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第146話 F級依頼

イータも、リナが口にした名前を繰り返す。


「仮面戦隊?」


受付嬢の持っていた羽根筆が、ぴたりと止まった。


ゆっくりと顔を上げ、アーガを見る。


「こちらが、パーティー名ですか?」


「ああ」


アーガは何事もなかったかのように答えた。


リナは何も言わない。


「……」


イータは目を輝かせていた。


「わあ……」


受付嬢は二秒ほど黙り込んだ。


目の前の少年が冗談を言っているのか、本気なのかを判断しようとしているらしい。


しかし、最終的には何も聞かなかった。


羽根筆を動かし、登録簿へパーティー名を書き込む。


「承知しました。固定パーティー《仮面戦隊》ですね」


受付嬢は三人を見回した。


「パーティーリーダーは、どなたですか?」


リナとイータが、同時にアーガを見る。


アーガは小さくため息をついた。


「俺だ」


「では、簡単な実力測定を行います」


受付嬢は棚から、透明な魔法球を取り出した。


人の頭ほどの大きさがあり、内部には薄い霧のような光が漂っている。


三人は言われた通り、順番に魔法球へ手を置いた。


最初はアーガ。


光が魔法球の内部を走り、文字が浮かび上がる。


「遊侠級中位」


続いてリナ。


「遊侠級下位」


最後にイータ。


「遊侠級下位」


受付嬢は結果を確認し、登録用紙へ書き加えていく。


「ガイア様、リナ様、イータ様。三名で構成された固定パーティーですね」


羽根筆を置き、三人へ説明を始めた。


「皆様の中に遊侠級上位を超える方はいらっしゃいませんので、冒険者としての初期等級はF級となります」


受付嬢は机の引き出しを開けた。


中から取り出したのは、三枚の木製徽章だった。


表面には剣と盾を組み合わせたギルドの紋章。


その下には、小さく『F』の文字が刻まれている。


「こちらは仮登録用の徽章です。F級依頼を三回達成するか、ギルドが正式に認めた格上の依頼を一回達成すれば、正式な昇級審査を申請できます」


三人へ徽章を手渡しながら、受付嬢は続ける。


「なお、F級冒険者が許可なくD級以上の依頼を受けることは禁止されています。E級依頼についても、受付担当者の確認が必要ですので、ご注意ください」


アーガは木製徽章を受け取り、腰へつけた。


そして、左側の壁にある依頼掲示板へ目を向ける。


掲示板の上部には、赤い羊皮紙が何枚も貼られていた。


その横には、目を疑うほど高額な報酬が記されている。


商隊を護衛し、危険な山道を越える依頼。


山中で発生している魔物の異常を調査する依頼。


鉄背熊の討伐。


行方不明になった商隊の捜索。


どの依頼も、F級依頼とは比べ物にならないほど報酬が高い。


「F級には、どんな依頼がある?」


アーガが尋ねる。


受付嬢は掲示板の一番下を指さした。


「あちらに貼られているものが、すべてF級依頼です」


三人は掲示板の前へ移動した。


◇ ◇ ◇


F級依頼が貼られた区画は、ほかの場所と比べて羊皮紙が小さかった。


並び方も雑で、内容にも統一感がない。


『迷子になった花模様の猫を捜してください。報酬、銅貨十二枚』


『西通りのパン屋で、小麦粉を運ぶ作業を手伝ってください。報酬、銅貨八枚。夕食つき』


『逃げ出した五頭の猟犬を捜してください。報酬、銅貨三十枚』


『城北部の農地付近に出没するゴブリンを追い払ってください。数は不明。三体から五体と推測。報酬、銀貨一枚と銅貨二十枚』


アーガの視線が、最後の依頼書で止まった。


銀貨一枚と銅貨二十枚。


決して高い報酬ではない。


しかし、F級依頼の中では明らかに高額だった。


「ゴブリンか」


アーガは依頼書を取ろうと、手を伸ばした。


そのとき、すぐ近くから馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。


「おいおい、登録したばかりだっていうのに、もうゴブリンを狩りに行くつもりか?」


アーガは声のした方へ顔を向ける。


長机のそばに、一人の大男が座っていた。


肩には、刃こぼれだらけの大きな戦斧を担いでいる。


眉の上から顎まで、顔を縦断する古い傷痕があった。


男は椅子の横木へ片足を乗せ、半分ほど残った麦酒の杯を揺らしていた。


細めた目で、三人を眺めている。


隣には二人の仲間がいた。


一人は細長い体つき、もう一人は背が低く太っている。


二人も大男の言葉を聞き、声を上げて笑った。


「新人だろ?」


大斧の男は、黄色い歯を見せた。


「小娘を二人も連れてギルドへ来て、徽章も新品じゃねえか。お前たち、ゴブリンがどんな魔物か知っているのか?」


