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第123話 会談の終わり

部屋の中が、一瞬で静まり返った。


ヴォルフガ族長が勢いよく振り返る。


「今、何と言った?」


「これは複数の成分を混ぜた魔晶毒です」


アーガは腰のカードケースから、一枚の青いカードを取り出した。


――青カード5《浄化場》。


カードの表面から、淡い青色の光が溢れている。


「ただし、毒そのものはそれほど強くありません」


「この程度なら、上等魔晶石を一つ媒介にすれば、このカードで子供たちを回復させられます」


セリーナは、微かな光を放つカードを驚いたように見つめた。


「基礎カードが……進化するの?」


「理論上は可能です」


アーガはカードをケースへ戻した。


「ただし、進化させるには上等魔晶石を力の源として使う必要があります」


ブラクが身を乗り出す。


「そんな貴重な物を、どこで手に入れるつもりだ?」


「それは秘密だ」


アーガの口元に、僅かな冷笑が浮かんだ。


「とにかく、俺には手に入れる方法がある」


ヴォルフガ族長は、疑うように目を細める。


「方法がある、だと?」


「その前に、一つ確認したいことがあります」


アーガは部屋にいる者たちを順番に見回した。


「皆さんの肩を見せてもらえませんか?」


「以前、カインが襲撃されたとき、かなりの実力を持つ者が紛れていました」


「俺は魔法弾で、その人物の肩を撃っています」


「傷は浅くありません。短期間で完全に治るとは考えにくい」


カインの耳が警戒するように立ち上がった。


しかし、すぐに力なく垂れ下がる。


「その件なら、すでに族長へ報告した」


「だが、肩に傷がある者は多い」


「……何だって?」


アーガは思わず聞き返した。


ヴォルフガ族長が説明する。


「リンタ村の人間たちも、本気で我々を殺そうとしていたわけではない」


「最初の頃は、武器を持てなくするため、肩を狙って矢や槍を当てていた」


「そういった事情があったからこそ、私は魔晶鉱粉の受け入れを断ったのだ」


族長は、アーガへ冷たい視線を向ける。


「まさか、お前の数言を聞いただけで決断したと思っていたのか?」


「私は、まだお前をそこまで信用してはいない」


「それに……」


セリーナが続ける。


「たった一枚のカードで解毒できるなんて、聞いたこともないわ」


ブラクも腕を組み、低く唸った。


「第一隊長が死んだ件も、人間が関わっているに決まっている」


(えっ……)


(俺は本当に、俺の話だけで取引を断ったのかと思っていた……)


