。


無理をして残り三つの会場へ参加していたら、赤の試験と同じ状態を保てたかどうかは分からない。


「アーガ?」


セシが呼びかけた。


アーガは反応しなかった。


「アーガ?」


その視線は、まだ机の上へ向けられたままだった。


「アーガ!」


三度目の声が、突然大きくなる。


アーガはびくりと身体を震わせ、勢いよく姿勢を正した。


「はい!」


セシは羽根ペンを置き、不思議そうに彼を見た。


「今、何を考えていたのですか?」


「少し、昔のことを思い出していました」


アーガは頭をかいた。


どこか後ろめたそうに、視線を横へそらす。


セシは一瞬きょとんとした。


だが、すぐに声を上げて笑った。


「あなたは、まだ七歳でしょう?」


「それほど夢中になって思い返すような過去が、いったいどれだけあるのですか?」


午後の陽射しが窓から差し込み、机の上を明るく照らしていた。


インク瓶は光を受け、深い紫色の輝きを小さく反射している。


セシの笑顔を見ているうちに、アーガも思わず笑ってしまった。


(そうか)


(今の僕は、まだ七歳なんだ)


今回、無理に首席を狙わなかったとしても。


これから先には、まだ長い時間が残されている。


前世で成し遂げられなかったことも、この世界でなら、もう一度挑戦できるのかもしれない。


セシは再び羽根ペンを手に取った。


「結果は、おそらく午後五時頃に発表されます」


「一度戻って休んでも構いませんよ」


しかしアーガは、椅子へ沈み込んだまま立ち上がらなかった。


「もう少しだけなら、ここで待ちます」


二人は途切れ途切れに会話を続けた。


ほとんどの時間、セシは書類を処理し、アーガはそばで本を読んでいた。


ときどきアーガが学院について質問し、セシが手を動かしながら答える。


そうしているうちに、時刻は少しずつ午後五時へ近づいていった。


アーガが窓辺へ向かうと、ちょうど数人の学院職員が巻物を抱え、広場へ歩いていくところだった。


彼らは公告壁の前で巻物を開き、大きな順位表を次々と貼り出していく。


広場にいた受験生たちが、すぐに集まり始めた。


「結果が出たみたいです」


アーガは振り返って言った。


セシはまだ、机へ向かって書類を処理している。


「見に行かないのですか?」


「合格しているのは間違いないです」


アーガは答えた。


「あれだけやって、不合格になることはないでしょう?」


「私が言っているのは、合否のことではありません」


セシがようやく顔を上げた。


その目には、わずかな笑みが浮かんでいる。


「自分の順位を確認してきたらどうですか?」


「それもそうですね」


アーガはセシへ挨拶し、一人で研究棟を出た。


広場へ続く道には、すでに結果を確認した受験生たちが大勢歩いていた。


興奮しながら大声で話す者もいれば、うつむいたまま何も言わずに歩く者もいる。


「駄目だった……」


「僕、五十位だった!」


「戦士部門の一位は、やっぱりリサ・ベルマンだって!」


「魔法部門もすごく上だったよ。確か二位だったはず」


アーガが公告壁の近くへ到着したときも、まだ周囲は大勢の人で埋まっていた。


無理に人混みへ入る気にはなれない。


アーガは道端の芝生へ腰を下ろし、人が減るまで待つことにした。


そのとき、背後から慌ただしい足音が近づいてきた。


アーガが振り返る。


そこには、怒りに満ちた深い青色の瞳があった。


「アーガ・ラインハルト!」


リサはアーガの前まで来ると、歯を食いしばりながら言った。


「あなた、魔法部門の一位になっているじゃない!」


アーガは目を瞬いた。


「僕が一位?」


芝生から立ち上がり、遠くの順位表へ視線を向ける。


「でも、僕が見せたカードは七枚だけですよ?」


「だから腹が立つのよ!」


リサは力いっぱい地面を踏みつけた。


「私は魔法試験で十一枚のカードを使ったのに、それでもあなたより下だったの!」


「あなたが突然出てこなければ、魔法部門も戦士部門も、私が両方一位だったのよ!」


アーガは口を開いた。


しかし、何と答えればいいのか分からなかった。


(十歳で、もうそこまで一位にこだわっているのか……)


「ごめんなさい」


思わず謝ってしまう。


「でも、七枚しか使っていないのに一位というのは、確かに少し変ですね」


「何が変なの?」


リサは両腕を組んだ。


「学院の順位は、合格したカードの枚数だけで決まるわけではないでしょう?」


ちょうどそのとき、結果を見終えた二人の少女がそばを通りかかった。


「あの子が、アーガ・ラインハルトじゃない?」


「赤の試験で五枚のカードを同時に維持して、基礎魔法の形まで変えたって聞いたよ」


「十三枚のカードで合格した子が、自分こそ絶対に一位だって騒いでいたらしいけど、結果が出たら三位にも入っていなかったんだって」


「学院が重視するのは、制御力と完成度、それから魔法をどう使ったかでしょう? カードの数が多ければ一位になれるわけじゃないよ」


二人の話し声は、次第に遠ざかっていった。


リサはアーガを見つめ、小さく鼻を鳴らす。


「これで分かった?」


「分かりました」


アーガはうなずいた。


それから、少し困惑した様子でリサを見る。


「それで、僕を探しに来て、どうするつもりなんですか?」


リサは答えなかった。


右手を上げ、身につけていた白い手袋を外す。


そして、それをアーガの目の前へ投げ落とした。


ぱさり。


白い手袋が、芝生の上へ落ちる。


「あなたに決闘を申し込みます」


リサは誇らしげに顎を上げた。


澄んだ声が、周囲へはっきりと響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