第134話 明かされる真相
アーガは話を続けた。
「誰もが、毒に侵された子供たちへ気を取られていた」
「だが、その前に起きていた重要な出来事が見落とされている」
集まった人々を、ゆっくりと見渡す。
「子供たちが行方不明になる前に、陌狼村の第一隊長と数人の護衛が殺されていた」
群衆の中から、小さなどよめきが上がった。
「何だって?」
「獣人の第一隊長が死んだのか?」
それでも、アーガは話を止めなかった。
「獣人の領地へ侵入し、誰にも気づかれずに第一隊長と護衛を殺す」
「それが可能なのは、三つの立場だけだ」
指を一本ずつ立てる。
「陌狼村の内部にいる者」
「リンタ村にいる実力者」
「あるいは、戦斧商会が送り込んだ手練れだ」
「そ、それなら……」
群衆の一人が、思わず尋ねた。
「犯人は誰なんだ?」
アーガは冷たく笑った。
「よく考えてみろ」
「陌狼村の第一隊長が死に、族長の子供たちまで危篤状態になった」
「そのまま二つの村が全面的な戦争を始めたら、最も得をするのは誰だ?」
群衆が、短い沈黙に包まれた。
古びたフェルト帽を被った老人が、眉を寄せて考え込む。
「戦斧商会は武器と魔晶鉱粉を売っている」
「当然、戦争になれば儲かるが……」
小さく呟いたあと、首を横へ振った。
「いや」
「商品を売るだけなら、ここまで面倒で危険なことをする必要はない」
老人は、何かへ気づいたように目を見開いた。
「まさか……」
「陌狼村の第二隊長、ブラクか?」
アーガは老人へ視線を向け、頷いた。
「そのとおりだ」
通り全体が、一瞬で騒然となった。
アーガの言葉が、刃のようにその騒ぎを切り裂く。
「陌狼村の第二隊長ブラクは、戦斧商会と手を組んでいた」
「二つの種族の対立を激化させ、戦争が起きれば、その中で利益を得られる」
「さらに機会があれば、混乱に乗じてヴォルフガ族長を始末し、自分が族長の座へ就くつもりだった」
一度、言葉を切る。
アーガはバルカンを真っ直ぐに見た。
「そのブラクこそ、戦斧商会が《一号》と呼んでいた人物ではないのか?」
◇ ◇ ◇
通りが完全に沸き立った。
驚きの声。
怒鳴り声。
激しい罵声。
それらが至るところから上がっている。
グレイソンは動揺したように一歩下がった。
バルカンの表情も、鉄のように暗くなっている。
「でたらめを言うな!」
バルカンが冷たい声で言い放つ。
「何を根拠に、そのようなことを言っている?」
アーガは懐へ手を入れた。
取り出したのは、何枚もの写しだった。
そのまま、眼下の群衆へ向かって放り投げる。
紙が風に乗り、通りへ舞い落ちた。
文字を読める商人や冒険者たちが、すぐに紙を拾い上げる。
「これは……」
「手紙か?」
「ここには……地位が危うくなると書いてあるぞ」
アーガは冷たい声で説明した。
「俺は以前、戦斧商会の内部で、この手紙を見た」
「そこには、はっきりと書かれている」
「陌狼村とリンタ村の対立を、戦斧商会に引き続き激化させてもらわなければ、自分の一族内での地位が危うくなるとな」
バルカンが怒鳴った。
「その手紙が本物かどうかも分からん!」
「仮に本物だったとしても、我々がブラクと手を組んでいた証拠にはならない!」
「確かにな」
アーガはあっさりと認めた。
「だから今、これだけ大勢の人間が集まっている」
「衛兵隊長が、すぐに戦斧商会の中を捜索すればいい」
「原本は、まだ商会内のどこかに残っているはずだ」
衛兵隊長が目を細め、バルカンへ視線を向けた。
「バルカン会長」
「商会の中を捜索しても構わないな?」
バルカンの表情が、さらに険しくなる。
衛兵隊が今すぐ内部へ踏み込めば、商会に残されている不利な証拠を処分する時間はない。
だからといって、大勢の前で捜索を拒めば、自ら後ろ暗いことがあると認めるようなものだった。
さらに厄介なのは、衛兵隊が賄賂を受け取っていた事実だった。
バルカンは、その場で衛兵隊長の収賄を暴露することもできる。
しかし、そうすれば衛兵隊長は自分を守るため、戦斧商会の言い分を虚偽だと断定し、すぐに攻撃を始めるだろう。
戦斧商会にとって、それはあまりにも大きな損失になる。
バルカンが答えられずにいると。
グレイソンが突然、大声を上げた。
「手紙があったとしても、戦斧商会が陌狼村の誰かと接触していたとしか証明できない!」
「お前は長々と話しているが、子供たちへどうやって毒を盛ったのかは説明していない!」
グレイソンは群衆へ向かって叫ぶ。
「リンタ村には、騎士団を退役した実力者がいる!」
「村の中へ侵入して毒を盛るなど、できるはずがない!」
その言葉によって、群衆のざわめきが僅かに弱まった。
