第148話 三日目
それからの三日間。
固定パーティー《仮面戦隊》は、暮星城のあちこちを走り回っていた。
◇ ◇ ◇
一日目の午前。
三人が受けたのは、迷子になった三毛猫を捜す依頼だった。
依頼主は東区で一人暮らしをしている老婆。
問題の三毛猫はかなり気性が荒く、民家の屋根へ上がったまま、何をしても下りてこようとしなかった。
イータは屋根の下へしゃがみ込み、小魚の干物を掲げている。
「ほら、おいで」
「おいしいですよ」
何度も呼びかけた。
しかし、三毛猫は煙突のそばへ寝そべったまま、冷たい目でイータを見下ろしている。
小魚の干物にも、まるで興味を示さない。
しばらくして、イータがアーガを見上げた。
「アーガ様」
「この猫、私のことを馬鹿にしていませんか?」
アーガも屋根の上を見る。
三毛猫は前脚を舐めたあと、大きな欠伸をした。
下にいる三人など、まったく眼中にないようだった。
「そう見えるな」
イータの耳が、力なく垂れ下がる。
最後には、リナが魔力を使った。
壁際から細い蔓を伸ばし、猫を驚かせないよう、ゆっくりと屋根へ這わせていく。
三毛猫が身体を伸ばし、気持ち良さそうに背筋を反らした瞬間。
蔓が柔らかく胴体へ巻きついた。
「ニャッ!?」
猫は驚いて暴れたが、リナは慎重に蔓を動かし、地面まで下ろしていく。
ところが。
三毛猫は地面へ下りた瞬間、近くにいたアーガへ飛びかかった。
――ビリッ。
鋭い爪が袖を引っかき、布地へ三本の線を残す。
「……どうして俺なんだ」
アーガは破れた袖を見下ろした。
老婆は三毛猫を抱きかかえながら、何度も頭を下げる。
「本当にありがとうねえ」
「この子ったら、昔から人の言うことを聞かなくて……」
老婆の腕の中で、三毛猫は満足そうに尻尾を揺らしていた。
◇ ◇ ◇
午後。
三人は西通りにあるパン屋で、小麦粉を運ぶ仕事を手伝った。
倉庫の中には、何十袋もの小麦粉が積み上げられている。
店主は当初、すべてを運び終える頃には日が暮れるだろうと考えていた。
しかし。
イータは小麦粉の袋を一つ抱え上げると、そのまま軽々と外へ運んでいく。
リナは蔓を使い、二袋を同時に引いていた。
アーガも倉庫と作業場を何度も往復する。
半日もかからず、倉庫内の小麦粉はすべて整理された。
「もう終わったのか?」
店主は驚いたように倉庫を見回した。
やがて満足そうに笑い、約束していた報酬とは別に、形の崩れたパンを籠いっぱいに詰めてくれた。
「売り物にはならないが、味は同じだ」
「持っていきな」
イータはパンの籠を大切そうに抱えた。
宿へ戻るまでの間、白い尻尾がずっと楽しそうに揺れている。
「この依頼は良い依頼です」
イータは真剣な顔で評価した。
アーガは籠の中のパンを見た。
「報酬より、そっちの方が嬉しそうだな」
「そ、そんなことはありません」
そう答えながらも、イータは籠を抱く腕へさらに力を込めた。
◇ ◇ ◇
二日目。
三人は手紙の配達と、灰尾鼠を捕獲する依頼を受けた。
手紙を届けるだけなら、危険はない。
だが、暮星城の道は三人が想像していた以上に複雑だった。
中央通りは広く、真っ直ぐ伸びている。
しかし、一歩脇道へ入れば、細い道が何度も折れ曲がり、いくつもの路地が複雑につながっていた。
アーガでさえ、二度も道を間違えた。
「こちらです」
リナが、壁へ取りつけられた古い案内板を指さす。
「次の角を右へ曲がるはずです」
アーガは案内板を確認した。
「いつ道を覚えたんだ?」
「先ほど通ったときに、案内板が見えましたから」
リナは少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「赤骸城にいた頃は、道を覚えておかないと困ることが多かったので……」
アーガはリナを見た。
だが、それ以上は何も尋ねなかった。
赤骸城で生き延びるために、彼女が身につけなければならなかった習慣なのだろう。
◇ ◇ ◇
灰尾鼠を捕らえる依頼では、イータが最も活躍した。
灰色の尻尾を持つ鼠型の小型魔獣は、倉庫に置かれた木箱の下や、僅かな壁の隙間へ潜り込んでいた。
普通の人間では、どこに隠れているのかさえ分からない。