部屋の空気が、何とも言えないものへ変わった。


アーガは気まずそうに咳払いをする。


「どうやら、俺が単純に考えすぎていたようですね」


セリーナは鼻を鳴らした。


アーガの前まで歩いてくると、何のためらいもなく革鎧の片側を引き下げる。


露わになった肩には、すでにかさぶたとなった二つの傷痕が残っていた。


「リンタ村の狩人たちは、ここを狙って矢を射ってきた」


「私は二本受けたわ」


カインも黙って襟元を開いた。


肩には、皮膚を大きく抉ったような痛々しい傷痕が残っている。


「……悪かった」


アーガはこめかみを揉んだ。


「さっき第二隊長の肩をつかんだとき、痛がっていたから、何かの手掛かりになるかと思ったんだ」


リナが不思議そうに首を傾げる。


「傷痕の形で判別することはできないのですか?」


「俺の魔法弾が作る傷は、それほど大きくない」


アーガは片手を振った。


「銃や矢で同じ場所をもう一度傷つければ、簡単にごまかせる」


しばらく考えたあと。


アーガが突然、顔を上げた。


「カイン!」


「何だ?」


「少し、二人だけで話せないか?」


「……は?」


◇ ◇ ◇


夜。


陌狼村の外。


カインは一本の木へ背中を預け、両腕を胸の前で組んでいた。


「それで?」


「何を聞きたい?」


「四人の隊長が、それぞれ何を担当しているのか」


アーガは回りくどい言い方をしなかった。


カインはしばらく黙っていた。


やがて、小さく息を吐く。


「第一隊長は、族長の護衛隊を指揮していた」


「だから族長の子供たちが外へ遊びに行くときや、訓練をするときも、第一隊長が責任を持っていた」


アーガは頷いた。


「第二隊長のブラクは、村の物資をすべて管理している」


「食料、武器、薬草、魔晶鉱粉……すべてだ」


カインの声が、僅かに低くなる。


「倉庫の夜番をしていたとき、一人で中に残っていたこともある」


「外部へ連絡を送る機会はあったはずだ」


「第三隊長のセリーナは?」


「村の入り口と防衛を担当している」


「村へ近づく者は、すべて彼女が監視している」


「交代の時間を利用すれば、ほかの者に見つからずに行動することもできる」


「お前は?」


「俺は村の外側を巡回している」


「ほとんど村の中にはいない」


アーガはそれ以上追及しなかった。


ただ、小さく頷く。


「それぞれの役割は覚えた」


夜風が、焼け焦げた木の枝の間を通り抜けた。


灰になった葉が数枚、二人の足元を転がっていく。


カインはしばらくアーガを見つめていた。


やがて、声を落として尋ねる。


「どうやって調べるつもりだ?」


「今のところは……」


アーガは夜空を見上げた。


「まだ、これといった手掛かりはないな」


◇ ◇ ◇


夜はすでに深くなっていた。


ヴォルフガ族長は、三人が泊まるための空き家を村の中央に用意していた。


獣人たちが全員立ち去ると、リナが木製の扉を閉める。


「アーガ様」


周囲に声が漏れないよう、慎重に声を落とした。


「これから、どうするのですか?」


「また手掛かりが途切れてしまいました」


イータは部屋の隅に敷かれた獣皮の毛布へ身体を丸めている。


白い耳が、不安そうに何度も動いていた。


「そ、それに……」


「四日後には、戦斧商会との取引があるんですよね……」


アーガは窓の前に立っていた。


差し込む月明かりが、緊張した横顔の輪郭を浮かび上がらせている。


「いや」


「むしろ、少しずつ分かりやすくなってきた」


アーガは二人へ振り返った。


「俺たちがリンタ村にいたとき、周囲に肩を怪我している者はいなかったか?」


「トムさんは……」


リナが息を呑む。


「最初に会ったときは、特に怪我をしているようには見えませんでした」


「ですが、あの夜のあとから、右肩をあまり使っていなかったような……」


少し考えたあと、首を横へ振る。


「気のせいかもしれません」


「ホーンを含めた近所の者たちは?」


アーガがさらに尋ねる。


「分かりません」


イータが答えた。


「近所の人たちとは、ほとんど会っていませんでした」


「怪我をしていたかどうかまでは、判断できません」


木造の小屋が静寂に包まれた。


外からは、時折遠い狼の遠吠えが聞こえてくる。


アーガは暗い天井を見つめた。


頭の中で、これまでに起きた出来事を一つずつ思い返していく。


そして突然。


忘れていた何かに気づいたように、身体を起こした。


「そうか……」


「どうして、さっき気づかなかったんだ」


「アーガ様?」


イータの耳が一瞬で立ち上がる。


暗闇の中で、アーガの方角へ向けられた。


「何か思いついたのですか?」


リナもすぐに寝床から身体を起こした。


