第133話 三度目の戦斧商会
戦斧商会の入り口には、以前よりも多くの護衛が配置されていた。
アーガが近づくと、一人の護衛がすぐに気づく。
「ガイア殿」
「グレイソンはいるか?」
「はい」
「会長も、あなたをお待ちです」
護衛は頭を下げると、すぐに建物の中へ報告に向かった。
しばらくして。
満面の笑みを浮かべたグレイソンが、正門から姿を現した。
「ガイア殿」
「ちょうどよいところへ来てくれた」
アーガは彼を見る。
「商品は間もなく到着する」
「受け取る人員は用意できているのか?」
「もちろんだ」
グレイソンは自然な笑みを浮かべて答えた。
「東門には、すでに十分な人数を向かわせている」
「あとは、あなたの商品が届くのを待つだけだ」
アーガは満足したように頷いた。
その直後。
何気ない口調で言う。
「取引を始める前に、もう一度だけ、あの上等魔晶石を見せてもらいたい」
グレイソンの笑みが、僅かに止まった。
「随分と急いでいるようだな」
低い声が、建物の中から聞こえてきた。
バルカンが商会の広間から歩いてくる。
肩には暗赤色の外套。
顔には、意味の読めない笑みが浮かんでいた。
アーガは平然と答える。
「少し確認したいことがあるだけだ」
バルカンは、しばらくアーガを見つめた。
やがて笑みを浮かべる。
「構わん」
身体を横へずらし、商会の中を示した。
「入れ」
アーガは迷う様子を見せなかった。
バルカンとグレイソンに続き、戦斧商会へ入る。
◇ ◇ ◇
広間は、普段よりも静かだった。
数人の護衛が壁際へ立っている。
何気なく配置されているように見えるが、それぞれが正門や裏口へ続く道を塞いでいた。
アーガは気づいていないふりをして、そのまま奥へ進む。
二階へ続く階段。
その一段目へ足を掛けた瞬間。
左右の扉が、ほぼ同時に開かれた。
――バンッ!
数人の男たちが、一斉に飛び出してくる。
二人がアーガの両腕へ飛びかかり、もう一人が背後から肩をつかもうとした。
アーガの表情が変わる。
すぐに後方へ下がった。
「何のつもりだ!」
袖の中から煙幕弾を取り出し、床へ叩きつけようとする。
しかし。
グレイソンの動きの方が速かった。
片手を振ると、半透明の粘液が空中へ現れる。
生き物のように伸びた粘液が、アーガの手首へ巻きついた。
煙幕弾も粘液に捕まり、床へ落ちることなく空中で止まる。
その隙に、二人の護衛が左右からアーガへ飛びかかった。
両腕をつかみ、強引に身体を押さえ込む。
アーガは一度だけ振りほどこうとした。
だが、護衛たちはさらに力を込めた。
「これは、どういう意味だ?」
グレイソンの笑顔が、ついに変わった。
先ほどまでの親しげな態度は消えている。
代わりに浮かんでいたのは、嘲るような笑みだった。
「どういう意味か?」
「自分で考えてみたらどうだ?」
バルカンは階段の上から、アーガを見下ろした。
「我々を騙せると思ったのか?」
「アーガ」
アーガの瞳孔が、僅かに縮む。
すぐに眉を寄せた。
「アーガ?」
「誰の話だ?」
「人違いではないのか?」
「これが欲しかったのだろう?」
グレイソンは、掌の上で上等魔晶石を転がしていた。
冷たい笑みを浮かべる。
「もう演技はやめろ」
バルカンが、ゆっくりと階段を下りてくる。
「陌狼村で、二人の獣人の子供を炎の中から救い出した」
「ヴォルフガ族長と密かに話し合い、陌狼村から魔晶鉱粉を運び出した」
「それを商人の商品に見せかけ、我々へ売りつけた」
口元へ、冷たい笑みが浮かぶ。
「我々が、何も知らないと思っていたのか?」
アーガは黙り込んだ。
グレイソンが、さらに言葉を続ける。
「ついでに教えておいてやろう」
「商会の人員は、全員ここに残っている」
「東門には、一人も向かわせていない」
広間に立つ護衛たちが、低い笑い声を漏らした。
バルカンは勝利を確信したような目で、アーガを見つめる。
「確かに、お前は頭が切れる」
「だが、残念だったな」
「まだ若すぎる」
アーガは俯いた。
ついに抵抗を諦めたように見える。
しばらくして。
小さなため息を吐いた。
「そうか」
グレイソンが目を細める。
アーガはゆっくりと顔を上げた。
その表情から、先ほどまでの動揺は完全に消えている。
代わりに、僅かな笑みが浮かんでいた。
「どうやら、かなり調べたらしいな」
バルカンが眉を寄せる。
アーガは続けた。
「だが、一つだけ」
「お前たちは、大きな計算違いをしている」
「何だ?」
アーガの笑みが深くなる。
「俺の実力だ」
◇ ◇ ◇
言葉が終わると同時に。
アーガの体内から、凄まじい魔力が噴き上がった。
周囲の空気が、目に見えない炎で燃やされたかのように激しく震える。
腰へ、四つの色を帯びた魔力腰帯が形成された。
赤カード1《火》。
黄カード1《棕熊》。
青カード1《治癒体》。
緑カード1《穿刺》。
四枚のカードが、立て続けに腰帯のスロットへ差し込まれる。
「融合変身――」
――轟ッ!
アーガの手首から炎が爆発した。
腕へ巻きついていた粘液が、一瞬で焼き切られる。
空中へ拘束されていた煙幕弾が、再びアーガの掌へ落ちた。
そのまま手首を返し、床へ叩きつける。
――バンッ!