だが、イータは床へ鼻を近づけただけで、すぐに居場所を見抜いた。
「この箱の下に三匹います」
「向こうの壁際にも、二匹です」
アーガが逃げ道を塞ぐ。
リナは蔓を使い、木箱や壁の隙間を封鎖した。
灰尾鼠たちは逃げ場を失い、次々と用意していた檻の中へ追い込まれていく。
一時間もかからなかった。
十数匹の灰尾鼠が、檻の中で身体を寄せ合っていた。
倉庫の主人は、その光景を見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。
「お前たち……」
「本当にF級なのか?」
アーガは依頼書を差し出す。
「登録したばかりだ」
主人は依頼書へ署名しながら、小さな声で呟いた。
「最近の新人は、こんなに強いのか……?」
◇ ◇ ◇
三日目の午前。
三人は城外にある野菜畑へ向かった。
畑には、数体の小型魔獣が現れていた。
普通の蜥蜴を何倍にも大きくしたような姿をしており、土の中へ潜り込んでは、野菜の根を噛み切っているらしい。
動きはそれほど速くない。
しかし、危険を感じるとすぐ地中へ逃げるため、農家の者たちは捕らえることができずにいた。
ここでも、最初に居場所を見つけたのはイータだった。
「この下にいます」
土の匂いを嗅ぎ、魔獣が潜んでいる位置を指さす。
アーガは短剣を地面へ突き立てた。
刃で傷つけるのではなく、土を掘り返しながら、魔獣を地上へ追い立てていく。
「出てこい」
地面が大きく揺れた。
次の瞬間。
蜥蜴型の魔獣が土を跳ね飛ばし、地表へ飛び出してくる。
リナの蔓が、その長い尾へ巻きついた。
「捕まえました」
逃げようとする魔獣を一体ずつ拘束し、用意されていた木製の檻へ入れていく。
数体の魔獣は、檻の中でも身体を動かし続けていた。
「シューッ!」
「シュルルッ!」
口を開き、威嚇するような鳴き声を上げている。
農家の男は依頼書へ署名すると、畑で収穫したばかりの野菜を何束か持ってきた。
「これも持っていきな」
「宿でスープにでもするといい」
イータは渡された野菜を見た。
パンの籠を受け取ったときと比べ、明らかに喜びが少ない。
アーガはその表情を見逃さなかった。
「好き嫌いをするな」
「していません……」
口では否定した。
しかし、白い耳は元気なく垂れていた。
◇ ◇ ◇
午後。
三人は、迷子になった子犬を捜す依頼へ向かった。
子犬は鐘楼付近の排水路へ入り込んでいた。
身体中が泥水で汚れている。
イータは地面へ伏せ、しばらく排水路の匂いを嗅いでいた。
細い水路の中へ腕を伸ばし、最後には泥まみれになりながら、子犬を抱き上げる。
「見つけました……」
イータの髪や頬にも、泥がついていた。
だが、助け出された子犬はイータを気に入ったらしい。
腕に抱かれたまま、勢いよく顔を舐め始める。
「わっ……」
「ちょ、ちょっと……!」
子犬は止まらない。
頬。
鼻先。
額。
泥のついた舌で、イータの顔を何度も舐めていく。
イータは子犬を抱いたまま、完全に固まっていた。
リナは笑いを堪えながら、布を取り出す。
「動かないでください」
「今、拭きますから」
アーガは二人の隣で依頼書を開き、子犬の首輪を確認していた。
「間違いない」
「この犬だ」
◇ ◇ ◇
この三日間で、三人は多くのF級依頼を達成した。
一件ごとの報酬は決して多くない。
だが、積み重なれば無視できない金額になる。
アーガの金袋も、ようやく少しずつ膨らみ始めていた。
同時に、暮星城の地理にも慣れてきた。
東区には一般市民が多く暮らしている。
家々の間隔が狭く、細い路地が複雑に入り組んでいた。
西区には商店が多い。
宿屋、酒場、露店が集まり、一日中多くの人々が行き交っている。
北区は農地や低い丘陵地帯に近く、小型魔獣が現れることも珍しくない。
一方、南区はほかの地区よりも静かだった。
大きな屋敷や倉庫がいくつも並び、道を巡回する衛兵の数も多い。
三人は毎朝、冒険者ギルドへ行って依頼を受ける。
夕方になると戻り、署名された依頼書を提出した。
受付嬢も、すでに三人の顔を覚えていた。
レックスたちも、時折ギルドの大広間に姿を見せた。
