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第129話 戦斧商会

バルカン自らが先頭に立ち、アーガを戦斧商会の二階へ案内した。


一階には、武器や鉱石の見本が客へ見せつけるように並べられていた。


それに対し、二階は明らかに商会の内部区域といった雰囲気だった。


廊下の両側にある扉の大半は固く閉ざされている。


ところどころに護衛が立ち、壁には暗赤色の戦斧の旗が掲げられていた。


足元の木板は丁寧に磨かれ、空気には微かな香の匂いが漂っている。


アーガは歩きながら、気づかれないよう周囲を観察した。


(左側の三番目の部屋)


扉の隙間から、紙と墨の匂いがする。


おそらく帳場だ。


(右側の突き当たり)


ほかの場所より護衛が多く、扉の錠も新しい。


中には重要な物が保管されている可能性が高い。


さらに奥には、裏庭へ下りる階段があった。


地面には荷物を運んだ痕跡があり、僅かに青い粉末も残っている。


バルカンが振り返り、笑った。


「ガイア殿は、随分と熱心に見ているな」


アーガも笑みを返す。


「鉱石を扱う者は、倉庫と運搬路を見る癖がある」


「どれほど高価な商品でも、運ぶ道が安定していなければ商売にはならないからな」


「はははっ、まったくだ!」


バルカンが愉快そうに笑う。


グレイソンも隣を歩いていた。


顔には変わらず笑みを浮かべているが、その瞳は常にアーガの反応を観察していた。


アーガは視線を避けなかった。


むしろ、見られていることに気づいていないように自然に振る舞う。


一つの倉庫の前を通りかかったとき。


アーガは突然、足を止めた。


「そうだ」


バルカンが振り返る。


「どうした?」


アーガは何気ない口調で尋ねた。


「ここには、上等魔晶石もあるのか?」


グレイソンが僅かに目を見開く。


バルカンの顔にも、意外そうな色が浮かんだ。


「上等魔晶石だと?」


「ああ」


アーガは頷いた。


「お前たちも聞いているだろう」


「赤骸城では、上等魔晶石がもう採れなくなった」


バルカンの目が僅かに動く。


「確かにな」


「理由は分からんが、数年前から赤骸城では、上等魔晶石の採掘量が急激に増えたらしい」


「二年ほど前だったか」


「あの辺りの上等魔晶石は、ほとんど掘り尽くされたと聞いている」


「へえ?」


アーガは眉を上げた。


「理由までは知らないのか?」


グレイソンが笑う。


「ガイア殿、冗談はよしてくれ」


「赤骸城の周囲は、元々何もない荒れ地だ」


「瘴気まで漂っているから、安定して出入りするには転移陣を使うしかない」


「外部へ情報が伝わりにくい場所なのだ」


「仮に何かが起きていたとしても、このような辺境の町までは伝わってこない」


バルカンも頷いた。


「我々が扱っているのは、あくまで辺境の商売だ」


「赤骸城の鉱脈へ直接関わっているわけではない」


「あそこは事情が複雑すぎる」


「我々も、僅かな噂を耳にした程度だ」


「そうか」


アーガは残念そうに頷いた。


「実を言えば、俺が鉱石の商売を始めたのは四年前だ」


壁へ軽く背中を預け、昔を思い出すような口調で話し始める。


「当時、西部の国境では戦争が始まりかけていた」


「軍は、魔力を回復できる鉱石を至るところで買い集めていた」


「知っているだろう?」


「上等魔晶石が一つあれば、普通の魔法使い百人分の魔力を一瞬で回復させられる」


グレイソンの瞳に、羨望の光が浮かぶ。


「それは、随分と儲かっただろうな」


「もちろんだ」


アーガはため息を吐いた。


「軍へ売っていた数年間は、大儲けさせてもらった」


「だが、赤骸城ではもう手に入らない」


そう言って、意図的に悔しそうな表情を浮かべる。


大げさな欲望ではない。


かつて大きな商売をしていた者が、貴重な仕入れ先を失ったときに見せる、本物らしい未練だった。


バルカンはアーガを一度見る。


何かを思いついたように、口を開いた。


「ついてこい」


そのまま廊下の突き当たりにある倉庫へ向かう。


扉の前に立っていた二人の護衛は、すぐに頭を下げて道を開けた。


バルカンは腰から鍵を取り出し、一つ目の錠を開ける。


さらに扉の横にある隠し金具を押すと、内側から小さな機械音が響いた。


(錠が二重)


(そのうえ、仕掛けまであるのか)


