第13話 百体の標的
開始の合図が響いた瞬間、リサは勢いよく目を開いた。
深い青色の瞳の奥で、細い稲妻が一瞬だけ弾ける。
右手で腰の細剣を抜き放つと同時に、左手で赤の五《雷》を引き抜いた。
眩い雷光がカードに刻まれた紋様を走り、瞬く間に剣身とリサの全身を包み込む。
バチッ――!
次の瞬間、リサの姿がその場から消えた。
青白い雷光が、訓練場の中を凄まじい速度で駆け巡る。
彼女が通過するたび、細剣の切っ先が木製標的の急所を正確に斬り裂いた。
頭部、腕、胴体。
標的が次々と切断され、飛び散った木片が雷光とともに周囲へ舞い上がる。
試験官の一人が、思わず身を乗り出した。
「雷元素を、身体と武器の両方へ同時にまとわせているのか?」
「雷属性カードの制御だけなら、すでに大半の在校生を上回っているぞ」
リサは雷の爆発力を利用し、一気に空中へ跳び上がった。
宙で軽やかに半回転し、その動きに合わせて細剣を振り下ろす。
「雷撃術!」
剣先から太い雷光が放たれた。
閃光は前方に並ぶ三体の人型標的を、一瞬でまとめて貫通する。
攻撃を受けた木製標的は、ただ倒れただけではなかった。
轟音とともに爆発し、無数の破片へ変わった。
主任試験官は、訓練場に残る電光を凝視していた。
その表情にも、明らかな変化が現れている。
「この魔力の強さ……本当に十歳の受験生なのか?」
着地したリサは、一瞬も動きを止めなかった。
左手でもう二枚のカードを引き抜く。
赤の九《光》。
赤の十《闇》。
眩い光と深い闇が同時に細剣へまとわりついた。
それに合わせ、リサの動きも変化する。
一瞬前までは雷のように速く、眩しいほど目立っていた。
しかし次の瞬間には、物音一つ立てず、標的が地面へ落とす影の中へ溶け込んでいた。
暗闇の中で、剣光だけが何度も閃く。
一体、また一体と、木製標的が中央から切断されていった。
「時間終了!」
制限時間を告げる声が響いた瞬間、リサはちょうど細剣を鞘へ収めたところだった。
訓練場は見るも無残な状態になっていた。
百体の人型標的のうち、無傷のまま立っているものは、わずか十七体。
観客席から、盛大な拍手と歓声が湧き上がった。
試験官たちは素早く結果を書き込んでいたが、その顔にはまだ驚きが残っている。
主任試験官が筆を置いた。
「実に見事な内容でした、ベルマン嬢」
「赤属性の元素カードに対する理解と制御力は、同年代の受験生をはるかに上回っています」
リサは小さくうなずいた。
称賛を受けても、その表情はほとんど変わらない。
観客の中へ戻っていく足取りも落ち着いており、呼吸さえ乱れていなかった。
額にも、目立った汗は浮かんでいない。
主任試験官が、次の名簿へ視線を落とす。
「三番」
「アーガ・ラインハルト」
アーガは大きく息を吸った。
先ほどの光景による衝撃から我に返り、訓練場の中央へ向かって歩き出す。
リサの横を通り過ぎたとき、かすかな呟きが聞こえた。
「あなた……」
どうやらリサも、アーガのことを覚えていたらしい。
深い青色の瞳に、わずかな驚きが浮かぶ。
しかし、それはすぐに消え、先ほどまでの自信に満ちた表情へ戻った。
アーガは立ち止まらなかった。
訓練場には焦げ跡と砕けた木片が大量に残されている。
標的が修復される前でも、リサの攻撃がどれほど凄まじかったのかは一目で分かった。
アーガは番号札を試験官へ差し出す。
「アーガ・ラインハルトです」
修復を担当する教師が杖を振った。
砕け散った木片が宙へ浮かび上がり、元の位置へ戻っていく。
切断された標的は再び繋がり、焦げついた跡も急速に消えていった。
間もなく、百体すべての人型標的が元どおりになる。
主任試験官が余分な標的を下げるよう指示しようとしたとき、アーガが口を開いた。
「そのままで大丈夫です」
主任試験官の動きが止まった。
「何?」
「百体のままにしてください」
人混みへ戻ったばかりのリサが、勢いよく顔を上げた。
(この子も、百体に挑戦するつもり?)