杯の中の麦酒を一口飲む。


「村の入り口を走り回ってる犬とは違うんだぞ。一度斬れば、何もできずに死んでくれると思うなよ」


イータの耳が勢いよく立ち上がった。


リナも男へ視線を向ける。


表情は静かなままだったが、その瞳には僅かな冷たさが浮かんでいる。


アーガは、すぐには答えなかった。


大斧の男は椅子から立ち上がる。


酔っていることを見せつけるように、わざと身体を揺らしながら近づいてきた。


「俺はレックス・ベイン」


男は胸を叩く。


そこには、金属製のC級徽章がつけられていた。


「C級冒険者だ。俺の忠告を聞いておけ、小僧」


レックスはアーガを見下ろした。


「最初は大人しく、猫や犬でも捜していろ。ゴブリンは弱い。だが、持っている刃物で腹を刺されれば、人間は普通に死ぬ」


視線をリナとイータへ移す。


「お前が死ぬだけなら構わねえ。だが、この二人まで巻き込んで、洞窟の奥へ引きずり込まれるような真似はするな」


周囲にいた何人かの冒険者が、こちらを見始めていた。


面白そうに笑う者、関わるのが面倒なのか視線だけを向ける者、単純に騒ぎを見物しようとしている者もいる。


アーガはレックスを見つめた。


言い方は酷いが、内容が完全に間違っているわけではなかった。


普通の新人ならば、登録した直後に戦闘依頼を選ぶのは危険だ。


ゴブリンは弱い。


しかし、それは戦闘経験のある者から見た話だ。


何も知らない新人が油断すれば、簡単に命を落とす。


問題は――アーガたちが、普通の新人ではないことだった。


「忠告、感謝する」


アーガは平静な声で言った。


レックスは目を瞬かせた。


まさか素直に礼を言われるとは思っていなかったらしい。


アーガはそのまま手を伸ばし、ゴブリン討伐の依頼書を掲示板から外した。


「だが、この依頼は受ける」


レックスの笑みが、僅かに消えた。


「人の話が理解できねえのか?」


アーガは顔を上げる。


「理解している。お前の話は最後まで聞いた。忠告にも礼を言った。ほかに何か用があるのか?」


ギルド内の騒がしい声が、少しだけ小さくなった。


レックスはアーガを睨みつける。


その目に、ゆっくりと凶暴な色が浮かび始めた。


「このガキ……」


レックスが一歩踏み出す。


その瞬間、横から伸びてきた手がレックスの肩を押さえた。


「そこまでにしておけ、レックス」


声をかけたのは、三十歳前後に見える男だった。


深い茶色の革鎧を身につけ、腰には長剣、背中には折り畳まれた狩猟用の弓があった。


大柄ではないが、立ち姿には少しも隙がなかった。


その声も落ち着いている。


「彼らが受けようとしているのは、正式なF級戦闘依頼だ。規則には何も違反していない。本当に心配しているなら、忠告は一度で十分だろう」


男はレックスの肩から手を離した。


「ギルドの大広間を、酒場の裏路地にするな」


レックスが振り返る。


男の顔を見ると、表情が僅かに変わった。


「エイヴン……余計なことに首を突っ込むな」


レックスの頬が引きつった。


数秒間アーガを睨みつける。


しかし、最後には鼻を鳴らし、元の長机へ戻っていった。


「死にたいなら、勝手に死ね」


椅子へ乱暴に座り、麦酒の杯を手に取る。


「俺が忠告しなかったとは言わせねえぞ」


騒ぎが終わったと判断したのか、周囲の冒険者たちも少しずつ視線を逸らしていった。


エイヴンと呼ばれた男は、アーガへ向き直る。


穏やかな笑みを浮かべた。


「気にしないでくれ。レックスは口が悪い。だが、ゴブリンを甘く見るなという点だけは間違っていない」


アーガは軽くうなずいた。


「助かった。ありがとう」


男は右手を差し出した。


「エイヴン・ロイ。C級冒険者だ。狩人向けの依頼を受けることもある」


アーガも手を伸ばし、握手を交わした。


「ガイアだ」


「登録したばかりか?」


「ああ」


エイヴンはアーガが持っている依頼書を見た。


続いて、リナとイータへ視線を向ける。


「三人で固定パーティーを組んでいるのか?」


イータがすぐに答えた。


「はい! 《仮面戦隊》です!」


とても真剣な顔だった。


むしろ、少し誇らしげに胸を張っている。


エイヴンの表情が止まった。


「……なかなか、勢いのある名前だな」


アーガは無表情のまま、手にしていた依頼書を折り畳んだ。


リナは僅かに顔を背ける。


笑いを堪えているようだった。


「ごほん」


エイヴンは一度咳払いをし、何事もなかったように説明を続ける。


「城北部の農地に現れるゴブリンなら、通常はそれほど数が多くない。だが、あいつらは狡猾だ。三体見つけたからといって、本当に三体しかいないとは限らない。近くに巣穴がある可能性も考えた方がいい」