濃い煙が一気に噴き出した。
瞬く間に、広間全体が白煙へ包まれる。
「止めろ!」
バルカンの怒声が響く。
「入り口を塞げ!」
「絶対に外へ出すな!」
混乱の中。
バルカンの部下の一人が、風属性の魔法を発動した。
強風が広間を吹き抜ける。
渦巻いていた煙が、急速に外へ押し流されていった。
しかし。
全員の視界が戻った頃には、アーガはすでに正門の前まで到達していた。
全身には半透明の魔力装甲が形成され、その表面を淡い紋様が走っている。
普段とは比べものにならない速度と力だった。
正門を守る二人の護衛が、慌てて武器を構える。
だが、遅い。
一人はアーガの拳を胸へ受けた。
もう一人は、横から振り抜かれた蹴りを腹へ食らう。
二人の身体が同時に吹き飛び、左右の門柱へ激突した。
そのまま力なく地面へ倒れ、動かなくなる。
アーガは正門から通りへ飛び出した。
身体を覆っていた魔力装甲が、光の粒となって急速に消えていく。
融合変身を解除し、懐から信号弾を取り出す。
空へ向けて発射した。
――ヒュウウウッ!
赤い光が、黒槌町の空へ一直線に昇っていく。
直後。
上空で激しく弾けた。
――パンッ!
真紅の光が、戦斧商会と周囲の通りを明るく照らす。
道を歩いていた者たちが、一斉に空を見上げた。
「何の音だ?」
「戦斧商会の方だぞ!」
「何か起きたのか?」
格雷森とバルカンも、アーガを追って正門から飛び出してきた。
グレイソンが片手を振る。
再び半透明の粘液が現れ、アーガへ向かって伸びていく。
バルカンも腰に下げた戦斧へ手を掛けた。
その巨体から放たれる圧力が、少しずつ強くなっていく。
そのとき。
通りの向かい側。
二階の窓から、鮮やかな緑色の光が放たれた。
リナが窓辺へ立っている。
両手を前へ突き出した。
魔力が集まり、数本の鋭い茨の槍を形作る。
「はあっ!」
茨の槍が空気を切り裂き、グレイソンとバルカンへ向かって飛んだ。
二人は同時に地面を蹴り、左右へ転がるように回避する。
――ドドドッ!
茨の槍が、戦斧商会の前に敷かれた石板へ突き刺さった。
石板が砕け、重い音が通りへ響く。
アーガは、その一瞬を逃さなかった。
黄カード2《チーター》の力を両脚へ流し込む。
激しい痛みが負傷した右脚へ走った。
それでも速度を落とさず、正面へ駆け出す。
数歩走ったところで、地面を強く蹴った。
身体が高く浮かび上がる。
向かい側にある建物の外壁へ足を掛け、指を二階の窓枠へ引っ掛けた。
そのまま身体を引き上げる。
窓を越え、二階の屋根へ着地した。
アーガが無事に逃げ切った姿を見て。
リナはようやく、安堵したように息を吐いた。
「アーガ様!」
◇ ◇ ◇
アーガは屋根の端へ立ち、眼下の通りを見渡した。
信号弾によって、すでに多くの者が集まり始めている。
商人。
通行人。
冒険者。
さらに、騒ぎを聞きつけた衛兵たち。
戦斧商会の正門前は、瞬く間に人で埋め尽くされた。
間もなく。
衛兵隊長も、武装した部下を引き連れて現れた。
地面へ倒れている二人の護衛を見る。
続いて、屋根の上に立つアーガへ目を向けた。
険しい表情で眉を寄せる。
グレイソンは、すぐに衛兵隊長の前へ進み出た。
顔には、わざとらしい悲痛な表情が浮かんでいる。
「衛兵隊長!」
「ちょうどよいところへ来てくださいました!」
突然、屋根の上にいるアーガを指さした。
「この狂人が、無断で戦斧商会へ侵入したのです!」
「商会の財産を破壊し、護衛たちまで負傷させました!」
「すぐに捕らえ、厳しく処罰してください!」
衛兵隊長は顔を上げ、アーガを見た。
「お前から、何か言うことはあるか?」
アーガは冷たく笑った。
――パチ、パチ、パチ。
ゆっくりと手を叩く。
乾いた拍手の音が、次第に静まり返っていく通りへ響いた。
アーガは周囲を見渡す。
瞳には、鋭い光が宿っていた。
「これだけ大勢が集まったのなら、ちょうどいい」
「戦斧商会が何をしてきたのか」
「ここで、俺から説明させてもらおう」
人々の話し声が、一斉に止まった。
その場にいる全員の視線が、屋根の上のアーガへ集まる。
アーガは屋根の端へ立ったまま、冷たく澄んだ声で告げた。
「戦斧商会は、長い間、陌狼村とリンタ村の対立を煽ってきた」
「そして両者の争いを利用し、武器と魔晶鉱粉を大量に売りつけ、利益を得ていた」
グレイソンの顔色が、一瞬で変わった。
すぐに怒鳴り声を上げる。
「でたらめだ!」
「衛兵隊長、あの男は戦斧商会を陥れようとしている!」
「今すぐ捕らえろ!」
衛兵隊長は、グレイソンへ冷たい視線を向けた。
「黙れ」
「最後まで話をさせろ」
バルカンの瞳が、一気に険しくなる。
「貴様……?」
ようやく、異変へ気づいた。
衛兵隊長の態度がおかしい。
しかし。
すでに、すべてが遅かった。