見守っていた受験生たちも、一斉に騒ぎ始める。
「誰だ、あいつ?」
「リサ様の試験を見て、自分にもできると思ったのか?」
「ただ真似をしたいだけだろ」
「身の程知らずにもほどがある」
主任試験官が、重々しく咳払いをした。
周囲の声が静まる。
「アーガ・ラインハルト。最後にもう一度だけ確認する」
「本当に、標的を百体のままにするつもりか?」
「はい」
アーガは落ち着いて答えた。
右手は、腰のカードケースへ軽く触れている。
主任試験官は数秒間、アーガを見つめた。
やがて砂時計を反転させる。
「制限時間は一分」
「始め!」
アーガの指が、カードケースの上を素早く走った。
五枚の赤いカードが同時に引き抜かれ、左手の中で扇状に広がる。
赤の一《火》。
赤の二《水》。
赤の三《草》。
赤の五《氷》。
赤の六《雷》。
五種類の異なる魔力が、同時にアーガの周囲へ立ち上った。
赤、青、緑、銀白、そして氷のような淡い青。
色とりどりの光が絡み合い、訓練場の半分を鮮やかに照らし出す。
それまで騒がしかった観客たちが、一瞬で静まり返った。
五枚のカードを、同時に発動状態へ保つ。
それだけでも、今回の受験生の大半には不可能な技術だった。
アーガが右手を上げる。
「火球術」
掌の上へ炎が集まり始める。
火球は瞬く間に膨らみ、手のひらほどの大きさになった。
そのまま放たれるかと思われた瞬間、アーガは手首をわずかにひねった。
一つだった火球が、空中で四つに分裂する。
同じ大きさの炎弾となり、それぞれ別の軌道を描いて標的へ飛んでいった。
一発目は直線を進み、中央にある標的の頭部へ命中する。
二発目は大きな弧を描き、上空から別の標的へ落下した。
残る二発は左右へ分かれ、前列の標的を迂回して、さらに奥にある標的を撃ち抜く。
爆発音が立て続けに響いた。
四体の標的が、同時に炎へ包まれる。
炎が消えるよりも早く、アーガの右手の薬指に細い赤色の光がともった。
木製標的に残っていた炎が、たちまち形を変える。
数十もの火の粉となって周囲へ弾け飛び、近くにある標的の表面へ次々と燃え移った。
続いて、二枚目のカードを本格的に発動させる。
「水槍術」
透明な水球が、アーガの右手の上へ浮かんだ。
水球の表面が激しく揺れ、次の瞬間、数十本もの細い水流が一斉に放たれる。
シュシュシュッ――!
高圧の水流が、訓練場の中を交差しながら走った。
すべての水流が、それぞれ異なる標的を狙っている。
胴体を真っ二つに切断された標的。
表面へ無数の穴を穿たれた標的。
複数の水流を連続で受け、大小さまざまな木片へ砕かれたものもあった。
試験官たちが、そろって顔を上げる。
通常の水槍術で放てるのは、一本の水流だけだ。
しかしアーガは一つの水球を数十の攻撃点へ分割し、そのすべてで威力と精度を保っていた。
「草縛術」
続けて、緑色の魔力が地面へ流れ込んだ。
人型標的の足元から、無数の蔓が突き出す。
蔓は脚へ巻きつき、そのまま素早く上へ伸びていった。
四肢を縛るもの。
首へ絡みつくもの。
複数の方向から一体の標的を引っ張る蔓もあった。
木材が軋む音が、次々と響く。
バキッ――!
十数体の人型標的が、蔓の力によって無理やり引き裂かれた。
砕けた腕や脚が、訓練場の中へ散らばっていく。
アーガは素早く残りの標的を数えた。
(残り四十二体)
「雷撃術」
指先で、赤の五《雷》が輝く。
一本の稲妻が放たれ、最前列の標的へ正確に命中した。
しかし雷光は、一体を撃ち抜いても消えなかった。
最初の標的から二体目へ飛び移り、さらに奥の三体目へと続いていく。
訓練場の中に、一本の巨大な連鎖雷撃が生まれた。
十二体の人型標的が順番に雷で貫かれ、表面へ黒く焦げた模様を残していく。
最初の雷が完全に消える前に、アーガはもう一度右手を上げた。
さらに細い三本の雷光が、同時に放たれる。
まるで空中を泳ぐ三匹の銀蛇のように、別々の方向へ走り、残った標的を次々と貫いた。
(残り二十四体)
「氷結術」
氷色の光が、アーガの足元から一気に広がった。
冷気が周囲の十数体を包み込み、木製の表面へ分厚い霜を生み出す。
氷は次第に内部へ浸透していき、やがて標的全体を完全に凍りつかせた。
アーガが右手を握り締める。
パキンッ!
凍りついた標的へ、一斉に亀裂が走った。
次の瞬間、無数の細かな氷片となって崩れ落ちる。
(十五体)
(残り二十秒)
最後の十五体は、訓練場の各所へ散らばっていた。
残り時間で一種類の魔法だけを使い、すべてへ攻撃を当てるのは難しい。
アーガは突然、前へ走り出した。
走りながら、すでに役目を終えたカードをカードケースへ戻す。
代わりに引き抜いたのは、赤の七《土》と赤の四《風》だった。
標的まで残り数歩となったところで、アーガは地面を強く踏み込んだ。
足元から土と石が隆起する。
その力を利用し、一気に空中へ跳び上がった。
身体を回転させながら、二枚のカードを同時に輝かせる。
「土崩術!」
「風刃術!」
地面に散らばっていた石片が、土属性の魔力によって巻き上げられた。
そこへ、異なる角度から半透明の風刃が食い込んでいく。
石片は風の力によって一気に加速した。
鋭い風刃とともに、四方八方の標的へ降り注ぐ。
轟音が響いた。
土煙と木片が、同時に空高く舞い上がる。
残っていた十五体の標的が、次々と地面へ倒れた。
主任試験官は、砂時計の中を落ちていく最後の一粒を見届けた。
そして片手を上げる。
「時間終了!」