エイヴンの表情が少しだけ真剣になる。


「それから、深追いはするな。F級依頼で求められているのは、基本的に農地からの追放だ。巣を根絶やしにすることではない」


「分かった」


アーガが答える。


「もう一つ」


エイヴンは依頼掲示板を指さした。


「金に困っているなら、捜索系の依頼も一緒に受けるといい。暮星城の周辺は比較的治安がいい。猫や犬を捜す仕事は面倒だが、少なくとも危険は少ない」


そこで、イータへ目を向ける。


「そちらの嬢ちゃんは……」


イータの白い耳が動いた。


「獣人族なら、嗅覚も鋭いんじゃないか?」


イータは勢いよくうなずく。


「はい! 私、鼻には自信があります!」


エイヴンは笑った。


「なら、捜索依頼はお前たちに向いているだろう」


アーガは、その視線を追うように掲示板を見た。


先ほど見つけた依頼書が、まだ貼られている。


『逃げ出した五頭の猟犬を捜してください』


報酬は銅貨三十枚。


高くはないが、ゴブリンの依頼と同じ方向なら、ついでに受けても悪くない。


アーガはまず、ゴブリンの依頼書を受付へ持っていった。


受付嬢は内容を確認する。


「城北部の農地付近に出没するゴブリンの排除ですね。依頼主は、北区農家組合です」


依頼書に書かれた条件を、改めて読み上げる。


「依頼内容は、ゴブリンの追放、もしくは討伐。今後、農地への被害が発生しないことを確認できれば達成となります。期限は三日以内です」


「問題ない」


受付嬢はうなずき、依頼書へギルドの印章を押した。


アーガは登録を終えると、出口へ向かおうとした。


だが、途中で足を止める。


視線の先にあるのは、五頭の猟犬を捜す依頼書だった。


西区付近で、五頭の猟犬が行方不明になっている。


依頼主は犬を飼育している男。


昨日の夕方に逃げ出したため、可能な限り早く連れ戻してほしいと書かれていた。


アーガは少し考えたあと、依頼書を掲示板から外した。


リナが尋ねる。


「アーガ様、こちらの依頼も受けるのですか?」


「ついでだ。ゴブリンの依頼には三日の期限がある。犬捜しの方は、時間が経つほど遠くまで逃げる可能性が高い。先に小さな報酬を稼いでおこう」


イータが勢いよく顔を上げた。


「犬を捜すなら、私、得意かもしれません!」


その瞳は、はっきりと輝いていた。


アーガはそんなイータを見て、うなずく。


「なら、任せたぞ」


「はい!」


イータは力強く返事をした。


リナも静かに言う。


「簡単な依頼でも、収入がないよりはずっといいと思います」


アーガは二枚目の依頼書を受付嬢へ渡した。


受付嬢は内容を確認し、もう一つ印章を押す。


これで、二つの依頼を正式に受注したことになる。


アーガは依頼書をまとめ、ギルドの出口へ向かった。


その背後から、レックスたちの低い笑い声が聞こえてくる。


「犬捜しか。そういう仕事の方が、新人には似合ってるじゃねえか」


イータの耳が、ぴくりと動いた。


明らかに不満そうだった。


しかし、アーガは振り返らない。


エイヴンはすでに長机へ戻っていた。


アーガたちが出ていくのを見ると、遠くから麦酒の杯を軽く掲げる。


アーガも僅かにうなずき、返事とした。


◇ ◇ ◇


三人は冒険者ギルドを出た。


外の陽光は、来たときよりも強くなっていた。


石畳の通りを、馬車と人々が絶え間なく行き交っている。


遠くには、城壁の上から白い雪山の一部が見えた。


山頂の雪が朝日を受け、燃えているかのように眩しく輝いていた。


「アーガ様、今から犬を捜しに行くのですか?」


イータがアーガの隣を歩きながら尋ねる。


アーガは手に持っている二枚の依頼書を見た。


一つはゴブリンの排除、もう一つは五頭の猟犬捜し。


しばらく黙ったあと、ため息をつく。


「まずは犬だ」


その言葉を聞いた瞬間、イータの尻尾が勢いよく上へ持ち上がった。


「ただし、喜ぶのはまだ早いぞ。犬を見つけたら、午後には城北部へ行く。ゴブリンの様子も確認するからな」


「はい!」


イータはすぐにうなずいた。


リナは二人のやり取りを見つめ、僅かに口元を緩める。


こうして。


固定パーティー《仮面戦隊》の冒険者としての初日は――。


五頭の迷子犬を捜すところから始まった。

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