人々の視線が、再びアーガへ集まる。
向かい側の二階。
窓の奥に立つトムは、ゆっくりと窓枠を握り締めた。
しかし、アーガは少しも動揺しなかった。
「戦斧商会が送り込んだ者とブラクは、身分を隠して協力した」
「そして、陌狼村の第一隊長と護衛たちを殺した」
「そのあと、二人の子供をわざと逃がし、リンタ村の近くまで追い込んだんだ」
アーガは周囲を見渡す。
「リンタ村は、最初から戦争を望んでいなかった」
「しかも、村の近くで見つけたのは幼い子供たちだ」
「当然、村へ連れ帰って保護する」
黒槌町を訪れたことのあるリンタ村の住民たちが、無意識に頷いた。
バルカンは冷たく笑う。
「では、毒はどうした?」
「やはり説明できないではないか!」
「そこが、この計画の最も重要な部分だ」
アーガの声が、通りへ力強く響いた。
「毒は、直接子供たちへ盛られたわけではない」
群衆が、一斉に静まり返る。
「戦斧商会は少し前から、リンタ村へ生活用品を安く売りつけていた」
「特に石鹸や洗髪剤のような、水と一緒に大量に使われる商品だ」
「その中に、《白鱗蘚毒》と呼ばれる毒が混ぜられていた」
「白鱗蘚毒?」
群衆の誰かが、不思議そうに繰り返した。
「人間に対しては、ほとんど影響がない毒だ」
アーガは説明する。
「だが、実力の低い獣人には強く作用する」
「特に、学徒級の獣人が体内へ取り込めば、高熱、魔力の乱れ、意識の混濁を引き起こす」
「症状が重ければ、一日か二日で死ぬ」
アーガは、群衆の奥へ視線を向けた。
「リンタ村の者たちが石鹸や洗髪剤を使えば、毒は排水と一緒に村の川へ流れ込む」
「トムさんは何も知らないまま、その川の水を保護した獣人の子供たちへ飲ませた」
◇ ◇ ◇
二階の窓の奥。
トムの顔から、一瞬で血の気が失われた。
窓枠を握っていた手から、少しずつ力が抜けていく。
まるで全身から力を奪われたように、身体が僅かに揺れた。
隣に立つリナの瞳にも、理解の色が浮かぶ。
「だから、イータも毒に……」
リナが小さな声で呟いた。
「私たちがリンタ村へ着いたとき、イータもあの川の水を飲みました」
トムの目が赤くなる。
あのとき。
獣人の子供たちへ水を飲ませた、自分の手を思い出す。
弱り切っていた呼吸が、少しずつ落ち着いていく様子を思い出す。
ようやく助けられたのだと、そう信じていた。
だが。
自分が差し出した水こそ、本当の毒だった。
「畜生……」
トムの声は、聞き取れないほど震えていた。
通りに集まった人々も、再び騒ぎ始める。
髭だらけの猟師が、手にしていた弓を強く握り締めて怒鳴った。
「畜生どもが!」
「子供まで利用したのか!」
一人の農婦も、取り乱したように叫ぶ。
「二つの村が、どうして急に殺し合いを始めたのかと思っていた!」
「全部、こいつらが仕組んだことだったのか!」
「戦斧商会は、ずっと魔晶鉱粉を売っていたぞ!」
「数日前にも、連中が獣人と隠れて取引しているのを見た!」
「黒槌町の衛兵は何をしていたんだ!」
「どうして、こんなことを放置していた!」
怒りの声が、波のように何度も押し寄せる。
パンを売っていた老人が、露店に残っていた硬いパンをつかんだ。
そして、グレイソンへ向かって投げつける。
――ゴッ!
硬いパンが肩へ命中し、破片が地面へ飛び散った。
それをきっかけに。
さらに多くの物が、戦斧商会の正門へ投げ込まれ始める。
腐った果物。
小石。
空になった陶器の杯。
明かされた真相は、群衆へ煮えた油を注いだように、通り全体の怒りを一瞬で燃え上がらせた。
◇ ◇ ◇
バルカンは商会の正門前に立ち、顔を歪ませていた。
屋根の上にいるアーガを、血走った目で睨みつける。
その瞳に宿る殺意を、もはや隠そうともしなかった。
「アーガァァァッ!」
激しい怒号が、通りへ響き渡る。
胸元につけられた金色の戦斧徽章が、夕日の中で冷たく輝いた。
次の瞬間。
バルカンが足元の石板を踏み砕いた。
――バキンッ!
巨体が、砲弾のような速度でアーガのいる建物へ向かって突進する。
「レイン!」
バルカンが動いた瞬間。
アーガは、衛兵隊長の名を叫んだ。
その声は混乱した群衆を突き抜け、通りの中央に立つ衛兵隊長へ届く。
レインは刀の柄へ手を掛けたまま、動かなかった。
背後に並ぶ衛兵たちは、すでに戦闘態勢を取っている。
あとは、隊長の命令を待つだけだった。
しかし。
レインは、何も命じない。
アーガの瞳孔が、僅かに縮んだ。
バルカンは、すでに通りの中央へ到達していた。
背中から、巨大な戦斧を引き抜く。
刃が空気を切り裂き、肌が粟立つほど鋭い音を立てた。
(遊侠級上位――!)