だが、三人が初日に二件の依頼を達成してからというもの、レックスが正面から馬鹿にしてくることはなくなった。
アーガと目が合えば、不機嫌そうに鼻を鳴らす程度だ。
エイヴンは、三人を見つけると時折声をかけてきた。
「随分と早いペースで依頼を終わらせているな」
ある日、エイヴンは感心したように言った。
「だが、F級依頼だけでは昇級まで時間がかかる」
「お前たちほどの実力があるなら、いつまでも猫や犬ばかり捜しているのはもったいないぞ」
アーガも、それは分かっていた。
◇ ◇ ◇
三日目の夜。
三人は《灰鳩亭》へ戻った。
部屋へ入った瞬間、イータは寝台のそばへ倒れ込んだ。
白い尻尾が力なく床へ伸びている。
「どうして今日の犬は、排水路なんかに入ったのでしょう……」
声にも、まるで力がなかった。
リナは水の入った木桶を机のそばへ置く。
彼女も小さく息を吐いた。
「少なくとも、無事に見つかりました」
アーガは机の前へ座った。
金袋を取り出し、この三日間で得た報酬を机へ並べていく。
以前よりも銅貨は増えていた。
銀貨も二枚ほど多くなっている。
宿代と食費だけなら、しばらくは困らない。
だが、より質の良い薬や装備を買うには足りなかった。
今後、次の街へ向かうための旅費まで考えれば、なおさらだ。
さらに問題なのは、依頼の達成記録だった。
数自体は増えている。
しかし、E級へ昇級するためには、まだ実績が足りない。
アーガは今日、受付嬢へ詳しい条件を確認していた。
F級依頼を三回達成すれば、仮登録用の木製徽章を、正式なF級徽章へ交換できる。
だが、E級へ昇級するためには、さらに多くの達成記録を積まなければならない。
もしくは――。
ギルドが認める格上依頼を、一件達成する必要がある。
アーガは硬貨を種類ごとに分けた。
その表情が次第に険しくなっていく。
リナはアーガの様子に気づき、そばへ歩いてきた。
「アーガ様」
「やはり、お金が足りませんか?」
「今すぐ困るほどではない」
アーガは答えた。
「だが、このままでは駄目だ」
寝台のそばにいたイータも、顔を上げた。
アーガは机の上に置かれた金袋を見ながら、話を続ける。
「F級依頼では時間がかかりすぎる」
「報酬が低い上に、実績としての評価も小さい」
「本当に金になる依頼を受けたいなら、少なくともE級まで上がる必要がある」
リナは考えるようにうなずいた。
「では、今後は格上依頼を受けるのですか?」
「ああ」
アーガは机へ指を置いた。
「機会を探す」
「危険度はそれほど高くないが、俺たちの実力をギルドに認めさせられる依頼が理想だ」
イータが小さな声で尋ねる。
「明日も、依頼を受けるのですか?」
アーガはイータを見た。
白い耳には、すでに元気がない。
リナも何も言ってはいないが、この数日間、朝から夕方まで働き続けていた。
疲れていることは明らかだった。
考えてみれば。
赤骸城を脱出してから、三人はほとんど休んでいない。
リンタ村。
黒槌町。
陌狼村。
次々と問題に巻き込まれた。
ようやく暮星城へ到着したあとも、すぐに冒険者として依頼を受け始めた。
緊張した状態を続けることが、良いとは限らない。
アーガは硬貨を金袋へ戻す。
袋の口をしっかりと縛り、懐へ収めた。
「明日は休む」
イータが目を瞬かせた。
次の瞬間、垂れていた耳が勢いよく立ち上がる。
「休むのですか?」
「ああ」
アーガはうなずいた。
「ギルドへは行かない。依頼も受けない」
「必要な物を買って、ついでに街の中を見て回ろう」
リナも驚いたようにアーガを見る。
「本当に、休んでもよいのですか?」
「構わない」
アーガは二人を見た。
「一日だけだ」
「そのあとは、また忙しくなる」
イータの尻尾が、嬉しそうに揺れ始めた。
リナはイータほど分かりやすく表情を変えなかった。
それでも、その瞳は僅かに明るくなっている。
窓の外では、すでに夜を迎えた暮星城の明かりが輝いていた。
遠くの酒場から、人々の笑い声が聞こえる。
鐘楼の低い音が通りを越え、夜の街へゆっくりと広がっていった。
二人にとって。
それは、暮星城へ到着してから初めて迎える、本当の休息の日になるようだった。