アーガの瞳が僅かに細くなる。


扉が開かれた。


倉庫自体は、それほど広くない。


しかし、中の物は極めて整然と並べられていた。


棚には数個の鉄箱。


反対側には、黒い布を被せられた木箱がいくつか置かれている。


バルカンは倉庫の最奥へ進んだ。


鍵のかかった小箱を開き、中から拳ほどの大きさをした結晶を取り出す。


結晶は全体が深い紫色だった。


内部では、細い銀色の筋がゆっくりと流れている。


まるで、夜空を流れる星々を石の中へ封じ込めたようだった。


箱から取り出された瞬間。


周囲の空気に漂う魔力が、明らかに濃くなる。


上等魔晶石。


アーガの呼吸が、ほんの一瞬だけ止まった。


バルカンは結晶を掌に乗せ、誇らしげに言う。


「確かに、これは貴重な品だ」


「我々戦斧商会も、持っているのはこの一つだけだ」


グレイソンが隣から説明を加える。


「会長が若い頃、ある貴族の商隊との取引で手に入れた物だ」


「今まで一度も手放していない」


バルカンはアーガを見る。


「今後の取引が順調に進めば、これをお前へ譲ることも考えてやろう」


アーガは片手を差し出した。


「見せてもらっても?」


バルカンは一瞬だけ迷った。


それでも、結晶をアーガへ渡す。


上等魔晶石を受け取った瞬間。


濃密でありながら穏やかな魔力が、結晶から掌へ染み込んできた。


冬の夜に、温められた玉を握っているような感覚だった。


品質も高い。


アーガがこれまでに見た魔晶石の大半より、遥かに純度が高かった。


(本物だ)


アーガは数秒間、さまざまな角度から魔晶石を確認した。


瞳には、抑えきれない欲望を意図的に浮かべる。


「悪くない」


その言葉は小さかった。


しかし、魔晶石を手放したくないかのような僅かな間を、バルカンは見逃さなかった。


バルカンは笑いながら、アーガの手から魔晶石を取り戻す。


「いずれ、機会はある」


上等魔晶石を小箱へ戻し、再び錠をかけた。


アーガの視線は、名残惜しそうに小箱を追っている。


「集魔石を二つ出す」


アーガが突然言った。


「これも簡単に手に入る物ではない」


グレイソンは心を動かされたように、バルカンを見た。


しかし、バルカンは首を横へ振る。


「交換はしない」


アーガは眉を寄せた。


「夜光石も二つ加える」


「それでも交換はしない」


バルカンは笑みを浮かべたまま答えた。


「ガイア殿」


「貴重な物ほど、最も適した時機まで手元へ残しておくものだ」


「我々の協力関係は、まだ始まったばかりだろう?」


アーガはしばらく黙っていた。


やがて、心の中の不満を押し殺すように頷く。


「それもそうだな」


バルカンの笑みが、さらに深くなった。


アーガはようやく小箱から視線を外した。


そして、別の話題を切り出す。


「今後、大量の魔晶鉱粉を町へ運び込んでも、衛兵に没収されることはないのか?」


「お前たちが求めている量は多い」


「間違いなく、管理対象になるはずだ」


グレイソンがすぐに笑った。


「その点は心配無用だ、ガイア殿」


「ほう?」


「上の者とは、すでに話がついている」


グレイソンは軽い調子で続けた。


「黒槌町の道は、戦斧商会が通ると決めれば、誰にも止められない」


アーガは安心したように頷く。


「それなら問題ない」


僅かに間を置き、続けた。


「二日後の夜」


「東門へ荷物を受け取りに来てくれ」


「量が多いから、人手は多めに用意した方がいい」


バルカンとグレイソンが、同時にアーガを見る。


グレイソンが尋ねた。


「なぜ東門なのだ?」


「あちらの方が道が広い」


アーガは何気ない口調で答えた。


「それに、俺が連れてくる者たちは町の中へ入りたがらない」


「面倒事を嫌っているからな」


「町の外で商品を渡した方が、互いに安全だ」


二人は、僅かに不自然さを感じたらしい。


一度だけ視線を交わした。


しかし、それ以上は追及しなかった。


バルカンは数秒間アーガを見つめたあと、笑みを浮かべる。


「構わん」


グレイソンも頷いた。


「二日後の夜、東門だな」


「それで決まりだ」


◇ ◇ ◇


そのあと。


バルカンは、いくつかの倉庫や会客室もアーガへ見せた。


アーガは気軽に見学しているように振る舞う。


時折、商品の置き方や湿気対策について意見を述べ、鉱石の取引に慣れた商人を演じ続けた。


やがて、目立たない一つの扉の前を通りかかる。


アーガの足が、気づかれない程度に僅かに遅くなった。


先ほど、帳場だと判断した部屋だ。


扉の前に護衛はいない。


錠も、ほかの重要区域と比べれば普通の物だった。


アーガは片手を上げ、袖口を整える。


指先には、《樫木亭》から持ってきた柔らかな糖膠を少量挟んでいた。


グレイソンがバルカンへ話しかけ、二人の視線が逸れた瞬間。


アーガは、ほとんど透明な糖膠を扉の隙間の下側へ貼りつけた。


動きは極めて小さい。


誰一人として、その行動には気づかなかった。


◇ ◇ ◇


見学を終えると、バルカンは自らアーガを一階の広間まで見送った。


「ガイア殿」


「二日後の商品を楽しみにしている」


アーガは笑みを返す。


「俺も、戦斧商会がどれほどの誠意を見せてくれるのか楽しみにしている」


グレイソンも笑った。


「心配するな」


「戦斧商会は、真の友人を決して粗末には扱わない」


アーガは、その言葉には答えなかった。


戦斧商会の正門から外へ出る。


ちょうど、朝の陽光が通りへ差し込んでいた。


向かい側の茶店では、リナが席に座って待っている。


アーガの姿を確認すると、すぐに立ち上がった。


二人は商会の前では言葉を交わさなかった。


互いに無関係な通行人を装い、少し距離を空けたまま《樫木亭》へ戻っていった。

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