窓の隙間から差し込む月光が、緊張した横顔を照らす。


「誰なのですか?」


アーガは二人へ、近くへ来るよう手招きした。


二人が顔を寄せる。


アーガはさらに声を落とし、僅かな言葉だけを口にした。


「――――」


「えっ!?」


イータの尻尾が一気に膨らんだ。


危うく大声を上げそうになり、慌てて両手で口元を押さえる。


「ど、どうして、その人が……」


リナの瞳も、僅かに見開かれた。


無意識のうちに、毛布の端を強く握り締める。


「確かに……」


「もし、その人物なら、これまでのことにも説明がつきます」


「ですが……」


リナは下唇を軽く噛んだ。


「証拠がありません」


「それに、どうやって毒を盛ったのかも分かっていません」


「証拠がないだけじゃない」


アーガの声は、恐ろしいほど冷静だった。


「今、この話をしても、誰も信じないだろう」


「正直に言えば、俺自身も確信しているわけではない」


アーガは窓の外へ視線を向けた。


「戦斧商会へ行って、確かめる必要がある」


イータが恐る恐る口を開く。


「そ、そのあとは、どうするのですか?」


「それは明日考える」


アーガは寝床へ身体を戻した。


「今日はもう寝よう」


「アーガ様……」


イータが小さな声で呼びかける。


白い尻尾が、不安そうに寝台の上を撫でていた。


アーガは身体を横へ向ける。


月明かりの中で、小さな狐人の琥珀色の瞳には、不安が満ちていた。


アーガは片手を伸ばした。


イータの頬へ、そっと触れる。


親指で柔らかな白い毛を撫でた。


「大丈夫だ」


掌から伝わる温かさに、イータは無意識に頬を擦り寄せた。


耳が小さく震える。


「アーガ様……」


「絶対に、危険なことはしないでください……」


「心配するな」


アーガの声は小さかった。


それでも、焼き入れされた鋼のように強い意志が込められている。


「赤骸城さえ生き抜いたんだ」


反対側の寝床で、リナが身体を動かした。


金色の髪が、月光を受けて微かに輝いている。


「アーガ様……」


不安そうに声を掛けようとした瞬間。


アーガはリナの方へ身体を寄せた。


人差し指を伸ばし、彼女の唇へそっと当てる。


指先に、少女の温かい吐息が触れた。


「しーっ」


「明日は、何も起きない」


囁く声は、木の葉を揺らす夜風のように優しかった。


だが、その言葉には誰にも疑わせない力があった。


指が離れたあと。


リナは無意識に、自分の唇を僅かに結んだ。


アーガはすでに自分の寝床へ戻っている。


やがて、部屋の中は静かになった。


聞こえるのは、三人の穏やかな呼吸だけ。


イータは白い尻尾を身体のそばへ丸めていた。


毛先だけが、時折不安そうに震えている。


アーガは目を閉じたまま、外の音へ耳を澄ませた。


村の上を通り過ぎる夜風。


決まった間隔で聞こえる、夜警の獣人の足音。


そして、遥か遠くから時折響く狼の遠吠え。


この土地で生きる者たちの音だった。


◇ ◇ ◇


翌朝。


アーガが目を覚ますと、外からはすでに獣人の巡回隊が歩く規則正しい足音が聞こえていた。


木造の壁に開いた細い隙間から、灰白色の朝日が差し込んでいる。


室内には、獣皮と薪、そして薬草の匂いが混ざっていた。


イータはまだ獣皮の毛布へ身体を丸めている。


白い尻尾を両腕で抱え、安心したように眠っていた。


耳だけが、時折小さく動いている。


リナはすでに起きていた。


窓辺に座り、長い金色の髪を整えている。


「アーガ様、おはようございます」


静かな声で挨拶した。


「おはよう」


アーガは上半身を起こし、眉間を揉んだ。


昨夜は、あまり眠ることができなかった。


頭の中では、いくつもの言葉が何度も巡っていた。


魔晶鉱粉。


戦斧商会。


リンタ村。


ホーン。


トム。


そして、病床で弱り続けている二人の狼族の子供。


手掛かりがないわけではない。


しかし、すべてが机の上へ散らばった破片のようだった。


互いにつながっているように見えるのに、どう並べても一枚の絵にはならない。


しばらくして。


イータも眠そうに目を開いた。


「アーガ様……」


「今日は、何をするのですか?」


「村の中を少し見て回る」


アーガは寝床から立ち上がった。


「ほかに手掛かりがないか、調べてみるつもりだ」


イータはすぐに身体を起こす。


「私も行きます」


リナもアーガへ視線を向けた。


「私もご一緒します」


アーガは二人の顔を順番に見た。


やがて、小さく頷く。


「分かった」


「ただし、俺から離れるな」


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